呼吸を整える
一行は崩れた家や引きずられた血痕を後にしながら進んだ。
破裂した水道管から溢れる水が騒がしく鳴り響いていたり、希望を宿らせた人々が声を掛け合い、助け合う姿を横目にしながら静かに進んだ。空は雨こそ降っていないものの、すぐに雷が響いてきそうなほどに暗い。
後ろではライトオブガーディアンズの白騎士達が情報を話し合っている。
一方前を歩くシロやフレデリカはほとんど無言のままだった。
「ごめんシロちゃん。私ここまでだわ。上にそろそろ報告しにいかないとなの。」
フレデリカが口を開いた。
「・・・あぁ、うん。ここまでありがとう。忙しいのに。」
「・・・。」
ごめんなさい。と小さく呟こうとしたが、フレデリカには言葉を発することができなかった。
じゃあねと一言添えて吸血鬼は仕事に戻っていった。
ふと振り返って目についた背中についた翼がやけに小さく見えるのだった。
「ここがリースさんの家です。父さんは夢医者で、ここの奥さんが悪夢にうなされているというので治療しているんです。・・・いたんです。」
シロは、自分で言い直したことを少し後悔した。気を抜くとすぐに涙がこぼれ落ちそうになる。
今すぐ戻って父親の遺体の近くにいようかとも考えたが、仮にそこに戻ったとしても父親はそこにはいないのだ。
コバルトが二歩ほど前に出て家を見上げる。
「へぇ~ここがリース家ねぇ~まぁここまで離れればさすがに魔獣の被害には合ってないか。」
家自体はさほど大きいというわけでもないが廃れている感じでもない。むしろ庭先まで雑草などが刈り取られていて小綺麗な印象を受けた。
「シロさんだったよね?道案内ありがとう。もうお父様のところへ戻っても大丈夫だよ。ありがとう。」
「・・・いえ、もう少しお付き合いしてもいいですか。」
「どうして?」
「父さんが来るはずだった、治すはずだった人を見てみたいんです。意味なんてないけど・・・。」
意味なんてない。シロは自ら口に出す。
意味なんてない。だけど意味があるような気がする。
そんな気がする。人はあいまいなことや意味がないことでも行動することがある。
そこになんらかの意味を見出して。
「いや、あまり良くないものが映るとおも・・・」
ガチャリ。カニカマが無言のままドアを開ける。
コバルトがシロを諭す前にカニカマはドアを開けていた。
「あらら~なんでそんな市民を無視するかね。」
カギはかかっていない。
中には先行したガーディアンズの隊員が数名いた。
「コバルト中尉!お疲れ様です。参られましたか。見てください、報告にあった"蛹"です。」
そこには人のような形をした蛹が壁と床に繭を張ってへばりついている。
先ほどの街中の悲惨さとは違う異様な存在にシロは驚いて口を手でふさぐ。
「なんなの・・・これ・・・。」
「蛹化現象と呼ばれているよ。どうやら中に入っているのは本当に人だったみたいなんだ。原因は不明。」
「これ・・・リースさん?」
シロは恐る恐る聞いた。
「いや、君の言うリース夫人はさっきの魔獣襲来で避難している。これはその娘さんみたいなんだ・・・。」
「・・・。」
顔を見たことがないのがせめてもの救いだった。
もし自分が見知った人が、まるでおぞましい虫のような物体になっていたらと考えたら・・・。
「コバルト中尉、いいんですか?一般の方にそんなところまでベラベラ喋って。」
「いいんだよ道しるべの恩人ですからね。」
「道しるべ・・・?あと気になる結果が。あの蛹、どうやら脳波が出てるみたいなんです。」
「脳波・・・?てことは"まだ"人間だってことか。」
「はい、本部の分析によると睡眠時と同じ波形だとか。でも分かったのはこれだけです。」
シロがハッとして二人を見る。
「あの、コバルトさん。今、あの蛹が睡眠してるって言いましたか?」
「ああ?あぁうん、そうだね。繭に包まって寝ているってことなのかな。」
「だったらボク。分かるかもしれない、これがなんなのか。」
突然の展開に周囲が黙る。
「え?」
「ボク、この蛹が見ている"夢に潜り"ます。」