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私はあの人に会いたいの

「きっと、こっちへ行くべきだと思う」


 (みなと)は雨の中、傘をさすことなくずぶ濡れになりながら走っていた。

 そして、東の方を指さしている。


「いや、こっちだねぇ」


 一方、靴も履かずに雨の中を走る澄渦(すみか)は、西を指さしていた。


 二人は同じ目的で外へ出たはずなのに、行き先が対立しているというのはどういうことであろうか?


澪波(みおは)の命がかかってるんだ、直接妖怪狩りのところへ乗り込んでさっさと制圧するべきだ」


 湊はそんな澄渦に向かって力強く主張する。

 どうして妖怪狩りの拠点を知っているのだろうか。


「いや、澪波ちゃんの命がかかってるからこそ、ちゃんとした場所で迎え撃つべき」


 澄渦が指さすのは青い鳥居の神社の方向。


「へー」


 湊は澄渦のことを無視し、自分の指さす方向へ勝手に歩き出した。


「あ、もうっ」


 澄渦は苛立たし気ながらもそれに付いていった。

 二人がバラバラになるのは悪手であると分かっていたから。



ーー



「侵入者!」


 ここは組織、妖断隊の拠点。

 誰かの叫びの通り、侵入者が現れていた。


「落ち着け!数は?」


 妖断隊のリーダー、螺婁(らる)の一声で場が鎮まる。


「2人です、いずれも精鋭」


 妖断隊の構成員の一人、見守(みしゅ)が報告する。

 

「承知した、直々に迎え撃ってやろうじゃないか」


 螺婁が愛刀、斬螺婁(きるらる)を抜き、歩き出す。


『わかってる?』


 その時、螺婁の頭にノイズが走った。


「分かってるよ、すぐに掃除して次はお前を殺すからな」


 その声に螺婁は答えつつ、侵入者の方へ向かった。


「まさかの一番の標的が直々にお出ましじゃないかぁ」


 侵入者の一人、外の雨によるものなのか、全身ずぶ濡れの裸足の女が不気味に笑う。彼女の名は澄渦。


『たいへんだよ、みおはからにげるのは』


 螺婁は鬱陶し気に顔をしかめた。

 今までなら頭のノイズは一切問題がなかったが、戦うとなると集中力が削がれるのは少々厄介だ。


「死なないでほしいんだ。澪波、やめてくれ」


 侵入者の一人である短剣を構えた少年が螺婁を見て、言葉を投げる。こちらもまた、全身ずぶ濡れだ。少年の名は湊。

 だけど、その言葉は明らかに螺婁に向けられたものではなかった。


「お前、黙れ!」


 澄渦が慌てたように湊の口を塞ぐ。

 そこでようやく湊は己の失言に気が付いたのか、口を手で押さえている。


『はやいね、きてくれてうれしい』


 螺婁の頭の中に再びノイズが響いた。

 そのタイミングで、湊と澄渦は動いた。

 澄渦は蹴りを放ち、湊は両手の剣を刺しにかかる。狙う先は螺婁の脳。

 二人は流澄渦を顕現させたくないのだ。

 だから、螺婁の脳に響くノイズによる呪文を止めなくてはいけない。それゆえに脳ごと破壊するという魂胆だ。


『あんまりきずつけないでね、だいじなひとたちだから』


 螺婁は一歩下がる。

 想像以上に湊も澄渦も、動きが速かったから。

 二人が追撃してきたところを狙って刀を振った。


 刀が何かを斬った感触。螺婁はそれに満足げに笑みを浮かべる。

 だけど、螺婁が斬ったものは白い何かだった。

 

「やばぁ」


 澄渦はそう言って螺婁から距離をとる。


「……」


 湊は黙ったまま額に滴る雨水を袖で拭う。

 その手には短剣と一緒にてるてる坊主が握られていた。


『のんびりしてちゃだめだよ』


 そのてるてる坊主を見て、螺婁は納得したようにうなずく。

 なるほど、自分が斬ったのはそれだったのか、と。

 同時に騙されたことへの怒りがこみ上げていく。


「滅ぼしてやる」


 螺婁がそう言いながら一瞬、後ろを振り向く。

 それだけで、妖断隊の面々が集まってきた。


「湊、リーダーを狙え。あとは任せろ」


 澄渦はそう言って、高く飛びあがる。

 集まった妖断隊全員を飛び越え、後ろから襲撃する。

 鋭い蹴りが一人の隊員の首をかすめる。

 それだけで、首が渦のように回転し、吹き飛んで行った。


山登(さんと)、いけます?」


「はい、これ以上犠牲を出すわけにもいきませんから。見守さんこそ、大丈夫ですか?」


 隊員の二人、見守と山登は互いに顔を見合わせ、左右両側から澄渦に向けて突っ込んでいく。

 2人の手には刀が握られていた。


「あらぁ」


 澄渦は困ったように距離をとり、刀身だけを蹴る。

 それだけで刀が根元から曲がった。


「 ……」


 一方、湊は螺婁に向かって短剣を振りかざしていた。

 螺婁も負けじと刀を振り回すが、湊は渦を見慣れているのか、なぜか当たらない。


『ひやしてあげるね』


 その上、螺婁は頭の中に響くノイズが鬱陶しかった。

 甲高い音を響かせながら、湊の短剣と螺婁の刀がぶつかり合う。


「その武器、まさか……」


 その時、螺婁は何かに気が付き、驚いたかのように目を見開いた。


「……」


『とくべつなものだよ』

 

