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三十九通目

 前略、皆さま方いかがお過ごしでしょう?


 あれからとんでもないことが起こりましたので筆を執らせていただきました、暫くのお付き合いをお願いします。


 色々と困惑し混乱しておりますために何から話していいかわからず、まとまりのない駄文になってしまうであろうことを先にお断りしておきます。


 まず何が起きたかを書かせていただきます、リース様の王国に呪死行軍が攻め寄せて来たのです。


 魔術師様は新しい杖と覚えたばかりの魔法陣の効果を重ね合わせることで、探知魔法の効果範囲がリース様の治める領内の全体にまで広がったようでそこで無数のゾンビがぞくぞくと集結しつつあることに気が付いたのでした。


 急いで皆と相談しまして防衛線の準備に移りました、城郭都市ということでこの街は城壁に囲まれておりますが肝心の城壁がドラゴン対策のため一戸建てより僅かに高い程度の高さしか無いのでこのままでは蹂躙されるのが落ちだというのです。


 確かに入り口を固めたところで呪いの腐臭は城壁の上まで届いてしまうでしょう、そうなれば防衛どころではありませんから。


 とりあえず城壁からぎりぎり弓が届くところに国家総動員で簡易な防柵を作り王国全体を囲みました、さらに魔術師様はその日から戦闘当日まで魔法を使い突貫作業で地形を変形させて防柵から王国までの間に空堀を十ほど作ってそう簡単に接近できないようにしました。


 ゴーレムと違い一度変形してしまえば動かす必要がない関係上ゾンビが近づいても地形が戻ることはありません、しかも底の岩を隆起させ尖らせてありますので落ちて刺されば行動不能に陥りますし、刺さらなくともそこで足止めを食っている間にゾンビを弓矢で攻撃し行動不能に追い込もうというのです。

 

 できれば退治までしたいところでしたが呪いを打ち払うために必要な解呪矢がまるで足りておりませんでした、前回の襲撃で使い果たしてしまったこととこの国では生産できないため他国からの輸入に頼っていたためにこのような状況下では殆ど集まらなかったようです。


 他にも魔術師様の魔法で地形を変形させて重圧な壁を作る案も出ました、王国を囲んでしまうなり一部に通り道を作ることで攻められる場所を限定させて戦うという案です。


 しかし壁は低ければ効果が薄いし逆に高くした場合は万が一敵が強引に乗り越えようとしてドラゴンが反応して襲ってきてしまったらそれこそお終いです。


 結局は当初の予定通り普通の弓矢をまた国民全員に作成させてた上で、更に子供以外の全員を例外なく徴兵し矢を打ち放つ訓練を始めました。


 この強引な政策には文句も上がりました、何せまだ視界にも映っていない敵が来ると言われて全ての仕事の手を止められての防柵作りの上に徴兵です。


 しかもその敵の襲撃を裏付ける魔術師様のことは公にできないのですから不満の声が上がるのも当然でした、王宮内においても同じ事でした。


 その全て黙らせるためにリース様は期日を決められ、万が一この日までに襲撃がなければ王位の継承権を第二王子に譲ると断言成されたのです。

 

 これによりリース様の覚悟が皆に伝わったこと、またその期日がくれば徴兵も解除されるとわかりしぶしぶとですが納得したようでした。


 果たして決めた期日の数日前についに呪死行軍の群れが姿を現しました、リース様は訓練に参加した全員を城壁の上に並べました。


 そこには僕と魔術師様、ジーク様にクー様にレイ様、さらに王様にお妃さまと第二王子もいらっしゃいます。


 双子はめーちゃんにお願いしてクー様の自宅に置いてきました、不安そうに何度もちゃんと帰ってきてと言われて僕らは頷いたのでした。


 ジーク様はフードを被っておりますからその表情は窺えませんが家族の方を、特にお妃さまのことを何度も見ているような気がしました。


 リース様はそんなジーク様に気を払う余裕もないようで、地平線の向こうから集まってくる敵を注視しておりました。


 まず南のほうからパッと見はただの民間人にしか見えない人々が集まってきました、恐らく服を着て腐っている部分を誤魔化しているのでしょう。 


 王様もおりますが今回の作戦はリース様が主導です、よって彼女が攻撃を指示しましたが皆あれはただの難民なのではと困惑したように躊躇ってしまいます。


 このことは想定内であったようでリース様はすかさず治療部隊である魔法使いたちに彼らに向けて攻撃魔法を放つよう命令しました。


 この攻撃の全ての責任は私にあるとはっきり宣言した上でです、王様が咄嗟に止めよと申されまして動揺が広がりましたが部隊の中の何人かが意を決した様子で呪文を長々と唱え炎の魔法を放ちました。


 魔術師様が普段放つ魔法より一回り小さい火球が一列に並んで飛んでいき、呪死行軍に触れる前にその周囲に漂う呪いによって打ち消されるのを皆が目の当たりにしました。


 改めて攻撃せよとのリース様の命令に王様も含めて逆らうものはおりませんでした、呪死行軍の恐ろしさはこの間の襲撃で身をもって知っていたからです。


 無数の矢が防柵に群がる呪死行軍の群れに襲い掛かります、だけどゾンビ達はまるで怯む様子もなく何と防柵を解体し始めました。


 これは想定内でしたがリース様は苦々しそうにしておりました、強引に乗り越えられるぐらいならば多少時間が稼げたでしょうが一度解体されてしまえば後はなだれ込まれるだけです。


 流石に魔法は使えない様子なのは幸いでしたが、ともかく知性的な行動ができる以上は空堀の攻略も早いと思われました。


 リース様は他の方面に展開している部隊も集めて攻撃をさらに苛烈にしようとしました。


 しかしフードを被った魔術師様がそれを止めました、南側から攻め寄せる数が一番多いのは事実だが他の方角からもゾンビが迫ってきているというのです。


 移動する間も惜しく魔術師様に魔法で光を屈折させてもらいその光景を目の当たりにしたリース様とご家族の方から血の気が引いていくのがわかりました。


 呪死行軍が人間も異種族も魔物すら関係なく一丸となって全方位からこの王国を目指して駆け足で迫ってきていました。


 リース様は全方面に指令を飛ばします、構わないから生き物の姿が見え次第片っ端から攻撃しろと。


 そしてこの国の荒廃をかけた一戦が始まりました、南側の防柵はあっさりと破られ次いで空堀に落ちるゾンビ達に皆で必死に矢を打ち込みます。

 

 空堀に落ちたゾンビが底に落ちて尖った岩に突き刺さっていき、さらに雨のように降り注ぐ矢がゾンビ達を大地に縫い留めていきます。


 だけど次から次へと襲ってくるゾンビはそんな仲間を踏み越えて城壁に迫ってきます。


 僕も当然必死で弓を打ち込んでおりましたがふと迫ってくる一団の中に見知った顔を見つけてしまいました、ここより南に位置していた僕がこの世界で初めて足を踏み入れた王国の人たちです。


 お世話になった会社の人達、さらには大臣の姿もありその近くを豪勢な格好に身を包んだ方もおられました。

 

 誰かがあれは隣国の王様だと叫びました、恐らくあの国は陥落してしまったのでしょう。


 胸に苦い感情が湧き上がりますがそんなことを気にしていられる状態ではありません、僕は懐かしい顔に向かって矢を放つのでした。


 さらに次から次へと押し寄せる大群の中にはやはり王族の格好をした方が何人もおられました、全ての顔を確認したリース様が悔しそうにこの王国より南の国は全滅したようだとおっしゃいました。


