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あの雨の日に

 僕、(みなと)は、『見える』人だった。

 幽霊も妖怪も、僕には見えていた。


「気味の悪い子」


 両親はそう言って、僕を蔑んだ。

 そんな僕に興味を持ったのか、坊さんが話しかけてくれた。

 どこの誰だったのか、正確には分からない。

 だけど、坊さんは唯一僕に優しくしてくれた人だった。


「そこ、いる」


 僕が指さす先にいる幽霊。


「ほぉ、すごいな」


 坊さんは幽霊や妖怪を見つけるたびに褒めてくれた。

 両親が嘲ってきたこの力を。




 別の日は、妖怪についての話を聞かせてくれた。


「ところで、お主は『澄渦(すみか)』っていうのを知っとるかのぉ?」

 

 坊さんが口に出した聞いたこともない名前。


「すみか?」

 

 僕は意味も分からず首を傾げていた。


「知らないか、澄渦ってのはそれはそれは怖い妖怪でのぉ。雨の日に現れては渦のように人間の首をねじ切ってしまうと言われとるな。しかものぅ、誰かが殺したい人を澄渦に祈ると実際に殺してくれる、殺し屋妖怪と言われていたりもしてなぁ。代償に祈った側の人も殺されるとかいう話もあるぞよ」


 坊さんが敢えてゆっくりとした口調で話している。

 怖がらせようとしているのかもしれないが、全く怖くない。

 坊さんよりも、坊さんの斜め上にいる幽霊の気配が不気味だったから。


「妖怪って不思議だよね」


 だから僕は素直に思ったことを口にした。


「そうじゃな、不思議な存在じゃ。お主のようにな」


 坊さんのこの言葉だけは、未だに意味が分からない。

 


 そんな風に、坊さんはたびたび、妖怪の話を聞かせてくれた。


「川にはのぉ、『縛底』という妖怪がおるそうな。川底に縛ってそのまま溺死させてしまうらしいのぉ」


「『唯唯』っていう妖怪がいてのぉ、唯一を求めるが故に分身するそうな。人間に紛れ込んで普通に生活しとる、怖くはないのじゃ」




 それからも坊さんの元へ何度も行った。


「お主に、託したいものがある」


 ある日、坊さんがくれた冷たい真っ赤な箱。


「それはな、妖断刃と言ってな……妖怪と戦うことのできる武器じゃよ」


 緊張しながら箱を開けてみた。

 そこに入っていたのは二本の短剣。


「持ち主に合わせて最適な形に変わる、お主にはそれが似合うということだ」


 どうやらこれは僕のための形をしているらしい。


「わしは妖怪が見えぬ。だからそれを持っていても宝の持ち腐れじゃ。何かあったら、それで大切な人を守ってやるんだぞ」


 坊さんがそっと、僕の頭をなでてくれた。

 その時の優しげな表情は忘れもしない。


「それから、もうここには来るなよ。わしもそう長くないからな」


 僕は坊さんの言葉の意味が分かった。

 見えてしまったから。

 魂の衰え、幽体の離脱具合。


「分かった」


 だけど、僕は気が付いていないふりをした。

 坊さんが気を遣ってくれているのが分かったから。


 それからもう二度と、僕はあの場所へ行かなかった。


ーー



 時は流れ、妹が生まれた。

 その子の名前は澪波(みおは)。とても愛らしい赤子だった。

 それなのに、両親は澪波の世話をしなかった。


「澪波、大丈夫か?」


 そのころ僕は10歳にはなっていたから、ある程度のことはできた。

 だから、澪波の世話は全部僕がやっていた。


 だって、とにかく愛おしかったから。


 この子を見捨てることなんて、僕にはできなかった。


「……みなと」

 

 しばらく経って、澪波が初めてしゃべった言葉は僕の名前だった。

 澪波がさらに好きになったのは言うまでもない。


 坊さんがいなくなって、両親にも見捨てられて。

 僕にはもう、澪波しかいなかった。

 澪波がいれば、どんなに苦しい日々も幸せだった。


 ある日、両親の不思議な会話を聞いた。


「あんな曰くつきの神社で何やってたのよ」


 呆れたような母親の声。


「いや、あんなチビは邪魔だから消えるに越したことないだろ」


 酒を飲んだのか、大声で叫ぶ父。

 

