僕と黒猫と白い彼女
僕と黒猫とおばさん(完結)の続きの話です
僕は生きる意味がわからなかった。
人はなぜ生きるためにそんなに必死なのか、わからなかった。
僕がいようと、いなくても、世界はそんなに変わらない。
しかし僕の家族だけは別だろう。
普通の家庭で、普通に両親がいて、普通に姉がいて、普通に僕は長男だった。
父親も母親も姉も普通の人たちだったけど、僕を家族として愛してくれた。
僕はそれを知っていたから、生きることをやめなかった。
彼らが悲しむのは嫌だから。
そして僕はただ息をして、まわりの流れに流されながら生きていた。
時が過ぎて、僕が死んでも誰も悲しまなくなるまで、僕は生きなくてはいけない。
いつからか、そんなことも考えるのが面倒になった。
そんなある日、僕はトラックにはねられた。
僕と小さな黒猫の命を救ったのは、近所に住む水川カナさんという女性だった。
彼女には身寄りもなく、一人住まいだったそうだが、お葬式にはたくさんの人が来て、みんな悲しんでいたそうだ。
(どうせなら僕が死ねばよかったのに)
僕はその時に怪我をして、頭も打ったから、脳内で出血したとかで何日も意識がなかったそうだ。
家族は寝たきりの僕を励まし、笑顔でいろんな話を聞かせ、「早く帰ってこい」と言っていた。
そして僕のいない家で泣いていた。
僕はそんなことも知らず、ただベッドで目をつぶっていた。
そしてなぜか目覚めてしまったんだ。
────
目覚めたとき、僕は僕じゃなくなっているのがわかった。
見えるものが全て新鮮で、今まで感じた事のない気持ちが次から次へとわいてきた。
僕は生きることをやめたいと思っていた頃の自分を覚えている。
なんて愚かだったのだろう。
世界はこんなにも色鮮やかで美しかったのを、僕は見ようともしていなかったじゃないか。
僕は長い入院生活を終えて、学校に戻ることができた。
出席日数が足りなくて、留年の危機だったが、僕の両親と担任の先生が頑張ってくれて、補習を受けてテストの点数が良ければ進級できるということになった。
僕は休んでいた分を取り戻すために必死で勉強しなくてはいけない。
それでも僕のために頑張ってくれた両親と担任の先生のために僕はやり遂げる。
そして学校に復学して初日の帰り道、僕は彼女に出会った。
真っ白な髪の毛を風になびかせて、彼女は笑っていた。
僕の時間は止まったかのようだった。
心臓がドキドキして、止まってしまうのではないかと思うくらいだった。
僕は見知らぬ生徒を捕まえて、「あの子は誰?」と聞いた。
「お前こそ誰だよ。」と、腕を掴まれて驚いたその人は言ったけど、「1組に来た留学生だよ。」と教えてくれた。
僕はその人の腕を離し、「ごめん!」と謝った。
背の高い、サラサラヘアのイケメンだった。
「お前、事故って休んでたやつか。俺は同じクラスの中田だよ。頭打って忘れたか?」
「あぁ、うん、記憶が曖昧なんだよね。中田くん、よろしく。いきなり話しかけてごめんね。」
中田は笑っていた。
「世界に無関心クールキャラだと思ってたけど、お前、変なやつだったんだな。」
「あは、頭を打ったからかな。」
そう言って僕も笑った。
────
中田はそれから僕に話しかけてくれるようになった。
休んでいた分のノートも見せてくれると言った。
「先生が職員室でコピーしていいって言ってたぞ。」
「よかったー!助かるよ!コンビニでコピーしてもいいけど結構な枚数だろ。金欠でさ。」
放課後、僕は中田と職員室に行った。
「梶田か、こっち来い。」
先生は職員室にあるコピー機の使い方を教えてくれた。
「中田のノートは解読が難しそうだな。」
先生はそう言って笑った。
確かに中田の書く文字は恐ろしく汚くて読むのが大変そうだった。
「無いよりいいだろ!」
中田も笑っていた。
こんなにイケメンなのに字が汚いとか、女子ならギャップがいいとか言うのだろうか。
中田はそれからも僕が日常を取り戻せるように気を使ってくれていた。
いつの間にか僕には友達がたくさんできた。
クラスメイトの名前を一人も覚えていなくて、「記憶喪失たいへんだな。」と同情された。
覚えていないのは事故に遭う前からなんだけど、なんて言えなかった。
僕は暇があるとあの子を探していた。
留学生の白い彼女。