 それはつまりそれらの国の総人口が殆ど敵となって襲ってくるということでした、それを一国の戦力だけ抑えなければいけないなどまさに悪夢です。


 魔術師様が肩を落とす姿が見えました、お姉さんが引き起こした惨劇に胸を痛められているのでしょう。


 ぽつりと近くにいる僕にしか聞こえない声で、ひょっとしたら南の端にある魔術師様の里にいったん戻ってから北へ北へと攻めあがっているのではとの推測を口にされました。


 異種族として弾圧されてきた魔術師様の里には人間の討伐に協力しようとする者もいるかもしれませんし可能性としてはありえなくはなさそうです。


 しかし人間に対しての恨み自体はまだ理解もできなくはないですが他の異種族すらも巻き込んで進軍する様はやはり正気とは思えませんでした。


 果たしてお姉さんの目的は本当に人間の全滅なのでしょうか、それとも……考えている余裕はありませんでした。


 北側を守る守備隊から魔法で悲鳴が届きました、炎噴熊の群れが防壁を打ち破り一直線にこちらに向かってくるというのです。


 魔術師様がそちらの光景を映し出しますと前にジーク様が退治したのと同じような個体が、八匹ほど群れを成して迫ってきていました。


 念のため魔術師様に尋ねましたがやはり呪死行軍の一員だとおっしゃいました。


 魔術師様は上から矢で狙いやすいよう空堀を奥から手前に向かうにつれ深くなるように設計してました、そのため体が大きい彼らは浅い空堀を簡単に乗り越えて既に四つ目の堀の攻略に掛かっております。

 

 即座に北側の部隊に炎噴熊へ攻撃を集中するよう指示を飛ばしたリース様は、王様に士気が下がらないようそちらの統制をお願いいたしました。


 王様はリース様の指示に逆らうことなく頷くと北側へと移動していきました、安堵する間もなく次いで厄介な報告が届きます。


 今度は西側でした、どこぞの村で飼われていたらしい家畜の群れが魔物と共に大量に襲ってきていると言います。


 そちらも映してもらうと羊によく似た元家畜たちが砂埃を舞いあげながら防柵に突進し打ち破ろうとしています。

 

 これはすぐには問題にならなそうでしたが数が数だけに矢が足りないのではとの不安の声が上がっています。


 リース様は第二王子に西側の人々が恐慌に陥らないよう現場に赴き鼓舞して指示するように命令しました。


 普段は人の意見に流されてはいと答えてばかりの第二王子でしたが、この状況では脅えながらそんなこと僕にできるのかと不安の声を上げて躊躇しておりました。


 これを聞いたレイ様が彼の元へ行き叱咤なさいました、仮にもわらわの婿候補だったものが情けない声を出すでないと彼の手を引いて西側へと連れて行きます。


 リース様は頼んだと口にしまして、残る東側の情勢を確認しました。


 まだこちらは敵の進行がまばらなので何とかなっているようですが徐々に数が増えてきたとの報告が返ってきました。


 お妃さまが進んでそちらに出向くとおっしゃいました、何かあった際に王族の自分が近くにいるだけでも少しは士気が維持できるはずだと言われリース様はその提案を受け入れました。


 ジーク様が少し未練がましく移動するお妃さまへ視線をやっております、リース様は気付いているのかいないのかわかりませんが再度南側の防衛に全力を注ぎます。


 こちらも既に空堀の二段目までゾンビは攻略しつつあります、魔法攻撃ができず情報伝達に全力を注いでいる魔術師様は歯がゆそうにこの光景を眺めておりました。


 本当なら声をかけて手を握ってあげたいところでしたが、この状態ではそんな余裕はありませんでした。


 そんな中で魔術師様がそんなと悲鳴じみた声を上げました、驚く僕たちは少し遅れて何か妙な物音を耳にしたのです。


 それが巨大生物の振動だと気づいたのはそいつが姿を現してからでした、僕もジーク様もクー様もリース様でさえそいつを目の当たりにした全ての人間が悲観的な声を漏らしました。

 

 かつて旅の途中で見たブラキオサウルスによく似た生き物でした、誰かが名前を口にしましたが僕にはヴォーとしか聞き取ることができません。


 城壁より遥かにデカい巨体が近づく中すがる様に僕らは魔術師様に視線をやりましたが、魔術師様は絶望的な表情であれもそうだとおっしゃいました。


 ヴォーが長い首と尻尾を揺らして地面に横たわるゾンビを踏みつぶしながら迫ってきます、防柵はおろか空堀ですらあそこまでの巨体に対して効果はありませんでした。


 皆がすがるような声でリース様の名前を呼びます、だけどリース様にもこの状況を打開する術など思い浮かぶはずもありません。


 それでも咄嗟にあきらめるなと叫んだリース様はやはり立派だと思いますが、その声が普段より弱々しく感じたのは気のせいではないでしょう。


 皆が弱音を吐きながら矢を飛ばしますが焼け石に水とはこのことでしょう、一切影響を受けずヴォーはゆっくりと進んできます。


 城壁をも揺るがす振動と視覚から伝わる圧倒的な質量に恐怖が連覇し、諦めが広がっていきます。


 だんだんと矢を放つ速度が落ちていきます、リース様がいくら鼓舞してもどうしようもありません。


 やるかとジーク様が僕に耳打ちしました、僕ははっきりと頷いて見せました。 

 

 実は皆に内緒で二人で決めていたことがあるのです、万が一の時は僕の剣が呪いに通用することに賭けてゾンビの群れに飛び込もうと。


 僕らは魔術師様とリース様に後を頼むというと、事前に用意していた縄梯子を降ろし外へと飛び出そうとしました。


 また約束を破る気かと魔術師様が僕に静かに言いました、僕はごめんと言うしかありませんでした。


 しかし魔術師様はため息をつくと本当に困った奴だと言いながら僕の元へ近づきフードの内側に顔を引き寄せ、二度目になる口づけを交わしてくれました。


 一瞬状況も忘れて天上の心地に浸ってしまいましたが魔術師様はすぐに身体を離して、お前が死んだら私も後を追うぞ……だから生きて帰れと優しくおっしゃるのでした。


 ずるいと思いました、そんなことを言われては魔術師様が世界で一番大切な僕としては死ぬわけにはいかなくなってしまいます。

 

 絶対に生きて帰ろうと決意をした僕は改めて魔術師様に行ってきますと声をかけて、城壁から降り立ちました。


 もしもの時は介錯を頼むぜ相棒とジーク様が僕の背中を叩きます、僕はもしもの時はしっかり止めを刺してくれよ相棒と言い返しジーク様の背中を叩き返しました。


 そして顔を見合わせて笑うと魔術師様が空堀の上に作ってくれた道を駆け抜けて恐竜に似た魔物の元へ向かいました。


 果たして至近距離まで近づくと腐臭が漂って……来ませんでした。


 やはり想像通り僕の剣は呪いも完全に無効化できるようでした、隣に立つジーク様は先ほどまで苦しそうにしておりましたが僕が身体に触れると途端に元気になりました。


 他人の呪いも解除できることも確信できました、となるとゾンビ達にも十分効果があるはずです。


 一旦僕から離れたジーク様が呪いの苦痛をこらえながら巨大な魔物の意識を引きます、そして近くに踏み下ろされた脚を僕は剣で軽く切りつけました。


 途端にヴォーの身体から呪いが消失して、ドシンと大きな振動を立てながら崩れ落ちたのでした。


 念のため様子を見ましたが一度呪いが消えたヴォーが起き上がることはありませんでした、生きているうちに呪いで死なないかぎりはゾンビにはならないようです。


 少し遅れて城壁からわっと歓声が聞こえました、僕たちは手を振って答えると残る空堀を乗り越えてゾンビ達のいる最前線へと向かいました。


 ジーク様は持ち前の怪力で自らの剣を振り回しゾンビを片っ端から行動不能に陥らせていきます、そのゾンビに僕は自分の剣を突き立てて確実に呪いを消失させていきます。


 ある程度したらジーク様は僕に触れて体内に溜まった呪いを浄化し、またゾンビを叩き伏せていきます。


 僕らの存在を探知した近くのゾンビたちはかつてのように足早に僕らに向かってきますが、対策ができている以上はむしろ好都合でした。

 