 湊は何も答えない。

 ただ短剣を握って螺婁を狙い続ける。


『にがさない』


 螺婁は刀を振るう。

 今までは湊を絶命させることを第一にしていたが、今は腕を斬り落とすことを狙っている。

 武器を取り上げたうえでそれについて尋問するつもりのようだ。


『あともうすこし』


 湊の表情が苦しくなる。

 特に、何かがあったわけではない。

 ただ、もうすぐ澪波が来てしまうから。澪波はここに来ないでほしいというのに。


「なるほどな、それで……」


 螺婁は湊と澄渦の目的を大体察していた。

 妖怪狩りとしての勘のようなものだ。詳しいことは分からないが、流澄渦を守りに来たということは分かっていた。

 だから、苦々し気な湊の表情から流澄渦の顕現が近いことを察し、笑みを浮かべた。


『いなくならないでね』


 湊がてるてる坊主の紐を引く。

 それにより、螺婁の動きがわずかに鈍る。

 その隙を逃がすことなく湊は螺婁の頭を狙う。


「螺婁さん、危ない!」


 しかし、隊員の一人が螺婁と湊の間に入り込む。

 湊の短剣は螺婁ではなく、その隊員に突き刺さった。


「すまない」


 螺婁は自分を守り犠牲となった隊員に謝りながら、さらに激しく斬螺婁を振り回す。

 必ず敵をとる、そう決意したようだ。


『たすけはこないから』


 ノイズを無視して螺婁は湊に突っ込む。


「……」

 

 湊は両手の短剣を交差させ、何とか短剣を受け流すが、確実に追い詰められていた。


『いまいくよ』


 再びノイズが響いた。


「呪いに縛られてるのは、澪波だろっ!」


 湊は諦めたように叫んだ。

 その表情はとても苦し気だった。


「それっ」


 澄渦はほとんどの隊員の首を蹴り飛ばしたところだった。

 だが、山登と見守だけは強いらしく、まだ刀を振り回していた。


『……』


 異変が起きたのはその時だった。

 突如、少女が現れたのだ。

 黒い髪に白い着物、輝く青い目。

 服装やたたずまいは澄渦とよく似ていた。

 

 少女が現れたことで空気は冷え、外の雨は激しさを増す。

 だが、歴戦の妖断隊にはその程度で驚く者はいなかった。


「来たな……」


 螺婁は嬉し気ながらも警戒心は緩めずに刀を構える。

 だが、集まった妖断隊のほとんどが澄渦にやられてしまっている今、澄渦を優先して狙うべきだが、山登と見守を信じて2人に任せる魂胆のようだ。


「澪波ちゃ……」


 澄渦が流澄渦である澪波を守るためにそばへ行こうとするが、山登が死んだ仲間の刀を使って澄渦を止める。


 湊がさっさと螺婁を殺そうと短剣を振り回すが、螺婁の気分は高ぶっているのか湊は軽くいなされてしまう。

 螺婁の刀が湊の左手をかすめる。


「流澄渦も狩るし、お前も殺すし、その武器も貰う」


 螺婁はそう言って、今度は澪波に武器を向ける。

 そんな螺婁に向かって湊は左手の短剣を投げつけた。

 螺婁はそれを見て、武器を奪う絶好の好機だと思い、澪波への攻撃をやめ、短剣を受け止めるために構えた。

 しかし、短剣が螺婁に届くことはなかった。

 いつの間にか巻きついていた紐を湊が引くと、短剣は湊の手に戻っていく。

 湊の短剣は妖断刃。妖怪を狩るのに最適な武器を敵に渡すはずがない。


「妖断隊が妖断刃に襲われるなんてな」


 湊が簡単に武器を渡すほど愚かではないと気が付いたのか、螺婁は皮肉を言う。


 だけど、澪波は螺婁にゆっくりと近づいていた。

 妖怪であるがゆえに、本能に従った行動しかできないから。


 螺婁にとって澪波は自殺行為をしている愚かな妖怪でしかない。

 とりあえず澪波を葬るため、螺婁も澪波への距離を詰めていく。


 螺婁と澪波の視線が交差する。

 それだけで人間から全ての力を奪い去る輝く青い澪波の目も、螺婁にはなんの効果もない。


「ようこそ」


 螺婁はそう言って、刀を澪波に向けて振るおうとした。

 だが寸前のところでそれを止めた。

 そして、螺婁は自身の胸にその刀を突き刺した。


 すなわち、螺婁は澪波を殺す絶好の機会を目の前にして自害した。


「えっ……?」


「螺婁さん!?」


 螺婁の行動にはさすがの見守と山登にも動揺が走る。

 澄渦はその隙を逃すはずもなく、2人の首をまとめて蹴り飛ばした。


「……」


 螺婁の後ろでは、湊が傷ついた左手も無理やり動かし、両手で螺婁の脳に短剣を突き立てていた。

 だが、螺婁の胸を貫いた刀が、そのまま湊の胸も貫き通していた。


 螺婁は気が付いたのだ、斬螺婁の渦が流澄渦の渦に敵わないということ。

 すなわち、斬螺婁で無理やり澪波を斬ろうとすれば、澪波を殺せたとしても自分の腕はちぎれてしまうだろうし、最悪死んでしまうと。そもそも澪波を殺すことすら出来ない可能性もある。

