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極秘情報A

作者: 祁答院 刻

――私だけが知っている。

みんな知っている。

天才少女・二階堂あすかを。

彼女は頭脳明晰、運動神経抜群、その上 容姿端麗。

成績はガリ勉を超え、体力はスポーツマン並み、そしてモデル顔負けの美貌を持っている。

つまりは学校中に名を馳せる、天才少女だ。

一方で、その実態を知るものはいない。

皆、抜け目ないまっとうなあすかの姿だけを見、恋い焦がれているのだ。

しかし、私は知っている。

彼女の風変わりな趣味、訳アリな性癖を。

知悉している、といっても過言ではない。

そして、それら全てが記されているのが『極秘情報A』である。

見た目こそはただの大学ノートだけれど、中身は…

是非とも、ご照覧あれ。

【情報Ⅰ 顔がだいすき】


あすかは、顔という顔が好きだ。

ほんとうに好きだ。

目、目、鼻、口で構成されていれば、美醜問わずこよなく愛す。

コンセントの差込口が顔みたいだと知った時は、底抜けに喜んでいたし、福笑いはもう夢の玩具だった。

理由は、幼馴染の私でもわからない。

もっとも、純粋な「好き」に理屈めいた理由などないのだろうけれど。


「おじゃましまーす」


玄関ドアの開閉音に続き、聞き慣れた声が鼓膜をくすぐる。

また来たかとひとり苦笑し立ち上がると、着古されたピンクのキュロットが見えた。なにかに夢中だと、あすかは服装にも無頓着になる。


「あすか、君さ、何回来れば気が済むの?」


「駄目?趣味だもの」


いいでしょ、としおらしく言うものだからまたも許容してしまった。

彼女がうちの常連さんになったのは、私の甘さが原因なのだ。

不敵の笑みを浮かべて、毎日やってくる姿は、なついてしまった野良猫を思わせる。

仕方ないなと嘆いて、途端、絶句した。

あすかが、壁に、顔を、描いている!


「やめて!困る!うち賃貸だから」


しかし、当のあすかはこともなげに壁に顔を描いてゆく。

困った。

顔好きのあすかは、顔で埋め尽くす主義なのだ。

この前だって、私の部屋の姿見に、厚紙でつくった目・目・鼻・口を淡々と貼っていた。しかも糊で。


「この前の鏡の件といい…どうしてくれるんだよ!」


再度一喝するが、馬の耳に念仏。

彼女はただ飄々と、壁に顔を量産してゆく。

諦めかけたその時、突然、彼女はつぶやいた。


「こんなことしちゃ やだ?あなたの顔も、描いたよ」


ビリリと全身感電したような錯覚に陥る。


「ほんと?」


「ほんとだよ」


そう言って、ことさらに上手く描かれた顔を指差すあすかは、どことなく いじらしかった。


「いいよ。好きにしな」


私は指でオーケーサインを作った。

【情報Ⅱ 夢】


「悪夢もさいこうの夢も、それぞれ、違ううつくしさを持っているの」


昼寝から目覚めたあすかは、まどろむように言う。

まだ彼女には夢の続きが見えているのかもしれない。

くりりと澄んだ瞳は、焦点の合わないまま右往左往している。


「ここ最近、どんな夢を見てるの?」


訊いてみると、


「教えてあげよっか?」


彼女は嬉々として、そっと「夢記録帳」を開いた。

あすかには夢を執拗に追い求める癖がある。

その、壮烈な夢ブームの象徴的存在が、この「夢記録帳」なのだ。

これが、凄い。

見た夢に関する、走り書きの文字、なぐり書きの絵に溢れかえっており、もはや、殺伐としている。

習字コンテスト、写生コンテストで金賞を取り続けている“二階堂あすか”とは似ても似つかぬ汚さだった。


「もっと綺麗にかけそうなもんなのに」


いつか言ったが、


「嫌。丁寧とか綺麗とか、懲り懲り」


そうすげなく返された。

あすかはそういう子なのだ。


「そういえばさあ」


長年の思いを口にする。


「あすかは、どうして、夢が好きなの?」


彼女はひとたび考える仕草をして、おもむろに口を開いた。


「だって、夢っていいじゃない」


「え?」


「現実なんて、修羅場よ」


そういうあすかは儚げで、輪郭は淡く、いまにも消えてしまいそうだった。


【情報Ⅲ 禁句】

あすかは、「頑張れ」と言うと目をむいて怒る。

「さすが」と言うと苦虫を噛み潰したような顔で、


「期待なんて…だいきらい」


と吐き捨てる。

じゃあなんて言われたい、と訊けば、


「今日の夢教えて、かな」


とはにかむ。

あすかは、夢の話が好きである。

クロールの動きで飛べた夢とか、血管が破裂寸前まで浮き出てきた夢とか、彼女の話はバラエティーに富んでいておもしろい。

だからある日、


「あすかの夢、面白い!夢を愛してるだけあるね」


と褒めてみた。

しかし、彼女は冴えない顔で、


「やめて。そういう事言われると苦しくなる」


と うめき、耳をふさいでしまった。

夢の話はなんでも歓迎だと思っていたのに、タブーがあったとは。

やれやれと頭を抱えて「気を悪くしてごめん」と謝る。


「別に」


こういうときの彼女は、一途に冷たい子だ。

人情のかけらもない声を背中で聞いて、ふと“禁句”という語を連想した。

“禁句”

