四十通目
前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?
僕がこれまで深くかかわりあった方々全員で移動するため王族が利用する巨大な馬車も含めて三台での旅ですが、今のところ順調です。
最も戦闘員が魔術師様とジーク様とリース様しかいないのは少し心細いところであります。
まあそれはともかく前回伝えそびれましたことを書いていきたいと思います。
まず僕が気絶した後のことです、お姉さんが完全に止めを刺された後ですぐ気絶した僕に魔術師様は回復魔法をかけて傷をいやしました。
そして想像通り魔力の供給が立たれて朽ち果てたドラゴンへ一瞬視線をやった後、暫くの間お姉さんが居た場所を痛まし気に見つめていたようです……僕とお姉さんの大絶叫を聞いて駆けつけてきた音食馬を瞬殺しながら。
その後で僕を抱きかかえて移動しようとしたのですが、兵士たちに城内に立ち入ることを嫌がられてしまったのです。
あれだけのことをしでかした異種族の身内ですから嫌がるのも無理はない話かもしれません。
リース様は問題ないと受け入れようとしたのですが、王様が渋る様子を見せていたそうです。
ジーク様はリース様に口添えしようとしましたが、逆に王様に今まで何をしていたのだと窘められてしまいしかも起き上がったお妃さまに頬をひっぱたかれて泣きつかれてそれどころではなくなってしまったようです。
魔術師様は別に野宿でも構わないとおっしゃってその場を離れようとしたのですが、ふいにあることに気づき頭上を見上げたそうです。
遅れてリース様も上空を見上げて、即座に臨戦態勢を指示しました……ジーク様も遅れてそちらを見て度肝を抜かれたそうです。
そこには虹色の雲が発生していたのです、先ほどまでなかったというのに唐突にです。
大陸の端から滑り落ちて分解された生命体がマナとなり上空で結合したのが虹色の雲です、そして一定以上に成長した虹色の雲からは元の生物達の特徴を兼ね備えた魔獣が発生するのです。
少し考えて魔術師様は僕の使っていた剣を見て、そういうことかと叫んだそうです。
件の僕が使っていた剣、あれは触れた魔法やマナを分解する効果がありましたがその分解したマナがどうなるのかについて考えていませんでした。
そうつまりあの剣で無効にした魔力が空へと昇っていき虹色の雲となったのです、莫大な魔力を持ったお姉さんをも無効化できた剣ですがその代償として分解したマナの総量に匹敵する魔獣を産み落とそうとしていました。
一瞬で雲が魔獣を産むサイズにまで成長したのは、僕に触れたままお姉さんが死んだことで体内にあった魔力全てが分解されたためでしょう……お姉さんの魔力が余りに凄まじすぎたために起こってしまったのです。
魔術師様は魔法陣の上に防御結界を張って僕を横たえるとクー様とレイ様と何故かレイ様の傍から離れない第二王子に後を任せて杖を構えました、ジーク様も王様とお妃さまの盾になるように剣を構えます。
リース様はお姉さんが残した至宝を手に取り、兵士たちに普通の弓矢でいつでも攻撃できるよう準備するように言いました。
そしてついにそいつは産み落とされました、おぎゃぁという嫌な泣き声をあげたと言います。
まるで子供の落書きみたいな形をしていたそうです、山のように大きな楕円形の身体の下部から太さも形も性質も違う足が七脚地面に向かって生えて、上側には同じく見た目も形状も特性も違う腕が九本も伸びていたと言います。
そして三つの異なる羽にお尻付近からまばらに点在して伸びる四種類の尻尾……そして全面に節操もなく開いた顔面というか大口。
ドラゴンのような口もあれば恐竜のような首長の口もあり、蛇のような口もあり魚のような口もあり人のような口も……そして体中にそれこそ足にも手にも羽にも尻尾にまであちこちから光る幾多の眼光もまた一つ一つ違う生き物から移植したかのように統一性がなかったと言います。