 内容は、よく分からなかった。

 だけれども、一つだけ分かった。


 澪波が危ないかもしれない。絶対に守らないといけない。

 

 だって、僕は澪波がいないと……


「早く雨、降らねぇかな」


 耳に残った父の言葉。

 僕は感じた、雨を降らせてはいけない。

 僕には見えた、父の魂にまとわりつく何かを。


『これはなぁ、てるてる坊主って言うんだぞ。普通に吊るせば雨を防いでくれるがのぉ。これを逆さまに吊るすとどうなると思うか?』


『雨が降る』


『正解じゃ!?お主は天才か?』


『いや、なんか見えたので』


『……それは、ある意味天才じゃな』


 昔、坊さんとした会話を思い出して、僕はてるてる坊主を作ってみた。

 家の壁にびっしりと、てるてる坊主をぶら下げた。正しい向きで。


「湊、何をしているんだ?」


 しかし、これだけ派手にやって、父にばれないはずがなかった。


「全く、これじゃぁ雨が降らないだろう。そうだ、いいこと考えたぞ」


 そう言って父はてるてる坊主を一つ一つ、ひっくり返していく。

 僕は慌てて元の向きに戻すが、父がひっくり返す速度にはかなわない。

 逆さまのてるてる坊主が増えていく。


 僕は諦めて、澪波のもとへ向かった。

 

「みなと、どうしたの?」


 このころには澪波はある程度しゃべれるし、立って歩けるようになっていた。

 僕は澪波の問いに答えないまま、坊さんに昔貰った箱を開けた。


『大切な人を守ってやるんじゃぞ』


 坊さんの声が聞こえた気がした。

 相変わらず冷たい箱の中から、二本の短剣を取り出す。

 両手でしっかりと握ってみる。とてもしっくりとくる。

 持ち主に合わせた形ってそういうことなのか。


「みなと?」


 澪波が不思議そうに僕を見つめていた。


「大丈夫、絶対守るから」


 僕は澪波に短剣を見せつける。


「うん、みなと、すき」


 澪波は無邪気に笑っていた。

 次の瞬間、澪波の顔から笑みが消えた。

 ふらふらとした足取りで、澪波が一歩ずつ家の外へ向かっていく。


「澪波!?」


 僕は澪波の前に立ちはだかる。

 見える。澪波の魂に何かがいる。

 

 澪波がふわふわと手を伸ばし、僕を押す。

 その力は異常なまでに強くて、僕は押しのけられてしまう。


 澪波はそのまま家の外へ出て行ってしまった。

 僕は慌てて追いかけた。


 雨が僕らの体を激しく叩いている。


「……ふふっ」


 近くで何かが笑っていた。人間じゃない、何かが。

 澪波がどこへ向かっているのかは分からない。

 だけれども、その声に近づいているのは分かる。


 僕には分かる。澪波をそっちへ行かせてはいけない。


「おいでよ」


 ついに姿が見えた。

 それは雨に濡れた白い着物の女性の形だった。おそらく、妖怪。

 びっしょりと濡れた黒い髪を引きずりながら、一歩ずつ澪波に近づいていく。

 髪の間から除く青い目が、真っすぐに澪波を見つめている。


 僕は何も考えられなかった。

 短剣をもって、妖怪に突っ込んだ。


「君じゃない」


 妖怪が手を縦に一振りした。

 雨が一層激しくなる。

 服も髪も濡れて体が重い。でも、そんなことを言っている場合じゃない。


「澪波、しっかりしろ!」


 澪波に向かって叫ぶが、澪波の目は妖怪だけを見つめていて、僕の声など届いていない。


「こんにちは、私は澄渦。雨の妖怪だよ」


 妖怪の青みがかった指先がそっと澪波の頬に触れる。そして、妖怪は自らを名乗る。


「えいっ!!」


 僕は怒りに任せて短剣を、妖怪の背中に突き立てた。

 両手で二本、思いっきり刺した。

 青い液体が、まるで血のように飛び出してきた。


「ぎぃゃぁぁぁぁ!!」


 妖怪が叫び、その場に崩れ落ちる。


「澪波!」

 

