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10話

 白雪に招かれ、玄関に入る。そのまま靴を脱ぎ、階段で二階へと上がった。

 上がるとすぐ横に部屋があった。どうやらここが、白雪の部屋らしい。

「どうぞ、中でゆっくりしてて。今お茶とお菓子持ってくるね」

 白雪は私たちを自室に招き入れ、そそくさと一階へと降りていった。

 私たちは部屋の中のカーペットの上に腰を降ろす。私と時守は正座で、クロノスはあぐらをかいている。

すると何やら、時守がそわそわと落ち着きなくしていた。

「僕、女の子の部屋に来るの初めてだから、少し緊張するよ」

「意識しすぎ。普通でいなさいよ」

 はぁ……。これだから草食系男子は。

 まあ、個人的には肉食系よりも草食系の方が、小市民的でいいと思うけれど。

 時守がキョロキョロと部屋の中を見渡していたので、私もつられてあたりを見渡す。

 部屋の中はほんのり甘い香りがした。地味なやつだけど、部屋の香りだけでいえば一応女子の部屋って感じがする。

 でも、部屋の内装は見た目通り地味だった。

 白色の本棚があって、勉強机があって、茶色いタンスがある。特段これといった特徴のない装い。……まあ、私の部屋も大して変わらないけれど。

「ごめん、お待たせ」

 ややあって、白雪がお盆を持って部屋に戻ってきた。お盆の上には、麦茶が入ったコップ二つと、コンビニなんかで売っていそうなクッキーが添えられている。

「ありがとう。ちょうど小腹が空いていたから嬉しいよ」

「……ありがとう」

「ううん。気にしないで」

お盆を私たちの前の床に置くと、白雪はベッドの上にお尻を落とした。

「そういえば、親御さんは今日家にいないの?」

時守が訊く。

「両親は共働きで、平日は仕事に行っているの」

「そっか」

「あんまり長居しても悪いから、クッキー食べたら帰るわね」

「そんなに気を使わなくていいよ」

ある程度会話を交わした後、やがて話題が尽きて沈黙が流れた。何か話すことはないかと考えていた矢先。なんとなしに、言ってみた。

「昨日から休んでいるけどさ、学校にはいつ来るつもりなの?」

正直白雪が学校に来ようが来まいがどっちでもいい。けれど、ちょっとした話の話題としては申し分ないだろう。

「……実は。……しばらくは、学校休もうかなって、思ってるの」

「どうしてよ?」

「知ってるでしょ? ……私が高井さんにいじめられているの」

あぁ、やっぱりそれが原因だったのか。

「……私ね。昔から人付き合いが苦手で、学校に行くのが辛かったの」

白雪は顔を下に落とし、続ける。

「小学生の頃に、お父さんとお母さんに相談したんだ。そうしたら二人とも優しくて、どうしても辛かったらしばらく休んだら? って言ってくれたの。……でも、いじめられているわけじゃないのに、そんな二人の優しさに甘えるのも気が引けて、結局行き続けたんだ。……でも最近。高井さんに嫌がらせばかりされて。……私、元々友達一人もいなくて、ただでさえ学校に行くのが嫌だったのに。……なんだかもう、余計辛くてさ。足枷をつけられているみたいに、家から足が前に進まなくて。もう、学校に行く勇気が出なくて……」

あらかた話し終えた白雪の目には、いつの間にやら涙が溢れていた。彼女は鼻を啜って、手で目の雫を強く擦る。

その様子を見て、時守が顔を下におろし、ぎりぎり聞き取れるほどの小さな声量で呟いた。

「……ごめんなさい」

時守の口から発せられた言葉は、私にはよく理解できなかった。どういった意味が込められているのかが、わからなかった。

「……え? ……なんで時守君が謝るの?」

それは白雪も同様のようだ。

道端で兎跳びしている人でも見かけたみたいに、不思議そうな表情を浮かべておられる。

「……いや、ごめん。こんなことを言われるのはムカつくかもだけど。僕もさ、白雪さんがいじめられているのを知っていて、見て見ぬ振りをしていたから」

あぁ、そういうことか。

「……ただの言い訳だけど、僕、他にやるべきことがあって、それ以外のことは基本無視してた。……最低だよね」

やるべきことというのは、時間管理局の仕事のことだろう。私は、時間停止はしないと約束してあげたけど、上司への報告やらなんやらで忙しいのかもしれない。

「……そんなことないよ。当然だと思う。……それに、私も夏凪さんが高井さんにいじめられていた時も、怖くて見て見ぬ振りしてたし。……私に責める権利なんてない」 

……白雪小春。意外と寛大なお心をお持ちのようだ。

『お前も白雪がいじめられているのを無視してたろ? 一応謝っといたら?』

クロノスが私に顔を向けた。たぶんこの悪魔は、真面目にそう思っているわけじゃなくて、ただ単に会話に混ざれない暇を消化するために、私をおちょくっているだけなのだろう。