 僕らは片っ端からゾンビを浄化していきます、余りに数が多すぎて時々ジーク様が切り漏らしたゾンビが僕に殴りかかってきますが触れた途端に逆に浄化される始末です。


 これなら負けようがありません、勿論殴られたら痛いですが僕がこちらの世界に来てからどれだけの目にあってきたと思いますか……この程度苦痛にも感じませんでした。


 しかし問題は莫大すぎる量です、僕らが前線で止められる箇所は限られておりますからそちらは矢を射かけて止めてもらっています。


 時折僕らのすぐ近くを矢が通り抜けたりしますがにわか仕込みの素人も多いので仕方ありません、僕らに遠慮して矢を打つのを止める余裕などないのですから。


 一応直撃しそうなのはジーク様が落としてくださりますからこちらは問題がありませんが、これだけの矢の雨が降り注いでもなおゾンビの行進を止めきれないのが辛いところです。


 僕とジーク様が離れて行動できればもう少し広い面を押しとどめらるのですが、呪いの関係もありどうしてもセットで動かざるを得ないのです。


 キリがないなとジーク様がぼやきます、実際僕らだけでもう数百以上の個体を倒して体力的な疲労も高まっておりますが次から次へと押し寄せるゾンビ達は全く勢いが衰えません。


 おまけに時々混じる子供の姿をしたゾンビをも何匹も切り捨ててきたがために、心労も貯まってきておりますが今更弱音を吐くわけにもいかないのでした。


 ふと魔術師様の声が聞こえた気がしました、僕とジーク様が振り返ると何やらクー様が崩れ落ちそうになる魔術師様を支えておりました。


 ここまで魔術師様が大声を出すのは初めてだった気がします、しかもその声は悲観と苦痛に満ちたつらそうな声に思われました。


 しかし今戻るわけにもいきません、弓を打つ手が止まってない以上悪い変化は起きていないと決めつけて、案の定駆けつけてきて即座にゾンビの仲間入りをした音食馬を切り捨てながら僕らは戦い続けます。


 そしてさらにゾンビと戦っていた僕たちはしばらくして、ようやく魔術師様が声を上げた理由を理解することになりました。


 ジーク様が新たに迫りくるゾンビの集団を見てマジかよと悲しそうにぼやいているのがどこか遠くのことのように聞こえました。


 そのゾンビ達は一様に似たような特徴をしておりました、耳が尖り背が高く赤茶けた瞳に牙のような犬歯がある美貌の持ち主……魔術師様によく似ておりました。


 間違いなく魔術師様と同じ種族の方々でしょう、老若男女混成で迫りくる姿はもはや質の悪い冗談にしか思えませんでした。


 お姉さんが南から北上して攻めあがっているという魔術師様の指摘は正しかったようです、ただ自らの里をも滅ぼしてしまったことは完全に予想もしていなかったようです。


 魔術師様によく似た方たちを僕たちは切り伏せていきました、できる限り傷つけたくはなかったのですがそんなことを言ってられる状態ではありませんでした。


 ジーク様が体勢を崩させた個体を僕が上から切りつける、魔術師様によく似た方たちを作業のように処分していく行為に眩暈と吐き気を覚えました。


 今までさんざん人間のゾンビを切り捨てておいて勝手なものです、ですがどうしても魔術師様の面影を重ねてしまいまた魔術師様の心労を思うとどうしようもなく苦しいのでした。


 僕は魔術師様の顔が見たくてたまらなくなりました、ひょっとしたら魔術師様の一族を傷つけたことでまた罵倒されるかもしれませんがそれでも近くに行きたくて仕方ありませんでした。


 だけどそんなことを言ってられる状況ではないのです、ジーク様と二人で必死になってこの場を維持し続けようとしました。


 しかし唐突にリース様のとても響く声が聞こえてきました、どうやら戻って来いと言っているようです。


 僕らは顔を見合わせましたが余りにも必死そうな様子にこの場を放棄して城壁に戻るしかありませんでした。


 追ってこようとするゾンビを切り捨て僕ら用の足場を通り抜けながら壊し、来るときに降ろした縄梯子を伝って皆の元へ戻りました。


 まずはご苦労とリース様に声を掛けられました、クー様に支えられた魔術師様は僕に近づくと抱き着いて涙声で……おかえりなさいと言ってくださったのです。


 僕は魔術師様に里の仲間を傷つけたことを謝りました、魔術師様は仕方がなかったむしろ彼らを呪縛から解いてくれてありがとうと言います。


 そして改めてよく戻ってきてくれたと言って両手で僕の手を取るのでした。


 ロマンスを邪魔して悪いがとジーク様が声をかけてきました、余裕がなさそうに彼は続けます。

 

 どうやら北側の空堀がついに七つ目まで攻略されてしまったというのです、件の炎噴熊が止めきれないようなのです。


 こうなると僕らが向かうしかありません、リース様はこの場は任せろとおっしゃるので僕とジーク様は急いで北側へ向かおうとしました。


 だけど魔術師様が僕の手を離してくれません、行かなければと伝えても首を横に振るのです。

 

 お願いだから私も一緒に連れてってほしい、もうお前が隣にいないと耐えられないんだと言います……魔術師様が周りの目も気にせず我儘をいう姿を始めてみました。


 しかし魔術師様には情報伝達という大事な仕事がありますだからと断らなければいけないのですが、僕も離れたくないと言ってしまいました。


 リース様は時間がないとおっしゃい、治療部隊を伝令に回すから行って来いと言ってくださいました。


 確かにこの戦いでは普通の手傷を負うことはほぼありませんから英断だと思われました、僕はリース様にお礼を言うと魔術師様の手を引き一緒に北側へと移動するのでした。


 そちらを指揮する王様はだいぶくたびれた様子でしたが僕らの活躍は聞こえているのでしょう、もはや見栄も外聞もなく頼むと頭を下げられました。


 ジーク様は実の父親に頭を下げられて乾いた笑い声をあげると、早速縄梯子を降ろし地上へ降り立ちます。


 僕も同じく魔術師様と共に地上へ降りて、一旦手を放して空堀の上に道を作ってもらうとまた手を取りすぐ近くまで迫っている炎噴熊の元へ向かいました。


 体長三メートルはある炎噴熊が僕らに気づき迫ってきます、道中で何とか二匹は足止めできたようですが残りの六匹が横並びに壁のようになって襲い掛かってきました。


 早速ジーク様が正面から切りかかり一匹目を僕の足元へと弾き飛ばします、すかさず切りつけてこれを退治しました。


 二匹目と三匹目が同時にジーク様へと迫ります、ジーク様は丁度二匹の間に飛び込んで片方の攻撃をはじいてもう一匹にぶつけることでバランスを崩させてこちら側に転がしました。


