今こそ願いの償いを
『速報:首と胴体が分断された変死体発見』
ふとテレビを見ると、そんなニュースが流れていた。
あれ、これ……
それは私の通う高校のある町のニュースだった。
『犯人は捜索中』
物騒な世の中だ。これで高校、休みになったりしないかな?
まあ、さすがにしないか。
ぼんやりとした気持ちで学校へ向かう。
いつも通り、教室へ入る。
「ねえ、ニュース見た?」
「見たよ、あれうちの学校の生徒らしいよね」
「首と胴体分断ってやばくね」
教室は今朝のニュースの話題で持ちきりだった。
というか、殺されたのはうちの学校の生徒なんだ。それなら学校を休みにしてくれてもいいものを……
「若菜も見た?変死体のニュース」
若菜っていうのは私の名前。
みんな気分が盛り上がっているのか、私にまで話題が回ってくる。
「あー、見た。興味ない」
私は目を逸らす。グロい話は苦手だからしたくないんだよな。
「すごいね、そんな風に言えるなんて」
別の人からも話しかけられる。
その人の顔を見て、びっくりした。
声をかけてきたのは湊だった。最近きた転校生だ。
湊ってかっこいいし、頭いいし、運動できるし……住む世界が違うって思っていた。
「まあ、本当はグロいのが苦手なだけ」
私は湊の目を見る。
湊はわくわくしたような目をしていた。
「んー、意外」
意外か……
っていうことは私のこと、前から認識してくれてた?
心臓が跳ねる。
「えっと……」
戸惑いが隠せない私の言葉をチャイムが遮る。
湊は自席に戻っていく。
「皆さんに伝えなくてはいけないことがあります」
先生が入ってくるなり、深刻な雰囲気で話し始める。
「既に変死体のニュースは耳にしている人もいるかもしれませんが……このクラスの花梨さんが亡くなりました」
その言葉に、頭が真っ白になった。
花梨?
あっ……
ーー
数週間前のこと。
「流澄渦って知ってる?」
クラスの誰かが話していた。
「願うとね、雨の日に人を殺してくれる妖怪らしいよ」
そのクラスメイトの声は大きく、それは教室中に響き渡っていた。
その時、私は見ていた。
逃げるように教室から飛び出す花梨を。
もしかして、流澄渦が怖いのかな?こんなでたらめみたいな都市伝説が。
「願うって、どんな風に?」
私は前から花梨が嫌いだった。
特にここが嫌、とかはないけれど、なんとなく嫌いだった。
気が合わない、みたいな感じだろうか。とにかく、何を話してもうまくいかないのだ。
だから花梨が怖がる流澄渦に興味を持った。
「なんか、各地にある神社に、雨の日に祈る的な……」
家に帰ってから、流澄渦について調べてみた。
情報はすぐに見つかった。そして、この町にも流澄渦の神社があると分かった。
雨の日、学校が終わってすぐに、私はそこへ向かった。
学校の水道は汚しておいた。
花梨は綺麗好きだから、思わず掃除して帰りが遅くなるだろう。
だって、花梨が死ぬように祈ってるところを、本人に見られたらなんか気まずいじゃん。
神社はなんだか不気味なところだった。神社とは言っても、小さな鳥居と『澄渦』と刻まれた石が一つあるだけだが。
その鳥居は青い。鳥居は赤のイメージしかなかったのに。
それに、そこは山の奥だった。雨が降っていたこともあり、地面がやわらかく、非常に大変だった。
傘はさせないから合羽を着た。
本当に大変だった。
これで祈らず帰ったらもったいない気がして、私はためらいなく祈った。
花梨が死ぬように。
花梨がいると、なんだか居心地が悪くて、不快だから。
少しは花梨にバツが下るのかな、とか。そんな軽い気持ちだった。
私は花梨をはっきりと嫌っていたわけでもない。本当に、軽い気持ちだったのだ。
ーー
花梨が死んだと聞いて。そのことを思い出した。
でもきっと、関係ないよね。
私が花梨の首を外したわけじゃないし。
「大丈夫?浮かない顔だけど……」
放課後、湊がまた話しかけてくれた。
「問題ないよ、なんか物騒な世の中だなって思って」
私は正直、今自分が何を考えているのかわからなかった。
罪悪感から目を背けていたから。
