芒と蛹
蜘蛛を正面にとらえると向こうもこちらをじっと見つめているのが肌で感じ取れる。
どう見ても仲良くしようという雰囲気ではなかった。
「お、おねえちゃん・・・。」
誉が恐る恐る口を開くと、栄もあたりの状況を少し把握できたが、それはさらに絶望的なものだった。
何しろ正面の車ほどもある大きさの蜘蛛と同じサイズの蜘蛛が何匹も現れ、あたりを囲み始めたのである。
姉妹がたじろいでいる中、蜘蛛はゆっくりとしかし着実に歩みを進めてくる。
瞬間、蜘蛛が一斉に飛びかかってきた。
姉妹にはその恐怖の瞬間が一瞬ではなく、ぼんやりとした時のなかを進んでいるような恐ろしい瞬間であった。
そのとき、まばゆい光を放ちながら鋭い斬撃が空を舞った。
「なんかもうちょいで大けがするところだったね。もしかしてボクの剣で切れてない?大丈夫?」
そこには、先ほど栄が手を振りほどいた。シャノウという青年が剣を振りかざして立っていた。
「あ、あの・・・ありがとうございます。」
誉が礼を言うと、シャノウはメガネと青みのかかった髪を直しながら再び剣を構える。
「いやまだ全部倒したわけじゃないんだよねー。」
シャノウがつぶやいている中、先ほど吹き飛ばしたうちの一匹が
シャノウに襲い掛かった。
牙を剣で絡めとり、そのまま蜘蛛の体を地面にたたきつけ、急所を貫いた。
ジャキっと肉から引き抜く音がすると、息絶えた蜘蛛の体液がドロっとあふれ出る。
「う~わぁキモォ。ボク蜘蛛嫌いなんだよねぇ。でも仕事のうちだからしょうがないか。」
そういうと、シャノウは次々襲い掛かる蜘蛛を一体ずつ、確実に仕留めていった。
蜘蛛が不意に毒液をはいてくると、咄嗟に身をかわし、剣を構える。
「これ明日筋肉痛になるんだよなぁ~。黄昏の芒!!」
一瞬シャノウの体がぼやけると瞬間的に蜘蛛の背後に移動し、地面に足が着いた時にはすでに蜘蛛の体は真っ二つになっていた。
思わぬ強敵が現れたことにより、蜘蛛の群れは逃げ出していった。
「ひゃ~。キモかったねぇ~、大丈夫?」
シャノウは一切慌てるそぶりはなく淡々としているが、姉妹はかなり怯えて腰が上がらないようだった。
軍人に手を取られ、二人はやっと立ち上がる。
「あの・・・ありがとうございます。」
栄がよそよそしく礼を言う。
「いいってぇ~仕事だしぃ。でも珍しいね、ガーリックスパイダーに人間が狙われるなんて。滅多にないんだけどな~。」
ガーリックスパイダーは弱った動物やほかの動物が荒らした死体を食らう魔物で、生きた人間を襲うという事例は自分から手を出さない限りはまずあり得ないことだった。
「さっきの蜘蛛、なんで私たちを狙ってきたの?」
誉が涙目になりながら制服の軍人に聞く。
「いやぁ~わかんないなぁ~。でも増えてんだよね、最近蜘蛛に襲われたって人が。今回手がかりがつかめるかなぁーって思ったんだけどダメですねコレ。」
シャノウが肩をすくめながら剣を鞘に戻す。
「けどまー無事だったからいいでしょ!もう守ってやらないからね~気を付けてね~。」
「うん!お家すぐそこだから大丈夫!ありがとうおじさん!」
ボクおじさんじゃないんだけどな~とボヤく白い制服の軍人に見守られながら姉妹は家に帰った。
街の方から二人の青年が走ってくるのが見える。
二人ともシャノウと同じ制服を着ていて腕の腕章に01と03という数字が見える。
「お、コバルトニキじゃないですかぁ~。」
町中で奇遇に見かけた仲間のように挨拶をすると、呆れた声でコバルトと呼ばれた男が返す。
「ですかぁ~じゃないよシャノウ君。仕事したの?」
「しましたよぉ~ホラ蜘蛛が転がってるでしょうが。」
シャノウは右手であたりを示しながら戦功をひけらかす。
「・・・・。」
赤い髪をした03の腕章をした男は黙っている。
「ホラ、カニカマ君も嘘はいけないって言ってるよ?」
「なーんも喋ってないじゃん!!カニカマさん。」
「・・・・。」
「シャノウ少尉、蜘蛛が人を襲うようになった原因は?」
コバルトという男が気持ちを入れ替えて真剣なまなざしで質問した。
「わかりません!」
シャノウが即座にかつなげやりに答える。
「ほらだめじゃんシャノウくーん。それでも"ガーディアン02"なの?」
「知らないよ勝手に02にされたんだから~。いつのまにかLight of Guardiansなんて特殊部隊が作られてるしさ~メリルってレイヴンズだけじゃ足りないわけぇ~?」
気怠そうにシャノウが愚痴をこぼす。
「国内向けの仕事なんだからレイヴンズじゃ割に合わないんだよ。とにかく、手がかりなしね。」
「まぁあの助けた女の子がなんかベタベタしてた気がするけど、違うよね。」
バカなこといってないで早く帰還するよとコバルトという男が歩き始めると、一行は街の方へと引き返していった。
誉が夕食の支度ができたので、上の階に姉を呼びに行った。
扉をノックしても返事がないので、不思議に感じた誉は恐る恐る部屋に入った。
そこには巨大な蝶の蛹が部屋にへばりついていた。