 すかさず僕は魔術師様の手を取ったまま走り寄り踏みつけました、衣類の上から触れても効果がありますからこれで二匹目も力を失いました。


 その間にジーク様がもう一匹も倒していたので剣で軽く切りつけてこれも無力化しました、そこでジーク様が戻ってきて僕とハイタッチします。

 

 呪いを浄化したジーク様にまたしても二匹同時に炎噴熊が迫り来ます、そして僕のほうに残る一匹がやってきました。


 僕は魔術師様から手を離すと模擬線を思い出しながら剣を構えて炎噴熊とにらみ合います、魔術師様が後ろで不安そうな声を出していますがそちらへ振り向く余裕がありません。


 さっと炎噴熊が襲い掛かる中、僕はジーク様がやっていたように剣を盾代わりに構えて攻撃を受け止めました。


 重い一撃に剣が軋みましたがすぐに炎噴熊は崩れ落ちました、ほっとした僕の元に二匹とも切り捨てたジーク様が心配そうに駆け寄ってきます。


 相性有利な炎噴熊一匹相手に僕はぎりぎりの戦いをしていたというのに、逆に剣の効果を使えないのにあっさり二匹を退治してしまったジーク様との実力差をつくづく感じてしまいます。


 とりあえず魔術師様の手を取ってから行動不能になっている残りの炎噴熊二匹に止めを刺してようやく一息ついていると、魔術師様がぽつりと逞しくなったなとおっしゃってくださいました。

 

 ジーク様に比べればまだまだ情けない限りだと言い返しましたが、魔術師様はそんなことはない、私など怯んでいた……十分格好良かったと言って僕に微笑んでくださったのです。


 ありがたい限りです、最も怯まなかった一番の理由は魔術師様に情けない姿を見せたくなかっただけなのですが……二番目は道中色んな魔物にやられ続けてきたせいで炎噴熊の単純な攻撃が痛くなさそうに見えたからというのはここだけの話です。


 さて周りを見回されたジーク様はこっちはこれで暫くは大丈夫だろうとおっしゃい、僕たちはまた城壁へと戻ったのです。


 王様はすぐにお褒めの言葉を送られました、周りの民兵たちは僕らを褒めたたえました。


 取り合えず士気も回復したようですしこちらは問題ないでしょう、そう思っていると魔法でリース様からの伝令が届きます。


 今度は西側で混乱が発生しているというのです、僕らは忙しくそちらへと向かいました。


 到着するとそちらでは第二王子、ではなくレイ様が必死になって指示を出しているところでした。


 僕らが到着するとレイ様は一瞬泣きそうになりましたが、すぐに気丈な表情を作ると状況を説明なさいました。


 戦場を見ると無数の家畜や小型の魔物の群れがこちらへと突っ込んできていて、数の暴力で強引に空堀を埋めて進軍しておりました。

 

 こちらは五つ目まで空堀が埋まって、さらにその上を小型の家畜と魔物が走り抜けています。


 ゴブリンや相変わらずの音食馬に滑空して襲い来る鉄蝙蝠、さらに歩岩石や本来泥の中から動かないはずの泥蠍まですさまじい混成軍でした。


 第二王子はそのうち矢も尽きるし勝てるわけないとぼやいております、どうやら士気が下がっていた兵士たちの空気に影響されてしまったようです。

 

 本当に流されやすい方です、そのせいで矢を節約するためにもっと引き寄せてから一斉に攻撃すべきだという意見と当初のリース様の指示通りとにかく射掛けて相手の動きを止めなければという意見に分かれて現場が混乱してしまっているようです。


 レイ様は矢の心配はいらない、尽きるころには必ずリース様が代案を出してくださるからリース様を信じて新たな指示が来るまで攻撃を続けるのじゃと必死で意見を統一しようと頑張りましたが外部の人間であることと、まだ若すぎるためどうしても意見を統一しきれないでいるのでした。


 状況を理解した僕たちはレイ様を褒めてやり、同時にジーク様は盛大にため息をつくと第二王子の面をひっぱたきました。


 それでもやる気を出さない第二王子をフードの内側に引き寄せて御尊顔を拝ませてたことで、第二王子が驚きの声を上げました。


 そして二度三度と何事か呟くと僕に向かっていくぞと言います、僕は何も聞かずに頷くとまた同じように地上に降りて魔物たちの群れに向かっていきました。

 

 今回は一匹一匹はそこまで強くないけれどただひたすらに数が多かったのですが、南側と違い一か所からまっすぐ攻め寄せてきていることから僕らがいる場所さえ死守すれば抜けて行かれることはないでしょう。


 ですからひたすらにジーク様に暴れてもらい、僕も確実に倒せる奴を倒していきました。


 雲霞の如く迫りくる敵をジーク様は一撃で数匹まとめて切り伏せていきます、僕は一匹一匹ちまちま倒していきました。

 

 とにかく数が多いので止めを刺すことより行動不能に陥らせれることを優先するしかありません。


 足元にひれ伏したゾンビは時々蹴りつけたりして処分しますが、とにかく目の前の敵を倒し続けました。


 どれだけ戦っていたでしょうか、とにかく終わりが見えない中の戦闘でしたが城壁からの援護攻撃がだんだん増してきました。


 そして僕らの活躍に盛り上がる声も聞こえてきます、ある程度落ち着くころには再び矢の雨が降り注いでいて敵の集団は三つ目の堀まで下がっておりました。


 レイ様の戻って来いという声が微かに聞こえた気がしました、敵の攻勢もひと段落付いたこともあり僕らは城壁の上に戻ります。


 第二王子が皆の指揮を始めたことでようやく一息つくことができたレイ様が僕らを嬉しそうに出迎えてくれました。


 改めて僕と魔術師様はレイ様によく頑張ったと褒めてあげるのでした、ジーク様は第二王子の活動を見守って微笑んでおりました。


 これでこちらは大丈夫そうです、リース様に連絡を取ると魔術師様の探知魔法を駆使して危ない場所へ出向いてくれと言われました。


 そこで魔術師様から一旦手を放し探知魔法を使ってもらい、即座に青ざめた魔術師様が東側が危ないと悲鳴じみた声を上げました。


 事情も聞かずにジーク様が弾かれたように走り出しました、国内はマナが生きていますから剣の能力を活かし疾風のように一瞬で姿が見えなくなりました。


 魔術師様も飛翔魔法を使ってジーク様の後ろを追いかけます、僕は走って追いかける羽目になりました。


 何故あんなに焦っていたのか、僕と一緒だと魔法が使えないのはわかりますがあれほど一緒に居たいと言った僕を置いていく理由は何なのか……すぐにわかりました。

 

 太陽が降って来たかのような閃光が王国全体を照らしました、それが圧倒的な熱量を持った巨大な塊が東側の城壁に直撃したからだと気づいたのは大爆発が巻き起こってからでした。


 ゾンビ達は魔法を使えませんし、そもそもあれほどの威力の攻撃を出来る存在は限られています。


 僕は全速力で東側へと向かいます、道中で爆発の余波によりあちこちに火の手が上がっているのが見えました。

 

 リース様が今一番手の空いている北側の兵士を半分分けて消火活動に当たらせるよう魔法で伝令を飛ばしたのがわかりました、同時にその地区にいる非戦闘員を違う地区に避難させるようにも呼びかけていました。


