第三話 第二形態
大将軍ラヴィーナ。
そう名乗った獣人と魔人のハーフは、構えをとらず、獣のような笑みを浮かべて地を蹴った。
ゴーレムなんかとは比べものにならない速さ。
一瞬にして俺との間合を詰めたラヴィーナの灰色が、舞う。
「――ッ」
「ほらほら、必死で捌きな! 一瞬でも気ぃ抜くと逝っちまうよッ」
「くそ――!!」
縦横無尽に振り抜かれる両手の鉤爪。
そこらの武器屋で売っているような剣の切れ味とは比較にならない鋭さのそれらが、俺の髪の毛を散らし、剣を弾く。
鋭く、速いだけじゃない。
一瞬ですら、拮抗できない。
獣のような膂力だ。
華奢な見た目だというのに、この力強さ。
魔人のハーフとはいえ、獣人の特性は色濃く受け継いでいるようだった。
「ていうか、よくこんな程度の力でよぉ……単身殴り込みに来たな。自殺志願者か?」
「……っ、俺は……魔王に会いに来た」
「へえ、うちの大将に? 一応訊ぃといてやるよ。――理由はなんだ?」
訊いておいて、まったく遠慮のない一撃が俺の体を弾いた。
石畳を滑るように飛び、ようやく止まったかと思えば、ラヴィーナは疾走していた。
俺はそれを、上段からの切り下げで迎え撃つ。
「俺は、魔王になりたい」
「かはっ――ウケる、なにそれネタかよ。冗談にしてももっとマシな……いや、冗談でここまで来る阿呆はいねえな。マジで言ってんの?」
「おおマジだ」
「うわ、漢気あるねえ。人間じゃなかったら惚れてたかも。――でも、ここでおしめえだ」
俺の剣が鉤爪の一撃に耐え切れず、半ばから折れて宙を舞う。
間髪入れず、無防備となった俺の胴体へラヴィーナの蹴りが食い込んだ。
数十メートル後方を吹き飛ぶ俺。
何度も石畳をバウンドして、ようやく威力が抜けきった。
「――いやいや、すげえよお前。今ので殺すつもりだったんだけど……何したんだ? 教えてくれよ」
「がほ、がほっ……。ふぅ……」
喉から這い上がってきた血を吐き捨てて、俺は膝をつく。
なぜ生きていたのか。
それはあの一瞬……インパクトの瞬間に、全身の力を抜いたから。
体を緊張させず、脱力したことによってダメージを受け流す。
とはいえ、俺の練度では完全に流すことはできなかった。
達人の域ともなれば、あらゆる打撃を無傷で流すことが可能になる。けれど、俺はまだそこまでの境地にたどりついていない。
「やはり……今の俺ではここまでが限界か」
「ああ?」
戦闘力の差は、一目瞭然。
気配からでもわかったし、その姿を見れば嫌でも理解させられる。
こうして戦ってみても、やはり今の俺では、足元に及ばない。
「――ラヴィーナ様。遅れて申し訳ございません」
追い討ちをかけるように、魔王城の方から武装した兵士が集まってきた。
その数……気配から読み取るに、百前後はいる。
しかも、そのどれもが俺とほぼ同格。うち何名かは、俺より格上だった。
「おうおう。ラヴィーナ軍のご到着だ。絶体絶命ってヤツだな。どうする? 自害でもするか? するなら早めにしたほうがいいぜ。あしたは早いってのに、こんな真夜中に叩き起こされてこいつらもお怒りだ」
俺とラヴィーナを取り囲む兵士たち。
ラヴィーナのいう通り、その顔は不機嫌さがにじみ出ていた。
「……言っただろう。俺は、魔王になりたいんだ。自害はしないし、魔王と戦うまでは死ぬつもりなんてない」
「ハッ、諦めの悪さとその根性は評価してやるよ。けどおまえ、口先だけで実力が伴ってねえんだよ」
どこかで聞いたセリフだった。
……ああ、そうだ。
似たようなことを、俺はライスに言われていたな。
「あの世で実力の無さを嘆きな。――やれ」
「このクソ野郎が、俺の睡眠時間を返せッ」
ラヴィーナの号令で、取り囲んでいた兵士たちが一斉に俺へ飛びかかってきた。
「……ここまで、か」
俺の実力では、ここまで。
――ならば、これはどうだろう。
「死ぃぃね――っ、なぁッ!?」
「……なんだ?」
飛びかかってきた兵士たちが一斉に吹き飛ぶ。
口元の血を拭いながら立ち上がった俺は、大きく深呼吸した。
