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永遠に春の風を待とう。

作者: ぷるぷる


『本日は猛暑日となるでしょう。花火大会が行われる予定ですが、熱中症対策を忘れずに。以上、天気予報でした。』

 

 

 高校3年の夏、暑くて授業なんてサボってしまいたくなる。やっと午前中の授業が全て終わり、自分の机で弁当に向き合う。外は鬱陶しいほどの蝉の声と、どこから湧いてくるのかわからない男子たちの遊ぶ声。この暑苦しい教室の中では今日の夏祭り、花火大会の話が盛り上がっている。いつも通りの夏。あの夏を今、もう一回。僕はまだ、この夏に慣れない。僕の初恋はまだ、終わらない。

 









 【1わ】


ーお話があります。放課後、校門前で待っています。

そう書かれた手紙が、入学式の翌日の朝に、僕の靴箱に入っていた。

「いたずらだな。」

 





 僕はなんの特徴もないただただ平凡の高校一年生である。そんな僕にいわゆるラブレターというものが届いた。僕に手紙が届くわけもなく、瞬時に『悪戯』だと察する。この時代に恋文はどうかと思うなと、呑気なことを考えながらまだ少し緊張の残る教室へと足を向ける。空は今にも雨が降りそうだ、放課後にはきっと雨が降って校門の前で待ってるなんて状況はないだろう。



 







 僕が校門を抜けた先には、人がいた。下校の波に逆らって、さっきまで雲で隠れていた太陽の下で佇む女子が。「私と付き合ってください!」と叫ぶ女子が。




「ちょっと!なんで無視するのさ!もしかして手紙気づいてないの!?」

 僕は下校の波に抗うことなく歩いていたのだが、バレてしまった。顔を知られているらしい。当たり前か。


「ね、ねぇ、聞こえてる?」

 無視を重ねる僕に不安を抱いたのか、彼女は問いかけてくる。

「はぁ…あなたは誰なんですか。」

「…っ。この状況からわかるでしょ!あなたにラブレターを書いた本人よ!」

「へー、そうなんだ。」


 僕は歩き始めた。人が多いところは苦手だし、僕は平凡な高校生活を送らなければならないのだ。そんな僕の考えをよそに、彼女は僕の行動に合わせるように歩き出す。



「なんで逃げるのよ!」

「ついてこないでもらっていいかな、僕は今すぐに帰りたいんだ。」

「こんな美少女に告白されるなんて中々ないよ!?君、損してるよ。あ、わかっちゃった。私が美少女すぎて照れちゃってるのか、それなら仕方がないか。」


「………は?」



 この人の思考回路はきっと複雑なのだろう、言ってることがさっぱりわからない。

「それなら私と付き合うってことでいいね!」


 多分、というか確実に僕には拒否権なんて最初からなかった。

「わかった、わかった。付き合うから、仮として付き合うからもう何も言わないでくれ…。頭がどうにかなりそうだ…。」

「私の勝ちね、とりあえず高校生活3年間は私と付き合うで決定ねー」


「………は?」



 次の日から僕の日常は日常とは呼べないものとなる。校門前で告白されたことにより全校にその話が広まり、クラスのみんな、学年のみんな、全校のみんなから廊下、教室で疑問の視線が送ってくる。僕に告白してきたのは、『(こがらし) 氷雨(ひさめ)。』昨日から僕は、『なぜ僕に告白なんかするのだろう』とずっと考えていた。きっと周りも思ってることは一緒なのだろう。昨夜は『罰ゲームかなんかで僕に。』と思ったが『入学式翌日の朝にそうできるものなのだろうか』と考えれば考えるほど意味がわからなくなる問題。僕は考えることを放棄した。罰ゲームだったとしても僕は言われるだけ言われて彼女はすぐに帰ってしまったのだから本当に何を考えているのかがわからない。

 彼女は今何をしてるかというと昨日の出来事を女子たちに色々聞かれているようだった。そりゃそうだろう、普通の平凡のなんの取り柄もない僕に告白したのだから。しかも昨日会ったばかりだというのに。僕はというと世間の言葉で名前をつけるなら「一軍」の男子に問い詰められていた。一軍は好奇心からか、今の状況を面白く思っているようだった。一部から冷たい視線を送られていることを気づかないふりをしながら僕の平凡でなくなった日常は過ぎていく。


 

 とりあえず学校が終わり1人で帰宅準備をしていると彼女がわざわざ僕の席までやってきて「一緒に帰ろ。」だとか言ってきた。クラスの男子からは「らぶらぶー」と声が上がったが気にしないことした。気にしてられるか。



「やっぱり昨日のこと、疑問に思ってるよね」

「…誰でもそうだと思う。」

「まあなんでかって言うのは言わないけどね!」

「はぁ…」

 

 いずれわかることだろう。イライラしている自分にそう言い聞かせ、電車に乗る。

 しばらく沈黙が続いた。いつも何気なく聞いていた電車の音に、彼女がいるだけで今の音はまるで違う。さらに違う音をのせようと彼女は口を開いた。


「君はさ、部活何に入るの?」

「何にも入らないけど。」

「じゃあさ、写真部に行こうよ!」

「嫌だ、家での時間を減らすわけにはいかない。しかもなんで写真部なんだよ、写真部なんてなんの価値もない部活だろう。」

 ただの偏見でしかない嫌味を彼女にぶつける。

「え、しりたいの?」

「…別に。」

「私の先輩が写真部なんだけど、部員が少なくて廃部になりそうなんだって。最低でも4人必要で、今2年生の先輩が2人だけみたい。」

 別に聞いてないんだけどなと思いつつ、反応はする。

「だから入りたいってこと?」

 彼女は首を縦に振る。

「でもカメラなんか持ってないし、そんなお金はうちにはないから入部は無理だな。」

「それは大丈夫、先輩が『入ってくれるなら無料で貸し出す』って言ってたから!」

「でも写真の経験なんて僕にはないから。」

「大丈夫!初心者大歓迎だから!」

 きっと僕に拒否権なんてものは最初からなかった。

 

「やったー!」

 彼女は電車の中だということを忘れているくらいのはしゃぎっぷりで、隣にいる僕が恥ずかしくなる。

 



 

この学校はまず体験入部してから本格的に、と言う感じらしい。僕たちは写真部の体験入部へと活動場所へ足を運ぶ。でもそこは、写真部の部室とは思えない教室だった。


「え、理科室?部室間違えてるんじゃない?」

「まあまあ、先輩がここって言ってたし、とりあえず入ろ?」

 彼女がそう言ったときだった。

人気(にんき)ないから人気(ひとけ)ない理科室でいいだろ。って先生に言われちゃったんだよね!あっはっはっ!」

 今までに聞いたことない声量が真後ろで轟き、僕たちは悲鳴をあげ近くにいた先生にこっぴどく怒られた。

 

明るく、大きい声とは裏腹に言ってることは悲しい2年の井崎(いざき) (かおる)先輩が出迎えてくれた。第一印象は明るい人って感じで、とにかく本当に明るい人だ。体験入部に来たのは僕たち2人だけだったが、その空間に目を疑う人物がいた。


「香先輩、あの人って…」

 彼女は僕も気になっていた疑問を井崎先輩に質問した。

「あー、うん。この辺では有名だね、2年の神谷(かみや) (まこと)。」


 神谷誠、ここら辺じゃ有名な、いわゆるヤンキー。学校に入学して間もない頃、よく喧嘩騒動を起こしていたと風の噂で聞いたことがある。父は政治家、母は専業主婦らしく、神谷は二人兄弟。兄は優秀らしい。それが原因で、母親は兄に溺愛で弟の誠には愛情を与えず、父親は仕事しか見ておらず、それでグレたらしい。高校生の噂が中学にまで流れてくるのだから余程の問題児なのだろう。まさか同じ学校だとは、さらには理科室で寝ているのだ。神谷が寝ていることを考慮したのか彼女は小さい声で話し始める。それに合わせるように井崎先輩もこそこそと話し始めた。


「とりあえずこの部活は廃部じゃなくなったって言うことでいいんですね…!」

「そうだね、君たち2人が来てくれたからね。」

「よかったですね、香先輩!」

「ひーちゃんが彼氏を連れてきてくれたおかげだよ。」


 そう言われた彼女は自慢の彼氏です、と言うものだから「仮ですけどね。」と付け足しておいた。

ちなみに「ひーちゃん」は氷雨のニックネームだ。


 僕たちは井崎先輩の説明を受けた。要約すればこの部活はほぼ自由らしい。本当にほぼ自由らしい。それでも年に数回コンクールがあるらしく、その写真はいずれ撮らないといけないとのことだ。まあ寝ている人もいるので自由だってことは多少なりとも察しはつく。


「夏にコンクールがあるんだ。その時に撮影も兼ねた懇親会をしよう。もちろん部活の活動になるから神谷もだけど。」

「香先輩がそう言うなら!でも大丈夫なんですか?神谷さんがついてくるって。問題起こすかも…」

「みんなには超怖いヤンキーって恐れられてるけどさ、実際私は神谷に助けられたことあるし、本当はいいやつなんじゃないかなって思うんだよねぇ。」

 そのようには僕の目には映らないが、井崎先輩が言うならそうだと信じよう。

「そういえば井崎先輩、顧問とかっていないんですか?」

 僕はさっきからずっと気になっていることを聞いてみた。

「いるにはいるんだけど、結構おっちょこちょいな先生でね、あまり来ないよ」

「先生いないとかラッキー!」

 彼女は『先生がいない』ってだけで特別感があるのか楽しそうだった。



 学校からの帰り道。電車に揺られていると彼女が喋り出した。

「君さ、写真部に入ってくれる?」

「嫌だと言っても僕には拒否権がないだろう、入ることにするよ。」

「よくわかっているじゃないか、これでクラスも部活も帰り道も一緒だね!」

 そういう君の顔は夕焼けに照らされて、とても嬉しそうに見えた。


 