 さらに東側の情報を求めました、すると……声が聞こえました。



 あーそびーまーしょー



 僕はその声に聞き覚えがありました、遅れて魔術師様がすべての元凶が襲ってきたと魔法で国中に叫びました。


 そして定期的に揺れ響く振動が激しい攻防が始まったことを僕に伝えてきます、現場の現状がわからない僕はただ必死で走るばかりです。


 ようやく現場に辿り着いた僕は、城壁の一部が完全に崩れているのを目の当たりにしました。


 更にどこかから凄まじい剣戟の音が振動と共に伝わってきます、その方向に向かって走ると気絶したお妃さまを一人の兵士が必死で介護しておりました。


 周囲には炭化した死体が幾つも転がっていて黒煙もあちこちから立ち込めていましたが、不思議と火の気はどこにもありませんでした。


 その兵士に何があったか尋ねると彼は震えながら語りだしました、不意に呪死行軍が引いたと思ったら巨大な火の玉が飛んできて城壁は吹き飛んだこと。


 訳も分からないまま軽傷だったお妃さまの指示に従い燃え上がる炎に消火活動を行いながら負傷兵を運び出そうとしていると美しい女性が近づいてきたこと。


 そして手に持った大きな剣から雷撃を発生させて連鎖反応を巻き起こしその場にいたほとんどの兵士を炭化させてしまったこと。


 さらに女性がもう一度剣を持ち上げたところでお妃さまが皆をかばうように前に進み出たこと、そんなお妃さまに笑いかけた女性が剣に炎をまとわせて放とうとしたこと、そこにフードを被った男すなわちジーク様が割って入り目にも止まらぬ速さで切りかかり女性を城外へ吹き飛ばしてくれたこと。


 女性の姿が見えなくなるとジーク様はふら付くお妃さまの元へ駆け寄り抱き留めてあげて、フードの中の顔を見たお妃さまは安心しきった様子でジーク様に体重をお預けになるとそのまま意識を失ったと言います。


 さらに遅れて飛んできたフードを被った方、すなわち魔術師様が魔法を唱え辺りの炎を一気に消化させるとジーク様は軽傷だった兵士の彼にお妃さまを預けると魔術師様と並んで女性のいる城外へ飛び出していったそうです。


 僕は今の内容をリース様に伝えてくれるようお願いしてから、剣戟の聞こえる方すなわち城外に向かって走り出しました。


 崩れ落ちた城壁を乗り越えて城外に出た僕は大地に崩れ落ちる兵士達の死体があふれる中、激しくぶつかり合う二人を目の当たりにしました。


 片方はジーク様でした、もうフードが捲れていても気にする様子もなく憎しみのこもった表情で切りかかっています。


 それを笑いながら受け止めているのが想像通り魔術師様のお姉さんでした、その手には何故か前の戦いで失われたこの国の至宝である剣が握られておりました。


 すぐ傍では魔術師様が至宝の杖を大地に突き立てて素手で呪文を唱えておりました、近くに呪死行軍がいないため魔法が使えるようになっているのでした。


 ジーク様がもはや僕の目では負えない速度でお姉さんに切りかかり、お姉さんは魔力を込めた剣で受け止めます。


 剣がぶつかり合った衝撃が耳がおかしくなりそうな轟音を鳴り響かせ大地に大きなクレーターを作り、国中を揺るがすほどの大地震を発生させます。


 しかしその時点でジーク様はその場を離れており気が付けばお姉さんの後ろから切り付けておりました。


 流石にお姉さんは反応しきれないようで直撃を受けて吹き飛ばされますが、飛ばされた先で優雅に着地してみせました。

 

 あれほどの速度と威力で切りつけられて傷一つ負った様子を見せないお姉さんでしたが、既に着地地点に先回りしていたジーク様に頭上から剣を振り下ろされ今度はお姉さんも手に持った剣を間に滑り込ませて防きます。


 またしても王国中を衝撃が襲います、そこに魔術師様が氷結魔法を解き放ちます。


 即座に距離をとったジーク様の目の前でお姉さんが巨大な氷に閉じ込められました、圧倒的な冷気に氷が接している大地から凍土が広がっていきます。


 しかしお姉さんはまるで気にした様子もなく身体をよじるとあっさりと巨大な氷は割れて自由を取り戻してしまいます。


 すかさずジーク様が切りかかりますが、今度はお姉さんは剣に火炎をまとわせて切り結びました。


 途端に灼熱の炎が剣から舞い上がりジーク様を包み込みました、炎は倒れている兵士たちの鎧が燃えるほどの危険な熱量でした。


 ジーク様は剣で振り払い何とか火炎柱を打ち払いましたが、あれほどマナで強化されていてなお身体のところどころが炭化しております。


 魔術師様が竜巻魔法を唱えお姉さんを竜巻の中に閉じ込めました、その間にジーク様は魔術師様の至宝が発する回復魔法で傷をいやしており再度攻撃を仕掛けに行きます。


 魔術師様の至宝は使った魔法を魔力が持つ限り放ち続けてくれますから、恐らく戦闘開始時に回復魔法を使っておくことで自動回復できる状態にしておいたのでしょう。


 お姉さんが竜巻を払い消し飛ばしてる隙にジーク様の強烈な一撃が頭に直撃しましたが、身体強化されているためか髪の毛が数本千切れただけで掠り傷一つ負うことがありません……やはり真っ向勝負では叶う相手ではなさそうです。



 うふふ……そんな玩具どこでひろったのかしら?


 

 どうやら魔術師様とジーク様が使っている至宝が気になる様子です、お姉さんと切り結びながら手前なんかに教えるかとジーク様は唾を吐きました。


 普段の余裕はなく完全にブチギレています、あと一歩でお妃さまが亡き者にされていたのですからその怒りは当然でしょう。


 

 まあ私の玩具のほうが便利だけどね、完璧に修理できてるでしょ?



 そう言ってジーク様が使っていた剣を振り回すお姉さん、手前がそれに触るんじゃねえと攻撃を受け止めながらジーク様はさらに怒りを増していきます。


 続いて魔術師様が叫びます、本気で人間を滅ぼすつもりなのか……そんなことをしても虚しいだけだ、何より私たちの里はおろか他の異種族まで巻き込んでまでする意味があるのかと。


 お姉さんは不思議そうに首を傾げます、しかし少ししてポンと手を叩くと恥ずかしそうに口にしました。



 そっかぁ……お姉ちゃん勘違いさせちゃったんだね、格好つけないでちゃんと言うべきだったかな?