名前は長くて覚えられなかった。
友達からは『リュネ』と呼ばれているらしい。
何度か目が合った。
彼女はその度にすぐに目をそらす。
「圭太、嫌われてんじゃね?」
隣で中田がクスクス笑っていた。
「何もしてないのに?悲しいな。」
学校が楽しいなんて思ったことがなかった。
なぜ行かなくてはいけないのかと思い、いつしかそれすらも考えなくなった。
僕はロボットかのようになんの感情も持たず、時間になったら起きて、学校に行った。
友達なんていなかったし、ほしいと思ったこともない。
それが今は隣には中田がいて、他の男子たちとも仲良くなった。
楽しかった。
人と話すのはまだ苦手だったけど、それでも楽しかった。
僕は『何を考えているのか、わからないやつ』と認識されていて、みんなは話しかけないようにしていたみたいだ。
だから『梶田は頭を打って別人になった』と言われている。
家族はそんな僕に何も言わなかったが、父も姉も早く帰ってくるようになり、4人で食卓を囲む日が増えた。
今まで無言で食べてすぐに部屋に行っていた僕だったが、家族で今日の出来事をみんなで報告し合うのは楽しかった。
くだらないどうでもいいことまで、僕は楽しいと思えたのだ。
そしてふと懐かしさを感じる。
こうやって笑顔で食卓を並べたことがあるような、そんな気がする。
────
1ヶ月ほどで僕の補習は終わり、あとは学期末のテストでいい点数を取るだけになった。
みんなが応援してくれているのがわかる。
僕はどうしてもそれに応えたかった。
こんなに勉強したのは高校受験ぶりだった。
親への負担が少なくなるように近くの学校に通おうと思った。
そこそこ偏差値があって僕には少し大変だったが、3年間の高校生活を思うと頑張っておくべきだと思ったのだ。
そしていざ高校生になった僕は、勉強することにも疑問を感じ、学校でも息をするだけの生活になっていた。
事故の前の僕はどうしてそんなふうに考えていたのだろうか。
今の僕には理解できなかった。
やっと補習から解放された僕は、久しぶりに放課後すぐに家に帰ることができた。
中田はサッカー部で、いつも授業が終わるとグラウンドに行ってしまう。
他の男子たちも何かしらの部活に入っていた。
僕は中肉中背で、運動神経が特別いいわけでもなく、あんな性格だったからスポーツをしていたわけもなく。
ジャージ姿でワイワイしている人たちとすれ違うと、少し羨ましく思ったりした。
僕はグラウンドの方を見ながら歩いていた。
よそ見をしていたから前を歩いていた人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
僕の視界の中に白いものが映った。
白い彼女がそこにいたのだ。
────
「だいじょぶ、です。」
小さな声でそう言った彼女は、近くで見ると本当に真っ白で、透明で、透き通って向こう側が見えてしまうのではないかと思った。
ペコッと頭を下げて立ち去ろうとする彼女に向かって僕は叫んでいた。
「あの!梶田圭太です!4組の。あの、お友達になってください!」
その声は思いのほか大きかったようで、まわりの人たちがこっちを見てクスクス笑っていた。
グラウンドでは中田が大爆笑していた。
僕は顔が真っ赤になるのがわかった。
白い彼女はびっくりした顔で、それからすぐに小さく笑った。
「リュネリオールです。なまえ、ながいから、リュネ呼んでくださ。」
そう言って頬が少し赤くなった。
僕はその場が耐えられなくなって、「リュネさん、さようなら!」と言って走って逃げた。
────
家まで走った。
運動不足だった僕の体は悲鳴をあげた。
帰ると家には誰もいなかった。
「ただいま、ライ。」
黒猫はニャーと鳴いて僕にスリスリしてきた。
「ごめん、制服に毛がついちゃうから、先に着替えてくるね。」
僕は2階に上がり部屋に入って息を整えた。
まだ心臓がバクバクしている。
おそらく「友達になって」なんて人生で初めて言った。
目をつぶると驚いた顔で僕を見ているリュネの顔を思い出す。
僕は恥ずかしくなってベッドに倒れた。
(かわいかったな)
ライが僕の部屋までやってきた。
「ごめんよ、すぐ着替えるからね。」
僕は着替えてライを抱き上げた。
「ニャー」