ちなみに今は、白雪以外がクロノスの存在を視認できている状態だ。

「…………」

私は無視した。時守にもクロノスの声は聞こえているけど、白雪には聞こえていない。そのため、今返事を返したら白雪に不審がられるだろう。

というか、私は謝る気なんてまったくない。……いや、まったくないというわけじゃないけど、前代の高井のいじめられっ子である私が白雪に謝るのも、変な気がする。

私も無視していたのは事実だけど、白雪も言ったように、彼女も私がいじめられているのを無視していた。

別にそれが気に食わないなんてことはないけど、つまりはおあいこだ。

私も白雪を恨んではいない。

よく、いじめを見て見ぬ振りをするのも同罪とは言うけど、私はそうは思わない。

身の危険を守るために無視するやつだっているし、関わりたくないって思うやつだっている。もちろん、無視するのはいいことではないけれど、それをいじめているやつと同罪にしてしまうのは、なんだか違う気もする。……あくまで私の意見でしかないけれど。

「あの、夏凪さんはさ……」

そんなクズいことを考えていた矢先。白雪が私の方に顔を向けた。

「……夏凪さんは高井さんにいじめられていた時、いつもどうってことないって顔で平然としていたけど。……どうしてあんなに強くいられたの?」

白雪が、なんだか神々しいものを見るような目で、私を見てくる。なんだか恐れ多くて萎縮している、っていうようにも見えた。……その感じが、私はなんだか落ちつかない。

「……どうしてって。別に強さは関係ないと思うけど。……単純に構うだけ無駄じゃん? たしかにむかつくけど、相手にするだけ時間がもったいないし、逆に相手にしたら余計に調子付けちゃうでしょ? 自席で本を読む時間をあまり削りたくないのよね」

なんでもないように、正直にそう言う。白雪の顔を見ると、彼女はポカーンとしていた。

……普通のことを言っただけなのに、どうしてそんな顔になるのか。

「……なんかすごいなぁ、夏凪さんは」

「……は? 何が?」

「マイペースというか、自己中心的というか。なんかこう、ちょっと憧れる……」

「……それ、悪口にしか聞こえないんだけど」

私が指摘すると、白雪はそんな滅相もない! と言わんばかりに手をあたふたさせた。

「いや、違うよ!? 良い意味でだから!」

「良い意味で自己中心的って何よ……」

私が軽く睨むと、白雪は虎に牙を向けられたみたいに怯んだ。それが少し面白い。 

「つまり白雪さんが言いたいのは、しっかり自分を持っている夏凪さんはかっこいい! ってことでしょ?」

しばらく白雪と口論する中、時守が口を挟んだ。たぶん、上手く言葉が出ない白雪へ、助け舟を出したのだろう。

「そ、そう! そうなの!」

的を綺麗に射止めたような笑顔を見せる白雪。

本屋でなかなか見つからないお目当ての本を見つけた時みたいな、そんな顔をしている。

「まあ夏凪さんは、単に他人に対して傲慢なだけだろうけどね」

まーた時守が余計な一言を付け加えてきた。こいつに言われるとめっちゃイラッとする。

……まあ、私は基本的に自分以外の人間が嫌いだし、他人に傲慢なのは認めるけれど。

「あんたはいちいち余計なことを言うな」

「痛っ」

時守の頭を手で小突く。

「ふふっ。……なんだか二人は仲がいいね」

白雪が私たちをベッドの上から眺めながら、微笑むように言う。

「はぁ? いや、どこがよ。勘弁してくれない?」

「白雪さん。夏凪さんが機嫌悪くするからやめてよー」

「ははっ、ごめんごめん。でも……」

白雪は微笑みを崩さず、改まったような顔になり、少し顔を下に向けた。と思いきや、少ししてまた顔を上げる。

「でも、ちょっとだけ勇気出たかも。私も夏凪さんみたいに、強く生きたい。……私、また明日から学校に行ってみる」

自分の中で何かしらの決意を固めたのか、普段よりも凛々しい顔つきになった白雪。

「あっそう。まあ、ほどほどに頑張りなさい」

私が無愛想にそう告げると、白雪はまたにこりと微笑んだ。

「……うん!」


 *


白雪に玄関まで見送られ、彼女の家を後にした私と時守。

私たちはそのまま、行きに来た道を戻り、反対側のバス停でバスを待った。すると、しばらくしてバスが来たので、それに乗り込み、一番後ろの後部座席に三人並んで腰を下ろした。端からクロノス、私、時守といった座り順だ。

