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11話

三章 夏休み


 《時守監志の視点》


 青だったんだけどな……。


 晴れ渡った夏の空は、車内の天井で遮られて見えない。その代わりとして目に映る光景には、薄暗く狭い車内と、運転席と助手席の背にこびりついた赤い血。

僕はそれを、後部座席から眺めていた。

 頭がぼーっとする。額のあたりが熱い。額から出た血液が、視界に滲む。

「……、と……とぅ、……さん。……かぁ、……さ」

 意識が朦朧とする中、運転席に座る父と、助手席に座る母の背を見つめながら、二人を呼んだ。無事かどうか、確かめたかった。けれど―。

「…………」

「…………かあ、さん?」

 応答が取れない母は、やがて力尽きたように肩を落とした。その後、母の身体はぴくりとも動かなかった。まるで自立しない人形のようで。

 当時中学一年生だった僕でも、それを見て悟った。……母は、死んだ―。

「……かん……し……」

 事切れた母の横から、父が俺の名を呼んだ。

「……父……さんっ。……だい、じょうぶ……か?」

「……監志は、……大丈夫か……?」

「……俺は、大丈夫、だよ」

「……そうか。……よかった…………―」

 父は最期にそう言い残し、……息絶えた。


 その後。車道を駆けつけてきた周囲の人たちのおかげで、僕たち家族は病院に搬送された。

 父と母は亡くなり、僕だけが生き残った。……生き残ってしまった。

 ……僕は、一人ぼっちになった。

信号無視で突っ込んできた車の運転手は、飲酒運転だったらしい。僕の生きる時代では、自動運転車がほとんどだけれど、中には手動運転の物もある。運転手は、そのまま警察に逮捕された。

 人はいつ死ぬかわからない、そんなことはわかっている。でも人はなぜか、身の回りの人や自分は、漠然と明日も明後日も生きている気がしていて、やがて生きていることが当たり前に思えてきてしまう。僕もそうだった。

 だからだろう。いざ目の前の大切な人が亡くなった時、どうしようもない絶望に呑まれるのだ。



 安アパートの自室にて。僕は上司の神崎慎二さんへ送る、近況の報告書作りをしながら、ふとそんな過去を思い返していた。

『一度起きた過去を悔やみ続けるよりも、前を向いて未来を生きる。歴史は時に運命。我々時間管理官は、その決まった運命を守り続けなければならない。それが、人々の暮らしへと繋がっていくんだ』

神崎さんはよくそう言っていた。彼は、管理官として真っ当な人だ。僕は、彼の管理官としての在り方を尊敬している。

起きてしまった過去を悔やみ続けるよりも、今を生きている人たちの平穏な暮らしを守り続けたい。

だから夏凪さんには申し訳ないけれど、時間停止を禁止させている。

彼女が時間を止めたい事情や気持ちは、本人から聞いている。だからこそ、彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

