表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/56

(第28章 繋がる命、遺伝子)



「ほら、男だけがYの遺伝子を持っているわけで、最近女ばかり生まれるのも、男のYが歪に変形していたり異常をきたしているせいなんだって。そもそも男の方が幼い頃の死亡率が高かったから、出生率も高く、生まれる比率も男の方が多かったのに、今は女子の方が圧倒的に多いし、子供ができても流産してしまうのは男のYの異常のせいらしい。沢山の文献を読んで驚いたよ。ウチなんか、俺以外は皆女なんだ。唯一の奥野家のYが俺には無いとわかって、奈落に落とされた気がしたよ。Yで、ルーツがわかるんだって。ユーラシア大陸に160万人の同じYを持つ男子がいるらしい。死体が見つかっていないのでDNA検査は確実ではないけれど、多分ジンギスカンの家系だそうだ。遊牧民族だった彼は侵略地では美しい女性を差し出すように言い、抱いて子孫、種を植え付けたそうだ。Yは制服のしるし。Xが女、大地なら、Yは男、種なんだ。そのYが危ないんだって。笑えるよな。男と生まれて種無しなんて。まるで、遺伝子操作された最近の果物みたいだ」と、奥野は俊一に説明していた。

「永井家のためにも、Yの遺伝子を継ぐ悠一君の存在は、ありがたいことかもしれないよ。僕には姉たちがいるけど、奥野家の遺伝子は寸断されたに等しい。連れ子でも、貰い子でも奥野家を守らなければならない。でも、実際は奥野のYは僕で終わりだ。しかし俊一君は一人っ子だろう?中国もそうだけど、一人っ子政策で、女性も間引かれていないし、男の遺伝子にも異常だらけで、人口現象や家の断絶はすごい数になるだろうね。せめて、父親のYを継承してくれる弟か、戸籍上の息子がいてくれただけでも、君の老後も永井家も安泰だ。遺産も守られ、社会に貢献したいという泰三氏や君の思いも遺せる。君の子供であるかどうかなんて、どちらでもいいじゃあないか。男の子なんて、大きくなれば、どこも他人みたいなものだから。もちろん、奥さんの浮気は許せないだろうが、死をもって清算したと思うしかないじゃあないか。一時期でも君が愛した女性なのだろう?もう死んだんだ。報いは受けたんだ。母親を何にしろ失った悠一君の悲しみを償わなければならない義務も君にはあるだろう?」

奥野は優しい口調で俊一の心に寄り添い、怒りや悲しみが自分にあることに気づかせ、次第に癒され、仕事に戻ることができた。人殺しのレッテルは闇に葬られ、誰も知らない。

奥野が胸に留め、裏で司法を動かして処理していたから、奥野は俊一の恩人でもあった。十歳下だが、誰にも言えない精子の異常という障害を持つ同士でもあった。人並外れた頭脳も同じ。こんな時代にもかかわらず、稼いでいる成功者でもあった。なのに、子供だけは望めない。

人は何故、無いものばかりに意識が捉われるのだろう。誰にだって欠けたものはあるはずだ。有り余る豊かさや才能がある分、報いられない不幸があって当然。何もかも満たされたなら、努力も必要なく、その分、達成感や乗り越えた時の人間的な成長や楽しみは無いだろう。そもそも人間は、考えてもどうしようもないことばかりに執着してしまうのは何故だろう。今目の前にある幸せまでも駄目にして、無い物ねだりをしてしまう。

そう、奥野が言うように、仕事は楽しかったし、美しい女性を次々に妻にした。男の「制服願望」はいつも満たされていた。大恋愛の後に結婚したカスミとの幸せな日々。裏切りが許せず、怒りを抑えられなかった。そして、一番大切なものを失ってしまった。もし命びろいしたのなら、謝りでも虚構でもいいから悠一と三人で家族として生活したかった。

妻は結婚したからといって、旦那の持ち物ではない。自分から離れてしまうのは耐え難いことだが、女性にも人生がある。モラルや規則で縛ってみても、正義感で相手を叱っても、心は自由だ。誰も心に思うことを止めることなどできない。次々と妻を変え、得たものと失ったものは同じくらいあった。しかし、どんな瞬間も輝いていた。裏切りも、打算も、女性の武器。能力の高い女性ほど頭がキレ、多くの成果を上げてくれる。社員なら取締役に抜擢したいところだ。

しかし、男は女性に安らぎと癒しを求めてしまう。少し頭が悪いくらいがちょうどいい、と言うと女性蔑視と非難されそうだが。緊張する美人よりも、天然のかわいい女性を好きになってしまう。事業には何の役にも立たないが、わからない分リスペクトしてくれるので嬉しい。

だから、年齢の離れたヒトミと結婚した。愛したカスミに似ていた。そのはずだ。血の繋がりがあったのだから。ヒトミの中に愛していたカスミの姿を求めていたのは認める。同時に「こんな娘がいたらいいのに」とも思った。父親の心境で、学も無いヒトミを育てるつもりで結婚した。まさか、まだ思春期で大人にもなっていない悠一と肉体関係を持つなんて思いも寄らなかった。悠一は俊一の中では3歳の子供のままだったからだ。まるで兄弟姉妹のようにじゃれ合っていた。その姿は眩しいほど可愛かった。

カスミ似の娘と息子がいたら、こんな風景だったと夢想して喜んでいた。しかし、悠一の中には父・泰三の血が流れていた。女性に対して節操がない。二人の醜い交わりを見たあの日のシーンと重なり、もう我慢できなかった。カスミの時とは違い、息子に怒りをぶつけたおかげで、ヒトミを殴らずに済んだ。しかし、そのショックでヒトミは流産し、二度と子供を産めない体になってしまった。

見て見ぬフリさえできたなら、あんな修羅場にはならなかっただろう。しかし、俊一の精神は昔のトラウマに捉われ、壊れてしまった。もう何事もなかったように過ごすことなどできなかった。しかも、カスミの時の殺人シーンが蘇り、俊一の精神を蝕んだ。その後の記憶は何もない。

奥野が駆けつけてくれた。呆然として反応のない俊一を抱きしめてくれた。

「キミは悪くない。可哀そうに。大丈夫だ。悠一君のケガは命に別条ない。ヒトミさんのお腹の子供は駄目だった。興奮し過ぎて流産してしまった。しかし、あの子供の父親は?やはり悠一君なのだろうか?法律的には罰せられる年齢なのに。生まれて来なくて良かったのかもしれないね」

奥野は励ましてくれた。

「もし僕の精子に異常が無かったなら、どちらの子供かわからないよね」と俊一は嘲笑的に笑った。

「どちらが修羅場か、わからないものだね」と奥野も言った。

「憎しみが勝手にしまって、感じたことはなかったけれど、あのバラ園でヒトミと悠一がじゃれ合っている姿を見ると幸せだった。ヒトミはカスミでもあり、カスミとの間にできた子供のようにも思えた。なのに、何故彼らはいつも裏切るのだろう。傷つけて失った宝物…」

女性は大地、男性は種を撒き征服するかのように、その遺伝子が広がる。しかし、絶滅する種もある。環境の変化や化学物質、薬や病で、種に異常が起こっている。子供ができないのは女性のせいにされてきたが、男性のY染色体が異常をきたしているという。医学の進歩で明らかにされた事実に、新たな人類の苦悩の幕が開かれるだろう。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