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(第51章 もう一つの人格?性同一性障害かトラウマか?)

美子がビジネススーツに着替えて悠一の前に姿を見せると、少し首をひねって「まあ、いいか。とりあえず、この資料に目を通して」と簡単な一枚の紙を渡される。「qrコードが載っているから、少しづつ目を通しておいて」と。

時間が無いから、これから行く所について説明するね。さっきのペラ用紙に書いてあるのは僕が代表を務める財団法人関係なので、当分は必要ないかな?美子ちゃんには極秘事項の、誰も知らない仕事を担当してもらおうと思っている。だから、絶対、誰にも言わないように」と厳しい目をして顔を近づける。「はい、もちろんです」と応えると悠一は笑顔になって話を続ける。「これから行くところでは三上雄馬というベンチャー企業の社長としての肩書を持った別人格として行動するから、驚かないでね」と、悪戯そうな顔になる。戸惑いながら神妙な顔をして頷く。「最初なので混乱すると思うけど、ブログやフェイスブックではこの名前で動いているんだ。三上は母方の名字。雄馬は、“ユウ”って呼ばれた時に反応できるよう自分で命名したものなんだ。永井の名前では動きにくい、まあスパイみたいな感じだから。それに、永井家の資産を目的に近づく人を退ける意味もあるし、自分らしくあるために作った別人格だと思ってもらいたい。これも時間がある時に検索して理解してもらいたいが、今は簡単に紹介するね」と言って、コンピューターの画面を操作した。そこには、美しく化粧した別人のような悠一の姿が映っていた。

「三上雄馬は性同一性障害でオタク。生まれも素性も世間には知られていない。恋人でさえ何者かも知らない。もちろん秘書たちも両親も知らない。キミと私だけの秘密だからね。他言したら、命の保証は無いと思っていてくれる?」と言う目は怖かった。

美子は、今までの陽光が陰り、空が雲に覆われて今にも雨が降ってきそうな窓の外を見た。結構時間が流れ、黄昏時の空は色とりどりに変化し、美しく輝いている。

コンピューターの画面に視点を集中する。ほとんどが英語で、ムービーもネイティブな会話やジョークで溢れていた。

「本当に社長なんですか?信じられない」と目を見張る美子。

「世界に自由に発信できるツールが欲しかったんだ。最初は、ほんの悪戯気分で妄想を吐き出す場でしかなかった。そのうち仲間や賛同してくれるネット上のチームができ、それぞれの才能を活かして遊んでいたら、いつの間にか2万もの『いいね』がもらえて、面白くなって夢中になっていたら人気ブロガー、“時の人”と騒がれて活動を中断したんだ。しかし数年後に開くと、ニセ者まで現れて炎上している。その上、社会現象にまでなっている。生んだのは私だ。この動きを終息させるか、実りのある方向にベクトルを向けるべきか、随分迷って、この人気に乗って新たなステージへ向かおうと決意した。そしてリアルな出会いと現実レベルでの改革のために、ベンチャー企業の支援と同じ夢に向かう仲間の発掘のために、何か月かに一度、三上雄馬として顔を出している。なので、この名刺は三上で動く時にしか必要ない」と言って、金色のヘビ皮らしきもので作ったオリジナルの名刺入れを美子に渡した。

中から名刺を出すと、電話番号や住所の代わりに、様々なURLやホームページ、ブログやインスタのアドレスが羅列されていた。よく見ると、名刺そのものが三上のライオンのような美しい化粧を施された顔になっていた。デザイン的にもユニークで、一度見たら忘れられない。目の部分を開くとiPhone13でしか読み取れないくらい小さな文字でパスワードが示されており、会ってこの名刺をもらった人にしか入れないコミュニティやセミナーがあるようだった。左目を開くとブルーの瞳で、やはり裸眼では読み取れないくらい小さな文字でWEB会議の番号が示されているようだ。

「今日は、この名刺は3枚しか持って行かない。必要がない場合もあるが、私が指示した人にだけ、人目につかない場所で渡してほしい」と。

「しばらくネット情報を読み込んで、今日の集まりの目的や参加企業のことなど、把握できる範囲でしておいてもらえないだろうか?私はパーティのために着替えてくるから。キミの服もドレッサーの中から選んで着替えておいてほしい。今日のドレスコードは青と赤色だ。その両方の色を洋服か持ち物に無いと入場は断られるので、要注意」と言い、自分の部屋に消えて行った。

コンピューターの画面には、日本人かどうかもわからない中性的な美しい雄馬という麗人が、様々な格好で、世界のあちらこちらでポーズを取って映っていた。美しい。カメラアングルも微妙な光の具合もアーティスティックで、思わず見惚れてしまいそうになる。このカメラマンも映像チームも只者ではないとわかる。映像の中で、たまに聞こえてくる雑談は英語ではない。もちろん日本語などでもなく、美子が聞いたことのない言葉ばかりだ。バックグラウンドミュージックにも馴染みがない。

三上雄馬の国籍もわからないようにカモフラージュされている。まるでディズニー映画でも見ているかのようだった。一緒にいる女装している男性たちも、ギリシャ神話に出てきそうな麗人ばかりだった。怪しげな数々の写真が、あの爽やかな青年実業家の永井悠一とは重ねられなかった。