聞き手の気持ちを害する言葉。

きっと、あすかに、期待をにじませた言葉、あからさまな褒め言葉は禁句なのだろう。

とはいえ、夢については、期待でもべた褒めでもなく、はたまたお世辞でもなく、心から「面白い」と思ったのだが。

つんと澄ましたあすかのシャープな横顔が、心なしか歪んで見えた。

【情報Ⅳ 実力】


あすかは、学校で、高嶺の花だ。

ヒロインだ。

引っ張りだこだ。

担任の、堅実でやけに気難しい男にも、何故か一目置かれていて、クラス目標から何から全てあすかが最終決定を行う。

一見すると、絶対君主のような有利な立場に思えるが、彼女いわく、巧みに利用されているだけらしい。


「私、利用されているみたい」


そう言った彼女は中2にしてすでに達観していた。


「やり手のいない仕事は、全部私のところに流れてくるし」


現にあすかは、学級委員・風紀委員・学級新聞担当・校外学習実行委員・校内清掃隊隊長…

その他人気のない役割をひとりで幾つもこなしていた。

そして今は哀れにも、社会科見学のレポート作成を数人から頼まれているようだ。


「高木さんの字の癖はこう。文章はこれくらいのレベル。あー、彼女絵はうまかったから、こんなかんじ?」


彼女が本領を発揮すると、いつも驚く。

完成したレポートは、もはや高木さんのかいたそれだった。

その超人的な能力に、私は何度 自尊心を失いかけただろう。

とにかく、あすかは、凄い。


「すごいなあ!少し休憩したら?」


キンキンに冷えた麦茶を手渡すと、あすかは


「ありがと!」


と破顔一笑した。

それから彼女は水面に揺らぐ顔を見つめて、一口、あおるように飲む。 

カランと軽快な音を立てて、コップと氷が触れ合った。

【ご報告】


まるで、操り人形の糸が切れたように、つっかえ棒が外れたように、あすかは全てをやめてしまった。

生真面目キャラは一掃。

授業中は、ノートの片隅に意味不明な記号を書くか、あてもなく空虚なまなざしを送り続けているかの二択になった。


「どうしたのあすかちゃん」


「保健室行く?」


初めこそはそうやって気にかけていたクラスメイトも、


「は?放っといてよ」


と、けんもほろろに返すあすかに愛想を尽かした。


「優等生の座を、奪回だー!」


と跋扈する者もいたし、


「おごれるひとも久しからず」


と覚えたての平家物語の一文を借りて、揶揄する連中もいた。

でも、あすかはびくともせず、そのまま さらりとうつくしく、クラスから姿を消した。

あすかはたしかに変わった子だけれど、ここまで来ると心配で、私は放課後にお見舞いに行った。


「なあに」


チャイムの音に玄関を開けたあすかは、あすかだった。


「しかめつらして、どうしたの?」


余裕綽々とした態度に、「お見舞いにきた」という語は引っ込んだ。

異様な消え方をした彼女は、思いのほか平然としている。

私だけが大丈夫だろうか、と気をもんでいたようだった。


「心配した?大丈夫。あのね、いい夢見れた」


唐突に、まるでうわ言のように、あすかは言った。


「無数の顔がういていて、私を取り囲むゆかいな夢」


「そうなんだ」


こくりとうなずく彼女は、無垢だった。


「何度かみたことがある、大好きな夢」


あすかはうっとりと天井を仰ぎ見て、途端、眉根を寄せる。


「でも、学校の課題に追われて、ここ数年、見れなかった。スランプみたいになってた」


つたない日本語は、彼女の辛苦を物語っていた。


「大好きな夢、見れて、よかったね」


「うん。そういえば、あなたもいたよ」


「え?」


聞き返すと、彼女はこの上なく嬉しそうに言った。


「覚えてる?いつか壁に描いたやつ。あの顔がういてたよ。ニコニコ、優しそうな笑顔で」


瞬間、彼女はニコリと邪気のない笑顔を振りまいた。

そのとき、こぼれた白い歯を、私は忘れられない。

――私だけが知っている。


あすかは、あすかだってこと。

あすかはあすかのままで良いってこと。


あのあと、彼女の人気はすっかり低下して、この情報、『極秘情報A』の価値はほぼほぼ無くなった。

「極秘」というしゃれた名前も機能しない。

もはや、スパイの真似事と同類だ。

でも、あすかはあすか。

私のたいせつなあすか。

だから、このノートの名前は、永遠に、

『極秘情報A』、なのだ。

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