「ライ、僕やっちゃったよ。」
撫でるとゴロゴロと気持ちよさそうにした。
友達になってと言った次の瞬間に「さようなら」と言って逃げるのはどう考えてもヤバイやつだ。
僕は時間を戻せたらいいのにと思った。
────
「圭太、お腹でも痛いの?休んで病院行ってみる?」
母親は退院してから僕の体調に敏感だった。
ちょっと前まで車にはねられて、頭の手術をして、骨折もしてたんだから過保護気味になるのも仕方ないだろう。
僕はため息をつきながら、「休みたいけど、これ以上休むと留年しちゃうかも。」と言って立ち上がった。
食器を片付けて、「お弁当ありがとう、いってきます」と言って玄関に向かった。
「早退してもいいから、無理しないでね。」
心配そうに言う母に気がついて、
「体調は本当に大丈夫。ちょっと昨日、恥ずかしいことしちゃって…憂鬱なだけだよ。」
「それならいいけど」という母に笑って見せて家を出た。
案の定、教室につくと中田が僕を見てニヤニヤ笑っていた。
「友達になれたんだって?」
「え、うん。たぶん。」
「やったじゃん!1歩前進したな!」
僕はバカにされるかと思っていたがそうではなかった。
中田はなかなか行動に移さない僕を見てイライラしていたと言った。
「今どき一目惚れだなんて、絶滅危惧種じゃん。」
僕はそう言われて恥ずかしくなった。
「いや、そういうやつじゃない…気がしないでもない。」
「次は一緒に帰ろうとか言ってみろよ。逃げるのはなしで。」
「逃げたわけじゃ…」
(逃げたけど)
────
それから校内でリュネに会うかもしれないと思うだけで、廊下を歩くときもドキドキした。
会いたいような、会いたくないような、僕は言葉にできない気持ちに戸惑った。
視界に白いカーテンが入り込むだけでビクっとして、中田に「重症だな」と言われた。
僕もそう思う。
探しているような、隠れているような、僕は自分の行動がよくわからなくなっていた。
そして顔を合わせないまま放課後になり、家に帰ってきた。
僕はため息をつきながら玄関のドアを開けた。
黒いものがビュンっと飛び出した。
「ライ??」
ライは門のところでこちらを振り向いた。
「ダメだよ!戻っておいで!!」
ライは僕の言葉を聞かずに道路に出ていってしまった。
僕は慌てて追いかけた。
「ライ!危ないよ!!」
ライはときどきこちらを振り向きながら逃げていく。
近くの児童公園に入っていくのが見えた。
「ライ?帰るよ。」
小さなブランコと砂場があるだけの公園だった。
ベンチを見るとそこには白い彼女が黒い子猫を抱いていた。
「リュネ…さん?」
僕は驚きすぎて、きっとマヌケな顔をしていただろう。
「ねこ、かわいい。」
リュネは僕を見てニコっと笑い、ライを膝に乗せて撫でている。
「ごめん、うちの猫が逃げ出しちゃって。」
「なまえ、なんですか?」
「ライ。」
「ライ、わたしは、リュネ、だよ。」
ライはニャーと鳴いてゴロゴロと喉を鳴らした。
「あぁ、毛が制服についちゃうよ。ごめんね!すぐに連れて帰るから。」
「ライは、もすこし、リュネと遊ぶ。」
僕は笑顔でそう言われて、しかたなくリュネの横に座った。
「リュネさんは猫が好きなんだね。」
「リュネさん、さん、いらない。リュネだよ。」
「あ、えっと、リュネは猫が好き?」
「かわいい。なつかしい。黒いねこ。」
「飼ってたの?」
「うーん。飼ってない。でも、なつかしい。」
リュネはそう言って自分のことを話した。
ヨーロッパにある小さな国で生まれたそうだ。
「そんな遠くから、なぜ日本に?」
「なぜか、いきたくなった。にほんご、べんきょした。」
「すごいね、上手だよ。」
リュネは嬉しそうに微笑んだ。
「変だけど、夢に、ケイタ出てきた。ケイタに会いに来た。」
「え??」
「変だね。わからない。でも会えた。すごいよね!」
「僕も変なんだ。リュネのこと、前から知ってる気がしたんだ。」
「そそそ、わたしも!」
僕たちは変だね、と言って2人で笑った。
ライがニャーと鳴いた。
「あ!ライがいなくて親が心配してるかも!ごめん、帰らないと。」
「ケイタ、ライ、またね。またライにも会いたい。できる?」
「え?うん、じゃあ今度うちに来る?」
「はい!」
リュネのホームステイ先は公園から5分位のところにあった。
