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空気が重い。
鷲尾はあからさまに機嫌が悪い。
私にだけ。
「七瀬、それ今日中な」
「はい」
短い。
目も合わせない。
なのに。
背中に視線が刺さる。
会議の資料を取りに行った帰り。
廊下で腕を掴まれ資料室に戻される。
「ちょ、」
壁。
逃げ場なし。
「なんなんだよ」
低い。
完全に怒ってる。
「何がですか」
笑えない。
もうゆるふわが出せない。
「避けた次はご飯だの、俺に当てつけてんの?」
は?
「別に当てつけてませんけど」
「嘘つけ」
近い。
距離近いって。
「じゃあなんで俺の前であんなこと言うんだよ」
「鷲尾さんが勝手に見てただけじゃないですか」
言い返す。
止まらない。
「俺が見てるって分かってただろ」
ぐっと掴まれる腕。
痛くない。
でも熱い。
「……知らないです」
視線を逸らす。
鷲尾が舌打ちする。
「七瀬さ」
一瞬、声が落ちる。
「俺のこと、何だと思ってんの」
知らない。
知らないよ。
「軽い男、ですか?」
自分でも分かってる。
最低。
鷲尾の目が揺れる。
「……違う」
小さく。
でも確実に。
「じゃあ何ですか」
喉が震える。
「可愛ければ何でも、でしょ」
ああ、言っちゃった。
ずっと刺さってたやつ。
「まだそれ言ってんのか」
「だって本当じゃないですか」
止まらない。
止められない。
「私なんてその中の一人でしょ」
京太朗がゆっくり息を吸う。
「……一緒にすんなって言っただろ」
だめ。
それ以上は。
「じゃあ何なんですか!」
ついに声が上がる。
「本気になってくれないくせに……!」
言った瞬間。
時が止まる。
空気が固まる。
あ。
やばい。
やばい。
鷲尾の目が、はっきり変わる。
「……本気?」
確認するみたいに。
喉が詰まる。
「あ、いや……あの、私、……」
何言ってんの私。
違う。
違う違う。
「今のは、その、言葉のあやで……」
逃げたい。
消えたい。
腕を振りほどこうとする。
でも。
鷲尾の手が、許してくれない。
「七瀬」
名前。
真っ直ぐ。
逃げ場、ない。
「俺が本気になったらどうすんだよ」
心臓が落ちる。
どん、と。
完全に落ちる。




