瓦解
紅誉は空き地に座っている。
仲間の友達が全員親に呼ばれて帰ってしまったのだ。
まだまだ遊び足りないというのに、この空き地は酷く閑散としているが、あたりには春の訪れを感じる花々が昼の陽気に当てられて微笑んでいる。
二匹の黄色の色をした蝶が舞い込んで追いかけっこをしている。
まだ、姉の栄を迎えに行くには早すぎる時間だ。
「お姉ちゃんの塾に隕石落ちないかなぁ。」
そうしたら今すぐにでも姉の栄と違う遊びができるのに。そう思ったが、お姉ちゃんごと塾が吹き飛んじゃいそうだなんて考えて、頭の中で別の事件にすり替える。
「お姉ちゃんあんまり外で遊びたがらないからなぁ。」
姉の栄は外交的とは言えず、いつも勉強か趣味でも本を読んでいるような人間だ。
ほかのヒトや吸血鬼やゴブリンといった人間たちには目もくれず一人でいるような人だ。
メリル連合王国は今日もいつもと変わらない日を送っている。
街中には知能を持ったあらゆる種族の人間達が闊歩し、和気藹々と会話を弾ませている。
街の中央には城がそ聳え立っており、市民を見下ろしている。ところどころに軍人や警官がいるが、任務や仕事をしているというよりは、制服に身を包んだまま街に溶け込んでいるようだ。
今日は姉が魔法の予備塾に通い、夕方頃に帰宅する予定だ。
誉は魔法塾の近くの空き地に友達を呼んではかくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたりして姉を迎えにいくまでの時間つぶしをするのだった。
そのことは魔法塾の講師にも知られており、たまに教室に呼んでお菓子を振る舞ったり、魔法の実践を見せてくれたりした。
ふと、塾の方から誉を呼ぶ講師の声がした。
「誉ちゃーん!ちょっといいー?」
「あ、エマ先生ー!どうしたのー?」
誉が駆け寄ると、石づくりの壁についた木製の扉から姉の栄がヨロヨロと出てきた。
「ごめん誉ちゃん。今日は栄さん体調がよくないらしくて帰らせることにしたの」
「え!?お姉ちゃん大丈夫?」
誉が顔を覗こうとすると、栄はぷいっと顔を逸らせる。
「なんでもないよ、大丈夫。けど今日は帰ってゆっくりすることにするわ。」
さほど無理をしている様子はないが、妙に顔色が悪く感じられる。
「誉ちゃん遊んでたのにごめんね。顔色悪そうだからついていってあげて欲しいの。」
「ううん!お友達みんな帰っちゃったから暇だったの!」
元気よく誉が返事をすると講師は安心した顔で二人を見送った。
「お姉ちゃん、どうしたの?魔法うまくいかなかった?」
「ううん、別になんでもないよ。貧血だと思う・・・。」
「”ひんけつ”ってクラクラするんでしょ?歩いてて大丈夫?手つなごうよ!」
そういいながら誉が手を取ると妙にヌメりのある手が自らの姉の手だと気づくまで一瞬の間があった。
えっ・・・と誉がつぶやくとすぐに手を引っ込めながら栄がうろたえながら小声でいいから・・・とつぶやいた。
「アレ?君たち大丈夫?なんか体調わるそうだよ?送ってく?」
声がする方を見ると、制服に身をまとった青年がいた。
青年が身に着けている服は白を基調としていて、赤色の刺繍や模様が所々入っている。ボタンは太陽の光に照らされて黄金色に輝いており、その紋様も太陽を表しているようだった。腕には腕章がついており、「02」の数字が刻まれている。
「あの、ふしんしゃさんですか??」
「ねぇーえ違うってぇ。僕はこの国のれっきとした軍人なんだけどなぁ。はい、これが部隊証だよ。よく見て。ホラ。」
言葉のテンポを激しく変えながら見せてきた証明に目をくべる。
そこにはよくわからない文字がたくさん並んでいたが、”シャノウ少尉”と大きく書かれていたのが目に映った。
「あ、おまわりさんってこと?失礼しました。」
「お、礼儀がしっかりしててえらいじゃぁーん。君のお姉さんが具合わるそうだけど大丈夫?」
「うん、でもはやくお家に帰りたいの。おまわりさん連れてって!」
おまわりさんじゃないんだけどなぁとシャノウという青年がいいながら、栄を介抱しようとする。
しかし、栄はシャノウの手を払いのけた。
「い・・・いいです。一人でいけますから。」
そういうと、栄は小走りで家のある方向に走っていってしまった。
「えなんか僕したぁ?まぁいいや、気を付けてね君。」
シャノウという青年を後にして誉は姉を追いかけた。
少し息を乱しながら、誉は姉に追いついた。
街からそこそこの距離を離れたので、まわりには木々が広がっている。
「お姉ちゃん無理しないほうがいいよ。」
「・・・てなのよ。」
姉は小声で何かをささやいている。
「え?」
「あーゆー気軽に話しかけてくる人キライなのよ。」
姉はさらに顔色を悪くしながら重苦しい声でつぶやいた。
姉が怒ることは滅多にないので、驚いた誉は口を噤んだ。
すると、日が夕暮れを織りなしている中、周囲からガサガサと何かが蠢く音が聞こえる。
突然、姉の左足にチクッ!と痛みが走った。
「痛ッ!なにこれ・・・蜘蛛・・・?」
姉が黒い塊を手に取ると、無数の足が手の中で蠢いていた。
それは牙をむき出しにして藻掻いている。
「嫌!!気持ち悪いっ!!」
咄嗟に蜘蛛を放り投げるとあたりから大きな存在が近づいるのが感覚でわかった。
ゆっくりと忍び寄るかのように木々の影から出てきたのは、巨大な蜘蛛の魔物だった。