表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

その傲慢に裁きを

「これ、どう思う」


 ここは、とある高校のオカルト研究部の部室。

 カーテンを閉め切ったその部屋は、日の光の侵入など許すはずもなく暗い。

 それでも、激しく降り続く雨の音は遮ることができなかった。

 切れかけの蛍光灯の明かりだけが、ちかちかと部屋を照らす。

 

 そこにいるのは4人の生徒たち。

 部長の有海(あるみ)が二枚の新聞を提示しながら重々しく尋ねた。


「うちの学校の生徒が2人も、似たような形で発見されるとは」


 唯斗(ゆいと)がそう言いながら、その新聞を興味深げにのぞき込む。


「しかも、首がねじ切られた。なんて珍しい形でね」


 唯奈(ゆいな)が唯斗の言葉を補足する。

 ちなみに、唯奈は唯斗の双子の姉である。


「2人とも雨の日なんだよね……どっちが死んだときも近くで目撃されたっていう生徒の方が怖いけど……」


 慎太(しんた)が震えながら口を開く。

 その手は恐怖で小刻みに震えている。

 

「その通り、もしかしたら」

 

 唯斗が横に置いてあった絵本を取り出す。

 そのタイトルは『りゅうじゅんか』。


「流澄渦、ね」


 唯奈がそれを見ながら話す。


「やってみようよ。雨の日に神社に祈るんでしょ」

 

 有海が楽しそうに言い放つ。


「さんせー!」


 唯斗はすぐに同意を示した。


「賛成!」

 

 唯奈も唯斗に続く。


「えっ!?怖いよ……でも面白そう」


 場の全員の意見が一致したことに焦りを覚えたのか、それとも純粋に興味を持ったのかは分からないが、慎太も同意した。


 ちょうどその時、オカルト研究部の部室の外で、一人の生徒が呟いた。


「ゴミども」


『みなと……?』




ーー



「やっぱりやめましょうよ」


 慎太の悲痛な叫びがむなしく響く。

 雨が激しく降る放課後、オカルト研究部の四人は流澄渦に祈るべく神社を探しに山へ来ていた。


「なんで?何事もやってみないと始まらないよ」


 有海がそんな慎太に首を傾げる。


「あったよ」


 唯奈が木々の間に見える小さな青い鳥居を指さした。


「よし、祈るぞ」


 唯斗は迷わず鳥居に向かって進んでいく。


「ちょっ、ちょっと待ってよ」

 

 慎太が震える手で唯斗をつかむ。

 その時、強い風が吹き、唯斗の傘はひっくり返ってしまった。


「慎太、離れてくれ。傘、戻せないって、濡れるって」


 唯斗が冷たい雨を鬱陶しそうに見つめながら言う。


「……ごめん、ちょっと怖くて」


 有海が慎太のことを強引に引きはがす。


「そんなこと言ってたら何もできないよ!」


 有海はそう言って鳥居に向けてずかずかと進んでいく。

 激しい雨が有海の体を叩くが、気にも留めていないようだ。


「私も行く」


 そう言った唯奈が有海の後をついていく。

 もちろん、唯斗もその後ろを歩いていった。

 慎太は慌てて三人を追いかける。


「本当に死んじゃうかもね」


 冗談のつもりなのか、唯斗が笑顔で話す。

 その時、雷が光った。


「……縁起でもない」


 雷に驚きつつも、有海が笑う。

 慎太の体の震えはさらに激しくなっていた。


「とりあえず、祈ろうか」


 鳥居の前へたどり着いた唯奈が早速手を合わせている。

 唯斗と有海も横に並んで手を合わせる。

 慎太も慌ててそれに続く。


「それぞれ自分を殺すように祈ろうか?」


 有海がそう提案した。


「唯斗を殺してください」


「唯奈を殺してください」


 有海の提案を無視して、唯斗と唯奈はお互いがお互いを殺すように祈っていた。

 まるで本心であるかのように流暢な言葉だった。


「私を殺してください」


 有海は何も恐れることなく平然とそう言った。


「え、えっと……僕をこ、殺して、ください」

 

 慎太が雨音よりも激しく震える声で祈る。


「よし、帰ろうか」


 全員が祈り終わるなり、有海が何事もなかったようにケロッとした声でそう言って、山を降りていく。


『すぐ行くからね』


 全員の頭の中にノイズが走った。


「今の聞いた?」

 

 唯奈が横にいる唯斗に尋ねる。


「流澄渦はマジっぽいじゃん。今までのよく分からん妖怪と違って」


 唯斗が嬉しそうに答える。

 

