1話
少し長いですが読んでいただけると幸いです。
プロローグ
私は、自分以外の人間が嫌いだ。私以外の人間は、みんな真に生きていない。ずっと本気でそう思ってきた。みんな愛だの友情だの、そんな上部だけの絆に酔って、惨めにも他者と群れながら日々を生きている。それが私には、アホらしく見えて仕方がなかった。愛なんて、まやかしなのだ。
小学一年生の頃、私と母と父の三人で、買い物に出かけていた時のことだ。ずっと愛していた母が目の前で、見知らぬ子供をトラックから庇い、帰らぬ人となった。
私と父を置いて、見ず知らずの子のために、勝手に亡くなった。……どうして、私を置いて死んじゃったの?
どうして、どうして、どうして。そんな言葉が、当時幼かった私の脳内を埋め尽くした。
……あぁ、そっか。……お母さんは、私のことを愛していなかったんだ。どうでもよかったんだ。だから、私を置いて見ず知らずの子を庇って死んだんだね。
母の私に対する愛情は、偽物だったんだろうな……。
私は、母を恨んだ。……その頃からだろう。私が、人の愛なんてものは偽りなのだと思い始めたのは。
*
一章 悪魔憑き
蒸し暑い日々が続く、高校二年の夏。
四限目の授業が終わり、昼休みを知らせるチャイムが鳴り響いた。
この音を聴くたびに、私は胸の内で実感する。時間は今もこうして、煩わしいながらも刻一刻と進んでいるのだと。
「おーし、今日はここまで。期末試験も近いから、ちゃんと復習しとけよー。日直、号令」
教卓前で授業をしていた英語教師に号令を促され、日直が授業終了の挨拶を行なった。それが終わると、すぐに昼休みだ。
私は今日も、教室の隅にある自席で、昼食であるしゃけおにぎりを食べる。父特製のおにぎりだ。塩が効いていて、まあ……美味い。
「……ごちそうさまでした」
そうしてさっさと昼食を済ませ、今度は鞄から本を取り出す。余った時間は読書に費やすのが、私の昼休みの過ごし方。
そんな中、周囲は和気あいあいと大声で喋りあっていた。なんだか本当に、動物園の猿の檻に入れられている気分になる。……まったく、うるさい子猿たちだ。
「夏凪さーん。何読んでるのぉ?」
そんな矢先。目の前に、女子生徒がやってきた。
話しかけてきた女子は、クラスメートの女王―高井玲奈だ。黒のボブカットにパッチリとした目。可憐な容姿をしているが、やたらと私をおもちゃにしてくるクズ女。
……まためんどうなことになった。
高井の周りには、彼女の取り巻きたちも三、四人ほどいた。
「……小説」
私がそう言って素っ気なく返すと、先方は嫌な笑みを浮かべながら詰め寄ってくる。
「小説ぅー……?」
そう言うと高井は、私の本をパッと取り上げ、上に掲げるように持った。
「うわー、ぼっろー! 昔のやつじゃん! あんたみたいな薄気味悪い女にはお似合いね!」
高井が嘲笑しながら言うと、周囲の取り巻きたちも、賛同するようにくすくすと笑う。
「……返してくれない?」
「ん、いいよ?」
そう言うと彼女は、私の机の上に、本を雑に投げつけた。……クソが。
「ねぇねぇ! 夏凪さんはお友達とお話ししないのぉ?」
高井が、私の顔を下から覗き込むように訊いてきた。小馬鹿にするような笑みと、その口調から、純粋な質問ではなく、煽っているのだとわかる。
取り巻きたちもそれに乗るように話しだした。
「ちょっとやめなよー、高井さん。友達いないんだよ」「かわいそー。そりゃあ一人で本読むしかないよね」「私だったら耐えられないよー」
取り巻きたちの言葉に、高井がまた口を開く。
「あっ、そっか。夏凪さん、友達いないんだった! ごめんね、夏凪さん? 失礼なこと言っちゃって」
……こいつらは、何がしたいのだろうか。私は椅子に座りながら、睨むように彼女たちを見上げた。
「……は? 何その目」
「……別に。わざわざ話しかけにくるなんて、相当暇なんだなぁ、って思っただけ」
「……喧嘩売ってる?」
「こっちのセリフ」
すると、高井はわかりやすく顔を顰め、私の肩を強く押した。
「っ……!」
私はその勢いで椅子ごと、後方の机にぶつかって倒れた。幸い、後方の机に人は座っていなかったため、私以外犠牲者は出なかった。
そうじゃなかったとしたら、対応がめんどうなので助かる。
けれど、倒れたと同時に、教室にいたクラスメート全員から視線を向けられた。
……見るな。さっきまで子猿のように鬱陶しいくらい喋っていたくせに、こういう時だけ会話をやめて、視線を向けるな。
「あんたマジで生意気。うちらが友達いないあんたに気をつかって話してあげてんのにさ。感謝とかないわけ?」
話しかけてほしい、と頼んだ覚えなんて一つもない。
……もういい。こんなクズたちと話す時間は、ただただ時間の無駄だ。
私は話を切るように席から立ち上がり、さっさと教室を出た。
「あれー? 怒っちゃった?」
背中から高井たちの笑い声が聞こえる。私はそれを無視し、とっとと教室を後にした。
その後は、廊下の階段から最上階へと向かい、屋上に通じるドア前の踊り場に座り込んだ。小さいスペースで、こんなところに来るやつなんて私くらいしかいないので、一人でいるにはちょうどいい場所。
私は座り込んだまま背中を壁につけてもたれかかり、顔をうずくませた。
「……クソ」
自然と出てきた独り言。本当にクソだ。何もかもがクソ。学校も、親も、この世の全ての何もかもが、私にとってはイラつきの対象でしかない。
憂鬱なものだ。こうしている間にも、時間は刻一刻と、まるで私の存在を認知していないかのように進んでいっている。
私は今高校二年生だけれど、時間が進むということは、私はやがて大人にならなくてはならない。そして、大人になるということは、この何の価値もない、クズだらけな人間が集まる社会へと出て、馬車馬のように働かなくてはならないということ。
「……嫌だな」
……また独り言。
時間は今も進み続ける。時間が進んでいくにつれ、悩みや考えなければならないことが増えていく。人生とは、そういうものだろう。
……止まってほしい。いっそのこと、時間が止まればいいのに。
そうしたら、何も考えなくて済む。嫌なことも、何もかも。
やがて、かすかに雨音が聞こえ始めた。雨が降り始めたのだろう。今は夏休み間近の七月。梅雨の時期だ。
屋上前のドア前に座り込んでいるのも手伝い、より強く雨の音を感じた。
雨が降り始めたのを感じていると、またも、時間は今もこうして刻一刻と進んでいるのだと、嫌でも実感させられる。
……あぁ、神様。……お願いだから、時間を止めてよ……。




