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7話

 その後。私は時守に連れられて、学校近くの喫茶店にやってきた。私の傍にはクロノスもいる。

 やってきたその喫茶店は、赤レンガ造りの小さなお店。三角屋根からちょこっと出た煙突が可愛らしく思える。まるで童話とかに出てきそうな家さながら。

中へと入り、向かい合いの二人席に座る。クロノスも私の隣に腰を下ろした。

『いったいこいつ、何者なんだ?』

「…………」

 時守の前でクロノスと話せないため、私は黙るしかない。けれど、クロノスの疑問は私も感じている。この時守監志という男、いったい何者なんだろう。さきほど私にした、時間を止められるよね? という発言は、冗談で言うにはあまりにも面白くない。

 仮に冗談だとしても、実際に私は時間を止められる。その事実をドンピシャで指摘できるなんて、偶然とは思い難い。

 席についてからほんの数秒、私がそんなことを考えていると、目の前に座る時守が口を開き始めた。

「急にきてもらってごめん。で、話の続きだけど……夏凪さんは、時間を止めることができるよね?」

 さっきと同じ問いかけだ。この問いかけをする彼は、心なしか普段の彼とは少し雰囲気が違う気がする。なんだかまるで、警察に尋問を受けている気分になる。けれど、彼が何者かはさておくも、変に動揺するのもまずいと思い、私は苦笑しながら誤魔化すことにした。

「……さっきから何言ってんの? 意味わかんないんだけど。もしかしてあなた厨二病? いたすぎるから早くそういうの卒業しなさいよ。わざわざさ喫茶店にまで呼び出してさ。馬鹿馬鹿しい……」

「でも、そんな馬鹿馬鹿しい話を聞いて、夏凪さんはここに来たよね? ふつうこんな意味のわからない話をされたら、適当にスルーすると思うんだけど。どうしてわざわざ来てくれたのかな?」

「そ、それは……」

『お前誤魔化すの下手すぎだろ! 逆にめちゃめちゃ怪しまれてるぜ?』

横からクロノスが指摘してくる。悔しいけど、たしかに自分でも下手だと思う。今まで人とのコミュニケーションを怠ってきた結果が、今まさに出てしまった。

けれど、いまさら後悔したって遅い。とりあえず今度は、私が時守に質問してみよう。

「……ていうか、あなたはなんでそう思うわけ?」

率直な疑問を投げかけた。すると時守は、背筋を伸ばして、一度姿勢を正す。

「〝ずっと君を監視していたから〟だよ」

「……え?」

一聞すると、ストーカーの発言にしか聞こえない。けれど、不思議と嫌悪感はなかった。その代わり、私は得体の知れない何かに踏み込んでしまったのではないかという、別の恐怖を感じた。それはもう、ストーカーに付き纏われているなんてレベルの恐怖じゃない。未知の何かに接触してしまったような。

「単刀直入に言うよ。……僕は―」

時守は私の目をじっと見て、微笑みながら言う―。

「―〝未来人〟なんだよね」

「…………は?」

先方から出されたカミングアウト。私はその発言に、理解が追いつかない。

「……何、言ってるの?」

「まあそりゃあ、信じられないよね」

時守は背もたれにもたれかかり、ふぅーっとため息をつく。だよね、はいはいわかってましたよ。みたいな感じで、ちょっと冷笑気味に。

……なんかこいつに笑われるとイラっとする。

「じゃあ、ゆっくり話させてもらうよ」

時守はそう言って背中を背もたれから離し、また体を前に出す。

「僕はこの令和の時代から遥か未来、二百年後の世界からやってきた、時間(じかん)管理局(かんりきょく)の者だ」

「時間管理、局?」

聞いたこともない局だ。

「信じられないかもだけど、僕が生きる時代では、時間という概念がとても身近になっていてね。当たり前のようにタイムトラベルができるようになっているんだ」

「……マジで?」

「うん、マジ。でね? みんなが時間を行き来できるようになったわけだけど、当然中にはそれを利用して悪巧みするような人間もいるわけさ。時間の流れを変えたり、大昔に遡って金銀財宝を盗んだりね。そうやって、本来の時間の流れを乱す者たちがいる。時間の流れを変えると、時間の流れが崩れて、最悪世界が崩壊しかねない」

