朝の不幸
三題噺もどき―さんびゃくにじゅういち。
ぼんやりとした意識の中から、ゆっくりと覚醒していく。
まだ夢を見て居たいような気もするけれど、容赦なくひっぱりあげられていく。
「……」
浮上した意識の中は、まだ霞がかかっている。
ゆっくりと開いた視界の隅に、枕の上に伏せられたスマホが見えた。
……多分、伏せているはず。
「……」
目は覚めて、視界は開けても、ぼんやりとしているのは変わらない。
何せ、視力矯正をしないと見えないもので。しかもまぁ、それなりに強めの矯正がいる。
裸眼状態だと、ぼんやりとした輪郭が見えるか、塊が見えるかだ。
「……」
布団の中から、右手を抜き出し、伏せていたスマホを手に取る。
その際に、カメラの出っ張った部分があたったので、伏せていたで正解だった。
正面がこちらに向く様に、手を動かす。
「……」
ん。丁度いい時間だ。
なんか、久しぶりにアラームなしで目が覚めたような気がするなぁ。
カーテンから洩れていた光が、暗い部屋の中をほんの少し明るくしている。
「……」
今まで、たいして気にしたこともなかったが。
この部屋は案外明るくなるんだな、この時間。もう少しくらいと思っていた。
冬は暗いかもしれないが、今の時期は陽の居る時間が長いからな。
夕方とか、時間感覚が狂ってしまう。
「……」
おきるかぁ。
寝起きはいい方なので、前日に変な夜更かしとかをしていない限り、割とすんなり起きられる。
以前、家族に、よくこんな時間から動けるなと言われる程度には、寝起きがいい。
それに動くって言っても、大したことはしていない。
「……」
母の方がすごいと思うのだが。
朝起きて、弁当を作ってい、朝ご飯を作っていたと思ったら、次には掃除が始まっている。
朝のその時間に、掃除をしないでくれと言いたくはなるが、それは私のいう事ではないので、騒音を大人しく受け入れている。
「……っしょ」
両足をの裏を天井に向け、振り下ろす勢いで、上半身を起こす。
少しギシりとベットが、悲鳴を上げた。
もうそろそろコイツも、変えたいところだ。
「んん―」
次は、手のひらを天井へと向けて伸ばしていく。
少々痛む背中も伸ばしていって。
……もうこの痛みにもなれたが、どうにかならないものかなと思う。
まぁ、きっと常日頃、猫背でいるのが悪いんだろうけど。
痛みが酷い時は病院に行ったりもしたのだが、毎回。何もないので大丈夫ですよとしか言われなかった。なのでもう、最近は行こうとも思わない。
痛みを耐えつつ、背筋を少し伸ばしつつ……。
「―――っふぅ」
伸ばしたその両腕を、一気に落とす。
ついでに軽く肩を回し、首を回し。
嫌な音が少々なったが気にしない。
これはもう、毎日なので気にしている暇がない。
首はあまり回すなと言われているが、もう癖になりつつある。よくないけれど。
「……」
さてと……。
やっと頭もすっきりしてきたことだし、動くことにしよう。
その前に眼鏡をつけなければ、何も見えない。
―そう思い、ベット脇に置いてある棚に手を伸ばす。
指先が、眼鏡に触れたとき、何かがの首のあたりに当たって、床に落ちた。
「ぁ……」
小さな衝突音と共に、手に取った眼鏡をかける。
棚の下あたりを見ると、そこには、1冊の本が落ちていた。
最近読んでいるお気に入りの文庫本だ。
昨夜読んで、そこに置いていたのをうっかり忘れていた。
カバーはつけているが、大丈夫だっただろうか……。
こういうのって、何気にメンタルに来るから、朝一で事を起こしたくなかったな。
「……」
ベットから降りつつ、文庫本を手に取る。
パラパラとページをめくりつつ、背表紙を撫で、表紙を確認。
……よし。多分大丈夫だ。
パッと見た感じ、特に曲がってもいないし、凹んでもないし、傷もついていない。
「……ふぅ」
大袈裟にため息を漏らし、問題はないと言い聞かせる。
こういう細々としたことが、忘れられないものになっていくので、嫌になる。
全く。生きづらい事この上ないよな。
朝だからとか関係ないんだよな、こういうの。
「……」
多分。
この本を見るたびに、この光景がフラッシュバックする。
あぁ、お気に入りのこれを落としてしまったことがあったなぁ。
……あーあの日も同じようなことがあった。あの時はうまくできなかった。そういえば、あの頃、学生だったあの頃、あんなことがあった。嫌な思い出だ……・
と。
「……」
1つのフラッシュバックをきっかけに、あれやこれやと。
芋づる式にトラウマっぽいものがあふれてくる。
「……ふぅ」
思いだしかけたそれを、溜息と一緒に吐き出す。
危ない。今日一日が、台無しになる所だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
なりそうだな。こりゃ。
お題:朝・文庫本・忘れられない