 僕は慌てて澪波のもとへ駆け寄った。


「澪波?」


 おかしい、澪波が何度呼んでも返事をしない。


「澪波……」


 僕はそう言って、澪波の顔にそっと触れた。

 


 ボトッ。



 それが何の音だったのか、僕は認識できなかった。

 違う、認識しなかったんだ。

 目の前の光景が、受け入れられなかった。

 受け入れたくなかったんだ。


「澪波」


 目の前の首のない少女の体に呼びかける。

 返事など返ってくるはずもない。そんな死体に。

 足元に広がっていく赤い水たまりは、僕の靴へしみこんでいく。


「澪波」


 それでも、僕は澪波の名前を呼び続けた。

 ねえ、返事、してくれるよね?

 いつもみたいに、僕の名前を呼んでくれるよね?


 返事はない。

 どうして返事してくれないの?

 ねえ、澪波?


 「澪波」


 また、澪波を呼んでみる。


 それでも、返事はない。

 

 いくら澪波を見つめても、いくら澪波を呼んでも。


 返事はない。



 僕は澪波の体を見つめていた。

 だから気が付かなかった。

 

 足元に転がる澪波の首、その髪が伸びていることに。

 激しい雨が打ち付けるたびにその髪は伸びていく。

 その髪が、崩れ落ちた妖怪に触れた。



 異変はその時起こった。



 動かなくなっていたはずの澪波の体が動き出した。

 僕は、嬉しかった。

 澪波が生き返ったんだと思った。

 澪波の体が僕に向かって手を伸ばす。

 冷たい澪波の指が、僕の頬に触れた。

 それはとても冷たかったはずなのに、僕には温かく感じた。


 澪波の指は僕の顔を伝って、首に触れる。

 僕は分かってしまった。見えたから。

 目の前にいるものが、既に大好きな妹ではないことに。


 首がないまま手を伸ばす冷たい小さな体。

 その体は大きくなっていっていた。

 気が付けば、白い着物を着た女性の体に代わっている。

 それと共に、僕の首にかかる手に込められた力が強くなっていく。


『みなとのこところすの?』


 後ろから声がした。

 冷たくて、不気味で、怖い声だった。

 だけど、懐かしくて、愛おしい声だった。


 その一声で、僕の首にかけられていた手が外された。


「澪波?」


 僕は、後ろにいる何かに向かって声をかける。


『そうだよ』


 返事が帰ってきた。後ろを見た。

 びしょびしょに濡れた白い着物。

 長い髪の隙間から覗く輝く青い目。

 青みがかった冷たそうな肌。

 そこに浮かぶ、狂気的で愛らしい笑顔。


 幼い少女に似た形をしていたそれは、確かに澪波だった。


『みおは、しにたくなかったから。みなとがいないと、さびしいから』


 もう一度、前を見る。

 そこにいたのは大きくなった澪波の見た目をしたもの。


「なかなか、これは予想外。生き延びるために自ら妖怪になるなんて」


 澪波の声でありながら、明らかに別人の口調。 

 成長した澪波の見た目をしたものは、自分の体を確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返している。


「こんにちは、湊?」


 澪波の見た目をしたものは、湊を真っすぐに見つめてそう呟いた。

 

 僕は分かっていた。

 それは妖怪の澄渦であると。


 だから、妖断刃を強く握りしめていた。

 でも、その手は震えていた。


「う、うん。一旦武器しまおうか?私を殺すと澪波ちゃんも死んじゃうよ?」


 澄渦は未だに妖断刃を構え続ける僕を恐れたのか、両手を挙げて訴える。


「……」


 僕は何も言えなかった。

 何も言えないまま、武器をおろす。 

 