「え……」

なんか急に怖い話になってきたな。

時守は続ける。

「だから本来、未来では時間の改変や介入は重罪なんだ。まあ、時間補正制度じかんほせいせいどという、時間管理局の局員だけが使える制度以外を除いてだけど」

「何それ?」

時守が説明してくれた。

時間補正制度。基本は時間の修正や改変は固く禁じられているけど、どうしても変えなければいけない時のみ、自身の残りの寿命(時間)を代償に時間の流れを修正できるという制度のことらしい。使った局員の残りの寿命(時間)の長さや短さによって、修正できる範囲は限られるらしいけど。

……まあよくわからないが、なんかそういうのがあるみたい。

「まあ、そんな感じ。話を戻すけど、時間の流れを乱す者たちを捕まえたり、阻止するのが、我々時間管理官の仕事ってわけ。……ここまでは、だいたいわかってくれたかな?」

「……あなたが言っている事が嘘かどうかは置いておいて。まあ、話の理解はできた」

「たすかるよ。それで最近、この時代あたりで急に時間の流れが止まる現象を感知してさ」

「っ……」

それを聞いて、少し体がびくついてしまった。急に蛇に巻きつかれたみたいに。

「時の流れが止まるなんて現象は前代未聞なんだよね。それでまだ断定的な研究結果は出てないけど、時空研究科の見解によると、時間が止まることによって時の流れにズレが生じてくるみたいなんだよ。それを聞いちゃったら管理局も動かないわけにはいかないから、その現象の根源を発見し、やめさせるために、僕がこの時代に派遣されて、今調査をしているところなんだ」

「……ふーん。……な、なるほどねぇー」

「で。調査している中で、時間を止める根源が、君が通っている学校の中にいるってとこまでたどり着いて。今年の春に転校生を装って君の学校に潜入したんだよ。まあそうしているうちに、二日前くらいかな? ほら、僕と下駄箱で鉢合わせたことあったじゃない?」

「……うん」

クロノスと初めて出会った日だ。クロノスと出会う数時間前、高井に画鋲を下駄箱に入れられていて、その画鋲を捨てに行こうとした際、時守と鉢合わせたのを覚えている。

「その日の夜に夏凪さんの近くを中心に時間停止反応を感知して、それから君に目星をつけていたんだよね。それから今日までの二日間、小型のスパイ衛生カメラで君を監視していたんだけどさ。夏凪さんが自宅前で突然消えたりするからびっくりしたよ。スパイ衛生も追跡できなくなって、おかげでバグを起こすし。こんなこと初めてだった。まあこれらの君の周りに起きる不審な現象を吟味するに、正直言うと僕の中では、今のところ君が今回の件の根源で確定だと捉えているよ」

よく喋るやつだな。オタクが早口で喋る時と相応だ。

にしても、ここまで言われると私も肩身が狭いというか、気づいたらかなり追い込まれているこの状況に危機感を覚えている。なんだか心臓の鼓動も早くなってきた。

いや、今は動揺している場合じゃない。それよりもまず、しっかり確かめないといけない。

「……ある程度、話は理解できた。でもまず、あなたが言っていることが本当だって証拠は?」

ぶっちゃけ、時守の言っていることはまだ半信半疑だ。未来だの時間管理局だの言われても、話が壮大すぎていまいちピンとこない。

いや、正直彼が嘘を言っているようには見れないけど、信じるにはまず、決定的な証拠を提示してもらわないと。

『お前、あんましこいつの話信じてないっぽいけど、俺の時はすんなり信じたよな? なんでだ?』

クロノスの言う通りだ。たしかに、クロノスと出会った際はすぐに信じられた。けれどあの時は、時間の止まった世界を目の当たりにしたからだ。わざわざ訊いてきたクロノスだけど、時守のいる前で返事をするわけにはいかないから、無視させていただく。

「……証拠か。じゃあ……そうだなぁ……」

私の問いかけに、時守は手を顎にやり、しばし考える素振りを見せる。

私からすれば、タイムトラベル系の話はラノベや漫画とかで腐るほど嗜んできた代物だ。だから、この手のSF話には私もある程度の知見が及んでいる。けれど、それはフィクションの世界ならの話。

どれだけ触れてきたSFも、急に現実世界に持ってこられれば、そりゃあすぐに受け入れられるわけがない。だって、話が完全にフィクションの世界だもの。私の耳には、漫画やアニメの話にしか聞こえない。

