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今こそ願いを叶えたもう


 私の名前は花梨(かりん)。家の近くの高校に通っている。

 そのため、通学はいつも徒歩。


「うわぁ……」


 帰り際の昇降口。一人ため息を漏らす。

 外は大雨だったから。

 その日、私は傘を持っていなかった。こんなことになるのなら、折りたたみ傘を携帯しておけばよかった。

 なんとなく、学校の水道にごみが付いていたのが気になって、掃除をしてしまった。だから、友達は既に帰ってしまっている。

 家はさほど遠くないので、帰ることは可能ではあるが、気分が乗らない。


「すみません……大丈夫?」


 その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

 声の主は(みなと)。湊は最近転校してきたクラスメイトだけれど、雲の上の存在。

 成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。モテる人の要素を全て持っている超イケメン。

 日頃、接点もなければ、目が合うことすらない。

 

「んー、いきなりごめんね」


 私は思っていたよりも長い時間黙り込んでしまっていたようだ。

 湊が不安げに私の顔を覗き込んでいる。


「……え、えっと、その……傘を忘れて」


 私はしどろもどろになりながら話す。自分の心臓の音がよく聞こえる。

 湊が好きだったわけではない。クラスにいるすごい人、くらいの認識だった。

 だけど、いざこんなに素敵でかっこいい人に話しかけられると……誰でも気が動転しちゃうよね。


「大事件だね、良かったら、入っていく?」


 湊がそう言いながらカバンから折り畳み傘を出し、勢いよく広げる。

 その黒い傘は私の視界から雨を消し去る。

 湊はそのまま何も言わずに歩き出した。

 私は慌ててその隣に付いていった。

 

 昇降口から校門まで来た辺りで、私は口を開く。


「ありがとう」


 湊は言葉を返してくれた。


「うん。あと、名前聞いてもいいかな?あとさ、家はどっちのほう?」


 名前を覚えていてもらえなかったことに若干のショックを覚えた。


「私、花梨。家はすぐ近くで、向こうの道を曲がったところ」


 でも、今覚えてもらえるならそれでいい。


「ずっと探してた、花梨ね。近いなら家まで送るよ」


 折り畳み傘は狭くて、肩が触れる。家は近いはずなのに、その道のりはとても長く感じる。

 探してたって、どういうこと?

 ねえ?


「雨、好き?」


 何か会話がしたくて、何も思いつかなくて。

 口をついて出た言葉はこれだった。


「のどかな雨だね、今日は……うん、好きだよ。会いたい人に会えるんだもん」


 湊は笑顔で答えてくれる。

 好き。

 その言葉に心臓が跳ねてしまったのは言うまでもない。

 私に言われているわけでもないのに。


「なにかあった?花梨は雨が好きなの?」


 湊が聞き返してくれる。

 会話が続いていることが、ただ嬉しかった。


「好き」


 私はそう言った。

 本当は雨が嫌いなのに。

 どうしてだろう。反射的に口がそう動いていた。

 

 小さい頃に読んだ『流澄渦(りゅうじゅんか)』。

 神社で殺したい人を念じると、雨の日に流澄渦という妖怪がその人を殺してくれる話。

 それが怖くて仕方がなくて。雨は、怖い。


「我慢、してない?」


 湊が私の顔を見つめながら話す。

 心の中を見透かされてしまったのだろうか?


「ちょっと、怖いんだ。流澄渦が……」


 湊になら何でも話せてしまう気がして、少しだけ、本心を漏らした。


「霊っていうか妖怪だったよね。流澄渦、怖いの?」


 湊が突然笑顔になる。

 馬鹿にされてしまっているのだろうか。

 誰だって怖いものの一つや二つ……


「……怖くても、いいじゃない」


 私は恥ずかしくなって、もう湊の目をまともに見れなかった。


「のんびりしてると、狙われちゃうんじゃない?」


 湊は私を揶揄っているのだろうか?

