第四十話 コミュニケーション
「ここの中は大魔術の効果がないんだな」
檻の中で腕をくみながらぐみが言った。
「どうしてそう思うの?」
「いや、ぐみたちの魔力量は確かに少なくなっているんだ。だけど、すぐにでも回復しなければいけないほどではない。外にいる時は黄金の血を求めるほど魔力が不足していた。それはつまり、中と外では別の魔術が発動しているってことなんじゃないだろうか」
チアキの質問に対して、ぐみは淡々と説明していく。
「そして、先程月花が言っていたように、この中で発動している魔術は恐らく魔力を一定に保つものだと思う」
チアキはぐみの説明の難しさに目を回し始める。ぐみはそんなの気にせず思考を続ける。
「中原の目的はぐみたちにはイマイチ分からないけれど、少なくとも人道的なものでは無い思うよ」
ぐみがそう言い切るのと同時に、部屋の奥から灰色のクリップボードを持った男が出てきた。中原だ……
「はーいみなさん。そろそろ管理が大変になってきたので、それぞれ自己紹介をしましょう」
中原は不気味なまでに笑顔だ。ぐみはクリップボードに挟まった書類になんと書いてあるかを確認しようと頭の角度を変える。そこには、表計算ソフトで作ったような四角い欄が大量に描かれていた。そこに名前や情報を書いていくというのは想像に難くない。
「じゃあ……そこの黒髪ロングでつり目の吸血鬼さん。自己紹介をどうぞ」
中原は檻の隅の方にいた大人しめな吸血鬼を指さし、無茶ぶりのごとく自己紹介を指示した。
「えっ……!?えっと……私は……ハルカと申します……」
指をさされた吸血鬼は渋々と自己紹介を始める。これは、ほかの吸血鬼たちへの自己紹介ではない。そもそも、二年も生活を共にしていればある程度は互いの名前と顔が一致するはずだ。この自己紹介の本質は、中原が管理するための情報を吸血鬼自ら開示させることなのだ。
「はーい。素晴らしいですねぇ……じゃあ、次はそこの茶髪ショートの子。自己紹介して」
「……」
指名された少女は口を固く結び、反抗的な目で中原を見つめている。
「――早く言わないか!!貴様死にたいのか!?」
中原はその少女に激怒し、ポケットの中からカッターのような刃物を取り出す。少女は、それを見て溜め息をつきながら、閉ざしていた口を開く。
「……アタイはユウカ。よろしく」
中原はようやく口を開いた少女に対して口元をゆるめる。それから、右手に持ったカッターをボールペンに持ち替え、クリップボードに挟まった紙に彼女の情報を記入していく。
(まさかここまで愚かな人間だとは思わなかった。脅すことに快感を覚えているのか?それとも、快いのは吸血鬼という上位種を従わせることなのか?)
気味の悪い笑みを浮かべる中原を見ながらぐみは回想する。
中原とぐみの出会いは三年前。あの頃のぐみは、自分が周りの人間と違うことにちょっとしたコンプレックスを持っていた。
そして、だんだんとそんな自分に興味が湧いてきた。それが、ぐみの研究人生の始まりだった。
自分の体を使って実験してみたり、友人の血を吸って検証してみたり、インターネットで吸血鬼を募集してみたり。色々な事をやって吸血鬼という種族のことを確かめた。
そして、研究を始めて半年が経った頃、ぐみはなんとなく自分と同じ研究をしている人間のことが気になった。そこで、色々なツールを使って研究者を探した。中原はその一人だった。
「ほう、随分と小さな研究家ですね」
中原はぐみを見るなりそう言った。ぐみはいきなり最大のコンプレックスを指摘されてムッとする。
「自己紹介もなしに言うことですか?」
「はっはっは。これは失礼いたしました。私は中原修斗。吸血鬼研究をしている者です」
「ぐみは南ぐみ。自分たちの種族について研究しているの」
ぐみは自分よりもかなり背の高い男を睨みながら自己紹介をする。
「早速ですが、グミさん。あなたは吸血鬼の牙から放出される快楽物質についてどう思われますか?」
「え……そうだな……基本的には人間の脳から発せられる快楽物質や鎮痛物質と構造は似ているものだと予想できるけど……それ以上はイマイチ分かりかねるかな」
「ぐみさんもそう思われますか!!では、正体究明のために私の血を吸ってくださいますか!?」
「え、えぇ?ごめんなさい、それはちょっと……」
ぐみは一瞬にして目の前の男がヤバいやつだと察し、その場を離れる。それ以降、ぐみと中原が関係を持つことはあまりなかった。
「次はそこのプリンセスッ!皆様にご挨拶をなさってくださいっ!!」
ぐみが現在に意識を戻した時、ちょうどチアキが指名されていた。
「ぐっ……プリンセスってなによ……!アタシはチアキ。よろしく」
チアキはキレ気味に挨拶をこなす。気持ち悪い男にプリンセスと呼ばれていることが気に食わないのだ。
「チアキさん、大丈夫ですか?あの男に酷く気に入られているようですけれど……」
「まあ、多分大丈夫よ。アタシには契約者がいるからね」
チアキは今までマトモに信用してこなかった柊真のことを初めてしっかりと信用する。きっと助けに来てくれる、そう信じて。
「では、そこの小さな吸血鬼さん。自己紹介をなさってください」
中原はぐみに人差し指で指さしする。ぐみはゆっくりと立ち上がる。
「中原。貴様の目的はなんだ?もうお前はぐみの名前を知っている。わざわざ聞く意味は無いはずだ」
「チッ……面倒なのでとっとと自己紹介をしてください」
「いいから目的を言え!!」
「うるさい!!」
身長差はあるが、まるで子供の喧嘩だ。片方は身長的な意味で、片方は精神的な意味で。
「これほどの吸血鬼を集めて何がしたい?」
「はぁ……そこまで言うなら教えてあげますよ。口喧嘩は嫌いなので。私の目的は吸血鬼の、吸血鬼による、私のための楽園を作ること!それ以上でも以下でもありません!!」
中原は有名な演説をアレンジし、高らかに叫んだ。元の演説が自由を求めるものであるとしたら、これはその真逆。束縛のための演説だ。
「――お前はクズでどうしようもない人間だな!!クズという言葉を使うこと自体クズに失礼だ!!お前には与える言葉すらない!!あるとしたら……それは『無価値』を超越したなにかだ……!!」
ぐみは狂った目をした研究者を明確に軽蔑した。
「良いですねぇ……!!そういう言葉大好きです!!もっと私を軽蔑してくださいよ……!!もっと私を興奮させてくださいよ!!ねぇ!!」
中原はぐみの言葉に興奮していた。吸血鬼たちは、檻の外にいる男が自由の身であることに怒りを覚え始めたのだった。




