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17話

 神崎さんの助力を得て、私は三年後の、私が自死する日へとタイムスリップした。

 私が自殺する場所は、事前に神崎さんに調べてもらい、教えてもらった。都内にある、私が通う大学の屋上らしい。

 もうすっかり夜だ。星一つない真っ暗な空。私は、そんな空の下を駆け出した。ビルが立ち並ぶ街を走り続ける。まだ日付が変わる時間ではないせいか、人がまだたくさん外を出歩いていた。

 歩道橋を渡り、あらかじめ神崎さんに教えてもらった大学の所在地を目指す。

 走り続けるうちに、大学のキャンパスらしきものが見えてきた。おそらく、あそこだ。

 滑り込むように、敷地内へと入る。慣れない場所というか、初めてきた場所だ。どこへ行けばいいのかわからないけれど、とにかくいくつかある棟の屋上を見渡しながら、先を進む。……すると、

「あれは……」

 中央に設けられた棟の屋上に、人らしき影が確認できた。……らしきというか、完全に人だ。おそらくだけど、あれが未来の私。

 そのまま私は、その棟の中へとダッシュで入り、屋上を目指した。やがて最上階へと辿り着き、屋上へと通じるドアに手をかけ、屋上へと出た。

 ……その目の前には、

「……誰…………?」

 私のことを見るなり、驚いたような顔でこちらを見つめる大人の女性がいた。その人は屋上の端、一歩前へ足を動かせば、落ちるところまで立っていた。

 背は私よりやや高め。髪は今の私より少し長めだが、顔つきや雰囲気的にも、私はすぐに確信できた。彼女こそが、大学二年生になった私なのだと。

「…………」

 私は、なんの言葉も発さずに、目の前にいる未来の自分に歩み寄る。

「だ、誰よあなた……」

「高校二年生のあなたよ」

「……は?」

わけが分からなくて当然だろう。だから、私はゆっくりと事情を話した。

ある程度話し終えると、未来の私は理解が追いつかないながらも、ゆっくり咀嚼していくように、話を受け入れていってくれた。

「……嘘みたいな話だけど、たしかにあなた、昔の私にそっくりすぎるわね。……たぶん、あなたが過去から来た私だっていうことは、本当なんだと思う」

「信じてくれるんだね」

「……まあ。……で、あなたは私に何の用?」

未来の私は、睨みつけるようにこちらを見た。

「今から死のうとしているあなたを、止めにきた」

「……は?」

私は一度息を整えて、ゆっくりと口を開く。

「……なんで死のうと思ったの?」

私がそう問いかけると、未来の私は余計なお世話だと言わんばかりに、怒声を浴びせてきた。

「……別に、なんだっていいでしょ! ほっといてよ!」

「無理だよ。だって、あなたは私だもん。私が自分勝手で、なんだかんだで自分が大好きなことくらい、あなたも知っているでしょ? ほっとけるわけない」

「……ガキのあんたに、何がわかるのよ」

未来の私は、歯軋りしながら、今にも泣きそうな顔を必死に堪えていた。ガキの私に何がわかるのか。確かにその通りだ。いくら相手が自分だからって、私はまだ未成年の子供で、先方は成人した大人。きっと、私が目の前の自分の全てを、理解できるわけはないと思う。

いや……、それでも―。

「……たしかにね。私はまだ子供だし、あなたの気持ちなんてわからないと思う。……でも、なんでもいいから話してよ。……あなたの話が聞きたいの」

私の、未来の私の、大人になった私の話を聞きたい。純粋にそう思った。

私のことだ。きっと、対して今の私と中身は変わっていないかもしれない。三年経ったくらいじゃ、きっと大して成長もしていないと思う。けれど、聞きたかった。三年後の、成人の年齢を迎えて、形だけでも大人となった自分の気持ちを教えてほしかった。

「……どうして、死のうと思ったの?」

私が再度そう訊ねると、未来の私はやつれたように、それでいてもう全てがどうでもいいと開き直ったかのように、話し始めた。

「……疲れたのよ。……なんの価値も愛もない、……この窮屈でくだらない世界で生きることに、……いい加減疲れた…………」

「…………」

「……あなた高校生の時の私よね? だったらわかるでしょ。だって、高校の頃もずっとそう思っていたもの! 周の大人から早く進路決めろとか、早く大人になれとか言われてさ! 周りはどんどん自分の道に向けて頑張っているのに、私だけいつもその場にふさぎ込んで何にも成長しなかった。大人になんかなりたくない、ずっとこのまま子供でいたい。いつまでもずっと、このまま時間が止まればいいのにって、ずっとそう思ってた! ずっと居心地悪かったでしょ? 早く大人になれって、遠回しに急かしてくるこの世界が!」

先方の声がどんどん荒げていき、挙げ句の果てには涙すらも流れ出した。怒りで顔を赤く染め、今までの辛さを含んだような、悲しみに満ちた涙が混じり合い、奈落の底に落ちたかのような、絶望に満ちた表情をしていた。