 なんだろう。

 存在しないような妖怪で揶揄ってくる、その行動は少し幼稚で、ほほえましくて。

 

「怖いこと言わないでよ」


 私は笑顔で反論することができた。

 もしかしたら、湊は私の恐怖を吹き飛ばすために敢えて言ってくれたのかもしれない。


「あ、ここ。私の家」


 話していると、案外時間はあっという間だ。

 気づけば私の家の前。


「今日はありがとう。また、雨が降ったら、一緒に帰ろう」


 湊がそう言って立ち去っていく。

 私の思考は固まった。

 大雨が私の全身をたたく。

 いけない、せっかく湊のおかげでほとんど濡れずにここまで来れたんだから。

 慌てて家に入る。少し濡れてしまったが、これなら風邪を引く心配もない。


『みなとに、また、あいたいね……』


 頭の中にノイズが響いた。濡れたからかな?

 一応、シャワーを浴びよう。濡れたままだと体が冷えるし。

 

 シャワーを浴びて、体が温まって、今日の帰り道を思い出す。

 流澄渦……。

 箪笥の奥、小さい頃のおもちゃが入っている場所を開ける。

 それはすぐに見つかった。

 『りゅうじゅんか』

 子供向けの本だから、ひらがなで書かれた妖怪の名前。

 どこで漢字を知ったかというと……?え……?

 まあ、多分ネットで調べたのだろう。

 とりあえずその本を開く。

 『むかしむかしあるところに、とてもすてきなおんなのこがいました』

 昔話の定番の始まり。それは、次のページをめくる指を自然と誘う。

 『そのこはかわいかったので、いじめられていました』

 昔話と見せかけてのこれである。明らかに現代的な2ページ目には苦笑いするしかない。

 『そのこはじんじゃにいって、いのっていました。いじめっこがいなくなりますように、と』

 最初のページの雰囲気はどこへいったのやら。

 『そこで、あめのひに、りゅうじゅんかがあらわれて、おんなのこのねがいをかなえました。いじめっこはきえてしまいました』

 このページが怖かった。死、というものに触れることのない幼い子供だったからだろうか?

 なんでだろう、今は読んでも全然怖くない。

 その時私は、次のページがあることに気が付いた。このページが怖すぎて、すぐに閉じてたから、気が付かなかったのだろう。

 そっと、ページをめくる。

『りゅうじゅんかは、あなたを、ねらってる』

 私は勢いよく本を閉じた。

 このページを開いたことがなかったんじゃない。怖すぎて記憶がなかったんだ。

 

 やっぱり、雨は嫌いだ。


ーー


 ぼんやりと、教室の窓から雨を見つめていた。

 窓の外にはいろいろなものが目に入る。小さな女の子の影とか。

 流澄渦の本を読んでからしばらくは晴れの日が続いていた。

 しかし、今日ついに、雨が降ってしまった。


「へこたれてるの?」

 

 教室で声をかけてくれたのは湊だった。

 気がつけば、教室には私と湊以外に誰もいない。

 それなのに、複数の視線を感じる。


『いつもげんきだよ』


 その上、頭にノイズが響く。風邪でも引いてしまったのだろうか。


「待ってる人でもいるの?いない感じ?良かったら、一緒に帰ろう」

 

 湊が満開の笑顔で聞いてくれる。

 やっぱり、怖い。流澄渦。


『ここは、みなとのちかくは、あんしん』


 私は黙ってうなずく。そっか、頭の中のノイズだと思ったものは、きっと私の心の声なんだ。

 そう思い込むことにした。


 今日は私も傘を持っていたので、二人並んで傘をさして歩く。


「流澄渦が、やっぱり怖くて」

 

 私は湊に話してみた。相談できるのは湊しかいないから。


「そうだね。うん、うん」


 湊は優しく、私の話を聞いてくれた。

 そのはずなのに、その目は私を見ていないような気がした。


「ねえ、家に着いてるよ。またね」


 私の家は近い。あっという間に着いてしまう。

 家についたら私は一人。両親の帰りは遅い。


「……湊」


 なんだか恋しくて、そっと名前を呼んでみる。

 二回、雨の日に一緒に帰っただけ。

 それなのに私は……恋をしてしまったのだろうか?