 

 何を言い出すかわからずただ嫌な予感だけが広がる中お姉さんはその圧倒的な魔力で声を遠くまで響くようにして、この国……いや大陸中に宣言したのです。



 人の類よ、悉く滅ぶべし……人間も異種族も魔物すら関係なく知性ある生き物全てが滅ぼす対象だ



 一瞬あっけにとられた僕たちでしたが、すぐに魔術師様が姉の名前を呼び捨てて怒声を上げました。


 ジーク様もふざけるなと激怒して襲い掛かります、僕も二人の攻撃を観察してお姉さんに襲い掛かるタイミングを見計らいます。


 僕が触れれば倒せる可能性は生まれます、だけどあれだけの魔力ですから警戒されれば幾らでも対処は出来てしまいます。


 それこそ魔法で足場を崩されるだけで厳しいのです、岩の壁で囲われてしまえば僕では壊せません、空を飛ばれても手も足もでないです。


 何より超高速で攻撃を仕掛けているジーク様にある程度対抗できている相手です、だから剣の効果がばれたら僕の技量では絶対に当てられないでしょう。


 いかに僕の剣をお姉さん本体に届かせるかがすべての鍵なのですから、慎重にチャンスを見定めないといけません。


 しかし同時にお姉さんが接近戦に付き合うのをやめてしまったらそれこそ手が出せなくなります、その前に動く必要がありました。


 ジーク様は冷静さを失っておりますからともかく、魔術師様はきっと足止めをして隙を作ってくださるに違いない……僕は彼女を信頼してついにお姉さんに立ち向かうべく近づき始めました。


 ジーク様はお姉さんがふざけ半分で振り回す剣の一撃を受け流し、強引に隙を見出し切りかかっていきます。


 お姉さんはやはり魔力で無茶苦茶に身体能力を強化した上で敢えて接近戦に付き合っています。


 最初に宣言した通りお遊びのつもりなのでしょうね、それこそその気になればゾンビ兵でも召喚獣でもいくらでももっと有利に戦う方法はありますから。


 しかしさすがに近接戦闘の技術自体はジーク様のほうが上のようで、二回に一度はお姉さんの防御をかいくぐり攻撃を当てております。


 それでもダメージを与えるには到底及んでおりません、むしろ時折お姉さんの剣から放たれる魔法を喰らうたびジーク様は大ダメージを負ってしまう始末です。


 咄嗟に魔術師様が動きを固める魔法を放ちます、氷漬けにしたり暴風で飛ばしたり岩で挟み込んだり……だけどこちらは一瞬で振り払われてしまいジーク様が回復し終わるころには動けるようになってしまいます。


 僕は余りの戦闘の激しさに攻撃するチャンスをつかめないでいます、ジーク様の全力攻撃に巻き込まれたら潰れてしまいますし魔術師様の魔法が触れたら剣の効果がばれてしまいます。


 どうするべきか悩んでいるとリース様の力強い声が聞こえてきました、放てという言葉と共に無数の矢がお姉さんに向かって射掛けられました。


 気が付けばリース様が部隊を編成しこちらに駆けつけておりました、どうやらゾンビ達は全方面から一時的に去っていったようです。


 部隊の中には王様も第二王子もレイ様とクー様の姿もあります、全員勢ぞろいと言っていいでしょう。


 彼らの目の前で放たれた矢はお姉さんの剣から発した巨大な竜巻とぶつかり、僅かに気勢をそぎましたが結局押し切られて僕らは矢ごと吹き飛ばされそうになりました。


 その暴風で魔術師様のフードが暴かれてしまいます、兵士たちがお姉さんと見比べてざわつきますがリース様が一喝して動揺を抑えます。


 王様はそれよりもお姉さんの手に持つ至宝が気になるようで何故あれがと呟きます、ついで暴風を切り裂いてお姉さんに一撃を喰らわせたジーク様に気づいて名前を呼びました。


 しかしお姉さんもジーク様もその言葉に反応することなく、戦いを続けておりました。


 怯むな放てとリース様は命令を飛ばします、再度放たれた矢はジーク様の攻撃を防いでいたお姉さんに直撃しました。



 あら……懐かしい、解呪矢じゃない?



 それでも傷一つつかず地面に落ちた矢をお姉さんは踏みつぶしました。


 どうやら残り少ないありったけの解呪矢を使っているようです、確かに呪死行軍はお姉さんが操っている以上ここで倒せれば恐らく動きが止まるでしょうし英断です。


 だけど百人近くから一斉に放たれた解呪矢で、魔法一つ無効化できないとは力差がありすぎます。


 このままでは本当に戦いになりません、もしお姉さんが本気を出したら蹂躙されるのが落ちです。


 ジーク様が魔法の直撃を受けて僕らの元へ吹き飛ばされてきました、足の骨が折れたようですが杖の至宝がすぐに傷を癒します。


 僕はこのタイミングで仕掛けようと思いました、僕とジーク様が同時に迫ればお姉さんはどちらを防御するか選ぶことになるはずです。


 さらに魔術師様とリース様に僕らに合わせて攻撃を放ってもらうようお願いすると、ジーク様と並んでお姉さんに向かって駆け出しました。



 あらあなたは……この間は大変お世話になりましたねぇ



 恐らくは前回の出会いの時にドラゴンをぶつけた件だろうと思います、にたぁとお姉さんは僕に笑いかけます。



 おかげさまで……ほらっ!!



 お姉さんが剣を地面に突き刺して指を鳴らすと、突風が巻き起こり巨大なドラゴンが駆けつけてきました。


 まさか本当にドラゴンをも……それも三匹も使役するとはとリース様が信じられないとばかりに口にしました。


 魔術師様が僕に声を掛けます、そっちを振り向くと悔しそうな顔で杖と一緒に首を左右に振って見せました。

 

 剣を持っている僕は感じませんが恐らく呪いの腐臭が漂っているといいたいのでしょう、しかし苦しそうにしていないところを見ると魔法だけ無効化しているようです。

 


 上手く血抜きしないと呪いが届かないからこれだけだけど、凄いでしょうちのペット……ちょっと遊んであげてよ



 そしてドラゴン三匹が僕に襲い掛かります、頭上から三つの爪が恐ろしい速度で迫り来ました。


 一つはジーク様が弾いてくださいました、もう一つはリース様が部隊の攻撃を集中させて押しとどめました。


 しかし残った一匹の爪がまっすぐこちらに迫ってきます、もう剣の効力を隠している余裕はなく僕は咄嗟に剣を持ち上げて爪を受け止めます。


 剣越しに僕の身体に衝撃が突き抜けます、大地と爪の間に挿まれた全身の筋肉と骨が一瞬で悲鳴を上げ僕はその場に跪いてしまいました。


 すぐに僕の剣に触れたドラゴンは力なく崩れ落ちました、その間にもリース様と兵士たちが必死で解呪矢を放ち続けもう一匹も仕留めましたがそこでついに解呪矢も尽きてしまいます。



 今……何をしたの?



 解呪矢のほうはともかく僕の剣に触れたドラゴンの末路は予想外だったのでしょう、お姉さんは笑みを消して僕を見つめてきました。


 こんな時なのに真面目な顔をしたお姉さんと目が合った僕は、本当に魔術師様によく似てると思いました。


 気が付いたら僕は自然とお姉さんに話しかけていました、何で知性ある生き物を滅ぼしたいのか……魔術師様も滅ぼすのかと。


 お姉さんはゆっくりと首を横に振りました。



 私が可愛い妹を殺すわけないでしょ……ただ二人きりになりたいだけよ



 魔術師様が心底驚いたような顔をしたあと、汚らわしいものを見るような目でお姉さんを見つめます。


 そんな理由でと魔術師様は叫びます、お姉さんは嬉しそうに頷きました。



 だってあなた寂しがり屋だもん……世界に二人きりになれば私に依存してくれるじゃない



 ずっとずっとあなたの視線を独り占めしたかったわぁ……だけどあなた私をお姉ちゃんとしてしか見てくれないんだもん



 魔法はすごいし可愛いし格好いいあなたのお姉ちゃんは無能だから、お姉ちゃんするのとぉってもつらかったのよ



 でもね頑張ったの、なんでかわかる……愛してるからよぉ



 でもねぇあなたは私を愛してくれないじゃない、いくら頑張っても姉妹以上に愛してくれないじゃない



 ううん、大好きな妹を悪く言っちゃいけない……きっと私の努力が足りないだけ



 でもあなたはとっても魅力的で、私は役立たずの無能だから普通に努力するだけじゃダメだって気づいたの



 常識通りの努力じゃダメだった、常識はずれの努力でもダメだった、じゃあ常軌を逸した努力だったらどうかなって思ったの



 お姉ちゃん真面目だったから難しかったけど、一生懸命非常識な行動取ったのよ



 里から至宝盗み出していろんな人に体液を分けてもらって、里じゃ忌避されてるエッチなこともたくさん教えてもらったわ



 お陰でね人を望み通り動かせるようになったから、あなたを操って愛してもらえばいいのかなって思ったの



 でもそれでもダメみたい、帝国で試してみたけど誰も祝福してくれなかった



 招待状も出したのに王様もお姫様も顔を見せてもくれなかった、認められなかったの……その方法じゃダメだったの



 やっぱり私なんかの身の丈じゃ狂気に身を委ねるぐらいの努力じゃ全然ダメだった



 私の持つ全てを使い切ってもとても届かない、じゃあ世界の全てを使い潰すぐらいの努力をしたらどうかなって思ったの

 