親戚の知人の家なんだそうだ。
こんなに近くに住んでいたなんて知らなかった。
僕はリュネに手を振り、ライを連れて帰った。
────
なんだか夢のようだった。
僕はライを抱きあげて顔を見た。
「あそこにリュネがいるって知ってたの?」
「ニャー」
返事をしたような気がした。
(そんなわけないか)
夕食のときに母親にリュネのことを話した。
「お友達?それも女の子??まぁ!!」
「いや、ライに会いたいって言うから。」
「いつかしら?決まったら教えてね!」
母親は嬉しそうだった。
僕が友達を家に連れてくるなんて、初めてだったからだ。
次の日、中田にリュネのことを話した。
「もう家に連れ込むのかよ!やるな!圭太!!」
「変な言い方しないでよ!猫を見に来るだけだよ。家猫だから仕方ないだろ。」
中田は「よしよし」と言って僕の背中を叩いた。
僕よりも嬉しそうな顔をしてくれて、それがなんだか嬉しかった。
────
僕は夢を見た。
リュネとどこかのベランダで2人で星を眺めていた。
素敵なシュチュエーションなのに、なんだか悲しい夢だった。
朝起きたとき、僕は泣いていた。
なぜかわからないけど、悲しい夢だった。
学校に行くと教室の前でリュネが待っていた。
「ケイタ、ライに会いにいって、いいか?」
「あ、今日?いいよ。」
リュネは「ほーかごね」と言って自分のクラスの方に走っていった。
「梶田くん、留学生とつきあってるの?」
クラスの女子がニヤニヤしながら聞いてきた。
「お目当ては僕じゃなくてうちの子猫なんだ。」
「なーんだ。つまんないの。」
女子はクスクス笑って、すぐに違う話を始めた。
(僕、やっぱり女子は苦手かも)
僕はすぐに母親に連絡した。
来るときは早めに教えてと言われていたからだ。
『今日?!何が好きかしら?ご飯は食べていくかしら?』
母親はパニック状態のようだった。
『知らないし、何も用意しなくていいよ。』
僕はそう返信してスマホの電源を切った。
授業中に鳴ると没収されてしまう。
そして放課後になり、教室を出るとリュネがいた。
「たのしみ。」
なんとなくまわりの視線を集めている気がした。
僕は恥ずかしくなって「行こうか」と早足で玄関に向かった。
スマホの電源を入れると母親からたくさんのメッセージが入っていた。
(僕より楽しそうなんだが)
「僕、家に友達を連れて行くの初めてなんだ。」
「家で遊ばない?」
「他の人は知らない。僕は遊んだことがない。だから母親が張り切ってて、変なこと言ったらごめんね。」
「ケイタママ、たのしみ。」
まだ他の人からの視線を感じる。
リュネは目立つから仕方ないのかもしれないけど、僕は慣れていないので恥ずかしかった。
10分ほど歩くとうちにつく。
玄関のドアを開けると母親が飛んできた。
「いらっしゃい!」
後ろには姉もいた。
「わぁ!リュネちゃん、かわいい!」
「はじめまして、リュネです。おじゃましま。」
リュネはペコリと頭を下げた。
ライが走ってきてリュネにスリスリした。
「ライ、会いに来たよ。」
居間に行くとパーティーのようになっていた。
「何が好きかわからないから、たくさん用意しちゃった。リュネちゃんお菓子は好きかしら?」
「日本のおかし、おいしい!いっぱいすき!」
リュネはすぐにうちの母親と姉に馴染んでいた。
僕の存在を忘れられたかのように、ライはリュネにべったりだったし、女3人でお菓子を食べながらおしゃべりを楽しんでいた。
(楽しそうだからいいか)
あっという間に外は暗くなってきて、僕は送っていくように言われた。
「ケイタママ、アネ、楽しかった!ありがと!」
「また来てね!」
上機嫌で家を出た。
「ステキ家族ね。」
「え?普通でしょ。」
「またいく。いい?」
「うん。2人もライも喜ぶと思う。」
「やった!」
リュネは楽しそうにうちの家族の話をした。
家族を褒められるのはなんだかいい気分だった。
「ケイタ、夢をみた。星を見る夢。」
「えっ?!もしかしてベランダで?」
「べらんだ?窓のそと?」
「うん、そう。」
「そだね、ウッドデッキ?ってやつ。」
「僕もその夢見たよ。なんでだろう。」
「前世わかる?生まれる前のこと。」
「前世の記憶ってこと?僕たちの?」