 入部を済ませ2、3ヶ月が経ち、本格的に暑い日が続くようになってきた頃、僕たちは井崎先輩に部活動の招集がかけられていた。

「単刀直入に言う、花火大会に行こう!」

「やったー!!」

「………えぇ…」


  井崎先輩と彼女はかなりノリノリで話を進めていた。僕はというと神谷の散歩に付き合わされている。一体何がどうしてこうなったんだ。

「お前さ、あいつと付き合ってんだろ?なんか面白い話ねーのかよ。」

「いや、仮で付き合ってるだけですし…」

「はぁ?お前ってほんとつまんないな」

「ずっと寝てるあんたには言われたくない…」

「あ?喧嘩売ってんのかてめぇ」

「そんなつもりは微塵たりともありません…」

 ああ、井崎先輩、あなたはこの人のどこをどう見たらいいやつってことになったんですか。理不尽極まりないじゃないですか。空はどんよりとしていて、とてもお散歩日和とは言えなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【8月1日】

「あれ、珍しい。先約がいるー。」

 人気(ひとけ)全くない、丘の上の公園のベンチに座っていると、私と同じくらいの歳の男子が笑顔で話しかけてきた。

「なんですか、別にあなたの迷惑になってないでしょ。」

「別に迷惑だなんて言ってないんだけどな。ま、ここ人全然来ないけど、蝉がうるさくて考え事なんてしてられなくない?星空はよく見えるけどー。」

「ならなんでここにいるんですか。」

「なんでだろうねぇ。気づいたらここに来ちゃうんだよなぁ。」

 第一印象は変な人だった。変とかいうレベルじゃないかも。でも、自分でもよくわからないけど、この人には思ったことをそのまま口に出せてる。初対面だからこそなのかもしれない、そう思った。

「君は失恋でもしたの?」

「なんですか、あなたに関係ないですよね。」

「ってことは失恋なんだ!」

「あなたに話すことなんてありませんよ……」

「まあまあ、話してみなよ!」

 本当にこの人はなんなんだろう。初対面だからこそ話せる部分があったとしてもそれは全てじゃない。まず、初対面のこの人に話す必要はないし話すような内容でもない。それでも、自然に口が動くのは、自分では気づかないほど、追い込まれているからなのだろう。

「私、学校でいじめを受けてるんです。私って地味だし、勉強が特別できるわけじゃないし。仲良い友達はいたんですけど。みんないじめられるのが怖くって私を見捨てて、仲良い先輩がいるけど迷惑かけたくないし。学校側に助けを求めたけど、全く相手にされないし。なんなら先生に言ったことがバレていじめはもっと酷くなるし。私ってなんで存在してるんだろうって、なんで、生きなくちゃいけないんだろうって。別に辛くはないんですけど、それでも少し息がしづらいんですよね。」

「辛くはないって、涙流しながら言う言葉じゃない気がするけど。」

 そういって彼は優しく私の心を包むように抱きしめてくれた。

 

 どれだけの時間が経っただろう。私は泣き止んで彼に話を聞いてもらっていた。

「そっかぁ…。辛かったね、よく頑張った。僕の前では無理に笑わなくていいし、頑張らなくていい。ここは僕たちだけの空間だ、誰も咎めはしない。泣きたいときに泣くのが1番だからねっ!」

 彼は、彼だけは私を見てくれている気がした。

「君は輝ける。輝けるものを持っている。それを輝かせることができるかできないかの2つだけなんだ。世の中みんなそうだ、みんながみんな輝けるものを持っている。この世における主人公はただ君だけなんだよ。ってごめんね、こんなクサい言葉。」

 彼は苦笑いしながらそう言ったけれど、彼の言葉は疲れ切った私の心にすっと入ってきた。どれだけ彼に沢山の言葉をもらっても、終わりのない不安は拭えない。でも、それでも私の心には彼がいる。私の居場所は、彼の中。

「君は、たくさんの人に愛されるべきだ。」

 私はまた、彼の腕の中で泣いてしまった。




「君って、結構泣くんだね。」

 そう彼は私をからかった。

「別に泣いてなんかいません。」

「それはまたちょっと無理があるなぁー」

 彼はまた笑う。それにつられて私も笑う。

「お、君笑えるんだね。今日出会って初めて見たかも。最初から目が死んでたからなぁ。」

「あなたのおかげかもしれませんね。」

 そうやって言うと彼は突然黙った。顔を少しあげると私は驚いた、彼は顔を手で隠していた。耳を赤く染めて。

「もしかして、あなた…照れてるんですか?」

「な、なんのことかなー!」

「ふふ、かわいい一面もあるんですね。」

「いやー!なんのことかさっぱりだよ!」

 彼はとても優しくてとてもお茶目な人なんだなと思った。

「てかさぁ。君って地味かもしれないけど、かわいい顔してると思うよ?」

 そう言って彼は話題を変え、私のメガネを取り、前髪を上げて私の顔を覗き込んだ。

「な、なんですか!やめてください!」

「おっと、ごめんごめん。でもやっぱかわいいと思うよ?」

 今度は私の耳が赤く染まった気がした。彼は私を褒めてくれたのだろう。褒められるのが久しぶりすぎてなんだかむず痒い。でも、心がなんだか温かくなる。その後も私は彼と話した。


「もうかなり夜が深くなってきたし、そろそろ帰ろっか。」

 彼はそう呟いた。彼とは初対面だけどお別れがとても寂しく感じた。気づけば耳の熱もなくなっている。

「そんな顔しないでよ。明日も、明後日も、僕はここに来るから。」

 その事実があるだけで、明日を頑張れる気がした。

「わかりました、これから毎日来ます!」

「具合悪かったらちゃんと休むんだよ?」

「大丈夫です!」

「元気になってくれたみたいでよかった。」

 彼はそう言って微笑む。その笑顔が私の心を温かくしてくれる。こんな気持ちは初めてだ。初めてだけど、すごく心地がいい。この感情を大切にしようと私は思った。明日も学校でいじめられるんじゃないかと言う不安があるけれど、明日この人に会えると思えば苦じゃない。だって、私は1人じゃないんだから。「またね。」と彼は一言言って夜の街へと消えていく。満天の星と、蝉のうるさい声が

真夏の夜を創り出していた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【6わ】


「君って、オシャレ全くしないんだね。」

 花火大会当日、彼女の第一声がそれだった。

「うるさいな、別に着れればいいだろ。」

「そういうとこだよねぇー。君って、センスないもん。」

「は?こっちは無理矢理付き合わされて、」

「はーい、イチャイチャしないのー。」

井崎先輩の一言で『一度』言い合いをやめた。

「今日は懇親会とは言ったものの、遊びじゃないからね。写真撮ってそれをコンクールに出すんだからね!」

「わかってますよ香パイセン!ほら、ささっと行きましょうよ!」

 彼女は花火大会でテンションが上がっているようだ。実を言うと僕もこの日を少し楽しみにしていた。花火大会なんて小学生の頃、両親と行ったのが最後だ。もう両親と行くことはできないのだけれど。今日が星空がよく見えるほど晴れていてよかったなと思った。彼女はその夜の世界に水色の浴衣で一際目立っていた。