バス内には、私たち以外に二、三人乗客がいた。けれど、みんな前の方の席に座っていたため、後方の席はほとんど空席状態だった。

しばらくバスに揺られながら、三人でくだらない軽口を叩き合って、乗車時間を過ごした。

やがて話題も尽きたので、私はふと気になったことを時守に訊ねてみた。

「ねぇ、そういえば時守ってさ。……どうして時間管理官になったの?」

『おっ、ちょっと気になるなそれ!』

私の問いに、クロノスも声を上げる。けれど、当の時守は眉間に皺を寄せ、しばし困ったような顔をしていた。……訊くのは不味かっただろうか。

「……うーん。そうだなぁ」

時守は背もたれにもたれかかり、息を吐くように言葉をこぼした。話すかどうか、悩んでいるのかも。

彼はしばらく考えあぐねた結果、また口を開く。

「……ちょっと長くなるけど、いい?」

「ならいいや」

「ちょっと! 訊いておいてそれはないでしょ!」

時守は呆れ気味な表情で、声を上げた。といっても車内だから、声は周りに聞こえないよう抑えている。

こいつをいじるの、ちょっと面白い。

「ごめんごめん、冗談。聞かせてよ」

ちょっと笑ってそう言うと、時守も「もー」と言いたげに、顔を和ませた。

「……じゃあ話すね」

急に時守が真剣な顔になる。その空気感にほんの少しの重みがあり、彼からは今まで見えなかった、暗い影のようなものを感じた。

「……中一の頃。両親が事故で亡くなったんだ。その過去を変えたくて、管理官に就いたんだよ」

「…………」

時守は続ける。

「自分で言うのもなんだけど、僕、結構頑張ったんだ。学生時代の成績は、常に上位には入っていたし、運動以外は優秀な方だった。……それで大学を卒業した後、すぐに管理局に内定をもらえてさ、晴れて管理官になった。……それから両親の過去を変えようと、タイムマシンで一度試みたんだけど、上司の神崎(かんざき)さんって人に止められちゃって、結局過去は変えられなかった……」

……たしか、未来では歴史の改変や介入は重罪なのだと、前に時守が言っていたっけ。

「……未遂に終わったし、管理官っていうのもあったから、ひとまず処分対象にはならなかった。でも、悔しかった。過去を変えるために管理官になったのに、結局変えられなかった。僕は途方に暮れたよ。でも、その上司の神崎(かんざき)(しん)()さんはさ、管理官としての姿勢や考えが素晴らしくて、尊敬したんだ。それから僕は心を改めて、正しい時の運行を守ることに努めようと思った。……まあ、ちょっと余計な話も混ざったけど、だいたいそんな感じかな」

「……そうだったんだ」

……なんだか、私は時守のことを何にも知らなかったのだと気付かされた。未来からやってきた時間管理局員ということ以外は、どこにでもいる普通の青年。ちょっと気弱で、どこか抜けているけど、優しいところもあって。でも、やっぱりイラッとするところもある。そんなやつだと思っていた。

……でも、時守にそんな過去があったなんて、私は何も知らなかったのだ。なんだか、どこかで彼のことを知ったような気でいた自分が、恥ずかしいような気もしてきた。

「……ありがとね、話してくれて。そんなことがあったなんて、知らなかったなぁ」

「なんか、夏凪さん急に優しくなったね?」

『あっ、俺も思った』

「は? いちいちキモいこと言わないで」

「すんません」

一緒にするのは無礼な気もするけど、親を事故で亡くした時守が、自分とどこか重なる部分を感じた。

少し、時守に対する考えが変わった。

時間停止は、そのうち良いチャンスがあれば、もう一度くらい使ってみようかとも考えていたけど、それは少し考えようと思う。

それからバスに揺られることしばらく―。

「ぐっ……!」

唐突に、左胸に直接心臓を握られたかのような激しい痛み。

以前、深夜に左胸に感じた謎の激痛と同じだ。前はほんの一瞬だったけど、今回は数秒痛みが続いた。

「……はぁ、はぁ。……ぐっ」

苦痛のあまり、意図せず時守の方に身体がもたれかかってしまった。

「えっ!? どうしたの、大丈夫?」

時守が私の方を優しく抑え、心配の声をかけてくれた。

「……だい、……大丈夫」

やがて胸の痛みも落ち着き、時守から身体をそっと離した。……なんか、思っていたよりも彼の手が大きくて、少しドキッとした。……なんか悔しい気もするけど。 

「ほ、本当に大丈夫なの?」

「……うん。ちょっと車酔いしただけだから」

 ……口では大丈夫と言ったものの、少し不安があった。唐突に現れる得体の知れない胸の激痛。

 なんだかまるで、悪魔か何かに呪われているのかと思うような―、

 …………悪魔?

『…………』

 なんとなく、クロノスの方に目をやった。クロノスは、真顔でこちらに目だけを向けていた。

 ……いや、考えすぎか。きっと繊細な人間の体の、どうってことのないちょっとした痛みだろう。


 私は胸の痛みのことはひとまず忘れ、また時守と他愛のない話をしながら、降車するまでバスに揺られ続けた。


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