 そしたらほらやっと思いついちゃった、世界中であなたに話しかけるのが私だけだったら流石に振り向いてくれるよね



 世界中であなたの話を聞くのが私だけだったら流石にこっちを見てくれるよね

 


 世界中であなたの前で動くのが私だけだったら流石に無視しないよね



 世界中であなたの動きを見てくれるのが私だけだったら流石に無視できないよね



 私とあなたしかいない世界なら私が認めれば問題ないものね



 あなたと私しかいない世界ならあなたを操っても認められるものね



 後は天秤にかけてみただけ、あなたと世界……答えは簡単に出たわ



 じゃあ人類滅ぼそうって思ったわ、そしたらあなたにであっちゃったの……やっぱり正しいってことよね



 だって里では顔を合わせてたけど辛いだけで、里を出た後はずっと会いたくて恋焦がれてたのにずっと会えなくて辛いだけだった



 だけどこの前出会ったらあなたは真剣に私を見てくれた、姉としてではなく一人の敵として……人間としてみてくれた



 これって一歩進展したってことよね、やっぱり正しかったってことだよね



 だからお姉ちゃん頑張るの、あなたと二人きりの夢の世界を目指して頑張るの……応援してくれるよね



 魔術師様は吐き気をこらえるような顔をして、心底気持ち悪そうに答えました……ふざけるなと。


 お姉さんはそんな汚い言葉遣いしちゃだめよと嗤います、どこからどこまでが本心なのでしょうか。


 いや本人は本気かもしれませんがここまで来るまでの道中で、人間の悪意にさらされ続けたお姉さんの心が歪んでしまっただけのような気がします。


 そう信じたかったのは、魔術師様を慕う無能な僕も一歩間違えれば……ああなってしまったような気がするからでしょうか。


 ジーク様もリース様も反吐が出るような顔でお姉さんを見つめています、クー様は痛々しいものを見るような顔でした。


 レイ様はどこか申し訳なさそうです、僕は……剣を地面に突き立てて強引に立ち上がりました。


 またしても全身ボロボロで呼吸するだけで全身が痛みますがもはや慣れっこです、全くこっちの世界に来てからいつもこんな感じですね。


 お姉さんは立ち上がった僕を見ると警戒しているのでしょうか、それともお遊びの続きなのかドラゴンを差し向けようとします。


 どちらにしても手下を呼び始めた以上もう攻撃を当てるのは難しいでしょう、いや元々僕なんかがジーク様と張り合える相手に攻撃を当てること自体が無理だったのかもしれません。


 お姉さんの言葉が頭を去来します、無能な僕がまっとうな努力で……まっとうな方法で勝てるはずが無いのです。


 だとすれば僕がすべきことは……目の前でジーク様とリース様が僕とドラゴンの間に盾となるように滑り込もうとします。


 魔法を使えない魔術師様も前に進み出てドラゴンとの間に立ちふさがろうとしました……そんな魔術師様の手を取って僕は剣を片手に痛みを堪えながら前へと進み出ます。


 魔術師様は驚いたようでしたが抵抗しませんでした、ジーク様とリース様にお礼を言って脇にどいてもらい僕はドラゴンの前に立ちます。


 そしてちらりとお姉さんの状況を確認してから話しかけました、気持ちはよくわかりますよと。


 周りがざわつく中もう一度口を開いて魔術師様は可愛いですからと伝えるとお姉さんは嬉しそうに頷きました。


 こんな時に何をとバタつく魔術師様に一瞬だけ視線を送ってから、そんなお姉さんにお願いしたいことがありますと魔術師様と繋いだ手を掲げて見せました。


 

 あはは、人質にでもするつもり……それとも引き渡すから交換条件……どっちも却下よぉ今の私なら何とでもできちゃうんだから


 

 お姉さんは笑って見せます、だけどそのどちらにも首を振って見せると僕は思いっきり息を吸い……叫びました。



 お姉さん……妹さんを僕に下さいっ!!



 完全に予想外だったのでしょう、空気が固まりお姉さんの表情も凍り付きました。


 そして真っ赤になっている魔術師様と目を合わせて迷惑かけますと口にすると、皆に集中されている中で手を引き身体を寄せて……強引に唇を奪いました。


 途端に固まった空気が動き出しざわつき……お姉さんが激怒の表情で叫びました。



 大却下よぉおおおおおおおおっ!!



 そしてドラゴンを操る手間も大地に突き刺した剣を抜き取る手間も惜しみ、魔法すら唱える時間を厭い一刻も早く僕を排除すべく全速力で殴りかかってきました。


 愛する人を汚された人がそういう行動をとるとわかっていました、僕にも経験がありますから。


 僕は魔術師様を突き飛ばすと剣を眼前にまっすぐ構えて、どこか他人とは思えないお姉さんの……保護者様からの一撃を正面から受け止めました。


 当然顔の前に構えていた剣はあっさり避けられて、胴体をぶん殴ったお姉さんの拳は身体強化された勢いもあり簡単に僕の身体をぶち抜きました。

 

 だけどそこまでです、頭を潰されなかったために苦痛に慣れていた僕はこの痛みで即死することも気絶することなくこらえきることに成功しました……勿論剣は握られたままです。


 そうこちらの攻撃が当てられないとしても向こうの攻撃を受け止めることはできます、ならそれを誘発すればいいだけでした。


 剣が直接触れなくても持ち主の身体が触れていれば魔法無力化の効果は発揮されますから。


  

 この……っ!!?



 剣は見事お姉さんの莫大な魔力をも発散させてみせたようです、まだ息がある僕に止めを刺そうとしたお姉さんですが魔法が無効化され身体強化の効果も失ったお姉さんはただの非力な女性でした。


 僕の身体から何とか腕を抜こうとしているお姉さんを僕は逃がさないとばかりにその腕を掴んで抑え込みます、先ほどまでの動きが嘘のようにお姉さんは動けなくなります。


 だけどそれが限界でした、僕の意識はだんだんと闇に落ちていきます……やはり僕ではお姉さんにはかないません。


 お姉さんが言った通り無能な僕が幾ら努力したところで、常軌を逸した方法で努力したところで成し遂げれることはこの程度でしかなくたかが知れていました。



 わかってるよ、相棒っ!! 



