表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/56

(第26章 解き明かされる悲劇の相関図)



そして、若き日の切ない恋物語や母の素性は、ジグソーパズルのように失っていた記憶を呼び起こし、ある事実に気がついた。

父の最後の妻はヒトミと言った。母によく似た女性で、悠一はすぐに好意を持った。一緒にいると兄弟だと間違えられた。年齢も六歳上で、一緒にじゃれ合っていたら、たまらなくなって唇を重ねていた。初恋だったかもしれない。

そのヒトミの祖母の名前がミカコだった気がする。母のカスミの母親も名前が同じだという事実を、ハル爺やに聞くまでは気がつかなかった。もしかしたらヒトミは母の姉妹の子供ではなかったのか?父は、母の面影をヒトミの中に見ていたのでは?どこかで祖父の恋の相手のことを知り、佐賀市でカスミの血縁者であるヒトミと出会い結婚したのではないだろうか?

カスミの生き別れた母親のミカコを探したのは祖父のため?それとも母のためだったのだろうか?そして、母の姿をヒトミの中に見つけて結婚した。それは悠一のためだったのか?愛情や思いやりが、ずれていく。幸せな家庭を夢見て努力しても報いられないことは、世の中に山ほどある。それどころか、思いもよらない誤解や誤算によって苦しむことの方が多いかもしれない。

「ネエ、ハル爺や、カスミ母さんとヒトミママは親戚なんじゃあないのかなぁ?」と言うと、ハル爺やの目が曇った。

「そうですよ。ヒトミ奥様は悠一様の従妹に当たると、俊一様が仰っていらっしゃいましたから。あの方も、家から放り出されてしまわれて、今はどこにいらっしゃるのか……。仲がよろしかったのに。時々、俊一様は癇癪を起されて、奥様たちを切り捨ててしまわれる。カスミ奥様を失くされて精神をやられてしまわれたのでしょうね」と、また一杯酒を飲み干した。

母のカスミは祖父に。そしてヒトミママは息子に孕ませられて、父の悲壮な心は壊れてしまったのではないだろうか。愛する者に裏切られて、思わず手が出て悲劇を生んだ。父は悪くない。むしろ被害者だ。貞操観念の無い母たちも悪い。その魅力に骨抜きされる男の悲しい性。そして、ヒトミと悠一は愛し合い、常に時を重ね、とうとう父に見つかり怒りをかって、死ぬほど痛めつけられた。

しかし、その時に激し過ぎる愛憎に身を焼かれたのは父自身だったのではないだろうか。悠一が病院から退院した時には、ヒトミママは離婚されており、どこにいるのか誰も知らなかった。しかし、ヒトミのお腹には悠一の子供ができていたはずだ。あの頃、ママに告白されて、未成年の悠一はどうして良いかわからず苦しんでいた。だから、退院して父が離縁してくれたことは、悩みが消えてホッと安堵したのが正直なところだった。あの頃は、まだ何も知らない子供だった。体だけが大人になっていった。ヒゲが生え、声が変わり、女性の体に興味が出て夢精してへこんだ。そんな時に、いつも家に自分の理想的な美しい女性がいたら、間違いは起こらないはずなどないだろう。

懐かしい母への恋慕?いや違う。一目惚れだった。初めて見た時からストライクゾーンに入っていたヒトミのことばかり考えていた。あの頃の悠一は快楽を覚えて溺れてしまい、まるで野獣のようにヒトミママを抱いた。ママも、自分だけを愛していると言ってくれた。なのに、追い出されるママを救うこともできず、父に打ちのめされた。

あれからずっと、ただ怯えて自分の部屋で耳を塞いで逃げていたような気がする。ヒトミママには二度と会えなかった。あの頃、父が怖かった。そして世間が、もっと怖かった。あの夜のママの悲鳴にも似た叫び声が、まだ耳に残っている。そしてたびたび夢に見る。二人の母たちは父に消されたのだ。父は悠一から次々と大好きな者たちを奪っていく。

そして、ハル爺やから告げられた真実に、頭が混乱し、悠一は初めて父に同情した。父の憎悪がたぎっていた目には、二度も妻を寝取られた男の悲哀があった。愛憎とはよく言ったものだ。悠一のことも含め、愛していればこそ憎しみが募るというパラドックス。

「ねえ、ハル爺や、ママとお父さん、いや兄は愛し合っていたんだろうか?一緒に庭を散歩してた?ママと一緒にいた時、兄は笑ってた?」と聞くと

「お父さんと仰ってください。あのことは、私と悠一様の内緒の話だったはず」と厳しくたしなめられた。

「ゴメン。そうだったね。でも、僕は母の時もママの時も子供だったんだ。大人の事情なんて、分からないよ。お父さんは、ずっと、あんなんだったの?」と言うと、涙が自然と出て止まらなかった。

「泣き上戸なのかな?」と誤魔化したが、

「やっぱり事実は告げるべきではありませんでした。悠一様には過酷すぎましたね。すいませんでした。あの頃、私も健康を害しておりまして、秘密を告げておかないと真実は闇の中に封印されたままになると思ってしまって。申し訳ありませんでした」と陳謝して机に頭をぶつけた。

思わず笑みがこぼれた。

「昔のことだよ。もうジイジも父もここにはいない。僕は帰って来たけれど、何も稼業について教えてくれる者もいない。なのに務まるだろうか?」と弱音を言うと「大丈夫ですとも。奥野先生が泰三様から一任されておりましたから。明日にでも、いらっしゃるはずです。安心なさい。さて、爺やも、これでお暇させて頂きとうございます。悠一様のお姿を人目見て退散しようと思って今まで頑張って参りましたけど、もうすぐ八十歳ですから、さすがに体が言うこと聞かんようになってしまって。本当は悠一様のご結婚の様子を見て、あの世で旦那様にご報告したかったんですが。もし、生きていたら、招待して頂けますか?」と言って、そのまま伏して寝入ってしまった。

使用人を呼んで、ゲストルームに寝かせた。悠一は、残った大吟醸を飲み干しても酔えなかった。祖父のために注がれた盃まで残らず飲んで、

「僕は生まれて来なかった方が良かったんじゃあないの?」と呟いた。

外には美しい満月が上がっていた。朧月夜だった。テラスに出て、赤ワインを開けて一人で乾杯した。月に向かって。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