何かしら証拠やら決定的な何かがないと、そんなホイホイ信じられるわけがないのだ。

そして、数秒考え込んだ時守は、周りの客がこちらを見ていないことを確認し、ヒソヒソと私に話し出す。

「あんまりこの時代の人に見せるのはまずいけど、仕方ないか。……はい、これ」

時守は机の上に、何やら飴玉サイズの銀色の玉を置き、私に見せてきた。

「……これは何?」

「さっき話した、小型スパイ衛生カメラ。まあ、ちょっと見ててよ」

そう言って、時守はポケットからスマホのような端末を取り出す。見た目はスマホに似ているけど、それより二回りほど小さいし、よく見たらスマホの類ではないことがわかる。

すると彼は、その端末みたいなものを指で軽く操作しだした。それと同時に―。

「うわっ……」

玉は一センチほど浮かび上がり、何やら机上に映像を出してきた。よくSF映画とかで空中に映像が映し出されたりする未来的なシーンがある。それが今は机上に映し出されている、みたいな感じだ。

机上に映し出された映像には、今日の朝、私が自宅のマンション前で手を空にかざしているところが流れている。そして、私が消えるところまでしっかりと。消えたように見えたのは、私が時間停止をしてその場を離れたためだろう。

その後、故障したのかカメラは地に落ち、映像もノイズが入ったように途絶えた。

「これで信じてもらえたかな?」

「うーん……」

ちょっと唸ってしまったけど、ぶっちゃけもう信じるしかない。こんな未来感のあるカメラや、覚えのある私の朝の映像を流されるまでしたら、彼の話を疑う余地は無い。

「……まあ、というわけでさ。この時代を生きる君からすれば、かなりファンタジーな話に聞こえるかも知れないけど、全て本当の話だよ」

「……わかった。信じるわ」

「それはよかった。で、やっと本題に入るけど、君は時間を止められるんだよね?」

ここまできたら言い逃れはできそうにない。……潔く認めよう。

「……うん」

「そうか。……でも、どうしてそんなことができるの? もしかして君、僕が生きる時代よりも遥か未来の人間だったり?」

「……違う」

的外れだけど、彼の立場じゃそのくらいしか思いつかないのだろう。悪魔が存在するなんて想像できないだろうし。

「あっ。ちなみにだけど、変に嘘をついたりしたら、最悪の場合は君を秘密裏に処分することになるから、正直に話したほうが身のためだよ?」

「っ……」

先方が急に脅してきた。というか、本気なのだろう。さっきから彼との会話の中で、その時間管理局とやらにやたらと国家権力的な影がチラつく。彼の発言通り、下手に誤魔化そうもんなら本当に秘密裏に殺されそう。なんだか、身震いしてきた。

こうなれば、正直に悪魔の存在をバラすべきだろうか。良い言い訳も思いつかないし、下手に誤魔化したら逆にリスクがありそうだもの。

私は悩んだ末、チラリと隣に座る悪魔に目をやる。悪魔である彼の意見を聞きたい。

私の意図を汲み取ったのか、クロノスは私に意見した。

『悪魔の立場的には、悪魔の存在をバラすのは勘弁してほしいぜ。けどまあ、この感じだと遅かれ早かれその管理局とやらに悪魔の存在はバレるだろうし。俺的にはこの段階でこいつにバラして、今のうちに存在を口止めしとくのもありかもな。まあ、お前に任せるぜ』

たしかに、時守の目的は時間停止を止めることだ。それが遂行できたのならそれでいいわけだ。ならここで悪魔の存在をバラして、上手いこと口止めしておくという手も、悪魔であるクロノス的にはありなのかもしれない。

