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(第55章 奥野先生から語られる悠一の過去)



唖然として言葉を失った二人だったが、奥野が気を利かせて、独り言のように語り始めた。

「悠一君の父親は、死んだ祖父さんだ」

「えっ?」美子は奥野を見た。

「悠一君の母親は、彼とそっくりで、それはそれは美しい人だった。そして本当は兄なのだが、戸籍上では父親の妻だ。今の妻は後妻に当たる。そんな複雑な関係なのだから、彼の苦難は、知っていることだけでも、かなり悲惨なものだった。

幼い頃から可愛かった悠一君は、祖父からも周囲の人からも愛されていた。しかし、美しい妻を父親に寝取られた永井俊一氏にしてみたら、憎悪と嫉妬の対象でしかなかった。

先妻――

つまり悠一君の母親が自殺を図り、養子縁組をして祖父の遺産を半分分与された幼い悠一君に群がる親戚縁者たち。そして、兄であり父でもある永井俊一氏の後妻までが、悠一君をもて遊んだ。

あの家に、彼が安住できる場所はなかったんだよ」

奥野は苦々しく語ってくれた。

夜な夜な繰り広げられる歪んだ愛欲に、幼い悠一の精神は侵された。

あの器量だ。多くの人から愛され、アプローチされるたびに、繰り返される悪夢。

大いなる遺産を遺した祖父の好色が、人としてのモラルを破壊し、子々孫々に大きな傷痕を残したのだろう。その苦悩と恐れ、自虐的な行為は、その歪んだ生い立ちのせいだとも言える。

美子だって、貧乏と暴力に怯え、その毒牙にかかる寸前で助け出されたからわかる。

あの地獄にいたら、愛欲に溺れたら、二度と他人など信じられないだろう。

幸せを諦めた悠一の心の闇に、美子は初めて気がついた。

あの無防備な寝顔、寝返り、吐息。

天敵でもある父親との束の間の再会。

親子の情愛どころか、大人たちの愛憎劇に翻弄された幼い子供。

一人ぼっちで生きてきた。賢く、美しく、財産を持っていても満たされない思い。歪んだ心。遊びの一環だと思っていたマコや三上のような、性同一性障害を思わせる別人格。

どこまでが本来の永井悠一なのか。一体、どれだけの人格が、この体をシェアしているのだろうか。

たとえようのない不安。理解不能な現実への恐怖。それでも積もる、永井への愛。

彼の姿を、知らず知らず追いかけている。気になって仕方がない。

どんな形でもいいから、近くにいたいと思う。

たとえ、奥野の好意を利用してでも。

こんなに打算と欲望に満ちた性格だっただろうか。

恋は、女を美しくも、醜悪にもする。

「きっと、悠一社長のお母様って、綺麗な方だったんでしょうね。社長が女装された時の美しさったら……とても、かなう女性はいないですよね」

そう言いながら、ほとばしる涙を拭いもせず、笑おうとする美子の頭を、奥野は優しく撫でた。そして、抱きしめた。

美子は、その逞しく温かい胸に顔をうずめ、そっと泣いた。

美子が愛していること自体が、永井社長の苦悩になるのなら、諦めるしかない。

絶対に振り向いてもらえないのなら、自分を愛し、大切にしてくれる人と共に生きた方が幸せかもしれない。

涙も枯れ果て、やっと笑顔を取り戻した美子は、

「こんな私でも、本当にいいんですか?」と、赤く泣き腫らした目で、まっすぐ奥野を見つめて言った。

『怯えた小動物みたいだ』

そう思いながら、奥野は壊れないように、そっと抱擁した。

「好きな気持ちに嘘はつかなくてもいいよ。ただ、僕の近くにいてさえくれれば。大事にするよ。きっと、幸せにするから」

そう囁き、唇を重ねた。

拒否はされなかったが、能動的で、まだどこかに迷いのある接吻だった。







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