12
「俺が本気になったらどうすんだよ」
近い。
近すぎる。
逃げ場、ない。
「あ、いや……その……」
言葉がまとまらない。
目、逸らすな。
逸らしたら終わる。
「私、別に……本気とか……」
声が弱い。
鷲尾の手が、腕から壁に移る。
囲われる。
「逃げんなよ」
「逃げてません」
「逃げてる」
そのまま距離が、もう一歩近づく。
やめて。
その顔。
いつもの余裕、ない。
「七瀬」
名前が、重い。
「軽いって思ってんなら、証明してやるよ」
何を、
「どうやって」
挑発みたいに出た声。
ほんとは震えてる。
鷲尾の視線が落ちる。
唇。
一瞬。
ほんの一瞬。
視線がそこに落ちた。
心臓が爆発する。
——やめて。
キス、する?
するの?
会社。
馬鹿なの?
衝動。
分かる。
この人今、なにも考えてない。
七瀬の胸がきゅっと締まる。
嬉しい。
怖い。
鷲尾の手が、七瀬の顎にかかりかけて、
止まる。
数センチ。
荒い呼吸。
「……くそ」
小さく吐く。
額が、肩に触れる。
重い。
熱い。
それだけで足が震える。
「七瀬」
低い。
でもさっきより抑えてる。
「俺、今ちゃんと考えられてねえ」
心臓、落ちる。
「だからムカつく」
何それ。
「なんでお前がそんな顔すんだよ」
どんな顔、
知らない。
知らないよ。
鷲尾が一歩下がり、距離が戻る。
でも空気は戻らない。
「……本気にさせたの、そっちだからな」
息がうまくできない。
「……意味、わかんないです」
やっと出た言葉。
「分からせてやるよ」
低く言って、背を向ける。
足音が遠ざかる。
資料室に一人。
膝が少し震えてる。
キス、されなかった。
安心。
なのに。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
残念だと思った自分が、
一番怖い。