「ねぇねぇ君!りんご飴買ってよ!」

「なんで僕が買わないといけないんだよ。」

「え?だって私の彼氏じゃん?」

「彼氏ってなんでも買うわけじゃないだろ。」

「私かわいいじゃん?だから買ってよ!」

「いいじゃーん、買ってあげなよ彼氏くん。」

「井崎先輩まで…」

という似たやりとりを数回し、僕の財布は口が空いていても問題なくなっていた。

「井崎先輩、そういえば神谷先輩どこ行ったんですか?」

「ああ、人多いところ苦手だからそこら辺散歩しとくって言ってたよ?」

「あ、そうなんですね。」

「ある程度楽しんだら神谷のとこ行くかぁ!ね、ひーちゃん!」

「わかりましたぁ!」

「えぇ……」

 正直僕は神谷のとこなんて行きたくなかったが、流石の夏祭りで人が多いこともあって、少し気疲れしていたからここから抜け出すのには賛成だ。


「いてっ…」

「ん?ひーちゃんどした?ありゃ、紐切れちゃったのか。」

「すみません、ちょっと休みますね…」

「私の家がすぐ近くだからそこで休憩しようか。彼氏くん、ひーちゃんを背負ってついてきて!」

「…………え?」

「ごめんね、お願いしていいかな。」

「え、ええええええええ!?」

「大丈夫、私そんなに重くないはずだから、」

「いや、そう言う問題じゃなくて…」

「彼氏くん急いで!花火が始まる前に家に着きたいから!」

「え、ええ!ちょっと!」

「君、そんなに私を背負いたくない…?」

「そ、そういうわけじゃないけど。わ、わかったよ…」

 僕は勢いよく彼女を背負った。思った以上に軽く、少し勢いをつけすぎてしまったくらいだ。彼女は横暴な性格ではあるものの、女の子なんだなと思った。

「ね?軽いでしょ?」

「いや、全然重いから、大丈夫だよ。」

「君って、本当にイラつく性格してるね。」

「そんな人を彼氏にさせてるのは誰なんだろうね。」

「…………ありがとね…」

「ん?今なんか言った?」

「うるさい!歩け!」

 僕は思いっきり背中を叩かれた。なぜどうして僕は叩かれたのだ。今ここで落としてやろうかとも思ったけど、女子というものはその後が怖いのでやめておいた。


「井崎先輩って一人暮らしなんですか?」

 歩いてる最中、彼女は井崎先輩に質問した。

「うん、実家だと居心地が悪くてね、一人暮らしを始めたよ。ちょうどおばあちゃんが亡くなっちゃって、その家を引き継ぎって形で住んでる。」

「私だったら絶対一人暮らしできないなぁ。」

「ひーちゃんドジだからね、一人暮らしはさせたくないよ。」

「え、ひどくないですか!?」

 僕は内心確かにと思っていた。鍵開けっぱなしだったり火をつけっぱだったりと、たくさん危険であろう点が思いついた。

「彼氏くんは一人暮らし?」

「ええ、まあ。」

「お金ってどうしてる?私は一応親からは送られてくるけど。」

「僕は両親を中3のとき交通事故で失っているので。一応祖父母から送ってもらってます。」

「え、そうだったの。なんか、ごめんね。」

「いえ、大丈夫ですよ。自分も交通事故に巻き込まれたんですけど、全然記憶がなくって。」

「そっか、それは、大変だったね。」

そう話している時彼女は一言も話さなかった

 そうして歩いていると見覚えのあるシルエットがあった。

「お!神谷じゃん!ここにいたんだ!」

「…お前らか、花火はどうしたんだよ。」

「ゆきちゃんのサンダルの紐が切れちゃってね。私の家で見ようって話してたんだ。神谷も来る?」

「いや、俺はいかねー、めんどくせぇし。」

「えー、家すぐそこだよ?」

「行かないって言ったら行かねえ。」

「なんだよぉ、釣れないなぁ。」

そう井崎先輩と神谷が話していると前の方から4人くらいの男の人たちがこっちに自転車を走らせてきて、僕たちの前で止まった。

「よお!誠、お前もきてたんだな。」

 自転車の群れの先頭にいた人物が神谷にそう話しかけた。僕はこっそり井崎先輩に聞いてみた。

「井崎先輩、あの人誰かわかりますか?」

「あの人は神谷のお兄さんだよ。」

「え!?そうなんですか。全然似てないような…」

「まあ確かに似てないね、でも仲は結構いいって噂だよ。」


「いやー、誠に友達がいてよかったよ!お友達さん、こんなやつだけど仲良くしてやってくれ!」

 そう言って神谷のお兄さんは去っていった。第一印象としては神谷とは大違いだった。明るくて優しそうなお兄さんだった。本当に兄弟なのかと疑うほどの性格の違い。

「神谷先輩ってお兄さんいたんですね!しかも仲良さそうですし!」

「俺は大っ嫌いだけどな。」

「えー?めっちゃいい人そうだったじゃないですかー!私もお兄ちゃんかお姉ちゃん欲しかったなぁ。」

そういえば彼女はどういう家系図なんだろう。僕は全く彼女のことを知らないんだなと実感する。


「あ、そろそろだよー、彼氏くん頑張ってるね。」

「いえ、背負ってる感覚がないくらい重いので。」

「彼氏くんって、結構酷いね。」

「いえいえ、それほどでも。」

「君、ぶっ叩くよ。」

「ごめんって、本当は背負ってる感覚がないくらい軽くてびっくりしてるよ。」

「わーお。」

「う、うるさい、ばか。」

そう言って僕はまた背中を思いっきり叩かれた。僕はなぜ叩かれなきゃいけないんだ…。




「あれ、あいつはどこいったんですか?」

「ああ、ひーちゃんは今シャワー浴びてるよ。覗きに行きたいのかい?」

「全く興味がありません。」

「それ、ひーちゃんの前で言っちゃダメだよ?」

 苦笑いしながら井崎先輩は言った。

「彼氏くんはさ、ひーちゃんのことどう思ってる?」

「それは、どういう意味ですか?」

「言葉の通りさ、ただ気になっただけ。」

「………彼女は、バカでドジで空気読めなくてすぐ叩いてくるんですよ。」

「ありゃりゃ、悪いとこばっかだねー。」

 

真っ暗な夜空の中、懸命に輝く星を見ながら考えた。


 彼女にどういう気持ちを抱いているのか。仮の彼氏をやってきてどうだったか。彼女と一緒にいるとたくさん振り回されるし、大変なことしかない。大変なことしかないけど、僕の学校生活はそれを中心に回っていて、本当に振り回されてる。でも、それが僕の楽しみでもあった。彼女を好きになるのは日が足りないし、エピソードも少なすぎる。でも、それでも充分な気がした。だって、僕の中の主人公は、彼女だから。あとなんだか、懐かしいような気もする。


「嫌いじゃないんです。彼女といると自然と笑えるし、一緒にいて楽しいです。」

「おー、ひゅーひゅー。」

「茶化さないでください。」

「ごめんごめん。彼氏くんはさ、ひーちゃんのこと好き?」


 核心をつかれたようで少しドキっとした。


「僕、今まで恋愛なんて手を伸ばしても届かない程遠い場所にいた人間ですし、高校もそうだろうと思ってました。好きとかっていう感情はわかりませんけど、でも、彼女との時間が続けばいいのに、とは思います。」

「彼氏くんって真顔でそういうこというんだね。」

「はは、おかしいですか?」

「いいや、いいと思うよ。」

「僕だって恥ずかしくないわけではないですけど、こうやって言葉にすることによって僕は彼女のことが好きなんだなとは思いますね。」

「ふふ、彼氏くんらしいよ。」

「井崎先輩ー!シャワーありがとうございました!」

「お、ひーちゃん。花火までに間に合ってよかったね。」

「はい!ところで2人で何話してたんですか?」

『ヒューーーーー、バァン。』

 彼女の声は花火にかき消され、3人同時に夜空を見上げる。星しか見えなかったはずの空に、花が咲いていた。

「お茶でも取ってくるからお2人で花火見ててー」

「そんな、悪いですよ。私も手伝います。」

「お客さんは黙っておもてなしされてねー。」

「ええ…」

「ほら、先輩の言葉に甘えよ。」


「わ、わかったよぉ。」

そう言って彼女は僕の隣に腰掛けた。


「きれいだね。」

「うん…。あ、写真撮らないと。」

「あ、そうだったね。急げ急げ。」


僕たちは無言で撮影に取りかかった。


『カシャッ』という音が赤と黄色と緑で彩られた夜空に静かに鳴る。

暗闇の中にある音は花火とカメラの音と虫たちの鳴き声。

暗闇の中にある目に映るものはカメラ越しの花火と、視界に映る彼女。

そんな暗闇の中で彼女は言った。


「君はさ、花火好き?」

「好きでもないし、嫌いでもない。」

「私は嫌い。」

「それは、どうして?」

「あんなにきれいで、色鮮やかなのに、すぐ消えちゃうから。」

「……」

「それが花火だって、わかってるんだけどね。どうしても切なくなっちゃうんだ。」

「僕は、花火自体は好きでもないし、嫌いでもない。でも、君とみる花火は好きかも。」

「そっかぁ………え?」

「お、結構大きい花火来そうだよ。」

「え、あ………、うん…。」

 そういう君の顔は今日1番大きい花火に照らされたせいか、赤くなっていた。

「お茶持ってきたよー、ってひーちゃん顔真っ赤だよ?のぼせた?」

「そ、そうかもしれないです。お、お茶いただきますねっ!」

「大丈夫?扇風機持ってこようか?」

「大丈夫です!お茶飲んだらもう大丈夫です…!」



「ひーちゃんと彼氏くん泊まっていくー?」

「いえ!そこまでは申し訳ないので帰ります!」

「彼女は僕が送っていくんで大丈夫です。」

「彼氏くーん、ひーちゃんを彼女呼びー?」

「人称です。」

「まーたそんなこと言ってー!素直になりなよ!」

「井崎先輩!彼をあまりいじると私が許しませんよっ!」

「ごめんごめん、彼氏くんがかわいいもんでついいじりたくなっちゃってー」

「ちょっと待て、何を話して…」

「香先輩!お邪魔しましたー!」

「はいよー、気をつけてねー」

「ちょ、ちょっと!」


 井崎先輩とそう別れを告げ、彼女は井崎先輩から借りた靴で走り出したものだから急いで追いかける。やっと追いついた僕と彼女は蝉がまだまだうるさい夜道を歩く。


「ね、ねえ君。あの、花火のときの言葉って、どういう意味か聞いていい?」

「さぁ?言葉の通りだよ。」

「だ、だからその意味を…」

「あ、電車遅れちゃう!」

「え、ちょ、ちょっとぉぉ!」

 

 仕返ししてやった。電車まではかなり余裕があるが、僕は彼女と走った。




「もしさ、君より私が先に死んだら、君はどうする?」

 君はピークを終えた人が少ない電車の中でそう言った。

「どうするって…そんなこと考えたことないな。考えたって、想像の範囲でしかないんだし。」

「まあまあ、想像の範囲でいいからさ、考えてみてよ。」

「うーん、そりゃとても悲しむと思う。仮としての彼氏だけど、君との日々は楽しいから。それがなくなると思うと寂しい、かなぁ。」

「そっか、そうなんだね。」

「それで?なんでこんな質問したの?」

「なんとなくだよ、君が私のことどう思ってくれてるのかなって。花火の時の答え合わせしてくれないから。」

「……」

「うん、やっぱ私は君が好き。だから君が私を好きじゃなくても、好きになってくれるまでずっと一緒にいるつもりだから。好きにさせた後もずっと、一生ずっと一緒に居る。私は君に一生をあげてもいいからね。」



 僕は何も言えなかった。人にあまり愛されたことがないから。嬉しかったんだ。





でも、その約束は守られなかった。


なぜなら君は、それから数ヶ月が経ったあの冬、僕の前から忽然と姿を消したからだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【10月12日】

「ちょっと髪を切って、メガネをコンタクトに変えただけで男子ったらすーぐ態度変えて女子から守ってくれるようになったんですよ!」

 今日もまた同じように丘の上の公園に来て、彼と雑談を交わす。

「学校楽しい?」

「うん!すっごく楽しい!いじめられないってだけで、こんなにも救われるんだなーって思った。先生も私のことちゃんと見てくれるようになったし、周りの人たちも助けてくれるようになったから。全部あなたのおかげだよ!」

