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素直  作者: ninjin
4/8

5月12日 リョウイチ√

 壊れそうなくらい、細い肩

 シルクみたいに 滑らかな肌

 強く抱きしめたら 霧散してしまうんじゃないかと思うほど 柔らかい貴女

 優しく やさしく 大事に 丁寧に

 でも その頭で考える事とは まるで裏腹に

 僕は 貴女を 穢そうとしている

 貴女を あなたを アナタヲ



西向きのビーチ、他に誰も居ない、2人だけの砂浜。

 潮の匂いのする風は、昼間よりずっと涼しい。

 オレンジ色に染まった水平線、徐々に黒々と浮き上がる島影、更に藍色が深まって往く空。

 もう1時間ほども、ここに2人、並んで腰かけ、少し温くなった、半分飲みかけのアップルシードルが2本。

「あと少しで、沈むね」

「うん、沈むね・・・」

 このビーチの1キロメートルくらい手前のコンビニで、僕はコカ・コーラを買おうと言ってバイクを止めた。千賀子さんが「あたしが買ってくるから、リョウ君は待ってて」と言うので、僕は表で待っていると、千賀子さんはシードルを2本買ってきた。

「ちゃんと酔いは醒まして帰りましょうね」

 僕も同意して、シードル2本と、レジャーシートを持ってビーチに降りて、真正面に太陽の見えるヤシの木の根元に陣取った。

 実は今日一日、ずっと緊張しっぱなしの僕にとって、コカ・コーラよりお酒の選択は有り難かった。

 タンデムシートに千賀子さんを乗せて走るのが、こんなにも緊張して、疲れるなんて、考えもしなかった。

運転時間は、実質4時間程度。一人で流すには、本来は大したことはない時間と距離の筈なのだけれど、背中に感じる千賀子さんの体温に、楽しさ嬉しさ半分、肩のこわばる様な緊張と疲労半分で、ハンドルを握っていた腕は、ビリビリと痺れを感じていた。

そんな僕の身体に、リンゴのアルコールはじんわりと染み込んで、幾何かの緊張を解してくれた。

「水平線に太陽が触れた瞬間、『ジュッ』って、音がするかしら?すればいいのに」

「僕はそれより、沈んだ瞬間、あの世とこの世がひっくり返る、っていうのが良い」

「それ、パイレーツ オブ カリビアンのやつ、でしょ?」

「あ、よく分かったね。あの映画は面白かった。僕、DVD全部買っちゃった。でも、やっぱり1作目が一番面白かったけど」

「え、全部持ってるの?」

「あ、うん、揃ってるよ。今度、うちで観る?」

「え、いいの?観る観る」

 心の中で、「よしっ、約束ゲット」と呟いた。

 そんな、どうでもいい会話で、時刻は過ぎていく。

 先ほどまで薄黄色だった空は、水平線に綺麗なオレンジ色から始まって、頭上に目を遣ると、紫から深い紺色へと変わっていき、やけに明るい星が、ひとつ。

 何だろう、自分で言うのも可笑しな話だが、映画やドラマのワンシーンを切り取った様な、このシチュエーション。沈みゆく太陽を眺めながら、砂浜に佇む、男と女、2人の影・・・みたいな。

 自らに酔い過ぎだろうか。

 そして、音もなく、最後の輝きが、水平線に、消える。

「沈んだね」

「そだね、沈んだね。音、しなかったね」

 千賀子さんはそう言って笑った。

 この先は、何の計画も無い。しかし、千賀子さんが後日、DVDを観に部屋に来てくれる約束まで取り付けられて、今日はもう、充分に満足のいく成果を挙げられた気分になっていたと思う。

「さて」

 僕は小さく呟くように言って、立ち上がろうとして、不意に左手を掴まれた。

 千賀子さんは、こちらを向くでもなく、何か言うでもなく、僕の手を握ったまま、まだオレンジ色の残る、太陽が沈んで行ってしまった水平線を、ジッと見詰めていた。

 もう一度腰かけなおし、僕は千賀子さんの横顔に見惚れる。

 綺麗だと思った。

可愛いと思った。

頬に触れたくなった。

 理性のネジが、パチンっと吹っ飛ぶ音がした気がした。

 千賀子さんの細い肩を抱き寄せ、頬にキス、そして唇に。

 この世の中に、こんなにも柔らかいものがあるだろうかと思えるくらい、千賀子さんの唇は柔らかい。そして、時間が止まってしまったんじゃないかと思うほど、永いキス。

 キスをしながら、僕が千賀子さんに徐々に覆いかぶさるように、二人はレジャーシートにゆっくりと倒れ込んでいく。

 左腕を千賀子さんの首筋に廻し、少し持ち上げる様にして、瞳を覗き込むように見詰める。

 千賀子さんは何だか少し、泣きそうな表情をしているように見えたが、何も言わず、彼女は目を閉じた。

 それから、千賀子さんの右の頬、更に右の首筋にキスをする。

 千賀子さんの唇から吐息が零れる。

 もう頭では考えられない。

 僕の右腕が、千賀子さんの細い肩を、ぐっと抱きすくめると、一瞬、千賀子さんは肩を窄めるように身体を硬直させたが、直ぐに今度は顎を上げるようにして、「あぁ」と小さく喘ぎ声を漏らす。

 僕の身体は、既にもう、僕の意思とは関係なく、まるで別の意識があるかのように、勝手に千賀子さんを求めている。

 キスをして、きつく抱きしめて、千賀子さんの細い身体を壊してしまうくらいに。

 Tシャツのめくれ上がった部分に指が触れ、直接触れる千賀子さんの体温を感じながら、僕の掌は少しの間、そこに留まった。

千賀子さんの吐息に合わせて波打つような腹部の動きを掌に感じ、指先はその滑らかな肌を確かめるように。

 そして、右手が再度動き出し、千賀子さんみぞおち辺りに到達した瞬間、その手は、千賀子さんの右手に抑え込まれた。

 はっと我に返った僕が、慌てて顔を上げると、今度は本当に泣き出しそうな表情の千賀子さんが居た。

「ごめん」

 僕の言葉に、千賀子さんは小さく首を横に振った。

 それ以上の行為を拒まれたと思った僕は、もう一度「ごめん」と言った。

 すると千賀子さんは、本当に泣き出しそうな声で、小さな、ちいさな声で言うのだ。

「・・・違うの・・・ちゃんと・・・しよ・・・」



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