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レム

ニールランド州、ドーレ村のはずれには目を見張るような鮮やかな色をした花の咲く野原と、心地よいせせらぎでその場にいるだけでも癒される川が流れている。

その畔に一件の広めの家があり、”臼葉夢医”の看板が掛けられている。


ガチャリと音がなると、中から白髪の混じった髪の男が少し腰を曲げながら出てきた。革のバッグと複数のハーブの入った瓶を持ちながら家を出る。


「お父さん、行ってらっしゃい。」

白いミドルヘアーと翠色の瞳をした臼葉シロは父親を見送るのが日課だった。

よく昼飯や水筒を忘れて自分が届けることになることもあったが、医者の仕事をしている父親が好きで、少しでも彼の顔が見れるのが嬉しかった。


「シロ、クロをよろしくな。ウィースコンの患者さんに訪問に行ってくる。今日は学校は休みだったかな?」

「うん!今日は聖灰祭の振り返りで休みだよ。」

「そうか。まぁお前は勉強はできるからな。」

「おかげ様で薬草学と数学は得意だよ。魔法学は攻撃魔法が苦手だけどね。」

「そうか。まぁゆっくり休んでよく眠るんだぞ。」

「ボクは眠らないよ。夢を見ないから。」


そうか、じゃあ行ってきますと父親が言うと、シロは少し手をかざして見送った。

その後家の中に戻り、妹の部屋に入る。

ほの暗い部屋の中で目をつぶったままの妹が視界に入る。

深い眠りについてかれこれ3年起きていない。彼女がいつ目を覚ますかはわからないが、もしこのまま起きないまま一生を終える運命ならば、自分も父親と同じように夢医者になって、必ずこの世界に引き戻すと誓った。


しかし、臼葉シロは、彼女の夢には立ち入れなかった。


「なんでボクのチカラをくれた神様はこんなに意地悪なんだろうね。」

返事の帰ってこないつぶやきは暗い部屋の中に消えていった。


彼女の”呪い”は原因不明だった。

夢医者である父親があらゆる手を尽くしても夢から覚めることはなかったので、一時は父親が自暴自棄になりかけた。そのときから、父親の白髪はより増えていった。

今は父親もほかの患者を治療して感謝されることで少しずつ持ち直している。

いつか家族全員揃って食卓を囲むのがいつの間にか夢になっていた。


「まぁ、いつか戻ってくるよね。」

そういいながら窓を開けると、近くの森の香りが漂ってきた。

少しひんやりした風が心地よかった。

すると家の呼び鈴が鳴った。小走りで玄関に戻ってドアを開ける。


「こんにちは、シロちゃん。」

ドーレ村にある大きな屋敷の吸血鬼が立っていた。

金髪で片方の髪を結んでいるのが可憐で、吸い込まれるような紅い瞳が煌びやかな雰囲気を醸し出していた。服はドレスをあしらったような見た目だが、動きやすさも考慮されているバトルスーツだ。胸にはG商業旅団のバッジがついている。


「リカちゃん!どうしたの?父さんに用だった?」

「うん!不眠用のお薬もらっとこうと思って。マタギのために用意しておかないと。」

「そっか!マタギの人もいきなりだと眠れないもんね。でもごめん!さっき父さん出ちゃったばっかりなんだ。C級魔法薬だけどいい?」


いいよ、ありがとうと快く返事をする吸血鬼を中に招く。

別の世界からの来訪者”マタギ”は一定の周期でこの世界に迷い込んでくる。

彼女の所属するガーランド商業旅団は彼らを導く組織だった。


「リカちゃんすごいね。君の旅団、王様から直々に指名されてマタギを連れてくんでしょ!」

「リーダーがコネもあるし、武器も売ってる旅団だからなんだかんだ安全だしね。アタシたちの戦闘経験も少ないわけじゃないし。」

「すごいなぁ。別の世界の話を聞けるなんて面白そうだね!」

「まぁ、いいことばっかりでもないけどね・・・。」


どこか物悲し気な表情をした吸血鬼は、頬杖をついて外の木々を見つめていた。

紅く染められた爪が天を向いて、少し光を反射しているのが綺麗だった。

別の世界の話も聞けて、王様の命を受けているなら少しくらいの不満は我慢できる。そう感じていたが、彼女の表情はまるで恋人を失った一人の女性だった。


「で、今日はどこに行くの?セカイマタギも起きてないし、前のマタギも元の世界に送り返したんだよね。」

「・・・。」


シロはしまったとすぐに後悔した。

マタギと時間を共にしたであろう一人の女性がどんな思いで別れたのか、シロに想像できなくはなかった。長い周期とはいえ一定の年月で行われるマタギガエシを聖灰祭のようなある種のイベントのようにとらえてしまっていた自分を恥じた。


「ごめん。きっといろいろあったよね。ごめん。」

シロは謝る。

「ううん!いいの。責務を果たしたんだしね!」

気持ちを切り替えるように吸血鬼は続ける。

「今日はウィースコンに行くの。魔力暴走があったみたいなのよね。」


魔力暴走。魔力の高い人や獣が、自らの魔力を制御できずに自我を失い、魔獣に変化してしまう現象。本来超級の魔術師が無理な魔法や召喚を行うレベルでないと発生しないうえに、現代では対処法も確認されてきているにも関わらず、近日では世界各地で点々と確認されているのだった。

それは現在進行形で調査が進められている蛹化現象と同じく、国が対処に追われている問題のひとつだ。


「え!怖いね・・・。ガーディアンズや陸軍の人たちも来そうだけど、リカちゃんも招集されたんだ。」

「うん、まだ詳細はわからないけど、かなり狂暴な魔獣が出たみたい。」

「え、ちょっと待って・・・。」

「ん?何?」


「父さんの今日の訪問、ウィースコンの患者さんだ・・・。」

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