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13話

 八月中旬。私は約束通り、歴史博物館へとやってきた。まだ中には入っていない。待ち合わせ場所は博物館前の噴水広場。電車を乗り継いで一足先に着いた私は、噴水近くに設置されたベンチに腰を下ろしていた。

「あっつー……」

 暑さで頭がやられたのか、つい独り言が出てしまう。

 嫌気がさすほどの日差しと暑さに、私はすでに気が滅入っている。熱々のフライパンの上で転がされているみたいに、顔から全身にかけて焼けるような暑さを感じる。

 動いてもいないのに汗が自然と流れるのだから、気象がもはや異常だ。こうなると、近年問題視されている地球温暖化とやらにも現実味を覚える。

 半袖の白シャツに短パン。日焼けどめは塗って帽子も装備しているというのに、まだまだ暑い。立っているだけで辟易する。

『いい天気だなー。太陽も輝いていて、夏って感じじゃねぇか!』

 横で腰を下ろしたクロノスがそう言う。この暑さな上に彼の大きな声も手伝い、いつもより存在の目障り度合いに拍車がかかる。

 ……っていうかこいつ、今日も黒の分厚いローブを着用しているけれど、熱くはないのだろうか。

「……クロノス、あなたその格好暑くないの?」

私が訊ねると、クロノスは平然とした面持ちで返す。

『悪魔は人間界の気温に影響を受けねぇからな。暑さや寒さは感じねぇよ。常に適温だ』

「……そうなんだ」

……そういえば、クロノスが衣服を脱ぎ着しているところを私は見たことがない。基本いつも一緒にいるけれど、入浴をしているところも見たことがないし。

まあ、今の所匂わないし、たぶん大丈夫なのだと思う。悪魔の不思議パワーか何かが働いているのだろうか。

そんなこんな考えているうちに、遠くから名前を呼ばれた。

「あっ、夏凪さーん!」

正面から手を振って走ってくる。白雪小春だ。

「ごめんねー。待った?」

「いや、今きたところ」

いつも通りの三つ編みヘアと、丸メガネに加え、黄色の小さなバッグと白の帽子、紺のワンピースといった、清楚な装いだ。

普段は地味な白雪だが、私服は意外にもオシャレ。見た感じ服の生地も薄いし、涼しそうである。

「時守君は?」

「まだみたい」

と、二人で話を交わしたのも束の間。すぐに聞き慣れた声が届けられた。

「あっ、お待たせー!」

声のした方に目を向けると、そこには時守監志の姿が。彼の私服は実に簡素だ。抹茶色のサマーニットに、黒のサマーパンツを着用していた。

手を振りながら、こちらへ向かって走ってくる。

「はぁ、はぁ。ごめん、待った?」

先方はやがて、私たちの前で停止。別にそれほどの距離を走ってないだろうに、情けなく息切れをしていた。……こいつ、体力ないな。

こんな貧弱そうな男が、本当に管理官としてやっていけているのだろうかと疑問に思う。

「ううん、全然大丈夫だよ。私も今きたところだから」

「そっか。なら良かった」

 博物館は十時から入場可能だ。現在の時刻は、十時五分。

「もう時間だし、早速行きましょう。チケットも買わなきゃだし」

 白雪が先頭に立ち、私たちを急かす。

その意気揚々とした姿から、なんとくわかる。彼女はどうやら、無類の歴史オタクのようだ。


 *


 チケットを購入したら、すぐに入場できた。

 中へと入った瞬間、館内の冷気がブワァッと体を包み込んだ。

「うわぁ、涼しいー……」

 つい声が漏れてしまった。けれど、これはもうしょうがない。あまりにも心地が良すぎた。

 外の呪殺したくなるような蒸し暑さと、下着にベタつく汗、それらが一気に吹き飛ばされる。取り憑かれた邪気が祓われたような気分だ。

「おかげで快適に見て回れるね!」

「そうね」

 白雪の声に私が返す。

「どこから見て回ろうか?」

 私たちを交互に見ながら、時守が問うてきた。

「私はどこでもいいけど」

「なら端から順番に見ていこうよ!」

「まあ、それが一番無難ね」

「僕も賛成」

 私たちがそう言うと、白雪はすぐさま駆け出した。そしてすぐに立ち止まって、我々の方を振り返りながら急かす。