 慎太は恐怖で縮こまっていた。


『んー、くびをねじねじ』


「この雨の間に私たちを葬っちゃうつもりなのか?」


 有海は面白がっているのか笑っていた。


「うぅ、みんな死なないでくださいね」


 慎太が不安そうにそう言った。 


「何言ってるの?オカルトだよ、あるわけないじゃん」


 唯奈が慎太を不思議そうな目で見ている。


「本当に怖いのは人間だよ」


 唯斗は縮こまる慎太に手を差し伸べる。


「そうだよね、怖いのは人間……」


 慎太はそう言って安心したように唯斗の手を取って立ち上がった。

 臆病な慎太がオカルト研究部に入ったのは、恐怖への耐性をつけるため。昔、いじめられたせいで人間が怖い慎太が、人間嫌いを克服するためだ。

 だから、慎太はそれを理解して、優しくしてくれる仲間に安心感を感じていたし、人間もあまり怖くなくなってきていた。

 それゆえに、心の底から祈っていた。

 

 みんな、死なないでね。


『だめ、しぬんだよ』


 ノイズなんて、怖くないよ。

 優しい仲間がそばにいるんだから。


「それにしても、止まらないわね。このノイズ」


 有海が首を傾げる。

 すでに四人は山を降りていた。

 山にいたことによる現象だったら、もう止まっていてもおかしくないのだ。


『うん、とまらないよ』


「あんまり高くない山だから、気候条件的には山の中も外もあんまり変わらないし」


 唯奈が降りてきた山を見つめながら言う。

 不思議なことに、山の雨は止んでいた。まだ四人がいる場所には雨が降り続いているというのに。


『ずるいよ、にげようとするなんて』


「屋内に入ってどうなるのか、様子見だな」


 唯斗が学校の方を指さす。

 それに従って四人は学校を目指す。


『のろいはとけない』


「それにしても、わざわざ雨の日に山を登らせるなんてひどい話だ」


 有海が服についた水滴を鬱陶しそうに見つめる。

 頭の中のノイズなど、もう誰も気に留めていなかった。


 オカルト研究部ゆえに、このようなものには耐性があったから。


 だからこそ、どうしようもない結末に気づけない。


『なんで、こっちきてくれないの』


「雨って微妙だよな」


 唯斗が未だに激しく降る雨を見ながら、手に持っている傘を振り回す。

 当然唯斗は濡れ、傘から水滴が飛び散る。


「ねぇ、濡れたんだけど」


 そう言う唯奈の表情は恐ろしいものになっていた。

 唯奈は山の中でもしっかりと傘を差し、木々を避け、出来る限り濡れないように努めていたのだ。


『がっこう、いくの?……いいよ』


「唯奈がそこにいるのが悪いんだろう」


 唯斗は唯奈の表情など気にせずに言い返す。

 慎太と有海は2人が大喧嘩を始めることを察して距離をとった。


『れんさはとまらない』


 唯斗がさらに傘を振り回す。

 唯奈がそれを必死に避ける。

 この条件だと唯奈が圧倒的に不利である。唯奈がさらに怒り狂うのは想像に難くなかった。


「先戻ってようか」


 有海が慎太に声をかける。


「そうですね」


 慎太はそれに同意して有海と共に学校への道を歩いていった。


『のぞんだのは、きみたちだよ』


 頭の中のノイズは、まだ止まっていなかった。


『きれいなうず、できるかな』


 だけど、誰も気にしていなかった。


『みててね、みなと』






ーー


「へー、どうしたの?」


 有海と慎太が去った後。

 未だに喧嘩を続けていた唯斗と唯奈に声をかけた少年がいた。

 少年は唯斗と同じ制服を着ていた。同じ学校の生徒のようだ。

 ビニール傘を両手で丁寧に持っている。


「そのままだと風邪ひくよ」


 唯斗に水をかけられるのも気にせず、その少年は2人の間に割り込んでいった。


「唯斗が悪いの!私はちゃんと水を避けてたのに」


 唯奈が少年に向かって思いっきり文句を言う。

 だが強い風が吹いたせいか、あまり迫力はなかった。


「呪われちゃうよ、それこそ」


 少年は唯斗の傘をつかみ、唯斗にちゃんと持たせる。

 雨の勢いは既に収まりつつあった。


「ごめんね、まだ……」


 少年は空を見ながらそう言うと、ポケットから何か白いものを取り出した。

 少年がそれについていた紐をつかんだ。


「てるてる坊主?」


 唯奈が少年の手元を見ながら話す。

 そう、それはてるてる坊主だった。だけれども、頭が重いのか逆さまにぶら下がっていた。


 弱まっていた雨が再び力強く降りだした。


「うん、それでいい」


 少年は雨を見て、満足そうに呟いた。

 唯斗は不思議なことを呟く少年を訝し気に見つめる。


「お前、誰だ?」


 唯斗は少年の目を真っすぐに見つめる。

 少年の人間ならば誰でも魅了してしまいそうな綺麗な顔に若干戸惑う。