「うん、そうだね」
湊が頷いてくれる。
同意してくれる人がいると安心感を覚える。
その安心感で罪悪感を押し殺した。
『ずっと、そっちをみないつもりなの?』
その時、頭の中にノイズが走った。
外を見ると、雨が降りだしていた。
おそらく低気圧だろう。
「飲み込まないで。話、聞くよ」
湊が私の顔を真っすぐに見つめる。
その綺麗な目に、体温が上がるのを感じた。
「流澄渦って、知ってる?私、それに、祈っちゃったの。花梨が死ぬように……本当にこうなっちゃうなんて、思わなくて……」
気が付けば涙が出ていた。
私は人を殺したかもしれない。
その罪悪感はやっぱり殺しきれなかった。
「泣かないで。僕たちは嬉しかったよ」
冷静にこの言葉を聞けば、違和感に気が付けていたはずだった。
僕『たち』。『うれしかった』。
だけど、気が動転していた私は何も考えなかった。
「ありがとうね、こんな話聞いてくれて」
私はただ、湊に感謝した。
少し気持ちが楽になった。
「我慢しないで、泣いてもいいけどね」
湊はそう言って、ただ優しくしてくれた。
「うん、もう大丈夫。元気出たよ。本当にありがとう」
湊はそんな私を温かく見つめてくれる。
「礼を言われるほどのことじゃないけれど……もしよかったら、一緒に帰らない?」
湊の提案に私はすぐに頷いた。
やっぱり湊は私のこと……
まあ、現実がそんな甘いわけないよね。
「どうして、話しかけてくれるの?」
傘を並べ、湊と2人で歩く。
ふと疑問に思ったから聞いてみた。そこには少し、期待が含まれていたかもしれない。
「望んだから、君が」
よく分からない答え。それでも、嬉しかった。
「ありがとう」
湊のおかげで、罪悪感も薄れた。
いつの間にか時間が過ぎて、ここは学校の最寄り駅。
「今日はありがとう、また一緒に帰ろう。雨の日に」
湊の家は逆方向らしく、私たちは駅で別れた。
また一緒に帰ろうって、言ってもらえた。
もっと、仲良くなりたいな。
『みてるよ』
頭の中に再びノイズが響く。
やめてよ。今、せっかく機嫌がいいんだから。
『へんしたい、きにならないの?』
全く、悪いことを思い出させないでほしい。
今日は湊という超カッコいい子と話せた。それでいいじゃない。
鬱陶しい雨さえ降ってなければ、完璧だったんだけどね。
『いきてるしかくなんてないくせに』
そんなこと言わないでよ。
私は花梨が死ぬように祈っただけ。手を下してないし、私が花梨を殺したことにはならないでしょ。
いけない、無意識に花梨のことを考えていた。忘れちゃえ。
『まだ、にげるんだね。にげられないのに』
そんな声も雨の音も、何もかも、私は無視した。
だって、私には関係ないことだもの。
『こっち、むいてくれないの?』
うるさいわね。寝るから。
ーー
「変死体の事件、犯人見つからないんだって」
「やばくない!?怖いんだけど……」
「花梨さん、だっけ?呪いにでもかかってたんじゃない?」
あの日から一週間がたった。まだ花梨の死体の話題は続いていた。
グロい話はやめてほしいんだけど……
それにしても今日は一週間ぶりの雨だ。鬱陶しいな。
「そっとしておいた方がいいかな、しばらくは収まらなそうだよ」
その声で、周りの音が消えた気がした。
そして、心が安らいだ気がする。
顔を上げると、湊が私を見ていた。
「心配ないよ、私は大丈夫」
私は笑顔で答える。でも、その笑顔がひきつっているのが自分でも分かる。
『ねえ、こっちみてよ』
頭の中に再びノイズが響く。
雨と関係しているのか知らないけど、うるさいしちょっと怖い。
無視したいけれど、無視できる量じゃなくなってきた。
「頑張ってるのは分かるけど、無理はしないでね」
湊が優しく囁き、立ち去ろうとする。
私は湊の袖を思わずつかんでいた。
少し手が触れる。湊の手はとても冷たかった。
「待って、少し、話聞いてほしい」
言えた。
受け入れてくれるかは分からないけれど。
「いいよ、僕でよければ喜んで」
湊が二つ返事で受け入れてくれる。
どうしよう、私は夢を見ているのかな?