「黄金の……オーラ? いや、闘気か? しかし、ここまで可視化できるほどの実力じゃ……」
「言っただろう。今の俺ではここまでが限界だ、と」
黄金の闘気に包まれた俺を、訝し気に見つめるラヴィーナとその軍隊。
俺は構わず、全身に力を入れた。
闘気を、解放する。
「うぅぉぉぉぉぉおおおおおお―――ッ!!」
「な、なんだ……!? 戦闘力が……膨れ上がってやがる……!?」
本来なら魔術を扱えない獣人族。だが、魔人族の血が半分入っているおかげか、ラヴィーナは鑑定を使えるようだった。
「これは、スキルか? 『変性』……? おまえ、いったい何に……っ」
俺をまとう黄金の闘気が周囲に暴風を撒き散らす。
一端の兵士では近づくことすらかなわない渦の中で、俺は――静かに、空気を震わせた。
「――変・性」
やがて黄金の暴風が鎮まり——。
姿を変えた俺は、身の丈以上の大杖で石畳を突く。
「――幼き黄金の星」
この姿こそが、第二形態。
若干……というか、だいぶ視界が低くなってしまったけれど。
今は、なんとも言えない幸福感、多幸感、陶酔感が俺を満たしていた。
「よ……よう、じょ……?」
「馬鹿にしてると痛い目みるぞ」
「こ、声まで幼女……!? お、お、おま、それは……ねえだろ」
「おい……なんだ、その目は」
気のせい……ではない。
さっきまで、俺を殺す気で臨んでいたラヴィーナが、瞳の色を変える。
それは、庇護欲だった。
口元もなんだか緩んでいる。
今にも抱きついてきそうだった。
「かわいい……」
「おい。かかってこい」
「戦えるかよ……そんな幼気な女の子相手に……マジになれるかよ……っ」
「おい……俺と戦え」
「その声で俺はやめろよ。下の名前が一人称だ。言ってみろ」
「……リルと戦ってくれるか?」
「――あぁんもうムリ、お前ぜったいにあたしが飼ってやる育ててやる愛してやるから撫でさせろ抱かせろスリスリさせろぉぉぉっ!!」
今度はちがう意味で目の色を変えたラヴィーナが、腕をひろげて飛び込んできた。
「このロリコンが……まじめに俺と戦え」
大杖でトン、と石畳を突く。
瞬間、俺の後頭部上で魔方陣が形成。
そこから放たれた黄金のレーザーが、飛びかかってきたラヴィーナを呑み込んだ。
まるで、地中を走る流れ星のようにレーザーが駆け抜け、遠くの城壁を穿つ。
レーザーの余波で地面がえぐられ、周囲にいた兵士たちも近くの家屋に飛んでいった。
「……やったか?」
手応えは、あった。
蜘蛛の巣状に割れた石畳の上で、前髪をはらう。
黒かった髪も、変身したことにより黄金色へと染まっていた。
一度だけ、水面に映ったこの姿を見たことがある。
黒かった瞳はそのままに、髪の色、肌色、そして服装なんかも変わっていた。
着用していた軍服は桃色のワンピースとなり、長い金髪は桃色のリボンで結われている。
どこからどう見ても、美幼女。
大体、五歳前後だ。
こんな大杖より、人形を抱えていたほうが似合う女の子だ。
「――っぷはあ!? やべーな、ありゃあ。見た目は花だが……油断できねえ」
あの一撃をまともに喰らって、死ぬどころか気絶することなく起き上がったラヴィーナ。
さすがは獣人。なかなかに頑丈なようだ。
「仕方ねえ。殺す気でやるしかねえか。もったいねえが、ほんっっとうにもったいねえが――殺すしかねえよ」
そして、ラヴィーナの瞳から遊びが消えた。
跳ね上がる闘気。戦闘力。
この状態の俺なら、鑑定が扱える。
本気になったラヴィーナの戦闘力は、72万。
見たことのない数字だった。
これが、魔王軍の大将軍。
だが、こちらも負ける気はしなかった。
この状態の俺は、近接戦闘を行うことはできないが、魔術なら高水準で扱える。
「……負けるビジョンが浮かばない」
「ハッ、言ってくれるねえ。んじゃよ――死ぬまでやり合おうぜオイッ!!」
そして、第二ラウンドがはじまった。
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