「早く早くー!」

 ニコニコとしながら目を輝かせる白雪。随分と楽しそうだ。なんというか、普段よりテンション高め。

『あいつ、歴史好きなのか?』

「みたいね」

いつもは大人しくてあまり笑顔も見せない彼女だけど、こうして無邪気に今を楽しんでいる様子を見ていると、普段とのギャップに、こっちはなんだか新鮮な気持ちになる。

「ちょっと待ってよ、白雪さん!」

先を急ぐ白雪について行く時守。私とクロノスも、のろのろと彼女らに続いた。


その後、我々は当初の予定通り、一通り館内を見て回った。

館内に客はそれほどいなくて、人混み大嫌い人間の私にはありがたかった。

館内には日本の原始時代から現代まで、それぞれの時代に起きたことや特徴などが記された資料。他にも、遺物や記念品の展示エリア、古文書など、それはもういろいろなものがあった。

白雪はこれらのものに興味津々だったし、時守もある程度歴史に知見が及ぶからか、わりと楽しそうにしていた。

正直、私にはピンとこない代物ばかりだ。遥か昔の物や情報を見ても、そんなことがあったんだー、ふーん知らなかったなー、くらいしか感想がない。

まあでも、別に退屈はしなかった。

そんな矢先、館内に設けられたテラス席にて、自販機で買ったアイスを三人で食べた。外ではあるけれど、パラソルが日差しをしっかり防いでくれているし、冷たいアイスもあるので、それほど暑い思いはしない。私の傍にはクロノスもいるけれど、三人席だったから彼には立ってもらっている。

「……二人とも。今日はなんか、付き合ってくれてありがとうね」

椅子に座りながら、抹茶アイスに舌をつけていた白雪。それを一度離したかと思えば、しんみりとした顔でそう言った。

それを聞いて、時守は滅相もないというように首を横に振る。

「付き合うなんてとんでもないよ。僕も行きたいから来たんだ。誘ってくれて嬉しいよ」

「私も夏休みの思い出を書く課題、ネタがなかったから助かったわ」

「そっか。良かった……」

白雪は安堵したように、肩を落とした。

何かと考えすぎてしまう彼女のことだ。自分から誘った手前、変な気遣いとか感じていたのかもしれない。

高井からのいじめを松崎にカミングアウトして以来、白雪は意外と、やる時はやるやつだと見直した。けれど、やっぱり根は小心者のようだ。

「……あの、夏凪さん」

しばらくして、私がバニラの棒アイスに舌をつけていると、白雪が私の方に顔を向けてきた。心なしか、真面目な顔つきをしている。

「何?」

「この前は、ごめんね」

……はて? そう言われて、なんのことやらさっぱりだった。高井ならともかく、彼女に何か謝られるようなことをされた覚えがない。まあ、高井は意地でも私に謝罪なんてしないだろうけれど。

私が少し過去を探っていると、白雪がすぐに補足してきた。

「ほら、屋上前の物置スペースで、私が夏凪さんに初めて話しかけた時だよ」

「あー。……あったね」

「その時、夏凪さん言ったよね。「勝手に自分と同類だとか思ってるんでしょ? 自分の身の丈のあった人間を適当に選んで縋ってくるやつ、ウザいしみっともない」って」

「えっ、夏凪さんそんなこと言ったの? 酷すぎだよ!」

時守が目を見開いて、こちらを凝視する。声が大きく、夏の暑さも手伝って鬱陶しい。

クロノスも横で彼に共感するように、首を何度も縦に振っていた。

「あー。たしかに言ったね。っていうか、よくそんなしっかりと覚えていたわね……」

「まあ、だいぶぐさっときたから……」

「……悪かったわよ。ちょっと言いすぎだった」

「あっ、違うの! そういうことじゃなくって、逆に私が謝りたいの。……夏凪さんの言ったこと、図星だったから」

一拍置いて、白雪は続ける。

「気を悪くしたらごめんだけど、夏凪さんが言った通り、私はあなたのことを自分と身の丈の合う子だって思ってた。……私、人見知りすぎて昔からずっと友達いなくてさ。別にそれが寂しいとかは思わなかったんだけど、でも、やっぱり周りが楽しそうに誰かと話しているところを見ると、ちょっぴり羨ましくて。つい私も、一人くらい友達ほしいなぁって、思っちゃって」