『のろいからはにげられない』
再びノイズが響く。でも、怖くはない。
「湊、あのね……」
私は湊にすべてを包み隠さずに話した。
花梨を殺すように祈ってしまったことも。
その罪悪感で苦しいことも。
頭の中にノイズが響いているということも。
「ついに……ふふっ」
湊は笑っていた。
その無邪気な笑顔を見ると、悩んでいたのが馬鹿らしくなる。
「ありがとう」
なんだか心が軽くなった。
私は湊にお礼を言った。
『ぐるぐる』
怖くないけどやっぱり鬱陶しいな。
「なくなるよ、もうすぐ。だから安心して」
湊がそんな私を見て言葉をかけてくれる。
すごく優しい。嬉しい。
「今からちょっと外いかない?」
今は授業前の時間。今、教室の外へ出れば確実に遅刻する。
だけど、そんなことは気にならなかった。
私は二つ返事で頷いて、湊についていった。
湊は雨の中を傘も持たずに歩いていく。
私は自分の傘を取って湊に差し出す。
「一緒に、入っていこう?」
ちょっと強引かな。だってこれって相合傘……
案の定、湊は私に傘を押し戻した。
ちょっとショックだけど、仕方がないか。
それより、湊はびしょぬれだけど大丈夫なのかな?
湊は歩くのが速かった。私は必死についていく。
湊が角を曲がった。
まずい、急がないと見失っちゃう。
私も慌てて角を曲がる。
だけど、その先の道に湊の姿はなかった。
そこにいたのはびしょぬれの小さな女の子。
その姿を見た瞬間、体温が下がったような気がした。
白い着物と長い黒い髪はまるで幽霊みたいで、とても不気味だった。
髪の間から除く輝く水色の目は爛々と輝いている。まるで、獲物を目の前にした猛獣のように。
状況が理解できなかった。
湊はどこに行ったの?
この女の子は何?
『おこってるからね』
女の子が言葉を放った。
しかしその言葉は頭の中に直接響いてきた。今まで聞こえていたノイズのように。
「湊!?」
その子が何か、危険なものなのは分かった。
私は必死に湊を探す。
『……』
その間にも、少女は一歩ずつ、ゆっくりと、私に近づいてくる。
遅いけれども、確実に距離は詰まっていく。
風が吹いた。持っていた傘が飛ばされた。
雨が私の全身をたたく。
寒いよ……
『……』
逃げないと、それなのに。
どうして私の足は動かないの?
『……』
”ぎやぁぁぁーー!!”
この声は?
聞いたことがある。
これは、確か…………花梨?
もしかして、私が花梨が死ぬように願ったから?
願いが叶った分、私も死なないといけないの?
『……』
冷たい雨がさらに体温を奪っていく。
だけど、少女の水色の目のほうが冷たい。
私は、どうしたらいいの?
湊は、どこへ行ったの?
『……』
体が動かない。
逃げたいのに、逃げられない。
少女の冷たい瞳が、私の視線を固定して離さない。
『……』
どうして……
頬に触れた少女の青い指先はとても冷たくて。
体温が雨と一緒に流れ落ちてしまいそうで。
まるで時間が止められたように。
もうだめだ。
直感が絶望を告げている。
少女の指先が首に触れる。
回る視界。
首を回されている、と認識するのは簡単だった。
ボトッ。
雨の中に、何か重いものが落ちた音がした。
それは、私の首だった。
意識が遠のいていく。
最後に、人影が見えた気がした。
自分の体?
それも見えたけど……
あれは……湊?
そこで、私の意識は消えた。