「わかんないけど。きっとなにか、あるね。」
リュネはそう言って笑った。
「家ここ。またね、ケイタ。」
「またね。」
リュネは笑顔でホームステイ先の家に入っていった。
僕は今話したことが気になって、歩きながら考えた。
気がついたら自分の家に帰っていた。
(前世の記憶…そんなことあるのか)
────
それからも夢にリュネが出てくるようになった。
何を話しているのかはわからない。
中田に話すと、「好きすぎだろ。ちょっとキモいぞ。」と嫌な顔をした。
確かになんだか気持ち悪い気がしないでもない。
僕はできるだけリュネのことを考えないようにした。
しかし放課後になるとリュネがやって来る。
「ケイタ、いっしょかえる。」
まわりは僕たちがつきあい始めたと思っているようだった。
聞かれもしないことに反論するのもおかしいので僕は黙っていたが、リュネは僕なんかと噂になっていて嫌じゃないのだろうか。
帰り道が途中まで一緒だから一緒に帰っているだけなんだが。
僕はジロジロニヤニヤ見てくる人たち一人一人にそう説明したかったが、さすがにやめた。
「ケイタ、こーえんに、ちょといい?」
「え?公園?この前のところ?」
「そそそ。」
リュネは珍しく緊張した顔をしていた。
ベンチに座るように言われ、僕たちは並んで座った。
変な緊張感が走った。
「どうしたの?」
僕がそう言うと、「えとね、ケイタのこと、おもいだした。わたしのことも。」リュネはそう言って僕をみつめた。
「え?前世がどうのって言ってたやつ?」
「前世じゃなかた。アニメみた。学んだ。いせかいてんせーだたよ。」
「異世界転生?」
「そそそ。ケイタが、てんせー。」
リュネが何を言っているのか、わからなかった。
「わたし、伝えにきた。言いたいこと。」
リュネはそう言うと僕の手を握った。
驚く間もなく、僕の頭に何かが入ってくる感覚があった。
────
トラックに轢かれた。
黒猫とおばさんと一緒だった。
僕は見知らぬ土地にいて、その人たちと歩いていた。
見たことのない動物を狩り、僕たちはそれを食べていた。
猫は魔法を使っていた。
この猫は…ライだ。
そしてこのおばさんは僕を助けて死んだ人だ。
次から次へと頭に知らない光景が流れてくる。
嬉しいや楽しいが伝わってくる。
僕は魔法を使い、緑を増やしたり敵をやっつけたりしていた。
たくさんの仲間に出会い、僕は生きたいと思うようになった。
そして困難を乗り越えたあと、僕はリュネとベランダにいた。
僕はすべてを思い出した。
ライハルトのこと、カナさんのこと、バッシシさんのこと、そしてリュネのこと。
みんなにサヨナラもせずに、この世界に戻ってしまったこと。
僕は泣いていた。
目の前にあるようで、遠い過去のことにも思える。
僕の大事な人たちとの思い出。
「リュネ、僕…」
リュネは優しく微笑んでいた。
「ケイタ、わたし、ケイタ好きだった。一緒にいたかった。でもね、ケイタはここで生きないとダメ。でもわたし、どしても、伝えたかった。」
「リュネ、僕も大好きだったよ。」
リュネは頬を赤くした。
見たことのある顔だ。
「ケイタ、みんなに愛されてた。自信もって。たくさん生きて。」
「うん。」
リュネはそう言うとキラキラと輝いて消えていった。
僕は辺りを探したけれど、リュネはどこにもいなかった。
────
翌日、学校に行くとリュネの席がなかった。
中田に聞くと、「頭打って夢の続きを見てたんじゃね?」と言った。
先生も留学生なんていないと言った。
家で母親と姉に聞いたが「妄想でしょ」と姉に冷たく言われた。
リュネはいたのに、いなかったことになっている。
「リュネ、いたよね?」
僕はライに話しかけた。
ライは返事もしないで水を飲みに行ってしまった。
僕の初恋は終わってしまった。
幻のように。
この記憶がどこまで本当なのかわからない。
もしかしたら本当に頭を打ったせいかもしれない。
でも僕は忘れない。
あの異世界での思い出が、すべて僕の妄想だとしても。
僕の大好きな人たちとの思い出だ。
この世界にリュネという人物はいないのかもしれない。
でも僕の初恋はちゃんとここにあった。
僕だけが覚えていればいい。
ねぇ、リュネ、僕はこれからもちゃんと生きていくよ。
会いに来てくれてありがとう。
─────