6.桜との初邂逅
「君は学校には行かないのかい?」
丸眼鏡の奥から届く視線。それは、俺の過去を見透かすかの様に鋭い。その一言だけなのに一瞬だったが光輝の世界に色が戻った。
「今…のは?」
「色が戻ったかい?」
は?……この人何て言った?色が戻る?どうしてそれを知ってる?
「私の名前は桜川冬弥って言うんだ。親御さんから聞いた事は無いかい?」
桜川…桜川?っぐ!
「ぐぁっ!!」
「光輝君!!」
昔の家族との記憶を思い出そうとした。
ただ、それだけの事でさえ拒絶反応を起こした。
頭を鈍器で殴り付けられたかの様な急激な鈍痛。
そして、身体から抜けない衝撃は全身に拡がる。
足に力が入らなくなる俺は倒れそうになり腕で床に手を着いて何とか頭が床に衝突は避けた。
しかし、鈍痛の続く状態では身体を保て無かった。
その時だった。
身体の力が完全に抜けたタイミングに合わせて誰かに支えられた。
「貴志と花凜さんの2人がこの子の結婚式に参加出来ないとは…この子が生まれた時からお互いの子供を見せあって自慢話をしてたのに」
そう……私は彼が産婦人科病院で生まれた時、同じくして妻が出産していた妻の旦那だ。
「お互いの子供の自慢をして居たけどあの時は分からなかったけど目の色が蒼眼とはね……こんな所は似るのかな?」
私の娘も親とは瞳の色が違うのだ。
しかし、過去にそれを指摘されて傷付いてからは眼帯をして部屋に閉じ篭ってしまった。
両眼ならそんな事も無かったかも知れないが片目だけのオッドアイだった。
オッドアイを知らない子供達は虐めるつもりは無かっただろう。
「無垢な刃は悪意のある刃よりも鋭い。そして、傷口を抉るんだろう」
彼と同じ様に娘もその時から色の識別が出来なくなったのだ。
「しかし…本当は試しで聞いてみただけなのにここまで反応するって事は彼も犠牲者なのだろう」
娘は悪意による悪口による心への傷で、そして彼は当たり前だった筈の居て当然だった両親の喪失。
「どうしてあの時の2人揃ってこんな事になったんだろうね…とりあえず運んだ方が良いか」
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「あれ?」
何か揺れてる…ここ何処だろう……
「ここは……車?」
「起きたかい?光輝君」
「あ……貴方はえっと」
思い出そうとする。
「無理に思い出さなくて良いよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「僕は君が心配だったんだよ。覚えてないと思うけど君が生まれた時、同じタイミングで僕もその場所に居たんだよ」
「そうなんですか」
「そして娘の事とかをお互いに教育方針で相談し合うくらいには意気投合してね」
懐かしそうに笑う運転手と記憶に無いからいまいち実感の沸かない俺。
「もうそろそろ君の家に着くよ」
「え?」
急いで外を見ると言ってる事は本当だった。
「あと5分もしないで着く場所だ」
つまり、この人が俺の家を知ってる人なのは確かな情報って事だ。
「これから家の駐車場借りるけど良いかな?」
「どうぞ……使う人も居ないので」
「嫌な事は思い出さなくていいよ」
駐車場に綺麗に車を止めて合図をされたから降りた。
「家に通してくれるかい?」
「わかりました……どうぞ」
少し警戒しながらも中に通す。
しかし…特に問題は無かった。
リビングのホーム進む彼はある物を見つけた。
「この山はどうしたの?」
「えっと……俺しか食わないんで良いかなって」
「流石にこれは倒れるよ」
そうだ。
昨日買ったカップ麺とカロリバーやゼリーの山だ。
「すぐ貴重品持てるかい?」
「通帳以外に大切に思う物も無いので大丈夫ですけど?」
「持って来たら光輝君には家に来てもらうよ」
「は?さっき言ってた娘さんどうするんですか!引きこもってるって」
「確かに娘も大切だ!しかし、親友の息子をこんな生活させてまで守る必要は無い‼︎って言うよりも私達が居るだけだと娘も今の状況から抜け出せないんだ…必要何だよ娘の心を揺さぶる一手がね」
「無理に出そうとしなくても…」
「それはダメだよ。君なら分かるだろ?今の娘を残して私達が死んだらどうなる?今まではそんな思い詰めていなかったんだ。でも、本郷夫妻の事件で少し危機感を覚えたんだよ。守るだけでは娘を助けられないんだ」
俺は保険金の通帳と今ある財布だけ持って家を出ると再び車に乗せられたのだった。