この者たちを根絶やしに
「え……」
慎太は唯斗と唯奈がなかなか学校に戻らないことを心配して、様子を見に来ていた。
「え……?」
そこには赤い水たまりが広がっていた。
「なん、で……?」
そこには二つの首が落ちていた。
「死なないで、って言いましたよね ……?」
そこには力なく横たわる二つの首のないからだがあった。
慎太は目の前の光景が受け入れられなかった。
夢だと思いたくて、自分で自分の頬をつねってみるが、目が覚める気配はない。
慎太はそのまま呆然と立ち尽くしていた。
傘はいつの間にか落としてしまったらしく、激しい雨に直接打たれていた。
ーー
「へー、これは大変だ」
隣から人の声が聞こえたと思ったら、いつの間にかそこに少年がいた。
「こっちだよ」
誰だか分からない。
だけど、それしか頼れない。
僕の手を引いてくれた少年にただついていく。
「のんびりしてると、逃げ切れないよ」
これでも僕なりに急いでいるはずなんだけどな。
僕は慎太。オカルト研究部。
今、部活仲間の唯斗と唯奈の死体を見た。
それからどのくらい時間が過ぎたのかは分からないが、僕はしばらくあの場所から動けなかった。
そんな時、一人の少年が僕の手を引いてくれた。
「もっと急いで、雨が止んじゃう」
雨が止むことに何か問題があるのかよく分からないが、とりあえず指示に従う。
「のぼるよ、階段。頑張って」
気が付けば学校の校舎へ戻ってきていた。
「大変だけど、もう少し」
階段を駆け上がるのはかなり疲れる。ゆっくり歩きたい気持ちがあるが、そう言われたら急ぐしかない。
「ちょっと頑張って、もう少しだから」
そう言えば階段をしばらく上っているけれど、どこまで行くつもりなのだろう。
「お疲れ様」
気が付けば僕がいたのは屋上だった。
「慎太!」
屋上には我らが部長、有海がいた。
風で飛ばされそうな傘を抑えながら、有海が僕に駆け寄ってくる。
「部長は、無事だったんですか」
僕も有海を見て少し安心した。皆殺しになるわけじゃないんだ。
「ねえ、ここなら大丈夫だよね?」
僕をここまで連れてきてくれた少年が尋ねる。
「はい、本当にありがとうございます」
有海に会えたことで心はだいぶ落ち着いていた。そう考えると、この少年は本当にいい場所へ僕を連れてきてくれた。
まるで、僕のすべてを見透かしているかのように。
「私としても、慎太に会えて、少し安心した。ありがとう」
有海も少年に頭を下げる。
少年はどうして有海がここにいるということを知っていたのだろうか。
「助けになれたならよかった」
少年は軽く笑う。すごく優しい人なんだろうな。
よく見るとすごくイケメン。
『やだよ、にげないでよ』
その時、頭の中にノイズが響いた。
「慎太、今の……?」
おそらく、有海の頭の中にも同じようにノイズが走ったのだろう。
それは幼い少女の声のように聞こえた。
背筋が凍るように不気味だったけれど。
そしてそれは、神社の前で聞いたノイズと同じだった。
「しっかりして、大丈夫?」
少年が僕に声をかけてくれる。
僕は首を振った。知っていた。こうなったら終わりなんだって。
怖かったから、流澄渦について、みんなで祈りに行く前に、いっぱい調べたんだよ。
もう、流澄渦は来てしまう。
「最後に、君の名前、教えてよ……いや、君は湊、だよね」
僕は諦めた。
だから、最後は、自分の好奇心に素直に従った。
湊は不思議そうに僕を見ながら頷いた。
流澄渦に殺されていた二人の生徒。その遺体のそばで、湊という生徒が目撃されていたこと。オカルト研究部員は絶対に把握している情報。
「……憎らしい」
少年はそう言った。
それは、少年が初めて口にした悪態だった。
『……』
少年の陰から、少女が現れた。
濡れた黒い髪と白い着物。
輝く青い目。
幻想的で美しくありながらも不気味な存在。
どこから来たのかは分からない。
だけど、分かったよ。
その子が流澄渦なんだよね?
