(第44章 海外留学、バイリンガルな女性に変貌)
永井財団から援助されて、美子は大学に進んだ。学生寮での生活は新鮮だった。過去の自分を知らない。そして、どこの何者かも知らない。まったく新しい人間として、何も恐れるもののない平和な日々を暮らしている。
英語の得意な美子は留学して、恋人もできた。頭が良くて勘もいい。オリエンタルの美貌を誇り、気立ての良い美子の周りには、いつも友人たちが集まり笑顔が絶えない。
海外に行くと、自分よりももっと貧困な生活をしている子供たちも目にする。日本以上に海外の貧富の差は大きい。後進国などでは、少ないお金のためなら殺しも平気でする。人を人とも思わない国家だってある。曲がった教育によって、憎悪を植え付け、敵対させられた国民の悲劇。正しいことが良いことだとは限らないということも。力がなければ大切な者を助けられない、守れないということも。平和な日本にいたら気づけないことを、海外を旅し留学してそこに住んで初めて知ることができた。
あの日、バス停で永井と会わなければ、こんな世界を知ることもなかった。様々な経験ができたのも、一流の教育を受けられたのも、永井社長のおかげだ。いつか恩返ししたい。そんな思いが日々募って、永井のことばかり考えてしまう自分に苦笑してしまう。恋人ができても比べてしまう。自分なんて永井社長に相手されるはずなどないのは分かりきっている。
でも、あの胸に抱かれる夢を見て赤面してしまう。他の人など考えられない。様々な資格を取って、永井社長の元で仕事ができるのを夢見ていた。数社ある永井が経営しているらしい会社に訪問もしたが、「今は募集していない」と断られるばかりだった。
帰国して葵に会った。一番永井社長の近くにいると思ったからだったが、「あの時以来、お会いしてないなぁ。っていうより、あんなこと異例中の異例なんだから。あんなごちそう食べたことなかったし、美子ちゃんのおかげで、あの時は贅沢させてもらってありがたかったよ」と気さくに言う。「ため口とか言って、親しそうだったから」と言うと、「私って、どんなにすごい人の前でも態度が変わらなくて、皆から呆れられるのよ。美子ちゃんとも、すぐ打ち解けて友達みたいになっちゃって、仕事なのに。本当に社会人としての常識がないのよね」と苦笑する。「私、永井社長の元で仕事がしたいの。頂いた恩を返したいの。それが目標で頑張ってきたんだもの」と、いささか熱を帯びて言うので葵をびっくりさせてしまった。「もしかして、永井社長が好きなの?」と葵が意地悪そうに笑う。「身分違いだと分かっているの。でも、近くにいられるだけでいいから。お役に立ちたいの」と顔も真っ赤だった。
葵は「確か、お手伝いさんが急に辞めて困っているって聞いたけど。沢山ある会社も雇われ社長に任せて行かないみたいだし、家にもあまり帰らないようだけど、会えるとしたらまだ家の方がいいかも」と言う。「張り紙を見たとでも言えば、面接してくれるかしら?」と美子が言うと、「わかった、わかった。連絡してあげる」と言ってスマホですぐに電話をしてアポを取ってくれた。別れ際に「恋せよ乙女」と言って、背中をポンポン叩き元気づけてくれた。




