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四十二通目

 前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?


 僕の手紙もかなりの数になってしまいましたね、最初のころ早く終わると伝えましたがまさかこれほど多く手紙を書くことになるとは夢にも思っておりませんでした。


 しかしながら今度こそ確実に、近日中に最後の手紙を送ることになると思います。


 それだけ衝撃的な光景を目の当たりにしてしまいました、もはや魔獣に勝利するのは不可能に近いと思います。

 

 しかし折角ですので今日までの報告も含めて一から書いていきたいと思います。


 さてあれから僕たちは当初の予定通り魔獣の残り香を辿りつつ、至宝を回収すべく王国を目指して進みました。


 前回申し上げた通り道こそボロボロでしたが邪魔者は一切現れなかったため非情に順調な旅路で、あっという間に一つ目の王国に辿り着きました。

 

 僕が初めて寄った王国です、見た目はまるで変わっておりませんでした。


 しかし中はもはやゴーストタウンと言うべき状態でした、いくつかの建物こそ崩壊しておりますがそれこそ城壁もお城も殆ど目立った被害は見られずただ生き物だけがいませんでした。


 かつて通っていた会社も僕らが宿泊した宿屋も、盗賊に襲われた裏路地もゴミ捨て場に沸いていた鼠型の魔物すら一匹もおりません。


 魔術師様の探知魔法でわかっていたことでしたが、いやそれ以前に旅路においても誰ともすれ違わなかった時点で……リース様の王国での襲撃時点で何となく想像はできていましたが。


 そこまで長く滞在したわけではないのに僕は何とも言えぬ喪失感のようなものを味わいました、魔術師様も同じようで僕の手を強く握りしめました。


 ただ一か所だけ逆に妙に綺麗になっているところがありました、建物の外も中も整頓されていて……そこはお姉さんがかつて働いていたところでした。

 

 情報ではここでは給料こそ安いけれど特に差別を受けることもなく普通に働けていたと聞きました、僕はお姉さんの複雑な心境を僅かに覗き見たような気がしました。


 魔術師様も物悲しそうでしたが、僕の顔を見るとニコリと笑い大丈夫だとおっしゃり歩き出しました。


 さて肝心の至宝のありかですがやはり隠されているようで中々見つかりません、流石にお城の中にあるだろうとは思いますがこれがまた広いので探索も一苦労です。


 念のために危険に備えるべくお風呂に入る際と同じ組み分けで別れての探索を行うことになりました。


 僕はちょっと不満でしたが魔術師様が言い出した以上逆らうわけにはいきませんでした……が実際別れる際に自分で言いだしておいて魔術師様が未練がましく僕を見ていたのは可愛かったです。


 それはともかくジーク様と二人王国内を探索して回りました、俺の国と同じなら宝物庫が怪しいとおっしゃるので保管庫がありそうな場所を中心に探しましたが見つかりませんでした。


 代わりに貨幣へ加工前の金銀に相当する鉱石の山を見つけました、海を渡った先で捌けば大儲けできると言います。


 どうせこのまま置いておいてもいずれ誰かに取られるか、魔物に住みつかれて近寄れなくなりますし申し訳ないですができるだけ回収しておくことにしました。


 その中に魔法石の元になる原石も転がっていましたのでこちらも回収して僕たちは集合場所に戻りました、つまらなそうにしているリース様とクー様とめーちゃんがちょうど戻ってきました。

 

 やはり収穫はなかったそうです、となると後は魔術師様たちが見つけてくれるかどうかですが……少しして嬉しそうな顔で戻ってまいりました。


 見つけたのかと叫ぶジーク様の前で、レイ様が胸を張って両手に乗せていた小さい宝箱を開きました。


 そこには指輪が六個ほど入っていました、一つだけ妙に大きな宝石が付き残りは小さい宝石が付いております。


 どうやらレイ様が自国のことを考え地下を中心に探すと言い、そこを探索魔法で隈なく探したところ隠し部屋があり強引に壁を壊しそこで手に入れたと言います。


 とりあえず長居は無用と馬車に戻り、僕たちは効果を試すことにしました。


 これは簡単に言えば魔力を共有出来る至宝でした、大きい宝石が付いているものがホストとなり小さい宝石が付いているものに自らのマナを貸し与えることができるようです。


 逆に皆の魔力をホストに集めて強力な魔法を使うこともできるようです、こっちの効果はともかくマナを共有できる方は上手く使えば非戦闘員も多少は戦力になるかもしれません。