「いーや、僕は何もしてないね。君が変わろうとしたから変わったんだ。ありきたりな言葉ではあるけど、僕は君の背中を押しただけにすぎない。」

「でもあなたが背中を押してくれなければ私は変われなかった。すっごく感謝してる!」

「そう言われると否定しにくくなるなぁ。」

 彼はそう微笑む。あの夏から数ヶ月、そこそこに寒さが目立ってきて植物たちも人間たちも衣替えをする季節。これだけの時間が経てば私はわかってくる。私は彼が好きなんだなって。時折見せる笑顔と、私の心を優しく包み込んでくれる彼が、とっても私は好きなんだと。私はこの人と初恋をしている。そして、私もこんな人になりたいなって尊敬もある。誰にでも手を差し伸べて、困っている人を迷いなく助けれる、そんな彼のような人になりたい。私はそう思う。彼は、私にとってかけがえのない特別な存在となっていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【16わ】


「井崎先輩!彼女は、彼女はどこに!」

「彼氏くん、落ち着いて。一旦落ち着こう、ね?」

「こんな状況で落ち着けるわけないじゃないですかっ!」

「うるせーぞ、落ち着かないと冷静になれねーんだから一回落ち着けや。話はそっからだろ。」

「ね、神谷の言う通りさ。一回落ち着こう、深呼吸しよう。」

「す、すみません。取り乱して…」

「いや、大丈夫。彼氏くんの気持ちもわかるからさ。」


何があったかと言うと昨夜、井崎先輩の元に彼女からメールが届いたらしかった。その内容が



▶︎今までありがとうございました。



と、短い文。井崎先輩はその後すぐさま電話をかけたらしいが全く出ず、僕にもそういったメールが届いてると考え、今日朝から理科室に呼ばれたのだ。だが、僕にはそういったメールが届いていなかった。

 

 前日、ぼくは彼女と一緒に帰っていた。もしかしたら彼女に異変があったかもしれないのに。どうして気づいてあげれなかったんたんだろう。そういえば昨日彼女は電車の中で何かを見つけたような表情を浮かべ、すぐ走り去った…。何かあったのだろうか。


「彼氏くんには来てないんだ…どういうことなんだろう…」

「一体彼女はどこへ行ったんですか…」

「私にもわからない。ひーちゃんが行きそうな場所は昨日全部探したんだけど、いなかった。」

「なんで、なんでこんなことに…」

「と、とりあえずまた放課後集まろう。今日はまず授業を受けよう。先生には私から言っておくよ。」

「わ、わかりました。教室に行きます…」

「彼氏くん、大丈夫?」

「はい、まあ、大丈夫です。」

「心配なのはわかるけど、あまり気に病まないでね。」

「はい。」

 井崎先輩はそうは言ってくれたけど、僕は彼女の異変に何も気づけなかった。思い返してもただ、元気だったようにしか見えなくて。自分を責め続けるしかなかった。気に病むなと言う方が無理な話だ。授業も全くと言っていいほど頭に入らなくて、昼休みも友達と会話ができなくて、逃げるように屋上に来ていた。

「井崎先輩もここにいたんですね。」

「……ああ、彼氏くんか。」

「井崎先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないかな、あはは。昨日はひーちゃんを探すのにずっと走り回ってたからね。あんなに雨が降っていたのに、今じゃもうこんなに晴れてる。」

「そうですね…」

「ひーちゃん、ほんとにどこに行ったんだろう。一昨日まであんなに元気だったのに。」

「あ、あれって神谷さんじゃないですか?」

「あ、ほんとだ。どこにいくんだろうね。」

「またどこかに寝に行くんじゃないですか?同じ部活の部員が消えたというのに。」

「まあ、そう言ってやらないで。」

「言いたくもなりますよ。自分が本当に嫌いになります。」

「……今日の放課後、一緒に探してくれるかい?先生も親から連絡が来てたらしくてね、学校に来ていないかって。でも来ていないし私の報告もあって警察に相談するようだよ。」

「そう、ですか。もちろん探します。」

「はは、心強いよ。」

「それじゃあ僕は教室に戻ります。」

「ああ、私はもう少しここにいるとするよ。」

「わかりました、それでは。」

 井崎先輩はこちらを見ずに手を振って別れた。心に余裕がないのは僕だけじゃなくて、井崎先輩もだった。そりゃそうだと思った。僕より関係が長いし、彼女は先輩をかなり慕っていて、井崎先輩も彼女が好きだったと思うから。

 その後の授業も全く手につかなかった。ずっと彼女のことだけを考えてしまって、ずっと彼女の生存を祈って。

 家に急いで帰り、彼女を探した。

 

 どこをどんなに探そうと彼女を見つけるどころか手がかりすらなかった。


 気づけば木が生い茂った丘の上の公園に来ていた。あまり来たことはないはずだが、どこか懐かしさを感じる。走り回り暑かったのでそこで休憩しようとした。しようとしたのだ。

 目を見張るものがそこには、あった。



 神谷のお兄さんが、頭から血を流して倒れていた。



 体全部の血が引けるのを感じた。

 とにかくどうかしなければ。何をすればいいのだろう。こういうときはまず脈を測るのか。いやちがう、近所の人に助けを…でもここは人通りも少なく何より家が近くにあまりない。落ち着け、落ち着くんだ。まず警察に通報しよう。


 そこからの記憶はあまりなかった。気づいたら警察の人から事情を聞かれ、普段人通りが少ないのにも関わらず野次馬なのか、人がたくさんいた。

 僕は経緯を警察に話した。ちょっとして祖父が迎えに来てくれて、祖父母の家に帰宅した。おじいちゃんとおばあちゃんは何を触れずにいてくれた。今はその優しさがすごく温かかった。


 翌日、新聞に神谷の兄のことについて書かれていた。

おばあちゃんは新聞を見ている僕を心配な目で見ていたが、僕が「朝食、お願いしてもいい?」というと、はっとしたように慌てて準備し始めた。


新聞の記事を要約するとこうだ。

・神谷の兄は死亡が確認された。

・警察は今行方不明になっている彼女との関連性を視野に入れて捜査している


 僕は人が死んでいるところを見てしまったのだ。

彼女の死がより怖くなった。生きているのか、死んでいるのかさえわからないのに、生きているって信じるべきなのに、最悪の想定しか頭の中を巡らなかった。


 正直休んでしまいたかったが、学校に行くことにした。

学校に着くとみんなは『神谷の兄の死』の話をしていた。

人通りが少なかったから自殺なんじゃないかとか、

彼女は神谷の兄のように『殺されてるんじゃないか』とか、

考えないようにしてたことをみんなは他人事のようにベラベラ確証もないことばかり話して、今友達が行方不明で生きているのかさえわからない状況を楽しんでいるように聞こえて、

先生の僕への労いの言葉とか慰めの言葉とか全部が僕の敵のような気がして…



気づけば僕は屋上に来ていた。

「あ、彼氏くん、先に来てたんだ。」

「井崎先輩…」

「昨日は辛かったね。自分の恋人を探しているうちに知り合いの身内の死体を見つけてしまうなんて。私なら学校休んで自分の部屋に篭っちゃう。」

「彼女が学校来るかもしれないですし、何もなかったかのように姿を現して、いつもみたいに笑ってくれるかもしれないって。そう願って、学校は休みたくないんです。」

「彼氏くん…」

「彼女は何か思い悩んでたかもしれないのに、それに気づけなかったです。思い悩んでたかすらわかってないんです。だから、せめて待っててあげようって。こんなんじゃ、彼氏失格ですよね。」

 ただ、苦笑いしかできない自分が悔しくて悔しくて、彼女の力になってあげれなかった自分が憎かった。

「そんなに自分を卑下しないで、ひーちゃんだってそんなこと望んでないはずだよ。今はただ、探すしかないんだから。」

「そう、ですよね。すみません。」

「一緒に、ひーちゃんを見つけよう…!」

ぼくは首を縦に振り、教室へ戻った。


 相変わらず教室は騒がしかったがそんなこと考えるより彼女がいそうなところを考える方がずっと有意義だと思って考えた。考えて考えて考えた。でも、考えれば考えるうちにぼくは彼女のこと、何も知らないんだなと思った。




 彼女の失踪から、少し経ち終業式を終えて冬休みを迎え、クリスマスを過ごし、正月を迎え、3学期が始まった。

 ずっとずっと君を探しているのに見つからない。手がかりすらつかめない。あんなにも鮮やかで華やかな君は、冬にはいないのだろうか。

 警察も彼女の捜査を諦めつつあるようだった。丘の上の公園で寒雨にあたりながらぼくは考えていた、そんなとき、だった。

「すみません、凩氷雨の彼氏さんで間違いないでしょうか。」













「キミは、だれなのかな?」

「すみません、名乗り遅れました。凩氷雨の弟の、(こがらし) 時雨(しう)と言います。」

 彼女に、弟がいたんだ。やっぱり僕は、彼女のことを何も知らない。

「そ、そうなんだ。僕に何か用が?」

「はい、お姉ちゃんの彼氏さんであるあなたにお話ししたいことがあり、ここまで来ました。」

「そ、それじゃあとりあえずそこのベンチに座ろうか。」

「はい。」


 彼女とは大違いで、すごく落ち着いた子で、礼儀のある子だというのが第一印象だった。

 ベンチに座った後、やはり少し気まずく近くの自販機にでも温かい飲み物を買いに行こうとしたが弟くん、時雨くんに止められた。

「今から話すことは、信じられないかもしれません。ですが、お姉ちゃんが信じたあなたなら、大丈夫だと思うので、お話しします。」

「わ、わかった。」

「ありがとうございます。ボクは、お姉ちゃんの居場所を知っています。お姉ちゃんが消えたきっかけは、あなたがみた、この公園での出来事でした。



ボクは、この公園で人を殺したんです。」

そういうと、お兄さんは目と口を大きく開けるだけで、声が出ていなかった。多分、ボクが人を殺したという事実ではなく、『死』という言葉に絶句しているのだと、目を見ればわかる。

