9話
その後。私は時守とともに、白雪の家へ向かうことにした。
ちなみに家の場所はさっき松崎に聞いている。
学校近くのバス停でバスに乗り、降りて数分ほど歩いたところに白雪の家があるらしい。
バスから降り、時守と並んで住宅路を歩く。傍にはクロノスも一緒だ。
「クロノスさんは、常に夏凪さんと一緒にいるの?」
時守がクロノスに問う。ちなみに、喫茶店で存在を明かして以来、クロノスの姿は時守にも視認できるようになっている。
『まあな。なんだ、羨ましいのか?』
クロノスが、謎に胸を張って言う。
「べ、別にそう言うわけじゃない! ただちょっと気になっただけだよ!」
『本当かー? その割には随分慌ててるように見えるがなー』
「クロノス。気色の悪い言い方をしないで。あと時守も、キモいから動揺しないでくれる?」
「いや、別に動揺なんてしてないよ!」
そんなふうにくだらない話を交わしながら、三人並んで歩く。
にしても、未来人と悪魔という不可思議なやつらに挟まれて歩くのは、なんだか不思議な感覚だ。
現実の世界を生きていないみたい。まるでフィクションの世界に迷い込んだかのようで。
なんかこう、二人と比べて、ただの普通の人間である私だけ浮いている感じがする。
いや、時間を止める力を持っている時点で、私も普通の人間ってわけじゃないのかもだけれど。
『っていうか話変わるけど。別に課題を渡しに行くくらいお前一人でよくないか?』
すると、クロノスが時守を見ながら言う。それは私も思っていた。
「思った。別に課題を渡しに行くだけなんだし、男子一人で行ったっていいと思うんだけど。自意識過剰すぎない?」
私がはた迷惑な気持ちで、時守に言った。気持ちが顔に出ていたのか、時守は私の顔を見て、申し訳なさそうに肩を縮こまらせた。
「ごめんねー。……でもさ。同い年ならまだしも、成人男性が一人で高校生の家に行くのは、さすがにちょっと抵抗あるし」
「ん? 成人って。私たちまだ高校二年生でしょ?」
私は素朴な疑問を問いかける。すると時守は、あっ、うっかりしてた! みたいな顔をしだした。
「あっ、というか言ってなかったかも。あの、僕一応高校生としてこの時代で過ごしているけど、実年齢は25歳だから」
「えっ、マジ?」
……それは聞いてない。初耳だ。
でもたしかに、よく考えてみれば未成年の学生が管理局で働けるわけがない。
もちろん、未来の行政や社会の決まりが、今の時代と変わっている可能性は大いにある。けれど時間管理局とやらは、私たちくらいの年齢の人間が働いていいような職でもないだろうし。
でも、今まで深くは考えていなかった。だからてっきり、時代は違えど、普通に時守とは同い年のつもりでいた。
「……まあでも、言われてみれば見えなくもないわ。高校生というより大学生くらいの雰囲気があるし」
『たしかに』
「年相応に見られるのは嬉しいね。まあ、大学生じゃないけど」
年齢を偽ってまで潜入するなんて、管理官というのも大変な仕事だなぁ、と思う。
にしてもそのおかげで、私まで白雪の家に行く羽目になるなんて、迷惑極まりない話だ。まあ、そう思うのは私の性格が悪いが故なのだろうけれど。
私が、性格がひん曲がったクズ女だということは素直に認めよう。
でも、別に私はこれでいいと思っている。だって、これが私なのだから。
私は基本、自分の私利私欲のことしか考えない。人に優しくしたり、誰かのために動く私なんて、私じゃない。私は、根っからのインキャ。
ダークサイドへと落ちてしまった哀れなヒロイン。いや、私の人生という名の物語を生きる、主人公なのだから。
しばらく歩いていると、目的地に着いた。白雪の家だ。
白の壁と黒い屋根といった装飾の一軒家。二階建て。
家の外観は特段目立つようなデザインではないけれど、綺麗な見た目としっかりとした佇まいから、やたらとお金持ちなオーラが漂う。
『ほえー。なかなか上等な家に住んでるじゃねぇか!』
「たしかに。なんだか私の家とは大違いね」
私の家は普通のマンション。築年数も古く、パッとしない外観だ。