 魔術師様の魔力なら他の人に貸し与えても一度の戦闘で使い切ることはほぼ無いでしょう、むしろ魔術師様級の魔法を同時に六人まで……杖を合わせれば七人分同時に使えるのは非常に強力だと思われました。


 当然非戦闘員用ということで、ホストの魔術師様は当然として残りの五つをクー様とめーちゃん、いーちゃんとコーちゃんにレイ様が身に着けることになりました。


 僕は元々マナがない関係上魔法を上手く扱えない、感覚が理解できなかったため後回しになりました。


 仕方がない話ですが僕は魔術師様が指輪を身に着けるのを複雑な心境で見守りました。


 至宝ということもありサイズに関係なく指にぴったりと当てはまった指輪は、特に魔術師様のは大きい宝石が付いていることもあって……左手の薬指に着けなかったことだけが救いでした。


 そんな複雑そうな僕を見て魔術師様は何を考えてるのかしゃべるように追求しました、逆らえるはずもなく僕は皆の前で元の世界における婚約指輪や結婚指輪について説明することになりました。


 女性陣は面白そうに話に食い入りました、ジーク様は海の向こうにほとんど同じ風習があると驚いたように口にしました。


 詳細を聞いてみると本当に、驚くほど結婚関係についてよく似ていてびっくりしました。

 

 教会等の神聖な施設で人を集めての結婚式、指輪の交換に誓いの口づけに新婚旅行……子供の前なのでぼかしていましたが初夜も。


 不思議なこともあるものですね、ひょっとしたら僕以外にも日本から来た方がいてそういう制度を広めた……そんなこともあるのかもしれませんね。


 とにかくそういうことで僕は魔術師様が指輪を身に着けるところを複雑な心境で見つめていたことを伝えると、魔術師様は笑い飛ばす……こともなく嬉しそうに薬指は空けておくとはっきりおっしゃられたのでした。

 

 いずれ用意しろと言うことだと受け取りました、ええ必ず用意しますとも……僕ははっきりと決意をしたのでした。


 そしてその日は皆僕と魔術師様を二人っきりの時間を作ってくださいました、食事の後で皆わざとらしく用事があると言って僕らを二人っきりにしてくれたのです。


 正直嬉しいかぎりでした、僕は魔術師様と取り止めのない話をさせていただきました。


 どんどん南に下っていることから、ちょうど僕たちの旅を逆に追っているようでしたから話題はいくらでもありました。


 この世界に来て初めて見たときの不思議な感動、今見るとありふれて見えてしまうこと、変わらずに魔術師様が隣にいてくれる喜び。


 魔術師様も語りました、僕がこの辺りで音食馬にボロボロにされていたこと、変な鼠にお腹の中を食いちぎられていたこと、初めて呪死行軍に襲われた時のこと……お姉さんが働いていた職場のこと。


 魔術師様は少しだけ黙りました、僕はあれを見たときから少しだけ後悔がありました……僕が足を引っ張らなければ魔術師様はこの王国にお姉さんがいる段階で間に合ったんじゃないかと。


 ひょっとしたらその時にはまだお姉さんはあそこまでの狂気に陥ってなかったのではないか、いや陥っていたとしても魔術師様に出会っていれば少しはクールダウンして暴走は抑えられたのではないのかと……僕が邪魔したからこその昨今の悲劇なんじゃないかと思ってしまうのです。


 しかし僕の様子を見て魔術師様はそんな顔をするな、お前がいなければ旅は終わっていたと……本当に辛い日々だったと語り始めます。


 今だから言うがこの国に来る前には色々と酷い目にあってきた、差別もそうだが魔物にも何度か不覚を取った……痛くて苦しくて、何より寂しい日々だった


 お前を呼んだ時は荷物持ちなんていったが本当は話し相手が欲しかった、裏切らない仲間が欲しかった……逆らわない部下が欲しかった

 