「その経緯を今からお話ししますけど、大丈夫ですか?」

お兄さんはハッとしたように顔が戻り、続けてくれと言った。

「ボクが小学校から家へ帰っていた時のことでした。ボクは普段、友達と帰るようにはしていたのですが、その日ちょうど友達が用事で早く帰ってしまい、1人で帰っていました。その途中、大学生か高校生くらいの男の人たちが、1人の男性を取り囲んでいるのが見えました。見て見ぬふりをしようとしました、怖かったですから。でもボクはお姉ちゃんからの教えを思い出しました。

『自分が嫌だと感じることは、相手にはしちゃダメと。』

 なら、自分が良く思ったことは、相手にしないといけないということ。気づいたら、体はその人たちへ向かっていました。足は震えているのに、自然とその足はボクより背が高い怖い人の方へ向かうんです。もしかしたら大人の人がこの人たちに何かしたかもしれない。だから助けるのは正しくないかもしれない。そう考えても、ボクは歩いてその人たちの前に着きました。ボクは、意を決して言いました。

「だっさ。」

たしかに言ったはずのセリフは、ボクの声じゃありませんでした。その声の主は、お姉ちゃんでした。

「あ?なんて言ったお前?」

取り囲んでいた人の1人がこっちにそう言いながら歩いてきました。ボクは足がすくんでしまい、そこから動けませんでした。でも、お姉ちゃんは違いました。ボクの前に来て、もう1回だっさ、と吐き捨てたんです。

「数人で大人を取り囲んで、おじさん狩り?くだらな、くそださい。」

おじさんがり、がなんなのかボクにはわからなかったけど、お姉ちゃんは自分よりも背が高い人たちに向かって、そんなことを言ってました、すごく大きな声で。それがお姉ちゃんの狙いだったんだと思います。道を歩く人たちが一斉にこちらを見始めました。商店街ではあったものの、隅でおじさん狩りというものをしていたので、今まで気づかなかったんでしょう。お姉ちゃんが声を上げたことで一気に目立つようになりました。そしたら男の人たちは逃げました、1人を除いて。数人で囲んでいた人たちのリーダーのような人がこっちに向かって歩いてきました。

「顔、覚えたよ。」

そういって、数人が逃げていった方向に歩いて行きました。

お姉ちゃんは女子でありながら勇敢に立ち向かったことをいろんな人に褒められてました。取り囲まれていた大人の人も、お姉ちゃんに感謝していました。ボクもお姉ちゃんがかっこよくて、自分は何もできなかったのに、誇らしかったです。

 そのあと、商店街を出て丘の上の公園、この場所に向かいました。お姉ちゃんがそこに行こうと言い出したからです。丘の上の公園は人が少なかったので、ボクたちの穴場みたいなものになっていました。いつも嫌なこととか、辛いことがあるとお姉ちゃんは連れてきてくれます。景色もすごく綺麗で、ボクはここが大好きだったんです。でも、あの日以来ボクは、ここが大っ嫌いになりました。なぜなら、あのリーダーのような人がそこに1人でいたんです。

「やあ、また会ったね?」

その人はそう言いました。なんでその人がそこにいたのかはわかりません。ボクはまた、情けながら足がすくんで動けなくなりました。

「だれですか。用がないなら話しかけないでください。」

「用があるから話しかけたんだよねぇ。君たちのせいでさ、お金取れなかったじゃーん。どうしてくれるの?」

「そんなの知りません。ほら時雨行くよ。」

「ちょっと待ちなよ…!」

そう言ってその人はお姉ちゃんの腕を引っ張りました。

「やめてください、警察に通報しますよ!」

「その状態でどうやってするんだろうねぇ?あ、よく見ればアイツの友達じゃん。どっかで見たことあるような気がしたんだよねぇ…。壊しちゃおうかな。」

 そう言った途端、一気に目が変わりました。獲物を見つけた、獣のように。

「やめて、ください!」

「やだよ、だってアイツの友達でしょ?」

「アイツって、だれの、ことなんですか!」

「俺ぇ、神谷って言うんだけど、聞き覚えあるよねぇ?」

「も、もしかして神谷さんのお兄さん…」

「そうそう!せいかーい!俺さ、アイツの大切なもんぶっ壊したくて!」

「何を、言ってるんですか!離してください!」

 ボクは、お姉ちゃんが危険な目に遭っているのに、足がすくんで動けませんでした。さっきと違って周りに大人の人もいない、ボクとお姉ちゃんとその人しかいない。でもボクは、助けなきゃいけない。そう思って、なんとか体を動かしてその人に体当たりしました。

「うわっ…!」

体当たりした途端、その人は体のバランスを崩しました。小学生とはいえ、体は大きい方なので、効果はあったようでした。ただ、お姉ちゃんからその人を突き放そうと、体当たりしただけだったんです。

「お姉ちゃん!逃げよ!」

 そう言ってもお姉ちゃんはその人が『いた』方向をずっと、見ていました。

 振り向けば、鉄棒に頭をぶつけて血を流している、その人が、いました。

 ボクは、ただ見ることしかできませんでした。何も聞こえなくなって、状況が何もわからなくて。それだけをずっと見ることしかできませんでした。でも、すぐにお姉ちゃんが目を覚まさせてくれました。

「時雨、聞いて。お姉ちゃんの話をちゃんと聞いて。」

お姉ちゃんはそう言いました。頭の理解が追いついていないボクに、そう言いました。

「時雨は何もなかったように家に帰って。いや、何もなかったの。誰にも出会わず、ただ家に帰っただけ。今日は学校が終わって、ただ家に帰っただけ。時雨は何もしてない、何も見てない。それでももし、辛かったら、お姉ちゃんの彼氏を見つけて。その人ならなんとかしてくれる。」

「お姉ちゃんは、どうするの?」

ボクはただ、それだけが気になりました。

「お姉ちゃんは、今日からちょっと家に帰れない。」

「それは、ボクが…」

「時雨!あなたは何もしてない!何も見てない!何も悪いことはしてない!」

 お姉ちゃんも辛かっただろうし、すごく怖かったんだと思います。お姉ちゃんは初めて、ボクを怒りました。しばらくの間、ボクはずっと泣いていました。お姉ちゃんは、ずっとボクを抱いてくれました。



「お姉ちゃん、帰ってきてね。」

ボクは泣き止み、状況がやっと理解できて、お姉ちゃんはボクを庇おうとしてくれてることがわかりました。お姉ちゃんは笑って頷き、どこかへいなくなりました。

そしてボクは、学校から家へ帰りました。


 信じられないし、そんなことがあるわけない。でも、時雨くんの目を見れば見るほど、嘘とは思えなかった。

「ボクは、お姉ちゃんの居場所を知っています。」

 時雨くんは、そう呟く。僕は考えずに、呟いた。

「教えてくれ。」



 時雨くんがいうには彼女は水曜日の夜にこの丘の上の公園にやってくるそう。そして、今日は、月曜日である。











「それは、君だけが行くべきだと思う。」

 昨夜、僕は時雨くんの話を聞いて家へ送った後、家に帰り考えて、悩んでいた。これは今までにないほどのチャンスだし、やっと彼女と話をすることができる。そのチャンスを井崎先輩と共に行こうと屋上で相談していたのだ。

「な、なんでですか。やっと手にしたチャンスなのに…。」

「だからこそだよ、何よりひーちゃんの弟は君を信用して言ったんだ。それを裏切るわけにはいかないさ。」

「で、でも!」

「私だって行きたい、早くひーちゃんに会いたい。でも、君が行くべきだ。」

 井崎先輩は僕の言葉を遮るように、自分に言い聞かせるようにそう言った。井崎先輩は、泣いていた。

「うぅ……。」

「井崎先輩…。」

 僕は言葉をかけられなかった。かける言葉が僕になかった。一緒に行きましょうと言ってもそれは、井崎先輩の厚意を否定してるのと同じだから。そんな権利、僕にはない。

「わかりました、井崎先輩の分までちゃんと、彼女から聞いてきます。」

「……お願いするね。」

 僕は首を縦に振り、屋上を後にした。正直、井崎先輩にもついてきてほしかった。なんで、断ったのかがわからない、あんなに必死になって探していたのに。泣くほど否定する理由がわからなかった。



「……おい、あいつ見つかったのかよ。」

 屋上から去ろうと、扉を開けるとそこには神谷がいた。あの件以来、僕はどこか神谷のことを避けていた。多分、避けるのが普通だろう。

「……あなたに、関係ないでしょ。」

「関係ないわけではねーよな。同じ部員って理由だけで知る権利はあるよな。だって井崎には教えてんだからよ。丘の上の公園にいるって。」

「あなたは今まで探してなんかいなかったのに、なんでこういうときだけ…」

 そう言いかけたときだった。

 僕は、気づいた。

「な、なぜあなたがそれを知っているんですか……。」

 僕と井崎先輩が話していたところは屋上の扉からそこそこ離れていて、大きい声を出せるような状況でもなかった。だから、この人に聞こえるわけがないんだ。彼女が丘の上の公園にいることを。

「俺だって探してたんだよ。そりゃそうだろ、お前らが探してる中俺だけサボるなんてひどすぎるだろ。」

 きっとこの人は、僕と井崎先輩が以前屋上で神谷を見かけたとき、探していたんだろう。学校をサボってまでも。

「兄が死んでるからな、人の死をもう見たくなかったんだ。兄が死んだことはどうでもいいんだが、人が死んだ後の周りの空気が嫌いでな。生きてることを願って探したさ。」

「神谷さんって、結構優しいんですね…」

「お前喧嘩売ってんのかごら。あと神谷ってやめろ、誠でいい。」

「わ、わかりました。」

「………あいつは、俺には何も教えてくれやしなかった。どこか申し訳なさそうな、絶望に染まった目をしてやがった。多分それは、お前にしかできない、あいつからいろんなものを除いてやるのは。」

