(第31章 俊一の憂鬱)
ヒトミは献身的に俊一に尽くしてくれた。ヒトミの母親はお金目的で会いに来た。幼い頃からヒトミの母も、お金で売られ、悲惨な人生を送っていたようだった。そして、戸籍を取り寄せて調べてみると、ヒトミの祖母が泰三が愛したミカコだったと知る。つまり、カスミの妹の子どもがヒトミだと知ったとき、この因縁の深さに悪寒が走った。繰り返される愛憎劇。
忙しさにかまけて家を留守がちにしていた俊一は、ヒトミと悠一の関係に気づき、悠一に初めて手をあげた。いや、怒りにかられ、殺しそうになった。あの時のように。俊一は今、精神病棟で治療中である。あの時の怒りが蘇り、恐怖を覚えて奥野に依頼したのだ。
「このままヒトミを妻にしていたら、また息子、いや弟に寝取られる。そうなったら、意識を失って何をしてしまうか分からない。すぐにヒトミとは離婚して、それなりの慰謝料を払い、貧乏暮らしをしている母親のもとに返してほしい。悠一には知らせないようにして。何しろ悠一とヒトミは血縁なのだから。近親関係まではいかないだろうが、今から手を打たなければ、どんな悲劇が繰り返されるかわからない。」
しかし、ときすでに遅し。ヒトミのお腹には悠一の子どもができていた。まだ悠一は中学生なのに。繰り返される淫行に、いつも残酷な終止符が打たれる。俊一の怒りは、いつも誰かの命を奪ってしまうのだ。この時もそうだった。悠一はカスミのようにはならなかったが、ヒトミのお腹にいた命は失われた。暴力を間近で見たヒトミは、ショックのあまり流産してしまったからだ。中学生との淫行は、法律的にも裁かれるところだった。どちらにしても、産まれることが許されない命だったのだ。
離婚届は俊一が病院で書いた。裏切った女性に会った時に、怒りを抑える自信がなかった。これ以上、愛した者を傷つけたくはなかった。ヒトミの中にカスミを追いかけ、また裏切られた。この因縁に終止符を打つことはできないのだろうか。
俊一は、父と息子に妻を寝取られるという悲劇に、自分の運命を呪った
『それでも、Yの遺伝子、つまり精子に異常があるのに女性を抱きたくなるのが不思議だった。決して実を結ばないサクラの花のようだ。きっぱり一度で散るのが定め。女を奪った男なのに、悠一を憎めない。息子が生まれた時の喜びは嘘ではなかった。愛していた。事実を知るまでは。だから、カスミによく似た悠一を見るのは辛い。愛憎が心を乱す。未だに良い父親でありたいと願っている自分がいる。だから、分裂症になってしまったのだろうか。』
悠一からすると、母親は次々と変わり、父親は不在で話もしない。むしろ避けられているのがわかる。
「悠一の美しさに群がる人々が羨ましい。もしかしたら、孫になる子どもを殺させた。自分は何度、他人を殺めたら気が済むのだろう。表向きは成功者、優秀な経営者、慈悲深い資産家などと言われ、仮面を被って精神を病んで。愛を求めながら決して報いられない。愛する者も、この手からすり抜け、砂のようにこぼれてしまう。」
俊一の孤独を癒してくれる者は誰もいない。奥野弁護士だけが、隣で何も言わずに酒の相手をしてくれる。
「俺なんかに好かれても仕方ないだろうけど、永井家の、特に貴方のことは尊敬しているし、好きだなあ」と笑って酒を注いでくれる。いつも、ここぞという時に一緒にいてくれる。病も積もり、すべて知って、それでも寄り添ってくれる。かけがえのない親友のような存在だった。
「本当は優しい人すぎるから、結局自分ばかりを攻撃してしまうんだよなあ。俊一さんは悪くない。間違ってもいない。たぶん運が悪いだけだ。でもさあ、そのくらいなきゃ平等じゃあないと思わないか?あんなにいい女性ばかりと結婚して、仕事も順調だし、能力も半端じゃない。」
そう、人は【承認の欲求】というものがある。誰でもいい。たった一人でも、自分を認め、尊重し、リスペクトしてくれる人がいれば頑張れる。
「奥野、お前が女だったら、この命をかけて愛し尽くすのになあ」と言うと、奥野は首をすくめて「男で良かったな」と笑った。