「……うん。……居心地悪かったよ。……いつも周りに早く大人になれって言われているみたいで。なんだか自分が劣っているように思えて。……ずっと辛かったよ。何度も、もう死んだ方がマシなんじゃないかって思ったよ」

……わかる。わかるよ。周りの子達はみんなそれぞれ進路を決めようとしている中で、私だけが何にも決められていなくて、大人になるのが嫌で、怖くて、進路希望表を白紙で出していた。目の前にいる私は、結局、大学に進学する道を選んだみたいだけど、たぶん周りの大人に背中を押されて、迷いながらもなんとなくで進んだ道なんだと思う。きっと、自分からちゃんと決めた道ではない。

「そうよね。死んだ方がマシだよね?」

未来の私は続ける。

「……私だってさ、頑張ったんだよ? お父さんや松崎に、とりあえず大学は出ておけって言われたから、なんとなくで受けた。ちゃんと試験勉強して、なんとか入学できた。……でも、結局私はなんも変わってない。大学生になっても、ずっと心は子供のままでさ。大学二年生になって、そろそろ就職のことも視野に入れなくちゃいけないみたいな空気になって。あぁ、もう働かなくちゃいけないんだなって思って。こんななんの取り柄もないガキみたいな私が、社会でやっていける自信なくて、なんかもう先のことを考えるのがしんどくてさ。私本当に、ダメなんだよ……」

「…………」

……未来の私の気持ちが、ドストライクに私の気持ちと重なる。……未来の私の言っていることが、痛いほどにわかる。……わかるからこそ、聞いているだけで胸の奥がチクチクする。泣きそうになる。

私は本当にダメなやつで、最低な人間だ。近くを見渡せば、私のことを思ってくれる人はいたはずなのに、私は意地を張るように、見て見ぬ振りをしていた。

……けれど、こんな可愛げのない私を、父は見放すことなく育ててくれた。

……わかっている。私は本当に嫌なやつだ。

ご飯も食べれて、学校にも通えて、自分の部屋もあって、充分恵まれているくせに、全部自分が悪いくせに、自分を惨めに思わないように、自分を肯定するために、周りを悪者扱いしてきた。

「あぁっ、なんでいつもうまくいかないんだろぉっ……。私だってちゃんと頑張ってるのに……!」

……いつも周りと比べると、なんだか自分が劣っているように感じてきて、その度に自分が惨めに思えて、全部投げ出したくなった。

この世に、自分以上にダメな人間なんていないんじゃないか。……そう思うと、いつも心の奥がキュッとなる。

自分だけが、みんなから仲間外れにされているような気がしてきて、毎回頭を抱えたくなる。

……でも、……それでも―。

『君が、まだ生きたそうな顔をしていたから』

……大好きな彼の言葉が、頭をよぎる。

「……そうだね。……嫌だよね」

彼の言葉を胸に抱きながら、私は一歩ずつ、未来の私に歩み寄った。

「大人になんかなりたくないよ」

社会人としての責任とか、私にはよくわからない。そんなの背負いたくもない。……大人になんてなりたくないよ。

「このまま一生時間が止まっていればいいのにって、ずっと思ってた」

 時間が止まった世界でただ一人、小説を読んだり、好きな時間に昼寝したり、大人になることなんて考えずに、いつまでもずっと、穏やかに過ごしていたかった。

 ……母が私を置いて亡くなった過去も忘れられるくらい、ずっと一人で過ごしていたかった。

「自分に自信なくて、自分が弱い人間に思えて、自分のことが嫌いになっちゃいそうで、……辛いよね」

自分以外の人間が嫌い。……でも本当は、いつまでも過去に囚われ続けている自分のことが、一番嫌いだった。

「そりゃ死にたくもなるよね……」

……死にたいよ。もう何も考えたくない。楽になりたいって、いつも思っていた。……でも―。

「……でもね?」

 私はようやく、未来の私と、目と鼻の先まで近づいた。そして、涙で滲んだ彼女の顔に、そっと手を当てて、

「私はそれでも、本当はまだ生きていたかった」

「…………」

 彼女の涙を指で優しく拭った。……時守が私にしてくれたみたいに。

 ……そして、自分の嫌なところも、カッコ悪いところも、惨めなところも、弱いところも、私自身のすべてを優しく包み込んで受け入れるように、私は未来の私を抱きしめた。

「……だから大丈夫。……あなたは、きっと大丈夫」

 顔を上げて彼女の顔に目を合わせる。

そして、時守がいつも私にしてくれたような、穏やかな笑顔で、私は彼女に向けて言った。

「辛いことも大嫌いなことも、嬉しいことも大好きなことも、あなたが感じる感情すべてが、あなたの人生。……あなたがこうして泣けるのも、感情的になれるのも全部、あなたが生きているからこそなのよ」


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