 神谷が、誠さんがこんなにも考えてくれてるなんて思ってもいなかった。井崎先輩。今なら井崎先輩が前言った、誠さんがいいやつって言葉も理解できます。人は見た目で判断するなと言われてきて、納得がいっていませんでした。だって中身が綺麗な人間なら外側にだってそれは現れるだろうって思ってたから。でも、違いました。多分、この人は優しさを周りに出すのがちょっと不器用なだけなんだなって、理解できました。

「本当に、ありがとうございます。」

 そう僕は神谷に、誠さんに誠心誠意頭を下げた。

「……おう。」

 ただそう言葉を残して誠さんは階段を降りていった。









 やけに学校が終わるのが遅く感じた水曜日、彼女があの公園に現れる日だ。僕は学校の終わりを告げるチャイムと同時に教室を飛び出した。彼女があそこにくるのは日付が変わる頃。時間にはとても余裕がある。でも、僕の心には余裕がなかった。彼女にやっと会えるのだ。この日をどれだけ待ち侘びていたことか。探しても探しても、手を伸ばしても…届かなかった手が、やっと君の元へ届くのだ。君へ触れることができるのだ。僕は電車に乗っている間も、駅から家への道のりも、ものすごく時間が長く感じた。普段、長くも短くも感じなかった電車が、君と乗るだけですごく短く感じていた電車。君のことを考えているだけで短く感じた道のり。それが、今は君のことで頭がいっぱいなのにすごく長く感じた。



【15わ】


 [11:30分]

 私は拠点としている小屋を出た。あの公園へ向かうためだ。私はあの人が憎いし、殺して清々しい気持ちだ。でも、そんなの自分に言い聞かせてるだけで、心の奥底では黒い罪悪感を感じている。真っ黒で染められている。多分あの人はすぐに救急車を呼べば助かったと思う。罪悪感、自己嫌悪、喪失感、孤独感。今までいろんな感情に押しつぶされそうになった。自首しようとか何度も考えた。でも、親と弟には迷惑をかけたくなかった。神谷さんが私にくれた優しさを裏切ってる罪悪感もあった、ものすごく申し訳なかった。でも、そんなことより『君』に失望されたくなかった。私が人を殺したと、知ってほしくなかった。嫌いになってほしくなかった。やっと君に会えたのに、やっと想いを伝えれたのに。こんな形でお別れなんてしたくなかった。でも、どれだけ考えても仕方がない。もう、前の日常は戻ってことないし、過去に戻れるわけでもない。私には自首するか、ずっと1人でこっそり生きるか……、自殺するしかないのだ。自殺なんて怖いし、償わないといけないものを償うことはできなくなる。私は、どうすればいいのだろう。そう考えながらいつもと違う道を辿る。いつもというのはあの人を殺してしまった前までの日で、できるだけ人通りが少ない道を歩いている。バレるわけにはいかないからだ。少しでも自分の罪悪感を無くそうという醜い考えでこの公園を訪れている。何もなく、人も少なく、ただただ花が添えられているだけ。その公園には、いるはずのない人が立っていたー。






「なんで……。」

 そう月夜の公園に言葉を落とした君は目に涙で光る輝きを持っていた。

「待ってたよ。」

「なんで、なんで君がいるの…。」

「とりあえず、ベンチに座ろう?」

 僕はできるだけ優しい声で、彼女の耳に声を送る。届いた声は、彼女をベンチへと誘う。


「ごめん、なさい。」

 ベンチに座った彼女の第一声は、謝罪だった。

「何も謝ることはないさ。大丈夫、今までよく頑張ったね。時雨くんから聞いたよ、全部。何があったか。」

「し、う……」

 彼女は弟の名前を口にして泣いた。泣いている君を寄り添うように抱きしめる。

「1番辛いときに、そばにいてあげられなくて、ごめんね。」

「そんなこと、ない。そんなことないよ、全部、全部私が悪いの…。」

 君はそう泣きながらゆっくり言う。僕は、彼女が落ち着くまでそっと抱きしめる。


「もう、大丈夫…。」

 彼女は落ち着いた姿を見せて、僕の目を正面から見た。

「そっか、わかった。」

 しばらくの間沈黙が続いた。僕は、彼女から出る言葉を待った。月に少し雲が隠れてきて、気づけば朧月夜となっていた。どれくらいの時間が経っただろう。彼女は絞るようにして喋り始めた。

「私は、取り返しのつかないことを、してしまった。」

 そう始めた君の言葉は、僕の耳へと入ってくる。

「弟の時雨を守るためだったとはいえ、人としてしてはいけないことをしてしまった。殺してしまったのは時雨かもしれないけど、私は止められなかったし、何より罪を隠してしまった。弟の罪を被ることは後悔してない。たとえ弟が自首したって、私を庇うための行動だと警察に言えば私に罪を償うことになるってのはわかってたから、私が行方不明になることで事件をちょっとでも混乱させられればいいなって思ってた。幸い、あの場には誰もいなかったし、時雨は私が大好きだから言うことをちゃんと聞いてくれた。君に頼るのは予想外だったけど。念のために名前を言っただけだったから。」

 君は順を追って丁寧に説明してくれた。僕は、ただ聞いてあげることしかできなかった。

「実はね、今日自首しようと思ってたんだ、すごく遅くなっちゃったし、家族にも迷惑がかかることはわかってる。でも、自分を許せないんだ。」

「………。」

「そんな顔しないでよ…!だって私は人殺しだよ?してはいけないことをしたんだよ?あ、殺したのは弟だろって冷めたこと言わないでよねー!」

「……どうして、君は無理をして笑うの…?僕の前でくらい、さっきみたいに泣いていいんだよ…。」

 僕は、ずっと思っていたことを君に言う。

「僕は君がいなくなって想像できないほどの恐怖と不安と孤独感に襲われて、君を失いたくない一心で君をずっと探し続けた。そのおかげで時雨くんに出会って君の元へ辿り着いた。僕だけじゃない、井崎先輩だってすごく心配してたんだよ。いつも笑ってた君がいるのが日常だった僕にとって君は、かけがえないものだった。」

 君は驚いた顔をして僕を見る。僕は、その目から目線を外さなかった。

「君、感情的になりすぎだよ…」

 そう言って彼女は笑った。さっきとは違う、見慣れた笑顔。僕をつられて笑う。

「…ありがとね、君がそんなに私が大好きだなんて思ってもいなかったよ。」

「や、やめろよ。」

 そう言うと君はまた笑う。

「ふふ、でもね。感謝してる気持ちはほんとだよ。殺人犯を君はまだ愛しているの?」

「もちろん。たとえ君が人を殺めていたとしても僕は君を愛すよ。全世界が君の敵になっても、僕は味方で居続ける。ずっとそばにいる。だから、もう僕から離れないでくれ。」

 自然と口からそう溢れた。

「君、クサいね。」

 そう笑いながら君は少し照れくさそうにした。

「じゃあ、約束してくれる?」

「なんでも。」









【50わ】


 

「まずねー、絶対浮気はダメだよ!私を愛すって言ったんだから命尽きるその時まで私を愛してよ。」

「うん。」

「私が刑務所に行っても私を忘れないでずっと愛して。」

「うん。」

「私が刑務所から出た後、殺人鬼の彼氏だとか言われるだろうけど、耐えられる?」

「もちろん。」

「私を、嫌いにならない?」

「ずっと好きだよ、宣言する。」

「そっか、」

 君は本当に嬉しそうに笑った。もう、雲から月が顔を出していた。

「私、自首するよ。」

 彼女は覚悟を決めたように月を見てそう断言した。僕は彼女に行ってほしくないし、ずっとそばにいたい。そう約束したから。でも、今はきっと違う。彼女は一歩を踏み出そうとしているのだ。いや、一歩踏み出そうという勇気がもう一歩踏み出しているのかもしれない。

「そっか、待ってるね。ずっと。」

「浮気しちゃダメだからねっ!」

「浮気する相手なんかいないさ、まず君しか好きじゃない。」

「ほんと君、私のこと好きだね。一途すぎ!………ごめんね、そしてありがと。」



 僕らは出会った時より低くなった月を見ながらしばらく一緒にいた。彼女が自首しに行くその時まで。

「それじゃあ私、行くね。家族にも説明してから行くよ。」

「うん、待ってる。」

「じゃあ、行ってきます。」

「…いってらっしゃい。」

 彼女は丘を下って月が照らす夜の街へと去っていった。

 僕は、彼女がたまらなく好きだ。



【17わ】

 








  
















僕は今、彼女の葬式に出席している。





















これは時雨くんから聞いた話だが、彼女はあの夜。一度家へ帰宅していたらしい。





夜が明けた5時頃の話。街が目覚め、少しずつ活動していく頃の時間。突然家のインターホンが鳴った。お母さんが出るとそこには、お姉ちゃんの姿があった。ずっと、待ち侘びていた姿に、お母さんは泣き崩れてしまった。お姉ちゃんはお母さんに「今までごめんね。」とだけ言って、家の中に入った。お母さんの泣き声で起きた僕とお父さんは絶句した。今までずっと待ってた、お姉ちゃんの姿が、娘の姿がそこにはあるんじゃなくて、いたからだ。お父さんはすぐさまお姉ちゃんの元に駆けつけ、強く抱きしめた。「心配、したんだぞ。」ただ、それだけだった。お姉ちゃんはお父さんとお母さんに「ちゃんと話したいことがある」と言って、いつも食卓を4人で囲んでいたように座った。僕は、お姉ちゃんが話そうとしていたことがわかった。きっと、彼氏さんに会ったんだろうなとも思っていた。お姉ちゃんは声を震わせながらも、言葉には芯を、心を持って話し始めた。いなくなった夜、人を殺めてしまっていたこと。それに耐えられなくて今まで逃げていたこと。今日、自首しようと決意して、ここにきたこと。お父さんとお母さんはただ、俯くだけで何も反応しなかった。いや、違う。反応できなかったんだと思う。今まで行方不明だった娘が帰ってきたと思えば、その娘から自分が殺人を犯したと聞かされるのだから。それでも、お父さんとお母さんは最後までお姉ちゃんの話を聞いていた。