だからこそ、他に夏凪さんのためにできることがあれば、僕は助けになってあげたい。この時代で彼女と過ごすうちに、いつしかそんなことを思い始めていた。

過去を悔やみ続けるよりも、今を生きる人たちの平穏な暮らしを守りたい。

僕はその気持ちを胸に、今日も生きていく。


 *


白雪の家にお邪魔した翌日。私はいつも通り、学校へ登校した。

朝教室に入ると、いつもとは少し違った空気が、教室内を包んでいた。ちょうど天気も曇り空で、教室もどこか暗い色合いを感じる。

時守はまだ来ていないようだ。

「あんたさ、久々に学校に来たから私がせっかく話しかけてあげてんのに、無視すんなよ!」

高井玲奈の激しい怒声が、教室内を響かせた。

『お? なんか盛り上がってるな』

私の傍で、クロノスがそんなことを言う。確かに大層な盛り上がりだが、その発言は不謙信この上ない。盛り上がっているというか、どちらかというと喧騒と言える。

そんな教室内の空気の中。高井のすぐ前には、白雪小春がいた。

どうやら白雪は、昨日の宣言通り学校へ来たらしい。その勇気と行動力に、私は内心ガラでもなく、白雪を評価した。けれど―。

「はははっ、あんたまじ何しに来たわけ? ずっと家に引き込もっとけばよかったのにさ!」

「っ……!」

高井が自席に座した白雪の肩を、手で強くこづいた。白雪は椅子ごと後ろに転倒。

あまりの殺伐とした空気に、周囲も動揺していた。

幸い白雪は頭を打たずに済んだけれど、当たりどころが悪ければ、白雪は死んでいた可能性もある。そうなれば、高井は殺人犯以外の何者でもない。そんなことも考えずに押し倒した高井は、本当に頭の足りない馬鹿だと思う。

「……ぐすっ……うぅっ」

白雪は涙を必死に堪えながら、地面に張り付いていた。昨日の決心は何処へやら、白雪は相変わらず弱々しい様子で言い返しもしない。それを見ていて、こっちもなんだかイライラしてきた。

そう思ったら、私の身体は無意識に、前へと出ていた。高井と白雪の間を割って入るような形になる。

「……は? 何の用よ」

高井が私を睨みつけた。私はそれに、平然とした心持ちで挑む。

「……なによ。正義の味方気取り? 笑えるわ。あんたもまたいじめてやってもいいのよ?」

「……自分がやっていることがいじめだって認めるんだ?」

「うっさい! お前まじで生意気なんだよ! いつも周りを見下したようなスカした顔しやがって、気にいらねぇんだよまじで! てめぇそんなんだから友達一人もいねぇんだよクソが!」

「別に友達が欲しいだなんて思ったことない。周りに合わせて愛想笑いしたり、空気読んだり、ほんと馬鹿みたい。そんなのまるで自分じゃないみたい。私にはそれの何処が素敵なのかがわからない。あんたもそうでしょ?」

「……は?」

「あんたも、周りになめられないように必死に自分を強く見せてさ。周囲の人間の目や地位ばかり気にして、自分を大きく見せようとしているだけでしょ? ……私にはあんたが惨めに見える。だから今まで、私はあんたを無視できた」

「……なんなのよ急に」

自分でもわからない。どうして急に、こんな饒舌になったのか。普段の私なら、自分から突っかかったりなんて絶対にしない。構うだけ面倒だとわかっているから。

なのに、今の私はなんだか違った。気分が高揚しているのか、今までの不満が爆発して怒っているのか、よくわからない感情。

……ただ一つ言えるのは、今はなんだか、目の前のこのクソ女に、これまで鎖でぐるぐるに閉ざしていた思いや言葉を、ぶつけたい気分だということだ。

「あんたも周りの目を気にして疲れてんじゃないの? そこの取り巻きたちも、本当にあんたの友達だって言えんの? みんなあんたにいじめられるのが怖くて、あんたに合わせているだけのイエスマンの集まりでしょ」

「あ、あんた! 勝手なこと言わないでよ!」「そ、そうよ! 高井さん、こんな奴の言うことなんか気にしないでね!?」

「…………」

取り巻きたちが口々に反論する中、高井は黙っていた。私が発した言葉が彼女にとって図星だったのかはわからないが、高井にしては珍しく、顔を下に落として歯軋りを立てている。

そしてしばらくして、また私の方に顔を上げた。顔はほんのり赤くなっていて、心なしか少し涙目だ。

「……あんたに、……私の何がわかるのよ。……私は、違う。適当なこと言うなっ!」

「……私の勘違いだったら悪かったわ。でも、実際私にはそう見えていたから」

「っ……!」

哀れかな。高井は顔をまた一層に赤く染めた。今にもこちらに襲いかかってきそうな形相である。

高井が、怒りと悔しさがごちゃ混ぜになったような、なんとも言えない感情を抱いているのが、なんとく伝わってきた。絵の具を混ぜ合わせて、見慣れない色になったみたいな、そんなよくわからない気持ちが伝わってくる。