首をねじ切ってくるんだよね?渦みたいに。
分かっているからこそ、少女の不気味さに納得がいった。
だからこそ、既に慎太の体は動かなかった。
ただ、怖かったんだ。
「ねえ、話をしようよ」
そんな僕の前に有海は立ちはだかる。
有海の熱い目と、流澄渦の少女の冷たく輝く目が交差する。
『……』
「……」
流澄渦も湊も口を開くことはない。
「私は有海。オカルト研究部の部長」
有海はそれでも怖気ずくことなく話し続ける。
僕の目に有海は、すごくかっこよく、救世主のように映った。
流澄渦の怒りを代弁するかのように、有海に強く雨が降り注いでいる。
有海はそんな雨に何かを感じたのか、持っていた傘を持ち上げる。
傘越しに、有海は空を見上げていた。
「ふふっ」
有海が笑う。
それは、楽しそうだけれど、悲しそうな笑みだった。
それは、これから起こることを、全て悟ったかのような、不思議な声だった。
そして有海は傘を勢いよく放り投げた。
迷いも躊躇いもなかった。
傘は風に煽られ、宙に舞っていった。
雷が落ちた。
先ほど投げた有海の傘に。
傘は雷によって焦げ、地面に落ちていく。
僕は立ち上がることすらできないというのに、自分の肌が震えるのを感じた。
有海はこれを見越して傘を捨てた?
「せっかく妖怪と会えたんだから、簡単に死んでやるつもりはないわよ」
有海は自ら流澄渦に近づいていく。
『……』
流澄渦は相変わらず黙っていた。
だけど、少し笑っているようにも見えた。
そして一歩ずつ、有海に近づいていった。
僕の心臓がおかしいくらいに動いている。
有海、死なないで……
祈ることしか出来ない僕は、何なのだろうか?
「よく見ると可愛いじゃん、二重ぱっちりだし美少女って感じ」
澪波が有海の首に手を伸ばす。
でも、身長的に澪波の手が有海の首まで届くことはない。
「ふふっ」
有海は笑っていた。
知っていたから。
流澄渦は、首を渦のようにねじってくるということ。
それは、少女の見た目をしていること。
少女の身長でどうやって首に手を伸ばすのだろうか?
慎太を見た時、有海の中に答えは出た。
みんな、恐怖でへたり込むから届いたんだね?
立ったまま流澄渦に近づいたらどうなるんだろうね?
有海の好奇心はもう止まらなかった。
『……』
流澄渦の手が宙を泳ぐ。
挙句の果てには、首を掴めないまま空中で手を捻りだした。
有海はそんな流澄渦をほほえまし気に見つめていた。
僕は感じていた。
有海は余裕そうに見えるが、そうでもないということ。
流澄渦はそんなに甘い存在ではないということ。
せめて、何か。
立ち上がらないと……でも腕に力が入らない……
『……』
雨が一層激しくなったその時、異変が起こった。
流澄渦のびっしょりと濡れた髪が靡いた。
そう思った矢先、その髪は伸びていった。
伸びたのは髪だけではなかった。
手足、体。
流澄渦の少女の体が大きくなっていった。
「あれ?やるじゃん」
有海は一歩下がって距離をとる。
濡れた青系の黒の髪。白い着物。輝く青い瞳。
だけど、少女ではなかった。
女性と呼ぶべきだろうか?とにかく、大きくなっていた。
『……』
大きくなった流澄渦は何も言わないまま有海に向かって飛び掛かってくる。
その長くなった手が有海の首へ真っすぐに伸びる。
さっきよりも全身に力が入らない。
有海の方がよっぽど怖い場所にいるはずなのに。どうして……
僕に優しくしてくれた人、有海は頑張っているのに。僕は何もできない……
「はやいね」
有海はそんなことを言いつつも、軽くステップを踏んで回避していく。
「……っ」
そんな有海に寒気が走った。
有海は慌てて身を捩らせるが、有海の肩を流澄渦の手がかすめた。
少し触れただけなのに、体温が一瞬で奪われてしまうようなそんな感覚。
有海の動きが確実に鈍った。
流澄渦はそんな隙を逃すはずもなく有海に手を伸ばす。
僕は反射的に目を閉じてしまっていた。
見たくない光景が、頭をよぎった。
「なめんな」
僕が思っているよりも、有海はずっと強かった。
有海はそう言って、流澄渦の手を真っ向から受け止めた。
勢いに押されて弾き飛ばされ、屋上の柵に体を打ち付けたが、すぐさま立ち上がる。
有海が立ち上がった直後、ぶつかった柵が砕ける。
それは、とても不自然なタイミングだった。
「こわ……」
屋上の下を少し覗いた有海は自然と声を上げる。
さっきから湊がてるてる坊主の紐を引っ張ったりたるませたりしているのは何か関係があるのだろうか?