「私はこれから、神谷さんの家に行って真実を話そうと思う。謝ろうと思う。謝っても許されることじゃないのはわかってる。わかってるけど、しっかりこれから人生をかけて償うって、話そうと思う。」お姉ちゃんはそう断言した。ボクも、お父さんも、お母さんも、それを止めようとはしなかった。今思えば、止めればよかったって後悔してる。止めていれば、あんなことにはならなかったのにって。ボクら家族はお姉ちゃんを咎めるわけでもなく、責めるわけでもなく、ただ。お姉ちゃんの味方になろうとした。きっと、彼氏さんもそうしたからお姉ちゃんはここにきたんだろうって、思ったから。そしてお姉ちゃんは最後、家を去るときこう言葉を残した。

「今まで私を育ててくれてありがとう。ずっとずっと、感謝してる。あとね、檻から出たらハンバーグが食べたいな…!」

 最後までお姉ちゃんは、ボクにとって強いお姉ちゃんで、強い女性で、強い人だった。

 でも、でもそれは、刃物に対しては無力だった。お姉ちゃんは宣言通り、神谷って人の家へ向かったんだと思う。そこで、一生を遂げたから…。


 そこで時雨くんは涙を堪えきれず、ただただ大好きなたった1人の姉の死を悲しんだ。

 「辛い時に、こんな話をして、ごめんね。」


 僕は、この先の話は知っている。新聞に載っていたし、警察からも事情聴取をされて、いろんな話を聞いたからだ。

 彼女は時雨くんが言った通り、神谷家に行く前までは家で事情を話していたらしい。それは親からも時雨くんからも証言はとれている。その後は、誠さんの父親から全てを告げられた。



 あの日、午前6時くらいだったかな、家のチャイムが鳴ったんだ。妻はあいつを失ったことで疲弊しきっていたんだ。だから私が出たんだ。扉を開けるとそこには女の子が立っていた。女の子は「朝早くから申し訳ありません。」と最初に言い放った。私は外は少し肌寒いのに薄着だった彼女を玄関にとりあえずいれたんだ。家へ上がることをおすすめしたけど、彼女は否定した。「私はそんな優しさを受ける資格がない身です。」そう言った。そこからは信じられない話だったよ。

 「私が、神谷さんを殺しました。」そう聞いた時私はやけに冷静だった。きっと、親なら怒りに身を任せて殴ってしまうなど暴行を加えるはずだ。多分、そこまであいつには愛情はなかったからだ。ただ、妻からの副産物に過ぎない存在としか見ていなかったからだ。でも、自分の息子を殺した人が目の前にいるのは少し恐怖を覚えたがな。

「私は、謝りに来ました。謝ったからって、あの人は戻ってこないですし償いの何にもなりません。でもただ、謝りたかったんです。息子さんを殺してしまって、本当にごめんなさい。」

 彼女はそう言って深々と頭を下げたよ。ずっと、長く。どれだけ時間が経ったのかわからないほど頭を下げていた。どうしてこれほど素直な女の子が私の息子を殺すことになったのかは容易に想像ができる。愛情がなかったとはいえ、あいつが今まで何をしてきたかはわかる。弟の誠に暴行を加えたり、表では優しいフリして裏では悪事に手を染めていたことも。なにもかも、あいつが死んでから知ろうと思って知ったことだったが。そう考えてる最中も彼女は頭を下げていた。その時だった。私の注意が足りなかった。全て、妻に聞かれていたのだろう。妻はあいつをただひたすら愛していた。弟の誠にも目をくれず、あいつを愛していた。歪んでいた愛だった。それが、彼女にぶつけられた。一瞬の出来事だった。妻は、台所から持ってきた包丁を彼女に突き刺していた。彼女の口からは、赤く染まった血が出ていた。私はすぐさま妻を抑え、誠を初めて呼んだ。

「誠!救急車と警察を呼べ!急ぐんだ!」

 きっと誠は起きていたのだろう、2階からドタドタと物音がした。

「なんで!なんであんたみたいなやつに私の子供を殺されなきゃいけないのよ!死ね!死んでしまえ!」

 その声は奇声じみていて、みんなが起き始めていた朝の街に鳴り響き。何事かと近所からたくさんの人が出てきた。悲鳴をあげる人、一緒に妻を取り押さえてくれる人、あたりは騒然としていた。程なくして救急車と警察がやってきた。そこで私は微かに聞こえたんだ。彼女の声が、彼女はこう言っていたよ。

風待(ふうま)君に、会いたいよ…。」と。

 風待とはだれか誠に聞いたら、君の存在が明らかになったんだ。


 僕は、それを聞いた時涙を隠せなかった。隠せるわけがなかったんだ。きっと、これからも彼女の死はいろんな人に悲しまれるだろう。僕だってとてつもないほど悲しんだ。でも、悲しむことしかできない自分を憎んだ。井崎先輩は大切な、大事な、とても大好きな後輩を亡くして家へ引きこもり、誠さんは自分の母親のせいでという罪悪感から学校の屋上からの飛び降りで自殺未遂。幸い命に別状はなかったらしい。多分、誠さんが望んでもいない結末だっただろう。彼女の、凩氷雨の死は、いろんな人を巻き込んだ。そんな中行われた葬式は、ものすごく辛いものだった。最初こそみんな彼女の死を悼んだ。それも、最初だけだ。最後には大人は久しぶりに会った喜びからか酒を入れ、世間話に花を咲かせた。井崎先輩も誠さんもここに来れなかったが、きっとこの光景を見たら、怒り狂っていただろう。僕は、怒る気力すらなかった。時雨くんと火葬場を抜け出し、辿り着いた場所は、丘の上の公園だった。

「最期、あの日。僕はここで彼女と話したよ。」

「そうだと、思ってました。」

 僕らの会話には沈黙がほとんどだった。でも、お互い気持ちはわかってるからこそ、気まずさは感じなかった。そんな沈黙を壊したのは、時雨くんだった。

「あの、風待さん。」

「ん。どうしたの。」

「最後、お姉ちゃんから風待さんにって、手紙を貰ってるんです。」

 僕は、その言葉を理解するのに3秒はかかっただろう。

「彼女から…?」

「はい。」

 そう渡された手紙は封筒に入っていて、彼女の文字で記されていた。

『お姉ちゃんになんかあったら、風待っていう私の彼氏に頼ること。そして、私に何かあった時、これをその人に渡してほしい。お姉ちゃんからのお願い。』

「そう言って渡されました。僕は、お母さんたちの元に戻ります。ゆっくり、読んであげてください。」

 時雨くんは日が照らす昼の街へと降りていった。

 僕は、中身が気になる好奇心と同様に、何が書かれているのかわからない恐怖に身を震わせながらも、しっかりと封筒をつかみ、その手紙を読んだ。




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 色々と書く前に、一言私の方から言わせてください、ごめんなさいと。きっと君や香先輩、神谷先輩にたくさんの迷惑をかけてしまったことだと思います。自分の口から謝りたいけど、もしかしたら謝ることができないかもしれない。だから、この手紙に綴りたいと思います。もし、この手紙を渡す必要がないのなら、自分の口で謝りたいと思います。そして、ありがとう。

 私はずっと、君に隠していたことがあります。私はね、ずっと前に君にあったことがあるんだ。君は覚えていないようだったけど。私たちが中学生だった頃、あの丘の上の公園で私たちは会っているの。あれは、そう。蝉の声がうるさい、星空が見える夏の夜だった。


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【8月1日】


「あれ、珍しい。先約がいるー。」

 人気(ひとけ)全くない、丘の上の公園のベンチに座っていると、私と同じくらいの歳の男子が笑顔で話しかけてきた。

「なんですか、別にあなたの迷惑になってないでしょ。」

「別に迷惑だなんて言ってないんだけな。ま、ここ人全然来ないけど、蝉がうるさくて考え事なんてしてられなくない?星空はよく見えるけどー。」

「ならなんでここにいるんですか。」

「なんでだろうねぇ。気づいたらここに来ちゃうんだよなぁ。」

 第一印象は変な人だった。変とかいうレベルじゃないかも。でも、自分でもよくわからないけど、この人には思ったことをそのまま口に出せてる。初対面だからこそなのかもしれない、そう思った。

「君は失恋でもしたの?」

「なんですか、あなたに関係ないですよね。」

「ってことは失恋なんだ!」

「あなたに話すことなんてありませんよ……」

「まあまあ、話してみなよ!」

 本当にこの人はなんなんだろう。初対面だからこそ話せる部分があったとしてもそれは全てじゃない。まず、初対面のこの人に話す必要はないし話すような内容でもない。それでも、自然に口が動くのは、自分では気づかないほど、追い込まれているからなのだろう。

「私、学校でいじめを受けてるんです。私って地味だし、勉強が特別できるわけじゃないし。仲良い友達はいたんですけど。みんないじめられるのが怖くって私を見捨てて、仲良い先輩がいるけど迷惑かけたくないし。学校側に助けを求めたけど、全く相手にされないし。なんなら先生に言ったことがバレていじめはもっと酷くなるし。私ってなんで存在してるんだろうって、なんで、生きなくちゃいけないんだろうって。別に辛くはないんですけど、それでも少し息がしづらいんですよね。」

「辛くはないって、涙流しながら言う言葉じゃない気がするけど。」

 そういって彼は優しく私の心を包むように抱きしめてくれた。

 

 どれだけの時間が経っただろう。私は泣き止んで彼に話を聞いてもらっていた。

「そっかぁ…。辛かったね、よく頑張った。僕の前では無理に笑わなくていいし、頑張らなくていい。ここは僕たちだけの空間だ、誰も咎めはしない。泣きたいときに泣くのが1番だからねっ!」