 魔法が使えないお前は私に逆らう力がないからうってつけだった、こちらの世界の知識がないお前は私から離れられないから好都合だった


 何より進んで、というか勝手に不覚をとるから囮にも使えた……そんなことを考えていたんだ、本当に酷い女だろう私は


 だけど何をしてもお前は私を嫌わなかった、逆らわなかった……それどころか尊敬すらして褒めたたえてくれた


 照れ隠しに叩いていたけど意外と嬉しかったんだ私は……まるで里にいたころみたいだった


 魔力が強い私を皆褒めてくれていたから、ちやほやされていたから……それが当たり前だと思ってたが社会はまるで違っていて苦しかったから


 だからお前の言葉が妙にうれしくてついつい構っているうちに妙に危なっかしいお前のことが放っておけなくなっていった

 

 すぐ死のうとするからなお前は、まるで自分に全く価値がないと思い込んでるみたいに……あんなに人のことを心配したのは初めてだ


 これは守ってやらないとなと庇護欲すら感じてきた矢先にこの王国についたら立場が逆転してびっくりした


 別の世界の出身で文字もろくに扱えていないし魔法の知識もないくせに、気が付いたら私より社会に適用して……悔しかった

 

 その癖危なっかしいところはまるで変わってなくて、だけど物凄く頼りになって……本当に訳の分からない奴だお前は


 姉の情報が分かった時もそうだ、この国で働くお前は他の人達から頼られていて外の世界の無力さとは無縁でまるで里に居た頃の私みたいに活躍してて……だからもうあんな辛い旅になんか出たがらないと思った


 私だって姉が見つかればすぐに辞めるつもりだった、勝手にこの世界でトップクラスの強さがあると自負してた私でも辛かったのだから魔法が使えないお前は住みやすい場所が見つかればこんな旅についてくるわけがないと思った


 なのにお前は私についてきてくれて、私のそばを居場所だとまで言ってくれて……あの時も怒ってしまったが本当は物凄く嬉しかった


 お前抜きでこの世界で、いや社会で生きていけるとは思えなかったから……実際に街での生活に関してはお前に頼りきりだったしな


 多分私一人なら早い段階で生活に行き詰まり、遠からず姉と同じ経緯を辿って……同じ末路に行きついていたかもしれない

 

 その前に姉を追うのを諦めて里に帰ってたかもしれない……その後のことを思うと考えただけで恐ろしい展開だな


 そんな最悪な結末をお前が着いてきてくれたおかげで避けられた、自棄にもならず旅を続けられて皆に出会えて友達になれて……子供までできてしまったな


 本当に感謝している、だから自分を責めないでくれ……最初にあった時から沢山迷惑をかけられたがそれ以上に私は助けられているんだから

 

 お前は前から何かにつけて自分を無能だと卑下して全て魔術師様のお陰だと口にするが私から言わせれば逆なんだ……お前は無能なんかじゃない、今私がこうして生きていられるのは全てお前のお陰だ……お前が居てくれたから今のこの幸せがあるんだ


 ありがとう、あの時出会ってくれて……私についてきてくれて……私なんかを好きだと言ってくれて……私もお前が好きだ……愛してる……だから頼むから進んで死のうとだけはしないでくれ……お前の代わりはいないんだ……私にはお前だけなんだから……


 顔を火照らせながら、涙を流しながら、懐かしそうに、辛そうに、楽しそうに、苦しそうに、嬉しそうに、切なそうに表情を変えながらも僕をまっすぐ見つめて喋り続けた魔術師様は最後にそっと僕に口づけをしました。


 僕はそんな魔術師様を抱きしめてこれからもずっと隣にいると約束しました、絶対についていきますと。


 魔術師様も僕に体重を預けて可愛らしく頷き、ずっとだぞ約束だぞとおっしゃるのでした。


 そちらの世界で僕はずっと無能だと言われてきました、僕は無能ではないと信じていいのでしょうか……信じるべきでしょうね。


 尊敬し敬愛している、何より愛している魔術師様の言葉なのですから。


 僕もまた僕を必要としてくれる魔術師様にとても救われていることを口にして、もう一度口づけしようとしました。


 その時でした、世界が激しく揺れ動いたのは。


 凄まじい地震でした、馬が悲鳴を上げて馬車が軋み壊れそうなほどです。


 魔術師様が魔法で強引に馬を押さえましたが僕は立つこともできないほどで、結局魔術師様に飛行呪文を使ってもらい何とか馬車から脱出しました。

 

