10
「七瀬さん、今日夜空いてます?」
同期の営業。
名前、正直うろ覚え。
「空いてますよぉ?」
ほんとはさっさと帰るつもりだったけど。
「じゃあご飯どうですか?」
ちら、と視線を感じる。
斜め後ろ。
見なくてもわかる。
「いいですねぇ〜」
わざと、少し大きめの声。
「最近バタバタしてたので、息抜きしたいですぅ」
カチ、とキーボードの音が止まる。
見ない。
絶対見ない。
「じゃあ18時にロビーで!」
「はーい」
軽い。
完璧。
——何してんの私。
夕方のロビー。
隣で楽しそうに話す自分。
笑ってる。
ちゃんと。
「七瀬さんってモテそうですよね」
「え〜そんなことないですよぉ」
慣れた会話。
心はどこにもない。
ふと、入口の自動ドアが開く音。
条件反射で目が向く。
……いた。
視線が合う。
一瞬。
ほんの一瞬。
すぐ逸らされる。
無表情。
でも、歩幅が少しだけ荒い。
何それ。
何その顔。
知らない。
関係ない。
こっちはただご飯行くだけ。
「七瀬さん?」
「あ、はい!」
営業くんの声に戻る。
外に出る。
背中に視線を感じる。
感じるけど。
振り向かない。
——これでいい。
これで。
店に入っても、スマホが気になる。
通知なし。
連絡もなし。
当たり前。
なんで期待してんの。
「ご馳走様でした〜」
「また行きましょうね!」
「ぜひ〜」
楽しくなかった。
全然。
……最低。
エスカレーターを上がり改札を抜ける。
ホームに向かう途中。
柱の陰。
腕を組んで立っている影。
「……何してんの」
低い声。
心臓、急降下。
「……鷲尾さん?」
なんでいるの。
イラついてる。
「楽しそうだったな」
その一言で。
胸が、ぎゅっとなる。
やめて。
そんな顔。
そんな声。
そんな言い方。
好きみたいじゃん。
「普通にご飯ですよぉ?」
わざと軽く。
「七瀬さんて男好きなんですかねぇ?」
自分で自分に刺す。
鷲尾の眉が動く。
一歩、近づく。
「そういうの、やめろ」
低い。
ほとんど命令。
「何がですか?」
心臓うるさい。
「俺に見せつけるみたいなの」
……は?
「……私が誰とご飯行こうが、鷲尾さん関係なくないですか?」
正論。
でも声が少し震える。
鷲尾が口を開いて、閉じる。
何か言いかけて、やめる。
「……ムカつく」
ぽつり。
子どもみたいな一言。
何それ。
何それ。
やめて。
それ以上言わないで。
言ったら。
私、止まれない。
「意味わかんないです」
ちゃんと笑う。
ゆるふわ。
完璧。
でも。
内側はもう、完全に落ちてる。