 それとも、ただ流澄渦が怖いだけだろうか?


『がっこうじゃないよ、ここ。だからみなとじゃないよ』


 頭の中にノイズが響く。

 さっきは心の声だと思い込んでみたが、少し違うようだ。やっぱり疲れているのだろうか?

 そういえば、雨が降ると低気圧で頭が痛くなるとかいう話も聞いたことがある。私もそれ、なのだろうか?

 家の中なのに、雨の音がはっきりと聞こえる。


『いるのは、みおはだよ』


 雨の音を聞きたくなくて、耳をふさいだ。

 そうすると、頭の中のノイズがはっきりと聞こえてくる。

 みおは?

 それは、人の名前?


『おかしい?みおはがいたら……かりんは、みおはのこときらいなの?』


 これ、何?

 頭の中に語りかけられている。


『かりんのところに、おねがいされたから、きたのに』


 誰なの?


『なまえはみおはだよ』


 だから、あなたは何者?


『えっと……りゅうじゅんかみおは』


 え……?

 りゅうじゅんか?

 

 落ち着け、私。

 でも、流澄渦、だよね?

 いや、そんな妖怪なんて存在するはずないじゃない。

 でも、流澄渦がお願いされて来た、ということは?


『たすけにきたよ』


 その『助け』が不気味なものであることくらいは察しがついた。

 い、や……

 助けて、湊……


『もう、みおはこまってた。かりんをけすように、おねがいされて、かりんってだれなのか、わからなかったから。でもね、みなとがみつけてくれた』


 湊が?

 どうして?


『うーん、かりんのまわり、あめがなくて、いまいけないから。またこんど、くるね』

 

 ノイズが消えた。

 でも、恐怖は消えない。

 流澄渦は、怖い。

 でも、今は……湊も怖い。

 

ーー

 

 なかなか寝付けなかった。

 でも何とか起きて学校へ行く。

 晴れていたから。


 学校に着くや否や、私は湊に話しかける。


「みおはって知ってる?」


 頭の中に語りかけてきたみおは。湊が私を見つけたと言っていた。

 そこが疑問だった。

 湊は流澄渦を知っていたから、もしかしたら情報をもらえるかもしれないとも思った。


「……」


 湊は笑顔だった。だけれども、何も言わなかった。

 あなたに語る言葉はもうない、そう言わんばかりの態度だ。


「……」


 そんな湊は笑顔のまま、私の手に白い何かを置いた。

 それは、てるてる坊主だった。ちゃんと首に紐まで着いていて、すぐにぶら下げられるようになっている。

 だけど、違和感があった。

 そのてるてる坊主は重かったのだ。頭が。

 でも、そんなことは気にしなかった。雨が怖い私のために、湊がてるてる坊主をくれたという事実。それが嬉しかったから。

 みおはって存在の話はきっと嘘だったのか、同名の別人だったのだろう、と。

 湊はきっと、関係ない。


「ありがとう」


 私はそう言った。

 その時の私の心は今の空より晴れていた。

 

 少々浮かれた気分で授業をこなし、学校を出る。友達と帰りたかったけれど、また水道を掃除してしまったから仕方がない。


「えへへっ……」


 湊にもらったてるてる坊主を見ながら思わずにやけてしまう。

 首につけられた紐を持ってみた。帰り道、雨が降ったら困るからね。

 

 だけど、すぐに雨が降りだした。

 なぜなら、てるてる坊主が逆さまにぶら下がってしまったから。

 思い出す。このてるてる坊主は頭が重かったこと。

 土砂降りの雨。

 まるで、初めて湊と出会った日のようだった。

 雨が全身を力強くたたく。

 急いで帰らないと。


 そう思い、家までの道を全力で走る。

 家に着く直前の角。そこを曲がった。


『……』


 そこに立っていたのは、小さな女の子。

 びしょぬれになった黒い髪の間から除く水色の目は、真っすぐに私を見つめていた。

 雨に濡れて透ける白い着物の下には青みがかった肌が見える。

 そして、とても、不気味だった。


『……』

 

