推させて下さい!6【白居珠子】
珠子はガチガチに肩に力が入ったまま緊張の面持ちで食卓についた
父と母はいつものようにテレビを眺めている
「お、来たか。それじゃあいただこうか」
家族全員が食卓に揃った事を確認した父が手を合わせると母と珠子も同じように手を合わせて全員で「いただきます」をする
父は早速唐揚げをほおばった
母が「ごめんなさい今日はちょっと粉っぽいかも」と心配するが父は「そうか?」と返し、白米と唐揚げを食べ進める
何も変わらないいつもの白居家の食事風景だが
ただ一人、珠子だけは様子が違った
「どうしたのたまちゃん?何かあった?」
もじもじと何か言いたげに俯く珠子に母が声をかけた
このように珠子が何か言いたそうにもじもじする事は珍しい事では無かった
過去には、学校の授業で牛乳パックが必要な事を翌日まで伝え忘れていた時や、好きな映画の円盤が欲しいけどお小遣いが足りなかった時、夏休みの宿題で書いた詩がコンクールで入賞したけど恥ずかしくて言い出せなかった時
等々、珠子が可愛らしい悩みを打ち明ける度に両親は思わず笑みをこぼすというのもいつもの白居家の光景だった
ただ、今回両親に伝えなければならない事はいつもとはレベルが違う
珠子は人生で一番と言っていいほど緊張していた、大学受験以上だ
「なんだ珠子、今日はどうした?」
父も優しく珠子に問いかける
「あ、えっとね、その、えっと、どうしよ、あのね…ごめんね、ちょっと待って」
言い終わると珠子は何度も深呼吸を繰り返した
どうやらいつもとは様子が違うようだ、と両親はお互いの顔を見合わせると2人して席を立ち珠子の傍へ寄り、肩や背中をさすった
「大丈夫?ゆっくりでいいからね」
「水分を、水分をとりなさい。大丈夫大丈夫、お父さん達がちゃんと聞いてあげるから」
珠子は父に言われた通り、コップのお茶を一気に飲み干し
再び深く深呼吸をした
「あ、あ、あ、あのね、こ、これ...」
珠子はポケットから名刺を取り出し、震える手で父に渡した
父は珠子から受け取った名刺をまじまじと見つめ、母も隣から名刺を覗き込む
「ビートアップ プロダクション、安時梨奈…この名刺どうしたんだ?」
父が心配そうに珠子に尋ねる
「あ、えっと、えっと、き、今日ね、本を買いにあ、秋葉原に言ったら、声、声をかけられて、し、知らない人に」
知らない人に声をかけられた、その言葉に両親は一気に血の気が引き顔が青ざめた
「た、珠子、大丈夫か?何か変な事をされたか?どうしよう、警察、そうだ母さん、警察!」
「警察ってアナタ…え?珠子、大丈夫なの?」
パニックになる両親を見て珠子も不安で呼吸が荒くなる
それでも何とか両親に今日起きた事をちゃんと伝えなければ、と珠子は声を絞り出した
「いや、待って、待って、あのね、こ、これ、アイドル、アイドルの!」
「アイドル?」
110番通報寸前で父はスマホをタップする指を止めた
「そう、アイドル、あのね、なんか、私を、その、アイドルにって…」
尻すぼみに珠子の声が消えていく
両親は一呼吸ついて落ち着いた後に、再び名刺を凝視した
「アイドル?スカウトって事か?そんな怪しい…いや、まあ珠子は可愛いからアイドルにっていうのもわからなくはないが、とにかく怪しすぎる、なあ母さん?」
「え、ええ。そうね。こういうのに騙されて危ない目にあったらいけないわ。」
「とにかく、まずはこの事務所について調べてみようか」
父がスマホで「ビートアッププロダクション」を検索する
「えっと、この事務所であってるんだよな、随分しっかりしたサイトだけど…ん?」
ビートアッププロダクションの事務所のサイトから所属タレントのページを開く
「え、なあ母さんこれって、虹色フラワーの子達じゃないか?」
「え、ええそうね…」
「いやいや、同じ事務所名を騙ってるだけの詐欺かもしれない、一応名刺に記載されている住所はここと一致しているようだが…」
「でもやっぱり勝手にこの事務所を名乗ってるだけの可能性はあるわ。どうするお父さん?」
「名刺の電話番号にかけてみるか…?」
「ええ!?こんな時間に電話対応してるの?」
「芸能事務所なら遅くまでやってそうだが...詐欺だとしても夜まで対応するだろ」
両親は揃って珠子の方を見た
珠子はゆっくりと頷いた
「よし、じゃあ一度かけてみるか...」
父は名刺に記載されている番号へと非通知設定で電話をかけた