湊が有海を落下から守った?
動機は理解できないけれど、不可解なことが起きている時点で湊が関与している可能性は高い。
『……』
流澄渦は有海に向かって手を伸ばす。
屋上の端まで追い詰められてしまった有海に逃げ場はない。
それこそ、飛び降りるくらいしか。
でも、有海は飛び降りないと思った。
流澄渦を怖がっていないというのに、有海は落下に対しての恐怖心を持ってしまったから。
有海は動けないんだ。落ちたくないから。
「ふふっ」
有海は笑っていた。
その目は僕を見ていた。
何が言いたかったのかは分からない。
もしかしたら、立つことすらできない無能な僕を蔑んでいたのかもしれない。
でも、その目に絶望の色はなかった。
流澄渦の指先が有海の首に触れた。
有海の首が勢いよく回される。
渦のように。ぐるぐると。
ボトッ。
落ちた有海の首。
力なく崩れ落ちる、ついさっきまでちゃんと動いていた体。
広がる赤い水たまり。
僕はそれを見た瞬間、不思議と体が動いた。
流澄渦が今度は僕に向かって飛びかかってくる。
怖い……でも、有海の動きは見てた。
何とか回避して、向かった先は、有海がぶつかって柵が壊れた場所。
「部長、ごめんなさい」
僕は迷うことなく飛び降りた。
直後、体を包んだ浮遊感に後悔させられる。
僕が上がってきた階段の前には湊がいる。逃げ場はここしかなかったんだ。
ちゃんと、逃げないと。有海のこと、みんなに伝えないと。
でも、誰に伝えるんだろうね?
もう唯斗と唯奈もいないのに。
これは僕が逃げる理由を、僕の中で正当化しているだけ?
後ろにいる流澄渦も、今落ちているのもどっちもすごく怖いのに、頭が回るのは
なんでだろう。
そんな僕の体が止まった。
首には縄が巻きついていた。
「うぅ……」
雨ではっきりしていなかった視界が、さらにぼんやりとしていく。
世界から音が消えていく。
首を引っ張られているのを感じた。
まるで、僕を屋上に引き戻すように。
これも、やっぱり……湊がいじってた紐なのかな?
痛い、苦しい。
僕……
意識が遠のいていく。
もう指一本動かせない。
だけど、縄が緩んだ。
僕は屋上に横たわっていた。
だけど、もう息できないよ……
部長……
唯斗……
唯奈……
今、いきます。
ーー
雨の中、学校の屋上でてるてる坊主をいじる少年がいた。
少年の名前は湊。
湊は虚空に向けて話していた。
「ごめん、澪波。殺しちゃった……」
「澪波が殺すはずだったのに……」
湊は悔し気にてるてる坊主を投げ捨てる。
「代わりに、僕を殺してもいいよ」
湊は虚空に手を伸ばす。
『ころさない、みなと、すき』
湊の頭に響くノイズ。
それを聞いて、湊は苦々しく笑った。
次の瞬間、既に死んだ慎太の首がねじ切られた。