 僕は多分、何とも言えない表情だった。

 悲しみ、怒り、辛さ、恐れ、苦しみ、怯え。

 そして、現実へのやるせなさ。

 すべてが宿っていたと思う。


『みなと……?』


 もう一度後ろを見る。

 そこにいたのは、既に人間じゃない澪波。


「その子は既に妖怪だよ。澄渦が流れ込んだ……流澄渦とでも呼んでみようか?」


 僕はその澄渦の言葉に苛立たしさを感じた。

 だけど、武器を構えることはしなかった。

 分かったから、澄渦もまた澪波の一部になってしまっているということが。

 大切な妹に武器を向けるなど、できるはずがない。


「あぁ……」


 僕はその場に崩れ落ちた。

 気づけば涙があふれていた。

 

 雨がやんでいく。

 でも、涙は止まらず、水たまりはかさを増していく。


「……」


 澪波の見た目をしたもの、澄渦はそんな湊を苦々しげな表情で見ていた。


「妖怪は、逆らえない。その性質に。私にはどうしようもなかった、だけど、これは……」


 澄渦は唇をかみしめる。


「やめろ」


 僕はすぐさまそれを止めた。


「澪波の体、大事にしろよ!」


 僕は立ち上がり、澄渦に向かって怒鳴る。


「……そう、だなぁ」


 澄渦は不思議だった。

 悔しい、何もできなかった。私のせいで……

 申し訳ない。 

 これが、感情?


 雨が完全に上がって、雲の隙間からは虹が見えていた。

 

「澄渦、雨が降れば、会えるよね?」


 僕は真っすぐに虹を見つめながら尋ねる。


「会える。ちょいとヒトが必要けどねぇ」


 澄渦はすらすらと答える。

 

「うん、分かった」


 僕はそう言って澄渦を見た。

 

 澄渦は思った。

 その目は既に人として死んでいたのかもしれない。

 気味が悪いほどに希望の宿ったその目は、虹よりも輝いていた。

 

「……」


 澄渦は何も言わなかった。

 止める権利など、澄渦にはなかったから。




ーー



「それにしてもよく頑張るよ。セリフの頭文字をつなげて呪文だなんて」


 ある日、澄渦は湊に話しかけていた。無視されるのはいつものこと。


「でも、君たち兄妹は、どうしてそんな回りくどいことをしているんだ?」


 疑問文であるにも関わらず、湊は答えない。


「湊?」


 澄渦が湊の顔を覗き込む。

 背中に傷があるがゆえに澄渦から漏れる水が湊にかかる。


「確実に呪文を唱える。大変なんだぞ、頭文字指定のセリフを考えるのも。しかも変なことを言いすぎても警戒されるし 、逃げられたら澪波に会えないし……」


 湊がようやく答える。

 かと思えば機嫌がいいのか、自ら語りだした。


「んーセリフ思いつかなくて悩んでたら澪波が言ってくれたりとか……」


 そう言う湊の口調は明るかった。


「結果として澪波に会えれば、本当は何でもいいんだけどね」


 澄渦は黙って頷いていた。

 別に口を出すことでもないからだろうか。


「つまり、澪波は可愛い」


 湊が笑った。それは湊が浮かべる表情の中で、唯一人間らしいものだったかもしれない。

 だが、澄渦はそんなことを気にしなかった。


「何がどう、どこがつまりだよ?てか湊だって既に人間じゃないよねぇ、一体何年生きてるのよぉ?」


 澄渦の問いに、湊は答えなかった。

 湊も覚えていないからだろうか。

 だが、澪波が流澄渦になってから、絵本になっていたり、ある程度人に知られていたりするということは長い時間のかかること。

 100年近くが過ぎていたとしてもおかしくはない。


「まあ、楽しそうでなによりだよ」


 澄渦はそう言って目をそらした。

 それを言ったら、澄渦はさらに長く生きていることを指摘されてしまいそうで、嫌だったから。



最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。

怖い、と感じていただけていたら幸いです。

もしよろしければ評価、感想お願いします。

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