お姉さんが吸い上げてきたマナの持ち主の全ての特徴を一つの器に入れて振り回したような姿は見る者すべてに恐怖より嫌悪感を抱かせたようです、そいつはおぎゃあぁあああと甲高い泣き声を上げながら……すべての口から同時にドラゴンのブレスを吐き出したそうです。
一瞬でその場の全てが崩壊したそうです、はっきり言って魔術師様たちも生きていたのが奇跡だと言います。
何もかもが灰燼と化していく中で魔術師様は杖と魔法陣で強化した結界の効果で周りの数人を、ジーク様とリース様は至宝の剣で自らと後ろの人間をかばうのが精いっぱいだったと言います。
それでも即死しなかっただけです、顔と胴体以外が炭化した魔術師様が文字通り必死に至宝の杖を咥えながら弱々しい声で回復呪文を長々と唱えて放てたから何とかなったようです。
杖の効果で回復魔法の効果範囲が広がっていなければ下半身が溶けていたリース様も両足が消し飛んでいたジーク様も回復が間に合わず皆死んでいたと言います。
更にそいつは泣き声をあげながら飛び上がると全ての眼光をまばゆく光らせたと言います、何人かその光を直視したものは石になってしまいました。
そいつはどんどん飛び上がっていきドラゴンに襲撃されましたが、逆に蠍によく似た尻尾を突き刺して一瞬でマナを吸い上げてドラゴンをあっさり殺してしまったと言います。
乱暴に投げ捨てられたドラゴンの死体は城壁に当たりその一部を崩壊させました、そして魔獣は再度口を開いたかと思うと……突然遠くから砂煙を上げながら迫ってくる一群のほうへ向かっていきました。
それは魔獣の叫びを聞いて駆けつけてきた音食馬の群れでした、どうやら口の一つ一つが別の生き物判定のようで数十匹もの群れでやってきた魔物は魔獣に果敢に攻めかかりました。
しかし尻尾で薙ぎ払われるだけで簡単に数を減らし、ついで口から放たれた火炎で大地ごと溶かされてあっという間に数を減らし一桁まで減ったところで音食馬は珍しいことに逃げ出したそうです。
そして四方八方に散って逃げる音食馬を魔獣は追いかけて行き、姿が見えなくなったと言います……その話を聞いて僕は音食馬君の悲しい習性に初めて同情しました、あいつ近いうちに全滅するんじゃないかなとも思いました。
それはともかく何とか危機を脱したわけですがこの騒動でまた犠牲者が出たがために魔術師様に対する視線が厳しくなったそうです、原因を探ればあの魔獣の発生もお姉さんのせいだというのです。
また東側に位置していた住人の死者数が多すぎたのも問題になりました……その付近の家の中に避難していた子供たちにも犠牲が出たのです。
流石にここまでなるとジーク様やリース様が庇いきるのにも限界がありました、それでも必死で魔術師さんの功績と俺の功績を主張し追放だけで済ませたと言います。
しかし余りに強引だったことと犠牲が出すぎたためにかリース様の統治にも疑問がわいてきたそうです、その状態で第一王子のジーク様の帰還が広まったことで王位継承問題はまた複雑化してしまったのです。
さらに石になった人々の解除法……これについては件の剣に強引に触れさせることで無効化することができましたが僕が気絶していることで誰にも動かせなかった剣はあのままあの場所に聖域を作って国の至宝として保管することになりました。
さてそういうわけで僕らの居場所もなくなったことと、どうせゆっくり休めないのなら僕を介護しつつ違う所へ向かうのが良いという結論を出した魔術師様はリース様にお願いして馬車を用意してもらいました。
その際僕が起きるのを待って意見を聞かなくていいのかと尋ねたそうですが、魔術師様は私が決めたことならこいつは文句を言わないから平気だとおっしゃったそうです……流石によくわかってらっしゃいます。
そうして出国の準備をしていると次々に魔術師様の元に皆が顔を覗かせてきたので、お別れを口にしたと言います。
最初に来たのはジーク様でした、魔術師様はこれからはリース様をきちんと支えてやれよとおっしゃいましたがジーク様は首を振ると俺には旅のほうがあってると同行を申し出たそうです。