と、その瞬間―。

「このっ、クソ女!」

「っ……!」

高井が声を荒げて、私の首を両手で押さえながら、後方へ押し倒してきた。私はあまりの勢いに倒れる。

首を絞められるというよりかは、地面に押し付けられている感じ。殺す気はないのだろうけれど、地面に私の身体を押し付ける力強い圧力から、とてつもない怒りが、高井の手から伝わってきた。

仰向けの私の上に馬乗り状態の高井。目の前に映る高井の目には、涙が溢れていた。必死に堪えても堪えきれないのであろうその雫が、私の顔にぽつぽつと振り落ちてくる。

それが、天気のすぐれない日の小雨のようで……。

「ちょっ、何やってんの!」

すると、何処からともなく発せられた声が、教室内を響かせた。

その声の主は、こちらへ走り向かってきて、私から高井を引き離した。

私が体制を立て直し、上半身を起こす。そして、高井を引き離した者の顔を確認する。その人物は、時守監志だった。

鞄を背負おっている彼の姿から察するに、ちょうど今登校して来たところなのだろう。

「離せやクソインキャ!」

「……夏凪さんっ! 何があったの?」

暴れる高井を必死に抑え込む時守。一見ひ弱そうな彼が、捜査官さながら見事に彼女を抑え込むものだから、周囲の人間は驚きの眼差しを向けている。

さすがは時間管理局員というところか。

「……そいつが白雪にまたちょっかいかけてたのよ。……それで私がちょっと言ったらこの様」

別に白雪のためにしたわけじゃないけれど、ひとまず概ねの状況を時守に説明した。

するとややあって、廊下から野太い声が発せられる。

「おい! お前ら何やってんだ!」

今度は担任の松崎がお出ましだ。廊下から彼を現場に誘導する生徒の姿が見られたため、おそらくその人が呼んでくれたのだろう。

松崎は怒声を上げながら、こちらにどすどすと向かってきた。松崎がやってきたことにより、高井も一度落ち着きをみせ、時守も彼女を抑える手を緩める。

「何があったんだ」

松崎は、当事者の中で今は一番落ち着いている白雪の方に目を向け、そう問いただした。だが、問いただされた白雪を、高井は松崎に気づかれぬよう睨みつけた。

高井は、自分に非があるようなことを言わせないように、視線で脅しているのだ。

「……その、……えっと」

おかげで白雪は身体を固まらせ、その場におどおどしながら立ち尽くす羽目となる。

……ああ、白雪小春。なんて臆病なやつなんだ。せっかく勇気を振り絞って、今日学校に来たんじゃないのか。……それなのに、こんなところで怯えてどうするんだよ。

「……あんたさ。またこいつの言いなりなわけ?」

「……え?」

なんでだろう。気づいたら、白雪の顔を見ながらそう言っていた。別に白雪のことなんて、どうでもいいはずなのに、どうして私は、余計な口出しをするんだろう。

さっき高井に突っかかったのもそうだ。いつもの私なら、高井のことなんてシカトしていたはず。……それなのに、どうしてあんなでしゃばった真似をしたんだろうか。

正直、自分でもわからない。……けれど、一つ思うことがある。

自分を変えようと頑張っているやつは、そこまで嫌いじゃない。

「いつまでも怯えてばかりじゃ何にも変わらない。……別にあなたのことなんてどうでもいいけど、今日せっかく勇気を出して学校に来たんでしょ? なら、あともう少しだけ力を振り絞りなさいよ。……自分を変えられるのは、自分にしかできないんだから!」

私は柄でもなく、白雪を鼓舞するようにそう告げた。……鼓舞するなんて言い方、何様だよって思われるだろう。

けれど、その瞬間。白雪の目に心なしか、僅かながらに光が灯ったように見えた。

白雪は、その場に立ち上がる。

そして―。

「……わたし、私は―」

 少しずつ、口を開く白雪。

 そして次の瞬間。力と勇気を振り絞るように、彼女は口を大きく開いた。

「先生! 私と夏凪さんは、高井さんにいじめを受けています!」

 今まで、小さくて貧弱に見えていた白雪小春の佇まい。それが今は、大きくて強い、まるでラスボスを倒す勇者が如く、強靭な姿に映った。


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