13
「おはようございますぅ」
笑顔。
軽い声。
距離。
絶対に二歩。
昨日のことはなかったみたいに。
鷲尾を見ると心臓がうるさいから、見ない。
資料はメールで送る。
直接渡さない。
昼も違うテーブル。
徹底。
——止めるなら、今。
あれ以上いったら戻れない。
キス、されなくてよかった。
ほんとに。
……ほんとに?
「七瀬」
反射で肩が揺れる。
「これ」
デスクに置かれた書類。
それだけ。
触れない。
距離も詰めない。
でも。
「昨日の、続き」
低い声。
視線が上がる。
「俺、ちゃんと考えた」
やめて。
「考えなくていいです」
鷲尾の眉がぴくりと動く。
「なんで」
「仕事中です」
鷲尾は少し黙る。
それから、いつもの調子に戻した声で言う。
「今日帰り空いてる?」
は?
「空いてません」
「嘘つけ」
「予定ありますぅ」
「誰と」
近い。
声が少し低い。
「関係なくないですか?」
昨日言った台詞。
鷲尾の目が一瞬だけ細くなる。
でも怒らない。
代わりに、少しだけ口角が上がる。
「逃げんなよ」
怒りじゃない。
余裕でもない。
決めた顔。
喉が鳴る。
「逃げてません」
「逃げてる」
同じやり取り。
でも、今日は違う。
鷲尾は一歩も詰めない。
触れない。
「分からせてやるって言っただろ」
低く、真っ直ぐに。
「ちゃんとやるから」
「……何を」
聞くな。
聞くな私。
「本気」
視線逸らさない。
ああ。
これ。
怖い。
衝動じゃない。
昨日みたいな勢いじゃない。
ちゃんと、覚悟みたいな目。
やめて。
そんな顔で追ってこないで。
もっと好きになる。
「意味わかんないです」
震えてない。
ちゃんと、言えた。
「私、軽いの嫌いなんで」
挑発で、防御。
「だからちゃんとやるって言ってんだよ」
逃げたい。
でも。
追われるの、嬉しい。
最悪。
ほんと最悪。
「……好きになんて、なりませんから」
小さく。
でもはっきり。
鷲尾は少しだけ笑う。
「同じセリフ、言えるといいな」




