(第15章 美しいものは絶望を遠ざける)
悠一は成績優秀で有名国立大学を卒業し、パリのソルボンヌ大学で美学を学び、
美術や芸術にも関心を持った。
美意識や芸術的なセンスは経営にも必要だと考え、語学勉強を口実に海外を旅し、芸術品を収集した。
それは後に永井財団が美術館や博物館を創るきっかけとなった。
悠一は豊かな財力で世界を旅し、貧困国や戦争の被災地を訪れ、物資や金銭で現地の人々を支援した。
残虐な光景や悲惨な状況に目をつむるわけにはいかなかった。
それが、持てる者の使命だと考え始めたからだ。
悠一は後継人の奥野と密に連絡を取り、自衛隊や国を動かして避難民の命を救った。
自分が生きてきた世界がいかに恵まれていたかを知り、女性に溺れ、父を苦しめた過去の償いを果たすために、命をかけて医療現場や最悪な環境の避難民の中に飛び込んでいった。その活動は国際連盟でも認められ、ニューヨークで各国代表と対策会議を行った。
ネイティブな英語で忌憚なく意見を述べる悠一の姿は、時折ワールドニュースでも取り上げられた。
被災地や貧困社会に、永井財団の資金は惜しげもなく送られた。
川を作り、農作物を提供して飢餓を救い、学校や病院を建設し、
現地の生活を豊かにする産業も生み出した。
悠一が学んだ美学は、経営者に欠かせない学問だと実感させた。
耳を澄ませば美しい曲が聞こえ、目を閉じればルーブルを飾る美術品が生のエネルギーを感じさせる。
あの子供たちのいたずらそうな顔。空腹を満たしたときのはじける笑顔。
どんなに醜悪な場所にいても、心に夢や希望や愛があれば乗り越えられることを悠一は知った。
生きることへの執着と、生きたいという欲望。
「ただ安穏として富を貪っていた自分に欠けていたものは、これだ」と気づいた悠一は、旅を終え、再びこの家に帰ってきたのだった。