魔術師様は咎めましたがその決意を変えることはできなかったのです、次に顔を出したのはクー様とめーちゃんでした。
魔術師様は色々とお世話になった、次いつ会えるかはわからないが必ず会いに来るとおっしゃいましたが二人は申し訳なさそうにこの国の空気と視線が厳しいものになってきたと同行を申し出たそうです。
魔術師様は説得しようとしましたが確かにこれだけ大量の死者が出た以上、自分たちを自宅で引き受けていたクー様めーちゃん親子に対する周囲の目は厳しいものになるでしょうしそう考えたら拒むことはできませんでした。
次にレイ様が双子を連れてやってきました、当然双子は連れていくつもりでしたがレイ様は皆が行くならわらわも共に行きたいと久しぶりに我儘を言いました。
魔術師様は魔物の恐ろしさを語ろうとしましたが、周りから知人が居なくなる寂しさを知っているためにどうしても断り切れなかったそうです。
そしてついに出発の日がやってきました、それがちょうどあの日手紙を書いた日だったそうです……どうも僕は一週間近く寝っぱなしだったそうです。
戦後処理等の王宮内での公務に勤しんでいたリース様は姿を現さず、お見送りにはお妃さまと第二王子と、何と僕とクー様が働いていた会社の方々がやってきました。
会社の人たちは僕が起きなくてお別れを言えないことを残念そうにしながら、クー様に今までのお礼を言うと退職金代わりに売買できる宝石をそれなりに渡してくださったそうです。
そして魔術師様に申し訳なさそうにしながらも僕のことをお願いして頭を下げてくださったそうです……本当にありがたいことですね、いつか機会があればお礼を伝えたいところです。
お妃さまはジーク様を呼び出すと二人っきりで何か話したそうでした、魔術師様は親子の会話だろうと言っておりましたが戻ってきたジーク様が何か嬉しそうというか吹っ切れた様子をしていたといいますから……いやこれは二人の物語ですから推測は辞めておきましょう。
そして第二王子は何とレイ様にプロポーズなされたそうです、あの日の気高さと自分を引っ張ってくれそうな凛々しさに惚れてしまったと言います……が断られてしまったようです。
とは言っても今の情けない第二王子には惚れる気にはならないからもっといい男になって出直してこいと言ったようです、亡国の元お姫様が現王子にです。
第二王子はわかった頑張るとおっしゃい、それに対しレイ様は鼻を鳴らすと顔をそらしながら少しだけは待ってやると言ったようです。
めーちゃんいーちゃんこーちゃんの子供組は格好いいとレイ様を褒めたたえたそうで、レイ様も自慢げにしておりました……そんな姿を見てクー様は笑っていたと言います。
さてそういうわけで出発することになりましたが人数が多いので馬車は二台になりましたが、戦闘員がジーク様と魔術師様しかおらずまた馬車を操縦できるのはジーク様とクー様でしたから上手く別れて乗ることにしました。
魔術師様とクー様と僕、もう一つにはジーク様とレイ様が乗って三人の子供たちはその時その時で好きなほうに乗るようにしたようです。
そうして暫く進んでいた時のことです、後ろから猛烈な勢いで馬車が迫って来たようです。
それを見たジーク様はあれは王族御用達の馬車だと言いました、豪華というよりサイズが馬鹿でかい馬車でした。
操縦するのは何とリース様でした、魔術師様がどうしたと尋ねられると社会勉強を口実に王国から出奔してきたと言うのです。
あれだけ責任感も強く王族の義務を果たしてきたリース様の言葉に皆驚きを隠せないようでした、特に仲が良かった魔術師様は納得できないと問い詰められました。
それに対し今のままではあの王国の改善は難しく私も身動きが取れなくなる、それでも今までは第二王子が頼りなかったから頑張ってきたが最近はやる気も出てきて任せてもよいだろうと判断したと言います。
そして少しだけ声を抑えて何より友人であり恩人であるはずの魔術師様達を追い出したあの国の為に働く気にはなれないとおっしゃいました……また王位継承権問題を口にするものも増えた中で皆がいないあの国ではもう辛くて耐えられないとも加えられました。