友達が欲しいだなんて、私にはよくわからない感覚だ。一人で本を読む方が、よっぽど有意義だと思うけど。

「夏凪さんも、いつも教室に一人でいたから、夏凪さんなら私と友達になってくれるかなって、そう思って話しかけたの。勝手に自分と似ているって勘違いして、きっと夏凪さんも私と同じ気持ちなんだと思ってた。……でも違った。夏凪さんは私が遠くからぼんやりとイメージしていた人と違って、とっても強い人だった。面と向かって、ウザいしみっともないって言われた時に、そう感じたの。だから、ごめん。私はあなたが言ったように、元々あなたのことを心のどこかで舐めていたんだと思う」

「……別に、謝ることじゃない」

私は当時、白雪のことが嫌いだった。自分の身の丈に合ったやつを探して、獲物を狩る鷹のように目を光らせてやってくるようなつが、私は嫌いだったのだ。

白雪もそんなやつだと思っていた。けれど、どうやらそれは違ったみたいだ。彼女は私が思っていたよりも、やる時はやるやつで、今日の歴史博物館のように夢中になれるものがあって、私にはあるようでないものを持っているようなやつだった。

私は、やる時はやるやつなんかじゃない。嫌なことは死んでもやらないし、シカトする。夢中になれるものも、特にない。小説は好きだけど、夢中になれているかどうかまではわからないし。

「夏凪さんには、友達にはなれないって言われちゃったけど、……でも、私はやっぱり、あなたとお友達になりたい。初めてあなたに友達になろうって言った時とは、別の理由。私は、夏凪さんのことをかっこいいと思ってるし、私の憧れ。そんなあなたに近づきたい。仲良くなりたい。だから、私とお友達になってください!」

「こ、声でかい……」

「あっ。ご、ごめんなさいっ」

白雪が、思っていたよりも声を張ったから、テラス内にいる周りの客に視線を向けられた。白雪は小っ恥ずかしそうに顔をテープルに伏せていた。

しかも、髪から覗かせた耳がグラデーションのようにほんのり赤く染まっているではないか。こんなのアニメでしか見たことがないぞ。

『どうするんだ?』

傍でクロノスが私を見つめてくる。

……正直、私に友達なんて必要ないと思っていた。私は一匹狼で、みんなみたいに群れるのが嫌だった。一人なら気を遣わなくて済むし、ストレスを感じることもない。

何より、裏切られる心配もないのだ。……けれど、

「……私はさ。性格終わってるよ?」

「知ってる」

「ぶっちゃけあなたが思うような強い人間じゃないし」

「夏凪さんはそう思っているのかもしれない。でも、私が自分の目で見てきた夏凪さんは、私が憧れるほどに素敵で、強くて、かっこよかった」

「……そう」

……どうしてだろうか。最近はなんだか、誰かと群れるのも悪くないと思い始めている。時守と出会って、白雪の勇姿を見て、私の中で何かが変わってきているような気がしていた。

「……なら」

今まで、私をかっこいいと言ってくれる人なんていなかった。……でも、こんな屑みたいな私を、白雪は認めてくれているんだ。

私と友達になりたいなんて、物好きもいたものだ。

「……白雪。こんな私でいいなら、あなたが言うように、私と友達になってくれる?」

目の前に座る白雪の顔を真っ直ぐに見て、そう告げた。

日差しの輝きが、ちょうど白雪の顔を照らしている。……気のせいかな。照らされた白雪の顔は、泣き笑いのようで。にこりと笑った微笑みの上に、涙が溢れていた。その雫は光を反射し、暖色の宝石みたいに綺麗だった。