「まだ名乗ってなかったね。僕は湊」


 唯斗と唯奈は顔を見合わせる。

 オカルト研究部は知っていた。

 2人の学校の生徒が死んだとき、いずれもそばで目撃されている生徒の存在。

 その名が湊だったことを。


「私たちのこと、殺しに来たの?」


 唯奈が警戒したように湊を見る。

 湊の手元のてるてる坊主が揺れるたびに、雨が一層激しくなっていく。


「んー、どっちでもいいや。だって君たち……」


 湊の後ろで雷が光った。

 その瞬間、唯斗と唯奈には、少女の幻影が見えた気がした。


「人間じゃ、ないでしょ?」


 湊がそう言って不気味に笑う。

 唯斗が諦めたように笑って、そのまま湊に殴りかかる。


「作戦もなく突っ込んでも、僕には勝てない」


 湊は一歩も動くことなく、ただ肩を竦めていた。

 しかし、唯斗の拳は湊に当たらなかった。

 それは、湊の体の直前で止まっていた。唯斗が湊を殴れなかったのだ。

 

「お前、まさか……」

 

 唯奈が何かを察したように表情を強張らせる。

 そして傘を捨て、手当たり次第に石を拾い、狂ったように湊に投げつける。

 唯奈はもう、濡れることなど気にしていなかった。

 それどころじゃない、と言わんばかりの表情だった。


「ばかばかしい……」


 湊はそう言いつつも、石は全て避けた。


「どうせ私たちは馬鹿だよ!」


 唯奈はそう言いながら石を投げる手を止めない。唯斗も石を投げ始めた。


「君たちを殺すつもりはなかったけど、仕方ないな」


 湊は平然と石を避け、のんびりと話す。


「おいで、澪波」


 湊がそう言った瞬間、雨が一層激しくなり、周囲の気温が下がった。

 湊が持っていたビニール傘を放り出す。


『……』


 それと共に、少女が現れた。

 黒い髪も、白い着物もびしょぬれだ。

 そんな少女が唯斗と唯奈を真っすぐ見つめている。

 その輝く青い目で。


「澪波、ね?」


 唯奈が石を持ったまま湊を睨む。

 その表情は恐怖に染まっていた。


「えいっ!」


 もうなりふり構わず澪波に石を投げつけようとした唯斗の腕を湊が掴んだ。

 その力は異常なまでに強くて、唯斗が力なくその場にへたり込むには十分だった。


『……』


 その間にも少女、澪波は一歩ずつ距離を詰めていた。


「ねえ、逃がしてよ。唯斗だけ死ねば、私は『唯一』になれるじゃん?」


 唯奈がへたり込んだ唯斗と、それを掴む湊に向かって震える声で話す。

 湊は不思議そうに、満開の笑顔で首を傾げた。

 まるで、てるてる坊主のようにひっくり返る勢いで。

 明らかに常軌を逸した角度まで。


「……」


 湊は何も言わない。

 だけど、その目は語っていた。

 

 君を逃がす理由、ある?


「だって、一人殺せば、その子は顕現できる。私を殺す理由なんて……」


 湊が唯奈から視線を逸らす。首も戻った。

 だけどその時、唯斗も唯奈も『カクン』という不気味な音を聞いた気がした。何の音なのかは、想像する気も起きない。

 その音で、空気が一層冷えたように思えたから。

 

 唯奈はそれでも逃げようとするが、逃げられなかった。

 雨に濡れた靴が、異常なまでに重かったから。


『……』


 澪波は唯斗に触れる。

 唯斗は動けなかった。

 その指があまりにも冷たくて、不気味だったから。


 唯斗の首がねじ切られるまでに、そう時間は掛からなかった。

 

 ただ雨の音だけが響く中、首がねじ切られ、宙を舞った。


 悲鳴も、命乞いも、何もなかった。

 張り詰めた空気は異様なまでに澄んでいた。

 澪波はそれらすら許さない、圧倒的な存在だったからだろうか。


 澪波の手には血がついている。

 それは、唯斗の血。

 だけど、激しい雨はそれを一瞬で洗い流した。

 残ったのは赤い水たまりと、力なく倒れる体と、適当に投げ捨てられた首。


 澪波の目が真っすぐに唯奈を見る。

 輝く青い瞳が、唯奈の首を狙っていた。


『……』


「ねえ、やめ……」


 唯奈は途中で言葉を詰まらせた。

 澪波が唯奈の唇に触れたから。

 それだけで、凍てついたかのように何も話せなくなった。


 澪波はそのまま唯奈の首に手を伸ばす。


 音もなく、静かに首をねじる。

 渦のように、ぐるぐると。

 地面に赤いしみが広がっていく。


 湊はそんな澪波をただ見つめていた。

 愛おしそうに。


 澪波が湊を見る。

 その視線はとても柔らかく、輝く青い瞳はその少女の愛らしさを引き立たせていた。


 足元に広がる赤い水たまりなど気にも留めていない。

 少女の白い着物に赤いシミを作っていたとしても。


 そこには二人だけの時間が流れていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