17
――廊下
笑ってる。
あの声。
他部署の女の人と、距離が近い。
楽しそう。
自然で。
あの日みたいな低さも、緊張もない。
普通。
それが一番、刺さる。
私が離れた。
私が逃げた。
だから正しい。
ああやって普通に戻るのが、正解。
……なのに。
胸の奥、じわっと熱い。
息がうまく吸えない。
ヒールの音が、やけに響く。
角を曲がるって立ち止まる。
喉が、詰まる。
違う。
泣くほどのことじゃない。
本気でもない男に、何期待してるの。
「……っ」
だめ。
目、熱い。
こんなの、最悪。
ぐっと、唇を噛む。
父に言われた。
「泣くなら、家で泣け」
ここは外。
私は、七瀬。
ゆるくて、あざとくて、誰にも惑わされない女。
……の、はず。
「七瀬」
背中が固まる。
振り返らない。
足音、近づく。
「……なんですかぁ」
声、上手く出た。
いつもの、ふわふわ。
完璧。
「なんで泣いてんの」
近い。
近い。
来るな。
「泣いてないですよぉ」
笑う。
目、合わせない。
「七瀬」
名前。
低い。
やめて。
「……やめてください」
掠れる。
仮面、ひび入る。
「話、きいて」
何それ。
今さら。
「話すことなんてありません」
きっぱり。
これ以上近づいたら、
本気になってくれないくせに、とか。
期待させないで、とか。
放っておかないで、とか。
言いたくない。
言ったら、負ける。
「……俺はある」
心臓、うるさい。
「逃げたのはお前だろ」
分かってる。
分かってるよ。
でも。
「追わなかったのは、そっちです」
言っちゃった。
目が熱い。
でも泣かない。
絶対。
「……泣いてんじゃねえか」
優しく言うな。
優しく言うなよ。
「七瀬」
また、名前。
触れそうで、触れない距離。
あの日と同じ。
でも今日は。
逃げられない。