なら、決まりだ。

「……今から説明する」

私は時守の顔を見つめる。すると反射するように、時守も真剣な顔で私を見つめてきた。

「二日前の夜。私は悪魔と契約したの」

「…………はい?」

時守は眉を顰め、訳のわからなさそうな表情をする。

「これから何が起こっても、大声を出さないって約束してくれる?」

「え? あ、うん」

時守は肩に力を入れ、身構えた。

それを確認した私は、悪魔に姿を現すよう指示をする。

「クロノス、あなたの姿をこいつにも見せてあげて」

すると、私の掛け声とともに、クロノスがやれやれと言わんばかりに、時守の前に姿を現した。

『よっ! はじめましてだな』

「えっ!?」

突如私の隣に姿を現した悪魔を見て、時守は思わず声を上げる。それも店内に響き渡るくらいの声量で。

「ちょっと! 大声出さないでって言ったでしょ!?」

おかげで店内にいるほとんどの客が、何事かと言わんばかりの視線を、こちらに向けてきた。

私の指摘と周りの視線を感知した時守は咄嗟に、あっやべ、といった顔で、自身の口を手で押さえた。……そんなことしても遅いっての。

「いや、ごめん。……えっ、っていうかどちら様?」

時守は悪魔に目をやりながら、動揺したように問いかけた。しばらく経つと、周りの客はすぐに私たちから視線を外した。たぶん、ヤバい奴らだと思われていることだろう。時守はともかく、私までこの男と同類扱いされているのは侵害である。

クロノスは、時守の問いかけに答えた。

『俺は悪魔、クロノス。時間停止の力を持つ悪魔だぜ』

「……あ、悪魔?」

ちなみにクロノスは今、私と時守だけに姿が見られる状態。他の店内の客には、姿はわからない。

私にはずっとクロノスの姿は見えていたけど、時守はこの時初めて、悪魔の姿を視認したのだ。

そのため時守は、今でも落ち着きなく動揺したご様子。

それを見て、なんだか気分が良くなった。先ほどまでの立場が逆転している。

さっきまで私を脅してきていた男が、今は無様に慌てふためいている。その様子が非常に滑稽で、見ていて清々しい。

「早く慣れてね。さっさと説明したいから」

「……う、うん」

「じゃあ、説明するね。話は二日前の夜に遡るんだけど……」

私はそう言って、私が時間停止の力を手に入れた成り行きを、時守に説明した。

二日前の夜。トラックに轢かれそうになったのを、クロノスに助けてもらったこと。

その後契約を結んで、時間停止の力を手に入れたこと。

その翌日から、時間の止まった世界を謳歌してきたこと。

それらをある程度要約しながら説明した。

「……なるほど。まあ、事情はわかったよ」

私が話し終えると、時守は背もたれに背中をつけ、ため息をつく。急な展開に、頭が疲れたのかもしれない。

『俺の話になるんだけどさ。悪魔の存在は内緒にしといてくれるか? もし人間界に悪魔の存在が知れ渡ったら何かと面倒なんだ。バラしたりしたら、悪魔が総出で人間界を潰しに行くぜ?』

「うっ、わかったよ。僕的には時間停止を阻止できたらそれでいいから。時間停止現象は、悪魔の存在を伏せて上手く局に説明しとくよ」

時守はそう約束してくれた。そして少し間を置いて、また口を開く。

「……夏凪さんが力を得た経緯はわかった。それで、話の本題に戻るけど、この場で誓ってくれないかな? これからは時間停止の力を使わないって」

「……断ったら?」

「局が総出で君を潰しに行くね」

クロノスが使った脅し、そのまま使ってきやがった。こう言われると、私はもうどうしようもない。……けれど。

「……しばらくは、使わないって約束する。でも、一生使わないかは、まだ約束できない」

「……この場で約束してくれないと、僕は君を消すしかないんだけど」

「……なら、次に時間が止まったら、私を殺せばいい。それでよくない?」

そう。どの道私の人生は何もない。なら、時間の進む世界で生きることに、本当に耐えられなくなった時に、時間停止を使って最後に思いっきり満喫して、死ねばいい。

時間停止の世界に行けないのは、今すぐにでも髪をかきむしりたいくらいの絶望だ。けれど、使えば殺されるとまで言われれば、ギリ控えることもできる。

これから時間停止は、自分が死ぬ時の要因として使うことにしよう。

「……まあ、それでもいいけど。僕もできるだけ手荒な真似は控えたいしね。でもそういうことなら、もうしばらくはこの時代に残って、君を監視しなきゃならないかな」

「わかった。けど、その小型衛星なんちゃらカメラで常時監視するのはやめて。落ち着かないから」

「……うーん。まあいいよ。根元が君だってことはわかったし、時間が止まればこっちですぐにわかるしね」

 というわけで、とりあえず話はまとまった。なんだか無理やり丸め込んだり丸め込まれたりした感はあるけれど、致し方ない。

 それからしばらくして、私たちは店を後にした。


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