「まだ、着替えていないの?」と階段を降りてくる姿を見て、美子は腰を抜かしそうになった。真っ赤なドレスに、コバルトブルーのレース編みショール。頭にはブルーのバラで結われている髪は金髪で、片目はブルー、もう片方は金色のカラーコンタクトが入っているようで、不思議な美しさだった。声もややハスキーで、先ほどのよく通る男前の声ではなかった。

「仕方ないなあ。私がコーディネートしてあげよう。でもカラーコンタクトしてるから、色はわからないから、自分でしてよね」と、どこかオネエ言葉だ。

まるで別人格、混乱する頭で美子はドレッサーを開け、選んでくれる怪しげな人を呆然と眺めていた。「美子ちゃんは、むしろ男らしさでアプローチしてみようか?そのままドレスで着飾ったら私の魅力が薄れるもの」と、ブルーのスーツを選んで真っ赤なチーフを胸元にバラの花のように飾ってくれた。

「器用ですね」と驚くと、髪も金髪にところどころブルーが入ったかつらを被らされ、顔はみるみる男らしく化粧され、最後にシルバーのように光るブルーのカラーコンタクトを入れられた。「ちょっと、声を出してみてごらん」と言われ、できるだけ低音で喋ると真剣に大笑いされた。

「最初はそんなものだ。いいよ、充分面白い」と言われ少しムッとした。

「本当の自分でいられる、自分がイメージしたままの自分でいられる場所にお連れしよう」と、途中で女装していることを思い出しオネエ調になったが、ハイヒールを履いて、ますます背が高い永井の後を華奢な少年のような美子が続く。使用人は誰もいない広い空間で、美子は魔法にでもかかったような気持ちだった。

しばらくすると、派手な外車が迎えに来てくれた。もちろん運転手は筋肉隆々の腕にタトゥーの入った白人の若者だった。「グッジョブ」と言ってウインクをした。美子も低いドスの効いた声で「サンクス」と答えて車に男性らしく乗った。チラリと横の永井を見ると愉快そうに笑っていた。

会場はウォーターフロントの大きな倉庫をリノベーションしたクラブのようだった。ただ、入口には【貸し切り ピンクの猫】と書かれていた。下のボードには英語はもちろん、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ハングル文字、アラビア文字まであった。集まる人の国籍の多さを予感させた。

中に入るとスマートフォンにある予約ナンバーを告げるだけでよかった。清算も確認もスマートフォンで決済されるのが当たり前の世の中なのだ。しかし、美子はブルガリのブレスレットだと思っていたが、永井はそれを機械にタッチしただけで入場していた。携帯もピンクで、いつも持っているものよりコンパクトだった。永井悠一から三上雄馬の世界に入った証拠でもあった。

入場すると、多くの人が三上の元に走り寄り、口々に称賛しているようだった。多言語なので全部が理解できるわけではないが、顔を見ればわかる。人間は言葉がわからなくてもボディランゲージでコミュニケーションできる。美子が世界を旅してたどり着いた結論だった。宗教や政治や環境や文化が違っても、喜怒哀楽は顔や態度で理解できた。

皆が知らない相手に恐れや不安を感じながらも、興味や好奇心、親しみを抱いてくれているのがわかった。遠く小さな国でも日本人気は高かった。おかげで美子は様々な恩恵を受けることができた。先人たちの貢献に改めて頭を垂れる思いだった。世界を旅して余計に日本が好きになり、同時に自己概念も高まり、自信も湧いた。

三上を囲むフレンドリーな海外の人々の顔を見れば、三上がどれだけ皆から崇拝され愛されているのかわかる。「彼女に名刺を渡してきてくれ」と耳元で囁かれた。びっくりして三上の視線の方向を見ると、全身真っ赤な衣に包まれ、顔だけ薄いブルーの透明な布で覆い、大きなブルーの瞳だけを見せる美しい女性がいた。「ナンバー358と名乗れば了解するだろう」と言われ、女性が一人になった時を狙ってシャンペンを持って近づき、「はじめまして。358からカードをお渡しするように預かっております」と、英語、中国語、アラビア語でも言ってみると反応した。

「ありがとう」と言う日本語は外人のものだったし、声は男性そのものだった。できるだけ心の動揺を見抜かれないように会釈して笑顔を作る。目は笑っていたかもしれないが、カラーコンタクトなのでわからないだろう。相手も真っ赤なカードをくれた。名前らしきものとURLだけが記載されているシンプルなものだったが、異国の甘い花の香りがした。

男装している美子にもアプローチしてくる人は絶えなかった。しかし、三上の秘書という仕事に徹して会話もそこそこに逃げている様子を見て、三上は「楽しみなさい。今日はお仕事はおしまい。いい人がいたらフケてもいいわよ。ご苦労様」と言った。途方に暮れていた美子に、連れて来てくれた三上の顔に泥を塗るような行動は慎むよう促していた。

そう思っているのが見え見えだったのか、三上は大きなため息を吐き、綺麗なピンクのカクテルを勧めてくれた。そこから意識が消え、起きると翌朝だった。どうやって帰ってきたのかさえ記憶にない。もっと言えば、ちゃんとパジャマに着替えている。頭から汗がしたたり落ちているのを感じた。








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