それに対しては不満なんてない。けれど、こうして一軒家を目の当たりにすると、少しばかり羨ましい気持ちが湧いてくる。……悔しいけれど。
「じゃあインターフォン鳴らしてくるね」
時守が先立って、玄関のドア前に行き、インターフォンを鳴らす。
数秒待っていると、インターフォン越しに、中から応答があった。
『……はい。……どちら様ですか?』
気弱な女の声。大人にしてはか細いし、何より聞き覚えのあるその声から、なんとなく白雪小春の声だとわかる。
「あっ、こんにちは。白雪小春さんのクラスメートの時守監志です。松崎先生に頼まれて、課題を届けにきました」
「えっ? あっ、はい。あっえっと、今出ます……」
通話が切れた。すると、忙しない足音が聞こえ始めた。
少しして、ドアが開く。
「あっ、……こ、こんにちは」
出てきたのは、白雪小春だった。丸メガネはかけているけれど、髪型はいつもの三つ編みヘアを崩しており、ストレートになっている。服装は、白いTシャツに長ズボンというラフな格好をしていた。
「えっ!? か、夏凪さんもきてくれたの……?」
白雪が私に気付き、一瞬声を上げた。
「時守が男一人で行くのは気がひけるから、着いてくるよう頼まれただけ」
「あっ、そっか。……ごめんね、わざわざ来てもらっちゃって」
そこまで低姿勢で謝れると、こちらが悪者みたいになるからやめてほしい。私がそんなことを考えていたら、時守が爽やかな笑顔を先方に向けた。
「こういうときはごめんねじゃなくて、ありがとうでいいんだよ」
「そ、そうだよね。あ、ありがとう。二人とも……」
白雪が照れくさそうにする。そして、また口を開いた。
「……でも、どうして時守君が届けに来てくれたの? ……私たち、お話ししたことなかったのに」
疑問はもっともだ。何も知らない彼女からすれば、下心で来たのではないかと疑っても不思議ではない。
「家が近いって理由で頼まれたんだよ」
「そ、そうだったんだ」
こういう時って、普通は仲のいい友達とかに届けさせるものだと思う。けれど、白雪は可哀想なことに、友達が皆無だ。外部に友達がいるのかは知らないけど、少なくともクラス内にはいないだろう。私と同じく、いつも一人で本を読んでいるような子だし。
松崎もそれをなんとなく理解した上で、一番家が近くて、なおかつ聞き分けのいい時守に託したのかもしれない。
「はいこれ。休んでいた分の課題」
「あっ、ありがとう」
時守が課題の入った封筒を、表彰状授与みたいに両手で手渡す。白雪もなんとなしにそれに倣い、両手で封筒を受け取った。
律儀な奴らだなぁ、と思った。
「……あの、よかったら二人とも、少し中で休んでいかない? わざわざ来てもらったから、何かお菓子でも用意するよ」
うわぁ、これまた余計なことを言い出した。白雪的には、大して仲良くもない私たちに届けに来てもらって、このままただで帰すのは気がひけるのかもしれない。
別にそんな気を遣ってもらわなくてもいいのに。こっちは早く帰りたいんだから。
「えっ、いやいいよ。夏凪さんはまだしも、僕は男だし」
ナイスだ時守。その言い訳に乗っかって、私も帰らせていただこう。
「夏凪さんもいるんだし、私は気にしないよ。わざわざ届けに来てもらって悪いから」
「そう? ならお言葉に甘えようかな」
えっ、ちょっと待て。なんでそうなる!
「夏凪さんはどう?」
「え、いや私は……」
白雪が私に目を向ける。
私は、用事があるとか適当な言い訳をつけて帰ろうとした。けれど―、
「僕的には男一人でお邪魔するのは落ち着かないから、夏凪さんも来てくれるとありがたいかな」
別に悪気なんてないんだろうけど、また時守が余計なことを言ってきた。そう言われると、地味に断りづらくなるじゃないか。
『ただでお菓子が食えるんなら、ありがてぇ話じゃねぇか』
クロノスが肘で肩を小突いてくる。……まあ、下手に断って微妙な空気になるくらいなら、ひとまずここは頷いておこう。
「……わかった。私もお邪魔するわ」
そうして、私たちは白雪の自宅にお邪魔することとなった。