 彼は、彼だけは私を見てくれている気がした。

「君は輝ける。輝けるものを持っている。それを輝かせることができるかできないかの2つだけなんだ。世の中みんなそうだ、みんながみんな輝けるものを持っている。この世における主人公はただ君だけなんだよ。ってごめんね、こんなクサい言葉。」

 彼は苦笑いしながらそう言ったけれど、彼の言葉は疲れ切った私の心にすっと入ってきた。どれだけ彼に沢山の言葉をもらっても、終わりのない不安は拭えない。でも、それでも私の心には彼がいる。私の居場所は、彼の中。

「君は、たくさんの人に愛されるべきだ。」

 私はまた、彼の腕の中で泣いてしまった。




「君って、結構泣くんだね。」

 そう彼は私をからかった。

「別に泣いてなんかいません。」

「それはまたちょっと無理があるなぁー」

 彼はまた笑う。それにつられて私も笑う。

「お、君笑えるんだね。今日出会って初めて見たかも。最初から目が死んでたからなぁ。」

「あなたのおかげかもしれませんね。」

 そうやって言うと彼は突然黙った。顔を少しあげると私は驚いた、彼は顔を手で隠していた。耳を赤く染めて。

「もしかして、あなた…照れてるんですか?」

「な、なんのことかなー!」

「ふふ、かわいい一面もあるんですね。」

「いやー!なんのことかさっぱりだよ!」

 彼はとても優しくてとてもお茶目な人なんだなと思った。

「てかさぁ。君って地味かもしれないけど、かわいい顔してると思うよ?」

 そう言って彼は話題を変え、私のメガネを取り、前髪を上げて私の顔を覗き込んだ。

「な、なんですか!やめてください!」

「おっと、ごめんごめん。でもやっぱかわいいと思うよ?」

 今度は私の耳が赤く染まった気がした。彼は私を褒めてくれたのだろう。褒められるのが久しぶりすぎてなんだかむず痒い。でも、心がなんだか温かくなる。その後も私は彼と話した。


「もうかなり夜が深くなってきたし、そろそろ帰ろっか。」

 彼はそう呟いた。彼とは初対面だけどお別れがとても寂しく感じた。気づけば耳の熱もなくなっている。

「そんな顔しないでよ。明日も、明後日も、僕はここに来るから。」

 その事実があるだけで、明日を頑張れる気がした。

「わかりました、これから毎日来ます!」

「具合悪かったらちゃんと休むんだよ?」

「大丈夫です!」

「元気になってくれたみたいでよかった。」

 彼はそう言って微笑む。その笑顔が私の心を温かくしてくれる。こんな気持ちは初めてだ。初めてだけど、すごく心地がいい。この感情を大切にしようと私は思った。明日も学校でいじめられるんじゃないかと言う不安があるけれど、明日この人に会えると思えば苦じゃない。だって、私は1人じゃないんだから。「またね。」と彼は一言言って夜の街へと消えていく。満天の星と、蝉のうるさい声が

真夏の夜を創り出していた。

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【10月12日】

「ちょっと髪を切って、メガネをコンタクトに変えただけで男子ったらすーぐ態度変えて女子から守ってくれるようになったんですよ!」

 今日もまた同じように丘の上の公園に来て、彼と雑談を交わす。

「学校楽しい?」

「うん!すっごく楽しい!いじめられないってだけで、こんなにも救われるんだなーって思った。先生も私のことちゃんと見てくれるようになったし、周りの人たちも助けてくれるようになったから。全部あなたのおかげだよ!」

「いーや、僕は何もしてないね。君が変わろうとしたから変わったんだ。ありきたりな言葉ではあるけど、僕は君の背中を押しただけにすぎない。」

「でもあなたが背中を押してくれなければ私は変われなかった。すっごく感謝してる!」

「そう言われると否定しにくくなるなぁ。」

 彼はそう微笑む。あの夏から数ヶ月、そこそこに寒さが目立ってきて植物たちも人間たちも衣替えをする季節。これだけの時間が経てば私はわかってくる。私は彼が好きなんだなって。時折見せる笑顔と、私の心を優しく包み込んでくれる彼が、とっても私は好きなんだと。私はこの人に初恋をした。そして、私もこんな人になりたいなって尊敬もある。誰にでも手を差し伸べて、困っている人を迷いなく助けれる、そんな彼のような人になりたい。私はそう思う。彼は、私にとってかけがえのない特別な存在となっていた。


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【2月11日】

「……来ないなぁ…。」

 私は今まで通り公園に来ていた。でもその公園は今まで通りじゃない。全く彼が来ないのだ。連絡しようと思ったけど、そういえば連絡先を交換してないことに気がついた。今思えば、彼とはここで会うのが日課だったから連絡先を交換するなんて思い浮かばなかったし、まず名前を知らない。私たちは学校生活しか話さなくて、お互いの名前も知らなかったのだ。結構、私たちは不思議な関係だったんだなと今更ながらに思う。とりあえず今日は雪が降って格段と寒いから帰ることにした。きっと明日になればいるだろう。


 でも、それ以来彼が姿を見せることはなかった。


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 これは、私の日記の一部を切り取ったもの。ここに出てくる私は凩氷雨で、彼は永春風待。私たちは中学の時にあの丘の上の公園で会っているんだよ。受験の時あなたの姿を見たときはすごく驚いたし嬉しかった。でも、あなたは彼ではなくなっていた。あんなにも綺麗な瞳に輝きはなくて、いつも私の心を温かくしてくれていた笑顔は、どこにもなかった。来なくなった日から何かあったのだろうとは思ってはいたけど、全くの別人のようですごく、心苦しかった。でも、私は諦めるわけにはいかなかった。やっと突然消えた初恋の人と再会できて、これまでにない喜びを感じたのだから。私は入学式が終わってすぐ、あなたの靴箱にラブレターを入れたの。そこからは君も知っている通りの出来事。それから、あの日君は交通事故に遭ったんだって後々わかってきた。それで記憶を少し失ってしまったんだろうなって。君は私のことを忘れてしまっていたけど、とても辛かったけど、時折見せる昔の姿がすごく好きで、昔のあなたも、今の君もすごく好きになったんだ。君にはたくさん迷惑をかけただろうし、とても頼り甲斐のある彼氏だったよ。あなたがいなくなった日から、雪が止まなかったんだ。今まで本当にありがとう、丘の上の公園であった時から今まで、本当にありがとう。君は、私の最初で最後の初恋の人で、最悪で最高の彼氏だったよ。私のことは時々思い出してくれればそれでいいです。私のことを気にせず幸せになってね。

 最高の彼女より。


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【99わ】


 拭っても拭っても止まらない涙が、彼女の手紙を濡らした。涙を止めようと強く目を閉じれば、彼女の姿が映って余計涙が止まらなくなる。あと何回だって「君」と呼ばれたかった。生きて帰ってきてほしかった。ぎゅっと目を閉じる。

 僕は、思い出した。交通事故に遭う前、あの丘の上の公園で彼女に会っていたこと。毎晩丘の上の公園に集まって2人でずっと話していたこと。

 彼女に、恋心を寄せていたこと。

 やっと、やっと思い出した。大切な、失ってはいけない大事な記憶。でも、思い出すには遅かった。もう、彼女はこの世にいないのだから。この丘の上の公園に、姿を現すことはないのだから。でも、それでも、ずっと思い出せないよりかは、彼女との大切な思い出を取り戻せてよかったと思う。彼女は勝手に恋人関係を過去形にしていたけど、僕はそうするつもりはない。僕は、彼女が好きだ。凩氷雨が好きなんだ。彼女は言った、「浮気しちゃダメだよ」と。僕は約束をしっかり守る男だ。彼女との約束を生涯突き通して見せよう。空の上から彼女は苦笑いしているかもしれない。「一途すぎ」って。もしかしたら爆笑しているかもしれない。「君らしいよ」って。

 僕には、君がいる。君には、僕がいた。僕の中から君が消えない限り、君は輝き続ける。君が僕の中にいる限り、僕の心は照らし続けられる。この冬、いなくなった君は、僕の中では永遠に残り続ける。僕の中では雪が降り続ける。僕の初恋はまだ、終わらない。これから先も、終わることはない。君との恋はガーベラのような、甘い香りがしたんだ。

 僕、『永春(ながはる) 風待(ふうま)』は、_________________________。













































 【エピローグ】


夕日に向かって飛ぶカラス。

遠くで鳴くひぐらし。

床を擦るサンダルの音。

「おい風待、黄昏てんじゃねーよ。」

「あ、すみません。井崎先輩、なんの話でしたっけ。」

「夏祭りに来て最初はわたあめか、いちご飴どっちが先かって話だよ!」

「えー、どっちでもいいんじゃないですか。」

「いやまあ風待くんならそういうとは思ってたけど…。」

 あの手紙を読んだあと、封筒にはあと二通入っていることに気がついた僕は、中から取り出し名前を見た。そこには『井崎香先輩へ』「神谷誠先輩へ』の文字が書いてあった。きっと彼女は渡したくても渡すタイミングがなかったのだろう。彼女の彼氏として僕が行くべきだと思い、2人の家へと向かった。手紙を渡した翌日、井崎先輩は学校へ登校。誠さんは2ヶ月で退院。彼女の想いに2人は答えたのだろう。彼女は本当にすごい人だと思う。

 彼女がいなくなったこの世界は無常にも動き続ける。止まることはできないのだ。彼女がいなくなったあの冬、彼女がいないこの夏。もう2度とは僕らの目に見えない透明な君を、青空の向こうにいる君を、僕は永遠に愛すことを誓おう。40本のガーベラを君へ贈ろう。



 僕の初恋は、終わることはない。




















この度は、このような拙い小説もどきを読んでくださりありがとうございます。

文はめちゃくちゃだし、パッとしない終わり方ですが、感想を頂けたら作者はとても喜びます。

みなさんは「また明日」が保証されないこの世の中で、どう生きますか?

何があっても止まることのない世界の中で、どう生きますか?

「恋愛」があなたにとって、特別なものになりますように。

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