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ウィースコンの魔獣

ウィースコンはメリル北部にある緑が豊かな州だ。

春には豊富な山菜が採れ、秋には栄養のあるキノコが楽しめる。夏には避暑地になるし、冬は少々多い雪に包まれ山々が白く染まる美しい土地だ。


臼葉シロは幼少期に友人家族とともに来訪した時の想い出を重ねながら、父の背中を追った。

しっかりした父さんだから、危険を察知したらすぐに逃げるだろう。

でももしそこに患者がいたら・・・。彼は自分が感じてるさらに遠くへ行ってしまわないだろうか。


考えれば考えるほど心が前のめりに進もうとしていた。公共交通機関を使っている間は、その車体よりもずっと先を見つめている焦りにまみれた心があった。


嫌な鼓動を胸に感じながら、シロはあの吸血鬼「フレデリカ・ヴィンセント」の言葉を思い出す。

「私は直接その魔獣を探して討伐するから、アナタはすぐにお父さんを連れ戻して欲しい。」

真剣なまなざしはシロの意識を蝕むような緊張感をがあった。

シロに簡易的な通信機を渡して、吸血鬼は風の衝撃波を作って飛び去った。


空は分厚い雲で黒く染まり、生暖かい風が吹いていた。

不思議と雨は降らなかった。

しかしシロの心に「穏やか」という文字はなかった。

荒れていて、晴れていることはなかった。


患者のいるウィースコンのメルオークに着くと石で舗装された道が靴越しに足の裏を押し、固い感触を覚えた。

看板はそれぞれの方角に矢印を向け、観光地や主要施設の場所を指している。


父の向かった先はおおよそ予測できる。

今日の患者は長く付き合いのある人で、シロも何度か会うこともあった。

家の場所はハッキリとは覚えていないが、人に聞くか地図を頼りに位置を割り出すくらいはできる。

もしそこにいなければ、ウィースコンに出向いたときに決まって父親が買ってくるハチミツを扱っている店か行きつけの酒屋にいるはずだ。


目的地が近づくと、シロも少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

父親の安全が確認できると思うと、確定しているわけではないが冷静になることができた。

すると、自然とまわりの音が入ってくる。


「魔獣ですって!ここまで来ないわよね。」

「魔獣が出ています!皆さんできるだけ屋外に出ないようご協力お願いします。」

「なんかやばいことが起きてるっぽいぞ。」


町の中にいる人々も知らせを聞きつけてざわめいていた。

突如、聞き覚えのある声が聞こえた。

「シロ!!」

父さんの声だった。

「シロ!何をやっているんだこんなところで!聞いただろう、魔獣が出たんだ。」

「だから父さんを連れ戻しに来たんだよ。よかった、無事だったんだね。」

「すれちがっていたら私が焦るじゃあないか。ともかくあえてよかった。患者さんはもう診終わったから帰ろう。」


父親の姿を見ると、安心して齢に似合わない涙が一粒流れそうだったが、ぐっと堪えた。

一安心した直後、通信機が鳴った。

すぐにリカの張り上げた声が聞こえた。


「シロちゃん!今どこにいるの!?」

「リカちゃん?どうしたの?今メルオークの中心街の駅の近くだよ?」

「すぐにそこから離れて!!早く!!」

「どういうこ・・・


瞬間、爆発音とともに瓦礫が飛散する光景が眼前に広がる。

瓦礫の一つが近くにいた通行人にあたり、にぶい音を立てる。

そのまま動かなくなった者が頭から離れない。

そうしているうちに数々の悲鳴が響いてきた。

その中に父親の怒鳴り声も混ざっていることに気づくのに時間がかかった。


「シロ!!逃げるんだ!魔獣だ!」

「父さん・・・。」


見ると、車の何倍もあるかのような四つん這いの巨体に、禍々しい青色をまとった獅子のような魔獣が咆哮を上げていた。そのまま周囲にいた人を爪で切り裂き、喰らいつき、惨殺し始めている光景は地獄を見ているかのようだった。魔獣は食事目的でなく、まるで殺戮を楽しんでいるかのように人の肉体を中途半端にズタズタにしながら惨劇を引き起こしている。


突如、腕が強引に引っ張られて半ば錯乱状態で走りはじめる。

父親に手を引かれ、混乱した人混みをかき分けて瓦礫の中を走っていた。


「シロ!私は患者のところへ行く!彼女を連れていくから先に逃げるんだ!」

「父さん!嫌だよ・・・。すぐに一緒に帰ろう!」


父親も混乱しているのか、涙目で感情がうずめくなか何かを考えている。


「シロ、父さんは・・・。」


突如、ひどい鈍痛を感じて地面に叩きつけられた。

耳鳴りと痛みで視界が歪んだ。


目の前には、父さんが倒れていた。


父さんが死んでいた。

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