第四十一話 寂しさと侵入者
火曜日の夜、咲良は洗面所の鏡の前で自分の歯を何回も確認していた。
「はぁ……やっぱり普通の歯になってる……」
自分の体と精神が一気に変わったことに強いショックを受けた咲良の口からは大きなため息が漏れる。
誘拐されたチアキは生きているのだろうか。自分の体に戻すことは出来るのだろうか……
不安だけがグルグルと頭を駆け巡る。
咲良の中の四人は誰一人として自分専用の体を持つことを望んでいない。なぜなら、人格ごとに覚えることが違うので、普通の人間よりも記憶能力が圧倒的に高くなるという利点があるからだ。
それに、四人はそれぞれ得意な分野が異なるにもかかわらず、体がひとつであるおかげでなんでも出来てしまう。自分の時間が減ることを代償に、多くの利点を獲得しているのだ。
「咲良、そろそろご飯できるよ……やっぱり不安か?」
夕飯の完成を伝えに来た柊真は、何度も同じ動作を繰り返す咲良に問いかける。咲良は俯くようにして頷いた。
柊真は、鏡に映った青い瞳の潤みを見て拳を握りしめた。
◇ ◇ ◇
夜十時。咲良は寝巻きに着替えて自分の部屋のベッドにちょこんと座っていた。
(ね、ねぇ、私、寝れるかな?)
咲良が頭の中の二人に聞いた。
(そんなに不安なら柊真くんと一緒に寝ればいいじゃん。ボクが誘ってあげようか?)
(わたしでもいいわよー)
美宙と心亜はほんの少しだけ強がっているが、実際のところはどちらも不安が拭えていない。結局自分たちも柊真と一緒に眠りたいのだ。
(いや、私が誘うよ。断られないかな……)
(そんな、断られるわけないじゃないか。柊真くんもチアキのことを不安がっているだろうし、咲良のことも心配しているだろう。不安を増やす必要はどこにもないよ)
咲良は心の中で強く頷き、自分の部屋のすぐ隣にある柊真の部屋の扉をトントンと叩いた。
「はーい、どうぞー」
咲良は扉を開いた。柊真はベッドにゴロンと寝転がって漫画を読んでいた。
「あ、あのさ、柊真くん。今日、一緒に寝ない?」
「俺のベッドで?」
「うん……」
「いいよー」
柊真は快諾し、体をベッドの端に寄せる。咲良は柊真の隣にするりと入り、体を柊真にくっつけた。
「――どうしたんだよそんなにくっついて」
「……一人いないってだけなのにすっごく寂しくなっちゃってさ」
咲良は声をつまらせながら言った。柊真はそんな咲良の体を撫でた。
「柊真くん……お願い……チアキちゃんを助けて……!!」
咲良は涙声になりながら、目の前の柊真の顔を見つめた。柊真はニコリと優しい笑顔を見せた。
「大丈夫。絶対チアキは取り戻せる。だからそんなに気負わなくてもいいよ。俺がついてるし」
柊真は咲良をギュッと抱きしめ囁いた。咲良は安心からか涙がこぼれ、それを隠すように目をギュッとつぶった。柊真はそれを見て抱きしめたまま背中をさすり、咽び泣く咲良を慰める。そして、チアキを取り戻すことを強く、強く誓うのだった。
時は一気に流れ、水曜日の昼休み。校外に比べれば圧倒的に安全な場所である学園の中に、一つのミニバンが入ってきた。
警備員が赤い誘導灯を用いて灰色のミニバンを止める。ナンバープレートからしてレンタカーだ。該当の車は素直に停車した。
「あー、ちょっと止まってくださいねぇー、お名前だけよろしいですか?」
「ええ。ナラハシトウカです」
「えーっと……ナラハシさんですか?入場記録がないのですが……なんの御用で?」
「学校見学ですよ。構わないでしょう?」
「えぇ?今日は学校見学はやっていないんですよ。毎週土曜日に行っておりますので、また次の機会にお越しくださいませ」
「ええ?私は佐藤という先生に来ていいよと言われて来たのですよ?」
「佐藤ですか……?どの佐藤です?」
警備員は明らかに怪しいその男に対して執拗に質問する。
「男の佐藤ですよ。もういいですか?行きますね」
ナラハシと名乗る男はミニバンを強引に発進させ、数多くの車が止まる駐車場に車を入れた。それから、乗り捨てるように車から降り、学校内を探索し始めるのだった。
「ごちそうさまでした!!」
同時刻、子吉は咲良と蘭世よりも早く弁当を食べきり、元気に食べ終わりを宣言した。
「ええ、早いっすね!でも、ジブンもこれでごちそうさまっす!!」
続いて蘭世も元気に食後の挨拶をした。咲良はそんな二人に目を見開きながら白米を口の中に放り込んだ。
二人がこんなにも急いでいるのには理由がある。それは、二人にとっての最大の不安要素、大魔術が今も体に影響しているか、というのを確かめたいから、というものだ。この日、子吉と蘭世は昼休みに合わせて薬の効果が切れるように調整し、色々と検証ができるようにしたのである。
しかし、二人同時に効果が切れてしまうと本末転倒なので、蘭世が先、子吉が後というように十分ずらして計算してある。これでいざと言う時も何とかなるはずだ。
急いでいるのはそのリミットが近づいているから、ということだ。
「雛!急ぐっすよ!誰もいないところで検証しないと色々アブナイっす!」
「わーってるよそんなこと!」
子吉と蘭世は小走りで人気のない空き教室へ向かっていく。そして、廊下の角を曲がろうとしたその時、前に出ていた蘭世がドンッと誰かにぶつかってしまう。
「いてて、ごめんなさいっす……」
「いえいえ、いいのですよ……素晴らしくちょうど良いですし」
蘭世がぶつかってしまった男は、蘭世に手を差し伸べる。蘭世はその手を掴もうとする。
「ダメ!蘭世!!」
遅れてやってきた子吉が蘭世の行動を声で制止する。蘭世はビクッとしてから振り返った。
「多分だけど……そいつに近づいちゃダメ」
蘭世は子吉のただならぬ様子に冷や汗を垂らし、ふらつきながらも急いで男から離れた。
「ほう、素晴らしいですねぇ。一気に獲物が二人も……どちらもいただきますかね」
男はずだ袋のようなものをふたつ取り出し、蘭世と子吉に襲いかかる。蘭世の薬が切れるまであと三分だ。