 *


館内。大きな壁に、原始から現代までを文字や写真で表した、歴史年表が大々的に書かれていた。それを順に眺めながら、時守と並んで歩く。

「こうしてみると、歴史の流れってすごいよね」

「……うん」

その年表を、感慨深そうに見る時守。時間管理官であるが故に、何かくるものがあるのかもしれない。

歴史のこととかわからないし、興味もなかったけれど、こうして一つにまとめられた年表を見ていると、大体の歴史の流れがわかって面白い。どの時期に誰が何をしたかとか、何が起こったかとか、わかりやすく記されていたからだ。

「夏凪さんは歴史とかあんまり興味ないの?」

「全く興味ないってわけじゃないけど、白雪くらい熱中できるほどではないかな」

ちなみにテラスを出た後は、またみんなで館内を見て回った。その後、白雪はお手洗いへ行き、クロノスは、私たちから少し離れた反対側の壁にある、古代の展示品なんかを拝見している。

「……まあでも、今日は来てよかったなって気はしてる」

「夏休みの課題のネタができたから?」

「まあ、それもあるけど。……そうじゃなくて」

素直になれない自分がいた。でも、自分でもなんとなくわかっている。私は今、それほど悪い気分でもないということを。

今まで一匹狼で過ごしてきた私。そんな自分が―。

「……なんだか初めて、一人じゃないのも悪くないなって、思えた気がする」

……それが、今の自分の素直な気持ちだった。

今思えば、誰かとどこかに出かけるなんて、小学一年生の時に家族三人で出かけて以来だ。

 まあ、その直後、母は車に轢かれて亡くなったのだけれど。

……いや、もういい。またいらぬ回想をしてしまった。

……もういいのだ。

「ふふっ」

手で口を押さえ、笑いを堪える時守。それに悪意は感じなかったが、どこに笑う要素があったのか、突っ込まずにはいられない。

「……何がおかしいのよ」

「いや、ごめん。おかしいんじゃないよ。なんか嬉しくってさ」

「……は? なんでよ」

……意味のわからない発言だ。どうしてそれで嬉しくなるのか。

「君が誰かと一緒にいられる幸せを知ってくれて」

「…………」

「誰かと一緒にいられる幸せを少しでも理解できる人は、素敵な人だと僕は思う。やっぱり夏凪さんは、素敵な人だよ」

「…………あっそ」

そんなことで素敵扱いされるのも、複雑な気持ちだ。まるで子供扱いされているようで。

「……にしても、不思議だよね」

年表に向き直り、時守がそう呟く。

「……何が?」

「原始時代では石や槍で動物を狩って、食料を得るのが当たり前だった。それなのに、時間が進むにつれて、人間は車や携帯、お菓子や映画や文学といった、様々なものを生み出して発展していったんだよ。……なんだかそう考えるとさ、時間の流れってすごいなぁって。まあもちろん、人類の絶え間ない努力の成果の賜物だけどさ」

たしかに、人がここまで発展したのは、他ならぬ人類の努力の結晶だろう。

けれど、それも含めて、時間の流れの壮大さや、なんとも言えない神秘さを感じる。

「……私はさ」

と言いかけて、言葉に詰まった。今、思わず自分の気持ちを打ち明けようとしたからだ。自分の気持ちを、誰かに聞かせるのは初めてで、なんだか言いにくかった。

「……ん? どうしたの」

時守が、私の顔を優しく見つめる。……なんでだろう。彼なら私の考えていることを、優しく受け止めてくれるような気がした。

……だから、私はゆっくりと、口を開いた―。

「……私はさ。今まで時間が進むことが、嫌で嫌で仕方がなかった。将来のこととか、未来のこととか、考えたくなかったし。何より、……大人になんてなりたくないから」

「……どうして?」

 私は一匹狼。私は一人で生きていけるんだって、ずっとそう思ってきた。

けれど、それと同時に、心のどこかでわかっていたんだ。本当は、私は一人で生きていけない、弱い人間なんだって。

「……怖い……から。……大人になっても、生きていける自信がないから」

私が一人で生きていけるのは、大人たちが見守っている学校の中でだけ。家に帰って、もしも父がいなかったら、私は結局何もできない。料理を食べられるのも、雨風凌げる家に住めるのも、全部父がいるからだ。だから私は、自室で一人、大好きな小説を読んでいられる。

