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(第42章 田中美子の初恋)



夜のラッシュなのか、道は混んでいた。それでも20分前にはお店に着いた。入ると、永井はもう一人の男性とバーカウンターのような所でビールを飲んでいた。葵はフロアマネージャーらしき人と永井のところへ行き、何やら話している。永井が美子の方を見て驚き、そして美子の元に来て言った。

「いやぁ、ビックリしたなぁ。本当に昨夜の彼女?」

頭からつま先まで美子を眺め回す。

「これは掘り出し物ですぜ。高くうれそうですね、親分」と、葵が時代劇の悪者のような声色で永井の耳元に囁いた。

「本当だ、上物だよ。って何者だよ」と永井が爆笑する。

「大阪人は、すぐのるから面白いでしょ?」と葵も笑う。

「僕はこう見えても江戸っ子なんだけどな。ここんところ大阪にいるせいで、お笑いがうつっちゃったみたいだ」と永井は笑う。

「葵ちゃんじゃないか。すっかり綺麗になって、相変わらずお茶目だね」と、永井の後ろから30代らしい男性が声をかけた。

「奥野先生、お久しぶりです」と葵が挨拶し、美子を紹介する。

「この子、親の借金のカタに売り飛ばされそうになって逃げて来たみたいなの。助けてあげて」

「こんな所では何だから、席に着いて、ゆっくり話を聞こう」と言い、支配人らしき恰幅の良い男性に合図すると、颯爽とした男前が席まで案内してくれた。

レストランは満席で、品の良さそうな人々が笑顔で会食していた。4人はその脇を通り、一番奥にあるドアを開いて特別室に通された。中は広々としており、レストランの喧騒が嘘のように静かで、ピアノソナタが流れていた。

「ショパンか。ここに来るとホッとする」と永井が席に着き、飲み物をオーダーする。

「お嬢様たちはまだ未成年なので、何かソフトドリンクを」と言うのを、葵は制して言った。

「私は先月、20歳になったんですが」

「そうなの? おめでとう。じゃあ、シャンペンを。いいのある?」

3人は運ばれてきたシャンペンで乾杯。美子には梅酒を炭酸で割ったような食前酒が用意された。梅酒は母が漬けていたので飲んだことがある。アルコール度はほぼなく、梅ジュースと呼んだ方が適切だった。

キャビアやカラスミ、ウニやトロ、赤貝など、今まで食べたことのないものばかりで、美子は美味しいのかさえわからなかった。目にも美しく、野菜の甘さやジューシーさに驚く。テーブルマナーもわからないが、永井が「箸を持って来てくれる?」と率先して食べ、美子にも勧めてくれたので、マナーを気にせず食べることができた。細やかな思いやりに、美子は感動していた。

『魔法にかかったシンデレラみたい』と、美子は今にも消えてしまいそうな至福の時に身を委ねた。

「このオジサン、弁護士なんだ。きっと役に立つと思うから紹介しようと思って。奥野隆さんだ。明日アポイントメント取っているので、相談するといい。時間や場所は奥野先生と直接打ち合わせしておいて」と永井が言い、世間話で盛り上がった。

「酒の席では難しいことはなしにしよう」と、永井は美子のこともあれこれ聞かない。

『お金持ちは、こんなに贅沢なものを食しているのだろうか?』と、美子は母のことを思い胸が詰まった。

「どうしたの? 口に合わない?」と永井。

「いえ、とっても美味しいです。って言うか、食べたことのないものばかりで、多すぎてお腹がいっぱい。残ったの、もったいないからお母さんに持って帰って食べさせてあげたい」と言い、涙が溢れ「ごめんなさい」と嗚咽に変わった。

すぐに葵が席を立ち、美子を抱きしめ、背中をポンポンと叩く。しばらくしたら落ち着いてきた。

「美子ちゃん。デザートここは食べ放題なの。甘い物は幸福ホルモンが出るらしいよ」と葵。メニューを見ながら悩む。

「フォンデンショコラもいいけど、バナナのミルフィールもクレームブリュレも外せない。でもやっぱりイチゴショートは間違いない」

「全部頼んだら? 少しずつ味見して、気に入ったものを食べればいい」と奥野先生が笑う。

「そうそう、ここのスイーツはミシュランの5つ星に輝くパリのお店で修業したパティシエだから、食べなきゃ損。日本人の口に合わせて甘みも抑えているから、いくらでもいけるよ。デザートは別腹らしいから」と永井も笑う。

口に含むと、確かに幸せな気分になった。お腹いっぱいなのに、初めて食べるケーキに心まで溶けそうだ。不安でいっぱいなのに、笑っている自分が嘘のようだった。その日は永井社長は奥野先生と次の店に飲みに行くと言い、その店で別れた。葵はホテルまで美子を送り、「じゃあ、また明日」と言ってタクシーに乗って帰った。

次の日、奥野先生がホテルまで来てくれ、ランチもごちそうになった。

「大丈夫。後のことは任せておきなさい。それより、美子ちゃんには、何かしたいこととか夢はあるの?」

「高校の先生には奨学金で大学にも行ける成績だとは言われましたが、どうせ風俗か何かで借金を返すしかないと覚悟していたので、夢なんて考えたこともありません」と美子。

奥野の顔が険しくなる。「親族の者だと言って、高校にも行っていいかな?」

「そこまでしていただいて、ご迷惑では?」

「未来を担う優秀な若者は、日本の宝でしょう?」

「宝なんて、とんでもない。そんな才能、私になんてあるわけない」と美子が言い終わらないうちに、奥野は続けた。

「自分の夢がまだ見つからないなら、大学に行って色々な人と出会って見つけたらいい。それからでも遅くはない。永井社長も心配しているし、僕に一任されているから、任せてもらっていいかな?」

ネガティブな言葉は制され、美子は頷くしかなかった。

『【出会いによって人生は変わる】って葵さんが言っていた。どこにも行くところがない。今、差し伸べられている手に縋りついてでも、人生を変えたい。閉ざされていた道が開かれて、戸惑っている場合じゃない。成功哲学を他人事のように嘲笑して読んでいたけれど、試してみたい。どこまでやれるのか? 何ができるのか?』密かな希望に胸を膨らませ、かすかに顔が熱くなる。

「大丈夫。みんなでキミを守ってあげる。心配しないで、楽しむといい。人生で一番いい年頃なんだから。遊ばなくっちゃもったいないよ」と奥野先生はお茶目にガッツポーズをし、笑わせてくれた。






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