(第30章 悠一の2人の父)
悠一は祖父が好きだった。もっと話を聞きたかった。祖父もまた、愛に翻弄され、愛する女性の面影を追い求めていたのではないか。鏡に映る自分の姿に話しかける。
「代々、好きな女のタイプが同じなんて、笑えるよね。お母さん似の僕は、ア二サキスのように自分に恋して、こうして鏡に映った自分を抱きしめていたら良かったのに。もう誰も愛さない。移ろいやすく、悲劇しか生まない愛憎劇に翻弄されるからいけない。父たちのようにはならない。恋は悲しい。辛い。自分がコントロールできなくなる。まるで流行り病のようなものだから。そんなことで人生を誤るなんて、ごめん被りたい」
それより、本当は父をずっと求めていたことに気づく。
もう、この世にはいない祖父・泰三に会いたかった。男同士で社会のことや経営のことを聞いてみたかった。せめて、僕が大人になるまで生きていて欲しかった。母に対して、父のことも僕のことも、祖父はどう思っていたのかを知りたかった。
記憶の中の祖父は、いつも優しく、懐が大きく、男らしい人だった気がする。それに比べて父の俊一は、向かい合っても何も喋ってくれない。苦しみや悲しみを胸の奥に秘めたまま、無理矢理悠一を愛そうとしていた気もする。しかし、その父も遠く海外に移住してしまった。
悠一が大きくなるまで、父は家政婦のように妻を何度も替えた。悠一の母親にふさわしい女性はいなかったと判断したからだろうか。美しい悠一を可愛がってくれた義母たちだったが、思春期を過ぎた頃から、何度も女に豹変して父を裏切った。それは、まだ少年だった悠一にとって恐怖でしかなかった。
「殺したカスミの怨念か」と、父は諦め、自分を責めていたと奥野弁護士から聞いたことがあった。美しく優秀な女性ばかりだったのに。母のカスミは、本当に二人の男を同時に愛したのだろうか。あるいは、ただ淫乱な性が疼いて体を重ねていただけではなかったのか。悠一に抱かれる女性も、決して心底愛して行為をしていたとは思えなかった。むしろ、体が繋がらなくても、心さえ繋がっていれば、そちらの方が幸せだったのではないか、とさえ思う。
母は、悠一のために父と結婚したのだろうか。そんなことは今になってみれば、どうでもいいことなのかもしれない。父と母が軽井沢で出会わなかったら、泰三は母を妻にして悠一を息子として認知する気はあったのだろうか。いや、きっと日陰の女性として隠されていたに違いない。あの頃の永井家には、ゴシップなど許されなかったはずだ。結婚する気があるなら、そもそも一人ぼっちでカスミを軽井沢に追いやったりはしないはずだから。
男のずるさがわかってしまう。自分も男だから。女性は、好きな人としか交わりたくないと言っていた。しかし、男は違う。体と心が一致しないことが多い。犬が電信柱を見るとつい足を上げてマーキングしてしまうのに似ている。一夫一妻というルールがない国では、百人もの妻がいて子どもも数えきれないほどいる。たった一人の女性だけを愛するのは、そもそも現実的ではない気もする。
泰三氏くらいの男であれば、あちこちに女性がいても不思議はない。財産とかいらないから、祖父の女性として悠一を産めば良かったのだ。いや、生まれなくても良かった。母が幸せで、今も生きていて欲しかった。どこからやり直せば運命は違ったのだろう。いや、そんな返れない過去のことばかり詮索しても何になるだろう。ただ確かに、結婚した時、カスミの母は父・俊一を本当に愛していたということ。祖父との関係を知られなかったら、ずっと父と家族として幸せに暮らせたのではないか。そしてまた、幸せの絶頂の時に愛する女性に死なれてしまったら、もう他の人を愛することなどできるのだろうか。カスミが死んだとき、きっと父も亡くなったのだ。ただ永井家のため、悠一のためだけに、妻を次々と替えたのではないだろうか。
だから、たぶん子どもなんて望まない40代の美しい女性ばかりに声をかけた。悠一は母になる女性たちを魅了し続けた。そして悠一が14歳の時、やってきたヒトミママに、恋に墜ちてしまった。今までと違い、若くて姉のような存在だった。いや違う。初めて会った時から恋していた。初恋だった。父の相手だとわかっていたのに、衝動が止められなかった。
男子校に通っていたので、同じ世代の女の子には免疫がなかった。施設で育ったらしく、気取りもなく純粋で庶民的なところが新鮮だった。父が経営していた施設にいたらしく、幼い頃から目をつけていたのだろうか。光源氏が紫の上を見初めたように。母のカスミによく似ていた。きっと父のストライクゾーンのタイプなのだろう。いや、男なら誰でも、大和撫子のような女性には弱いのではないだろうか。
名門でも資産家でもない娘を妻にするのも、母以来だった。賢くて財閥のお嬢様ばかりを妻にしていたせいで離婚を繰り返し、疲れ切っていた頃のことだ。