 女の子はゆっくりと滑るように一歩ずつ、私に近づいてくる。

 雨が地面をたたく音だけがうるさく響く。

 それに比べて、女の子は静かだった。


『……』

 

 女の子は何も言わない。

 ただただ静かに距離を詰めてくる。

 その小さな足で、ゆっくりと。

 ずっと、無表情で。

 私に視線を合わせたまま。


『……』

 

 ゆっくりとはいえ、確実に距離は詰まっていく。

 家はすぐそこ。この子の移動速度なら逃げるのは容易い。

 それなのに、足が動かない。

 髪も服も濡れてしまって重い。


『……』


 いつのまにか、私はその場にへたり込んでいた。

 小さな女の子だったはずなのに、大きく見える。

 女の子の両手の細い指が私の両頬に触れた。

 それは、とても冷たかった。降り注ぐ雨よりも、ずっとずっと冷たかった。


 その時、感じた。この女の子の気配への既視感を。


「……み、お……は?」

 

 そう言う自分の声は思ったよりも震えていた。


『……』


 みおはは何も言わない。ただ、黙ってうなずいた。


「……や、だ」

  

 私は逃げたかった。

 それなのに、もう指一本動かすことが出来なかった。

 

 みおはが至近距離で私を見ている。

 目がばっちりと合う。


 その時、みおはの表情が変わった。

 湊が見せるような、満開の笑顔に。

 だけどその笑顔はどこか歪で、狂気を感じる。

 

『……』


 みおはは黙って笑っていた。

 頬に触れていた指が、私の顔を伝ってだんだんと首に迫っていく。

 

『……』


 みおはが首をつかむ。

 次の瞬間、視界が回った。まるで、渦に飲まれたかのように。


 ぐるぐると。


 ぐるぐると。


 かと思えば、またみおはと目が合う。

 だけど、さっきまではみおはを見上げる形だったのに、今度はみおはを見下ろしている。


 何とか視線を動かす。


「ぎやぁぁぁーー!!」

  

 視界に入ったあるものに私は悲鳴を抑えられなかった。

 それは、首のない体。

 力の抜けた、ただの死体。


「ぎやぁぁぁーー!!」


 あれは、自分の体。そう認識した瞬間、再び奇声を発していた。


 そうか、首をねじって引き抜かれたのか。

 叫んだら少し冷静になってきた。

 意識がもうろうとしているはずなのに、なんだか頭が回る。


澪波(みおは)!」

 

 あんまり聞き取れなかったけれど、どこかで誰かが何かを叫んだ。

 その声と共に、一人の人物がみおはに駆け寄る。

 それは、見覚えのある人物だった。


「……みな、と?」


 絞りだした私の言葉は、雨の音に消されていた。


「みなとだ!」


 みおはがそう言って、みなとのもとへ駆け寄っていく。

 私の首を適当に投げ捨てて。


「良かった、澪波」

 

 湊がみおはを抱きしめる。

 

「みなと、すき……でも、もうじかんみたい」


 みおはは湊を抱きしめ返すが、すぐに離れた。

 

「そっか、でも会えてよかった。待っててくれ、次のヒトを探すから」


 湊がそう言って、名残惜しそうにみおはの頭をなでる。


 そっか、そうだったんだ。

 湊にとって私は、みおはに一瞬でも会うための道具(生贄)でしかなかったんだね。

 私のときめき返してほしいんだけど……

 


 みおはがゆっくりと消えていく。

 それと共に、空が晴れていく。

 湊は黙って立ち去って行った。

 

 ねえ、さすがに首を引っこ抜かれた死体ぐらいは、見てくれてもいいよね……



 流澄渦は実在したんだ。

 雨の日に、誰かを狙っているんだ。

 そして、犠牲者は……


 


怖くなかったらすみません。

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