第七話 勇者出陣
王都ハーシェル内での激闘は、勇者ライスが野営するその場所まで伝わっていた。
「なんだ……何が起こってるんだ?」
「魔王国の方からね……。仲間割れ? こんな時に」
夜明け前、テントから出てきたライスとマリナが遠目に映る防壁を見やって呟く。
凄まじい揺れが断続的にこちらへ伝わってくる。
だがここからでは、一体何が起こっているのか検討もつかない。
ただ、直感的にわかるのは。
「とてつもない戦闘力の持ち主が二人……戦っているのだけはわかるぞ」
「——情報を収集しようにも、魔王国内で起こっていることですから偵察部隊は出せませんし。何が起きているのでしょうか」
「ウルティナ様……居ないと思ったら、指揮を執っていたんですね」
「ええ。それと……」
おもむろにウルティナが南西方向へ視線を向けた。
ライスとマリナも、釣られてそちらに目を向ける。
「何か、お気づきなことはありませんか?」
「……?」
「……何かある?」
「率直に——山が消し飛びました」
「「――ッ!?」」
ウルティナの報告に、ライスとマリナは驚愕する。
言われてみれば、たしかに昨夜まで連なっていたはずの山々が、どこにも見当たらない。
ライスたち十万の王国軍は、その山を越えてここまでやってきたのだ。
「山がなくなるって……!? で、でも戦闘音は国の方から聞こえてくるけど……?」
「警戒を実施していた兵士の報告では、流れ星のようなモノが山に直撃したと。出どころは、もちろんあの防壁の向こうからです」
生唾を飲み込む二人。
山を消し飛ばす威力の流れ星。
そんなものがもし、山ではなくこの野営地に着弾していたら……。
不死のスキルをもつライスならともかく、ウルティナやマリナ、この十万の兵士は一瞬にして消滅していただろう。
「あの奥で、一体何が……?」
「わかりません。他の国からの敵襲……というわけではないと思いますが。ここ周辺に他国の敵影は見えませんでした」
「……まあ、いい。どちらにせよ、俺たちがやることは変わらない。その流れ星ってヤツが魔王の攻撃だったとしても、俺たちは屈するわけにはいかないし」
「そ……そうね。わたしたちは、魔王を倒さないと。そのためにここまで来たんだから」
マリナが震えた声で呟く。
ライスは、夜明けの近い瑠璃色の空をみて、拳を固めた。
「少し早いが、兵士をまとめろと各将軍に伝えてくれないか?」
「わかった!」
「私もお手伝いしますわ」
「お願いします、ウルティナ様。マリナも」
そして——
隊列を整えた勇者率いる十万の軍勢は、王都ハーシェルに向かって進軍を開始した。
「――見えてきた。あっちの数は……大体、こちらと同じぐらいかな」
白馬に乗り、先頭を率いるライス。
その背後、右隣にはマリナが、左隣にはウルティナが控えていた。
「向こうにも動揺が見えるね。多分、予想外の出来事が起こってるんだと思う」
「逆に勝機かもしれませんね。精神的に揺らいでいる今、一網打尽にする好機です」
「ああ、その通りかもしれない」
防壁を守るようにして敷かれる魔王軍の布陣。
先頭の魔人族たちは、後方で起こっていることを気にしている様子だった。
「数はほぼ互角。いや、若干こちらの方が少ないかもしれないが、精神的余裕はこちらにある」
彼我との距離、約一キロ。
軍の足並みを止めたライスは、剣を抜いて夜明けの空へ突き立てる。
「――聞けッ!! 勇猛果敢なるラーニバルスの兵士たちよッ!!」
戦場となる王都ハーシェルの防壁前で、勇者ライスの鼓舞が響き渡る。
幼い頃より、戦争に勝利するため教育されてきたライスの表情、言葉、そしてその作り上げられし風格は、背後に控えていた兵士たちの血肉を沸き踊らせ、次第に咆哮が漏れはじめた。
「――そして今こそ、勇者率いる我らラーニバルス軍が最強なのだという証明を果たそうッ!!」
地鳴りのように響く兵士たちの咆哮。
それらを見て、満足気な表情を浮かべたライスが、正面へ向き直る。
戦闘態勢へと移行を終えた魔王軍。約十二万。
長く、人類と敵対する憎き怨敵へ剣を向け、
「ラーニバルス軍――突撃ぃぃぃぃぃぃッ!!!」
ライスは咆哮を背に、馬を走らせた。
土煙が舞い上がり、勇者ライスを先頭にラーニバルス第一軍が駆ける。
「記念すべき開戦の剣戟――行くぜぇぇぇぇッ!!!!」
白馬が飛び上がる。
三メートルを越える跳躍――先頭の魔人兵を飛び越えて、ライスは剣を轟かせた。
「まったく、ちょっとは自重しなさいよねっ」
「ふふ。あの方らしいではありませんか」
