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(第37章 田中美子の悲惨な現実)
恋を重ねた人ほど人間力が育まれ、人の痛みやニーズにも敏感になると言う人がいる。
「成功は山のような失敗の上にしかない」とも言われるように、「苦労は買ってでもした方がいい」などと成功哲学を語る人もいるだろう。
しかし、生まれつき貧困と過酷な状況下で、恋だの夢だのと浮ついた幸せをイメージすることすらできない女性もいる。
田中美子は、生まれてからこのかた、幸せな家庭というものを知らない。子どもが親を目掛けて生まれてくると言うけれど、この奈落のような場所に生まれたのは、「前世でよほど悪いことでもしたのか?」と思って諦めるしかないのかもしれない。「親の因果が子に報い」だとしたら、流されるしかない。この運命に抗う術を、美子は知らなかった。
高校3年生の冬と言えば、皆の心は受験でいっぱい。将来を決める大事な時期でもあり、恋にウツツを抜かしている場合ではない。人生の正念場とも言える。
推薦枠で大学が決まった友人たちだけは、卒業旅行や新たな生活に夢を馳せて浮足立っていた。しかし、そんな優雅な夢など無縁な美子は、数年前から目立たぬよう存在感を消して生きてきた。成績は良くても、大学に進学できるはずもない。貧困家庭であるうえに借金まみれで、身売りせねばならないことも暗に想像できた。