 外に出ると他のみんなも何とかリース様の馬車からはい出したようで、だけど断続的に続く地響きに立つのも困難な有様が続きました。


 周りを見ると近くに生えている木々がまるで枝葉のように激しく揺れていて、中には倒木するものもありました。


 ジーク様が見ろと空を指し示しました、皆が見上げる中で流れ星が煌めきます。

 

 こんな時に何を悠長なと思ったのもつかの間、その星はまっすぐ真下に向かって行き……地平線の向こうに落ちていきました。


 そして再び世界が揺れ動きました、この大地震は隕石によるものだったのです。


 しかし何故こんなに何度も隕石が落ちるのか、こんな現象があり得るのか尋ねても誰も知らないと言います。


 その中で魔術師様が何やら長々と魔法を唱えて……力なく杖を滑り落としました。


 皆の視線が集中する中、もはや死人のように血の気が失せた白い顔で恐怖を隠そうともせずに震えた声で呟きました。


 魔獣の魔力を感じた……あれは魔獣の魔法だと。


 馬鹿なとジーク様が叫びます、あり得ないとリース様が怒鳴ります、クー様は言葉もなく口を手で押さえました。


 子供たちはぽかんとまるで夢を見ているような表情で目の前の光景を眺めていました。


 僕らの目の前で隕石は何度も何度も、流星群のように降り注ぎました……皮肉にもその景色はこの世界に来てから一番幻想的な光景だったかもしれません。


 世界の終わりのような恐ろしい地響きがどれぐらい続いたでしょうか、収まってからも僕たちは地面にへたれこんだまま動くものはいませんでした。


 あれを倒さなければいけないのです、僕たちはあれに挑まなければいけないのです……もはや笑い話にもなりません。


 もはやスケールが違います、仮に僕が居た世界の軍事力を持ってきても隕石を自由に呼び出し……おそらく着弾点近くにいるでしょうからその衝撃を受け続けていてなお死なずにいる化け物に勝てるとは思えません。

 

 それを魔法が使えるとはいえ十人足らずのメンバーで挑むなどもはや自殺行為を飛び越えています……この世界中の人間が集まっても勝てるとは思えませんが。


 僕は必死で考えました、あの魔獣を倒す方法を……今までで一番強い相手だったお姉さんとの戦いで使った戦術を。


 仮にすべてが上手くいくと仮定して、例えばドラゴンを無数に呼び出し魔獣にぶつけて咆哮を同時に使って魔力を無効にしたとして……お姉さんの魔力ですら消しきれなかったのですから抑えきれるとは思えませんし数をそろえる前に片っ端から殺されていくでしょう。


 今から僕が使った至宝の剣を取ってきて攻撃魔法だけ無力化して……隕石を切ったところで物理衝撃は無効にできないからその時点でぺしゃんこですし本体に当てても同じ生き物が生まれるだけです。


 いや虹色の雲の段階で吹き飛ばせば……魔法攻撃は全てマナに代わり吸収するし雲に物理攻撃が通用するわけがありませんから駄目でしょう。


 僕は必死で考えました、無能ではないと魔術師様が言ってくださったのですから何か思いつかなければいけません。


 何より魔術師様を死なせるのは絶対に嫌です、ここにいる皆が死ぬのも耐えられません……もし僕の命を差し出すことで何とかなるなら喜んで差し出しますからどうか何か思いついてほしいと願いました。


 だけど何もありません、あんな化け物に対して何ができるというのでしょうか。


 他のみんなも同じようなことを考えていたと思います、誰一人それこそジーク様も言葉を発することがありませんでした。


 絶望が僕らの上にのしかかりました……結局僕たちは誰も馬車に戻ることもなくそのまま大地の上で一夜を明かしました。

 

 先ほどジーク様もリース様も大声を上げたというのにやっぱり音食馬はやってきませんでした、あんな化け物に狙われては絶滅しても当然です……恐らく近いうちに僕たち人類も絶滅するでしょう。


 そういうわけで僕たちは、いやこちらの世界の全生命体は近いうちに滅びると思います。


 ですからこの手紙を出せるのも後二通か三通というところだと思います。


 長い間お付き合いいただいてありがとうございます、あと僅かな間です最後までお付き合いいただければ幸いです。


 もしかしたらこの手紙が最後になる可能性もありますが……では失礼いたします。

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