「死なないからって無茶しすぎなのよ、ライスは……っ」
単身、軍を置いて敵兵の渦中を攻めるライス。
その数メートル後方を、マリナの双剣が、ウルティナの魔術が魔人兵を蹂躙する。
「はっはーッ!! このまま大将首いただく――」
「――調子に乗るなよクソが」
「ぜッ――」
破竹の勢いで敵兵を蹴散らしていたライスの頭上から、影が落ちる。
気がついた時にはもう、ライスの体は白馬と一緒に左右に分かたれていた。
「口ほどにもない雑魚め……こんな奴が勇者だと? 人類の代表だと? 笑わせるなよ小僧」
歓声に満ちる魔人兵。
ライスを一撃の元で討った将軍は、フッと笑みを浮かべたのち、追いかけてきたマリナとウルティナを見遣る。
「人間にしてはよい美貌の持ち主だ。殺すなよ、捕えて我が陣営に連れていけ。今夜の祝杯にしてやろう。――しかし、総大将みずから突っ込んでくるとはな。勇者とはこうも阿呆なのか?」
足元に転がる勇者を蹴っ飛ばして、男は正面を見据える。
勇者にならって中央突破を目論む人間軍。
総大将がすでに死んでいるというのに、哀れな奴らだと――薄ら笑いを浮かべた瞬間だった。
「――ライス、先に道開けてるからとっとと来なさいよッ」
「ふふ。たまには、背中を追われるというのもいいかもしれませんね」
「……は?」
勇者の亡骸を見ても、顔つきの変わらぬ少女二人がそのまま敵陣を駆けていく。
呆気に取られる男。
その隙が、致命的だった。
「――まずは将軍ひとり……討ちとったぞぉぉぉぉっ!!!!」
「が――はぁッッ!!?」
「はっはーッ!! この腐れ野郎が、勇者なめんな雑魚がッ」
復活を遂げたライスの剣が男の胸を貫き、魔人兵へと投げ捨てる。
服は裂かれてしまったが、綺麗に肉体がくっついたライスは、剣を肩に担いで魔人兵を見渡す。
「おーしおし。実は俺なあ、火ぃ着くのがちょっとばかし遅えんだよ。魔王と戦う前にちょっくら準備運動させてくれやッ」
好戦的な笑みを張り付けて、勇者が魔人兵を一撃の元で屠っていく。
一振りで三人。返す刃で六人。
甲冑も馬もものともせずライスの剣が魔人兵を蹴散らしていく。
「――まったく、無茶ばかりするお方だ。こちらの総大将だということを忘れないでいただきたい」
「おっせえよ、ヴィンセント。もう百は殺したぜ?」
ライスに追いついたヴィンセントと呼ばれる青年が、呆れ顔でライスを見遣る。
ヴィンセントは、20歳という若さで将軍に成り上がった男だった。
「馬を用意しました。マリナさんとウルティナ様を追いましょう」
「おうよッ」
代わりの馬に乗ったライスは、ヴィンセントの部隊を率いて突撃を繰り返す。
疲れを知らぬライスの進撃は、昼前にしてとうとう――十万の軍を抜けることに成功した。
失った馬は十頭。
死んだ数は百を超えた。
討ち取った将軍首は五人。
そのだれもがライスより格上だった。
戦闘力30万のライスより、数倍は強い武将が何人もいた。
しかし、その不死性と鍛え抜かれた精神力……そして、戦うたびに向上する闘気。戦意。膂力。
この戦場で戦うこと、数時間。
ライスは、格上と戦うたびに戦闘力を跳ね上げていった。
現在——戦闘力60万。
ありえないほどの成長ぶりを見せて、ライスは敵本陣にたどり着いた。
「――おまえが総大将か? ってことは、魔王か?」
優雅に、豪華な椅子へと腰掛ける黒髪の美女。
露出の激しい和服で着飾ったその女は、男を魅了するおおきな巨峰を揺らしながら、大きく口を開けた。
「ふぁぁぁ~……。あー、私が魔王? そんなことあるわけないじゃないですかあ。たかが人間相手に、魔王様がでばるとでも?」
敵の総大将を前に、おおきな欠伸をかます美女。
緊張感の欠片もないその態度に、ライスは呆れを見せつつも、
「まあいい。とりあえず、俺の奴隷になるかここで死ぬか選べ」
「返り討ちにするって選択肢はないんですかあ?」
「――ないねッ」
「ちょっと、答えるまで我慢できないの?」
馬の上から跳躍し、魔人兵総大将を務める美女へ飛びかかるライス――
美女は、深紅の瞳を細めさせ……
「アマリリス――私が代わろう」
突如、そんな声とともに上空から飛来した影にライスは吹き飛ばされた。
「……魔王様? なぜ、あなた様が」
「ま、おう……だと?」
砂煙が消え、ライスの目に映ったのは……全身に包帯を巻き、満身創痍となった女性の姿だった。
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