(第22章 奥野弁護士の苦悶)
奥野が大学の法学部に入学してすぐ出会った清美は、借りていたマンションのオーナーの娘で、当時は住んでいる学生皆が憧れるマドンナだった。奥野より年上だったが、優しく家庭的で、理想的な結婚相手だと誰もが思っていたはずだ。
なのに、年下の貧乏学生だった奥野に目をかけ、美味しい手料理をご馳走してくれるようになった。いつの間にか半同棲状態になり、包容力と色気を兼ね備えた年上の女性に、奥野は夢中になった。
同棲は清美の両親にも知られ、前途有望な秀才の奥野は歓迎され、未来の婿殿として大切にされた。学生結婚には奥野の両親は反対したが、清美が三十歳になった時、結婚を迫られ入籍した。弁護士資格を取得したら披露宴をする約束だった。
それよりも急がれていたのは子供だった。清美の実家を継ぐ子が欲しかったのだろう。男子を何人か産み、一人を養子に欲しいとまで言われていた。
性欲の強い年頃で、生活の世話をしてもらい勉学に集中できる環境はありがたかった。献身的に尽くしてくれる清美を、奥野は本当に愛していた。裕福な家の一人娘だったため、奥野に甲斐性がなくても生活に困ることはなかった。むしろ、夫を成功に導く妻になりたいと尽力してくれていた。
何ひとつ不満のない満ち足りた日々が三年続き、国家試験に向け猛勉強していた頃、清美の両親から人工授精の要望が出た。若さに任せ、飽きることなく清美を抱いていたのに、子供ができない。このままでは高齢出産になってしまう。両親は焦っていた。
『子供は授かるものだ。後継ぎの道具じゃない』
そう思い怒りすら覚えたが、清美と話し合い、決断した。若い奥野にとっては苦い経験だった。
「男には結婚適齢期はないからわからないの。女には子供を産むというミッションがあるの。私は一人っ子だったから、たくさんの子供が欲しいの」
涙ながらに言われ、奥野は妻の願いを叶えたいと思った。今まで何一つわがままを言わず尽くしてくれた年上の妻。その優しさに甘えてきた自分がいた。
だが、女の出産適齢期という現実が迫り、両親からのプレッシャーも重なって勉学に集中できなくなっていった。ついに人工授精を決断し、産婦人科へ行く。
雑誌やアダルトビデオが置かれた部屋で、自ら精子を採取し医師に渡した。「これなら実際の行為でもできるではないか」と、情けなさに傷ついた。
そこで知らされたのは、自分の精子の異常だった。形の歪み、正常な精子の欠如。子供はできないという現実。愛していても、妻の望むものを与えられない以上、別れを選ぶしかなかった。
天涯孤独になる覚悟を決め、奥野は無我夢中で勉学に打ち込み、弁護士資格をストレートで取得する。
その頃、産婦人科で何度か顔を合わせた男性から声をかけられた。それが永井俊一だった。医師から奥野の話を聞いたのだという。