……けれど、私はわかっていた。こうして呑気に家で読書に耽っていられるのは、私がまだ学生だからだ。

 この生活はいつまでも続かない。高校を卒業したら、または大学を卒業して大人になれば、私はきっと父や世間から、社会に出て行くことを余儀なくされるだろう。

 それがたまらなく嫌だった。就職とかしたくない。大人になんてなりたくない。社会人としての責任とかよくわからないし、背負いたくもない。

私は強くなんてない。本当は自分でもわかっているのだ。私はただ、自分の意思を押し通す、わがまま人間なだけなんだって。

 こんな私が、私なんかが社会に出たって、真っ当に生きていけるわけがない。

 大人になりたくない。

それでも、時間が進めば私は、いやでも社会に出なければならない。大人にならなくちゃならない。だから私は、時間が進み続けるのが憂鬱だった。

……時間を、止めたかった。

いつまでも、今のままで、……子供のままでいられるように。

「……僕もさ。自信なかったよ。本当に管理官としてやっていけるのかなって」

時守は歩く足を止め、年表が書かれた壁に向き直った。私もそれに合わせて足を止め、彼と並んで壁を見つめる。

「両親の過去を変えられなくなってからは、管理官としての責務を全うしようと思った。でも、僕は勉強ができるだけで、判断力や運動神経は全然よくなくってさ。正直、このまま続けられるのか不安だった。転職するにも、新卒の立場が無くなってからのスタートになっちゃうしね」

しばらく間を置いた後、時守は横から、こちらに顔を向けた。

「でもね。やっぱり上司の神崎さんにはお世話になっているし、何より、時間の流れを守って、人々の生活を守っているんだって考えたら、自分に誇りを持てた。だから、この仕事を続けようと思ったんだ。……だからさ。夏凪さんも、もっと自分に自信持とうよ。白雪さんが言ったように、夏凪さんはかっこいい。君は、高井さんに正面から立ち向かったんだもの。誰にでも真似できることじゃないさ。……えっと、だから、つまり僕が言いたいのは―」

自分語りに慣れていないのか、時守は気恥ずかしそうにしていた。けれど、今私を見つめるそのまっすぐな目は、どこか力がこもっていて、……なんだか、男前に映る。

「夏凪さんは、自分にもっと誇りを持っていいと思う!」

太陽みたいに明るい笑顔で、時守は私の前にグッドサインをしてみせた。それがどこか、怖いもの知らずで、無邪気な少年のように映る。

それでいて、その笑顔の中に、大人な姿を感じた。私なんかじゃ到底真似できない、自分の闇を隠して、私のような子供を照らすような笑顔。まるで、困っている人に優しく手を差し伸べる、ヒーローみたいな。

「誇り……」

誇りなんて、私にあるのだろうか。普段の私なら、そんなことないと言って、彼の言ってくれた言葉を素直に受け取れず、否定すると思う。でも今は、彼や白雪がかっこいいと言ってくれたことを、素直に胸にしまいたいと思った。

「……夏凪さんの気持ちはわかるよ。うまくやっている人を見ていると、自分が劣っていると感じる時もある。自分に自信が持てなくて、全部塞ぎ込みたくなる。でも、時間を止めたって、本当の意味で解決はしないんだよ。いくら立ち止まったって、自分が変わらなきゃ、自分自身の時間は進まない。いつまでも、今の自分のままなんだよ」

 優しく、私の肩にそっと、彼の手が置かれる。暖かくて、汚い私を包んでくれるみたいな。

「少しずつでいいから、自分の時間を進めて行こう?」

 そう言って時守は、またにこりと微笑んだ。

 ……正直、まだ私の心が晴れたわけじゃない。まだ迷いがあるし、大人になることも怖い。でも、ほんの少しだけ、彼の言葉に救われた気がした。

「……あなたの言うことも、まあ、参考にするわ」

〝自分に誇りを持つ〟

 誇りなんて、自分には無縁のものだと思っていた。けれど、彼の笑った顔を見ていると、釣られてこっちも少しだけ、素直になれる気がした。

「……あなたがそこまで言うのなら、……ちょっとだけ考えてみる」


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