リース様にそこまで心情を吐露されてはさすがの魔術師様も逆らいきることができず、渋々受け入れることになったと言います。
ジーク様はお前も出奔するとはと揶揄しましたが意外にもリース様はさっぱりした様子で、実は私も王族の窮屈な暮らしに飽き飽きしていたとおっしゃるのでした。
そして兄上を見習ってみたと言って悪戯めいた笑みを浮かべたリース様の手には、ジーク様が国から持ち出し魔術師様のお姉さんが残した至宝の剣が握られているのでした。
こうして皆が勢ぞろいして改めて旅をしようとなったのですが、その際に魔術師様は実は目的があると語りだしたそうです。
それは姉が残した最後の災難である魔獣のことでした、ジーク様はあれならもう寿命で死んでるだろと答えました。
確かに本来魔獣はキメラ状で生まれてくる関係上幾らマナが多くても長生きは出来ません、臓器不全とかの障害で亡くなるのですから。
当然あれほど滅茶苦茶な形をした生き物なら普通に考えればもう死んでいるはずです。
しかし魔術師様は首を横に振り、マナの残り香を追っているが全然減る気配がないのだとおっしゃるのです。
するとリース様がまさかドラゴンの血がとおっしゃいました、魔術師様は可能性があると言います。
ドラゴンの血液には強力な回復効果が含まれていて、浴びたり飲んだりしたものに不老不死に近い生命力を与えると言い伝えられています。
それが本当かどうかはわかりませんがあの魔獣は生きたドラゴンの血液をマナごと吸い上げていました……魔獣の元となったお姉さん自身もまたドラゴンの血を聖杯ごしに飲み干していたはずです。
だからかはわかりませんが実際にあの魔獣は全然死ぬ気配がないというのです、だから追いかけて……倒せるかはわかりませんが始末をつけたいというのです。
とても危険な旅になるがと前置きしたうえで、魔術師様は皆に改めて同行の意志を確認しました。
皆即座に頷いたようです、そうして皆馬車に戻って再度出発する準備をしていた時に僕が意識を取り戻したと言うのでした。
全くとんでもない話です、魔術師様のお姉さんから生み出された魔獣ということは同等の魔力を秘めている化け物ということになります。
あの時の戦闘時ですらお姉さんは遊び半分であの強さだったのです、魔獣ということで手加減などしないであろう存在がどれほどの脅威なのか想像もできません。
おまけに今回は魔法無効のあの剣は抜きなのです、まああの剣で倒してもまた同じ魔獣が生まれるだけだからどっちにしても使えないのですけど……どう考えてもお姉さんと戦った時以上の苦戦が強いられるでしょう。
そんな危険な戦いに本人に許可も取らず僕を巻き込んだ魔術師様を見て……前に迷惑をかけると言った魔術師様のお言葉を思い出して嬉しく思いました。
やはり僕は魔術師様の特別になれたとだという実感すらわいてきました。
というかあれですよね、好きだと告白して好きだと返事をもらったのだから恋人同士ということですものね
まあ僕たちの振る舞いに今のところ変化はありませんが……馬車に人が多いからということにしておきます。
ああもう一つだけ報告しておかないといけないことがあります、お姉さんが持っていた至宝の聖杯についてです。
実はあれ……魔術師様がそっと回収しておいたようで、姉を思い出すからという理由で僕の手元にあります。
とはいえある意味でこれがすべての元凶ともいえるわけで、どうしてもいいイメージがなく活用しようという話は出ておりません……表向きはですが。
というのもですね魔術師様が僕と二人っきりの時ぽつりと、これで一緒に生きていける……寿命で別れることもないなと呟いたのです。
本来の使い方のことでしょう、最も僕には元々マナがないから使えるかどうかすら検証する必要があるのですけどね。
さて今回は説明ばかりになってしまいましたね、次回からはまた日記っぽい形で報告ができればいいのですけど。
では失礼いたします。