 だけど僕には仲間がいました、迷惑ばかりかける僕を受け入れてくれる魔術師様が……いつだって僕の危機を助けてくれるジーク様が……この作戦を思いつくきっかけはレイ様とのトラブルでした……色んな事があったけど僕には一緒に旅をしてくれた仲間がいたのです。


 ジーク様の見事な一撃は僕だけを避けて無防備なお姉さんを再生のしようがないほどに叩き潰しました。


 そしてついに力尽きて倒れた僕の身体からお姉さんの腕を引き抜いて、万が一にも再生しないよう僕が落とした剣の上に重ねてから叩き潰しました。


 そこまで確認したところで僕の意識は闇に落ちたのです。


 次に目が覚めたとき僕は馬車に揺られておりました、何故と思う間もなく頭が触れる妙に柔らかい感触に気を取られ……同時に目の前に映る大迫力のグレープフルーツに意識が集中してしまいました。


 どうやら僕は魔術師様に膝枕されているようでした、後頭部に触れるこの素晴らしき感触をもっと堪能しようと目を閉じようとして……その前に魔術師様と目が合ってしまいました。


 魔術師様は何もおっしゃいません、ただにこやかに笑いながら僕の頬を撫でるだけです……が妙に迫力を感じました。


 僕は恐る恐る怒ってますかと尋ねました、魔術師様は何も言わず笑みだけを深くして僕の顔を撫で続けます。


 もう一回怒ってますよねと尋ねてみました、魔術師様は更ににこやかに微笑むと僕の頬に手を伸ばし……思いっきり抓るのでした。


 何で怒ってると思うと魔術師様は口にします……僕はごめんなさいと答えました。


 頬を抓る力が強くなります、地味に痛いですが我慢しました。


 何で怒ってると思うと魔術師様は再度口にします……僕は強引に唇を奪ってごめんなさいと答えました。


 頬を抓る力がかなり強くなります、千切れてしまいそうで泣き出したいのですが我慢します。


 それで怒ってると思うかと魔術師様が三度尋ねます……僕は命を投げ出そうとしたことを謝罪しました。


 もう一度強く抓ってから魔術師様は離してくれました、頬がじんじんします。


 魔術師様はおっしゃいました、もう本当にやめてくれと。


 里の仲間も失った……唯一の身内も失った……私が甘えられるのはもうお前しかいない……姉の語っていた通りだ……寂しがり屋なんだ私は……多分もう既にお前に依存しかけている……本当にお願いだから……お前まで私をおいて逝かないでくれ……


 気が付けば魔術師様は涙を零しておりました、僕の顔に滴り落ちてきます……僕は不謹慎ですがとても美しいと思ってしまいました。


 わかりましたと僕は答えます、魔術師様がそうおっしゃるのなら僕は全力で長生きして見せますと言いました。


 だけど信じてくれません、お前は何回同じ嘘をつく気だと涙を流したまま睨んできます……ちっとも迫力がなくて可愛いと思ったのは秘密です。


 本当ですよと答えました、だけど魔術師様は何度も何度も僕にお願いします。


 絶対に今度こそ約束してくれ……私より先に死なないと……このお願いを聞いてくれるなら私は……私もお前のお願いを何でも聞いてやる……だから死なないで……


 僕はなんと返事をしたら納得してもらえるのか……泣き止んでもらえるのか必死になって考えましたが答えがでませんでした。


 代わりにお姉さんの言葉が蘇ります、無能がいくら努力しても何も手に入らないと言っておりました……あの言葉は僕の胸に痛いぐらい刺さっております。


 無能な僕ももっと努力しないといけないのでしょうか、魔術師様の涙を止めるために……魔術師様の為になるには何もかも自分の物も他人の物まで勝手にかけて投げ出す必要があるのでしょうか。


 ひょっとしたら本当にそうなのかもしれません、だけど僕はこう思いました……だとしても最初にまず自分の全てを投げ出すべきではと。


 お姉さんはそこを間違えていたような気がします……いや行動全体とても賛同できるものではないのですけども。


 まあとにかくだから僕は……まず最初に自分の想いを魔術師様の前に差し上げてみようと思いました。


 俯く魔術師様に呼び掛けて、僕は魔術師様のことが……好きですから想い人を泣かせるような真似したくありませんと口にしました。


 魔術師様ははっと目を見開くと僕を見つめ、どんどん顔が赤くなっていきました。


 初めてだな、尊敬とか憧れとかでなくて……好きだと言ってくれたのは……そう言って魔術師様は真っ赤な顔で涙を振り払い嬉しそうに笑いました。


 そして僕の顔を持ち上げると自らも近づけてきて……私も好きだと告げてくださいました。


 その瞬間の僕の感情をどう表現したらいいのかわかりませんが、未だにその時のことを想うと胸がどきどきして足をばたつかせたくなります……年甲斐もなく恥ずかしい限りです。


 しかしそのあと魔術師様は僕とキスをしようとさらに顔を近づけてくれましたが……双子が入ってきてあー、ちゅーしてるーと囃し立てたものだからさあ大変です。


 魔術師様はそんな軟弱な真似をするかと僕から距離を取って、照れ隠しに僕の顔面を叩いたのです……あんまりです。


 双子は私たちも見たいからちゅーう、ちゅーうと囃し立てます、困っている魔術師様に僕もちゅーうと言おうとしてじろりと睨まれたので止めておきました。


 双子の声を聴いて起きたかとジーク様が馬車の入り口から顔を覗かせました、そして双子の大合唱を聞いて僕の目配せを見てジーク様も参加しようとして……杖を向けられて両手を上げました、この腰抜け。


 そんなジーク様の頭を押さえるようにしてレイ様が馬車に顔を出します、起きたかとの声におはようと返事をさせていただきました。

 

 双子がレイ様にちゅーしないよぉと残念そうに言います、レイ様はわらわはしかと見たぞと無い胸を張ります。


 そして子供の情操教育に悪い、お手本にさっさとして見せよと申すのです……ふつう逆ではないでしょうか。


 魔術師様がそんなはしたない真似できるかと言います、僕は何も言えないように口の上に手をのせられてしまいます。


 今度はめーちゃんが顔を出しました、驚く僕に向かいおはようと言いながら私もキスシーンみたいとせがみます。


 もっともな話ですが僕は魔術師様に抑えられて挨拶すら返せませんでした。


 クー様があんまり迷惑をかけてはだめよとめーちゃんを抱きあげて双子にもせっかくなんだからもう少しだけ夫婦水入らずでいさせてあげなさいと言い、意味深に魔術師様に視線を投げかけました。


 あくまで視線だけ送られては魔術師様も意地を張りずらく、夫婦ではないのだがとぼやくことしかできないのでした。


 双子がクー様にもちゅー見たいとわがままを言います、そのうち見られるわと微笑んで答えると子供たちを連れて出ていきました。


 交代とばかりに何とリース様が顔を覗かせて、起きられたか……この度は大儀であった感謝の言葉もないといって頭を深々と下げるのでした。


 僕は大したことはしてませんと答えましたが、リース様は申し訳なさそうに続けました。


 自分が情けないばかりにこのような追放のような憂き目に合わせてしまったと……そこでようやく僕は自分が馬車に揺られていることを思い出しました。


 あれからどうなったのか尋ねるとまだ残っていたジーク様とリース様が交互に話してくださいましたが……今回は長くなりすぎましたので最後に旅の概要だけ軽く書いていったん打ち切らせていただきます。


 実は僕が使っていた剣に副作用があることが判明し、今はその始末をつけるための旅をしております。

 

 その詳細は必ず次回説明させていただきます、では失礼いたします。

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