 それに気が付いたときには既に遅かった。

 澪波を狙われて怒り狂ったのか、湊が螺婁のすぐ後ろまで迫っていた。

 目の前には流澄渦、背後には湊。回避は不可能だった。

 だったら螺婁がとる行動は決まっている。

 

 湊の殺害。


 流澄渦も狩るし、お前も殺すし、その武器も貰う。


 螺婁はそう宣言していた。ならば、一つでも多く達成するための行動を取るのが筋というものだ。

 澄渦も澪波も怪異の類であるということは分かっていた。すなわち、2人は妖断刃を持てない。妖断刃とは、そういうものであるから。

 湊を殺せば、この場にいなかった妖断隊の面々が妖断刃を回収してくれる可能性も高い。


 澪波は崩れ落ちる螺婁を見ていた。

 その後ろで、湊が力なく立ち上がる。

 今この瞬間は立っているが、湊は明らかに限界だった。


「もう、こんな怖い人たちの前に出てきちゃだめだぞ」


 湊は振るえるその手で澪波の肩に手をそえた。

 言葉を紡ぐその口からは血も溢れていた。


『……』


 澪波は何も言わなかった。


「元気でな、大好きだよ。澪波……」


 みなとがたおれた。

 みなとがたおれた。

 みなと……?


 澪波はもう何も、分からなかった。


『にんげんなんて、もういらない』


 澪波の髪が伸びる。

 体が大きくなっていく。

 その青い目は輝きを増していた。


 澪波は歩く。湊の死体を踏みつけて。螺婁の死体も、妖断隊の隊員達の死体も。

 行く当てもなく。

 雨の中を歩いていた。


 そんな澪波の目に、ある家の軒先にぶら下げられたてるてる坊主が目に入った。


『みなと!』


 澪波はそう言って、てるてる坊主の元へ進む。

 そこで、ちょうど家に帰ってきた住人に遭遇する。


「お前……」


 住人は澪波の気配に震えていた。

 地面にへたり込み、傘を落とし、動けないまま恐怖に染まった目で澪波を見ていた。

 澪波はそっとその首に触れる。

 それだけで首がねじれ飛ぶ。


『……』


 そうしててるてる坊主の前にたどり着いた澪波は、すぐにその場を去った。

 

 みなとは、いなかった。


 澪波は次の場所へ向かう。湊を見つけるまで、それは続くのだろう。


「……」


 そんな澪波を、澄渦は苦し気な表情で見ていた。

 このままでは澪波は無差別に人を殺し続ける。それはどうでもいい。

 ただ、湊に会えることはないというのに、湊を探し続けるというのはあまりにも痛々しすぎた。


 だから、澄渦は戻った。妖断隊と戦った、全てが終わったあの場所へ。


「螺婁さんがやられるなんて、信じられないな……」


 そこでは妖断隊の隊員たちが死体を掃除したり、無事な武器を回収したりしていた。


「それにしても妖断刃なんて……我々妖断隊の悲願……」


 妖断刃を拾い上げた隊員が興奮した様子で話す。


「流澄渦は今度改めて葬らないとな」


 ここにいた妖断隊は全滅しているというのに、残った隊員の雰囲気はどこまでも明るかった。


「……」


 澄渦は黙ってその中に入り込み、妖断刃を持つ隊員に近づいていく。


「な、なんだお前は!?」


 隊員は驚いたように澄渦を見て、狼狽えたように声を上げる。


 澄渦は隊員に背中を向け、着物をずらし、背中を見せる。

 そこには傷があった。水がずっと漏れ続ける傷が。


「刺せ!」


 澄渦は強い口調で命令する。


「っ、はいっ!」


 妖断刃を持った隊員が慌てたように澄渦の言うままに背中を刺す。

 澄渦は体が凍り付くような、全てを失っていくような感じがした。


 これが、妖断刃に斬られた妖怪だ。

 澄渦は思う。

 湊の方が剣筋は鋭かったなぁ。

 これで澪波ちゃんも死んじゃうねぇ。


 澄渦の体は水が蒸発するように消えていった。

 そこには何も残らなかった。

 ただ、少し澄んだ空気があっただけ。

 でもすぐにその空気は周囲に拡散して消えていった。




 同時刻、とある場所で、妖怪が消滅した。

 その妖怪の名は、『流澄渦』。

 


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