三十四通目
前略、皆さま方いかがお過ごしでしょう?
あれから王国へと帰路を進んでいた僕たちでしたが進行速度は遅々として進みませんでした。
僕の運転が下手というわけではありませんし、レイもそこまで関わってはおりません。
彼女はあれ以降殆どしゃべらなくなり、時々馬車内ではしゃぐ双子にわらわに近づくなというぐらいでした。
それだけでも過保護に気にしてしまう僕でしたが隣に座る魔術師様があれぐらい気にするな、将来的にもっときつい目に合うかもしれないのだから今から耐性をつけておいたほうがいいとおっしゃるのです。
最もこの間のような侮辱を双子にぶつけるようならその時は氷漬けにして運ぶつもりだとも明言しており、やはり彼女も中々過保護なのでありました。
さて今魔術師様が隣にいると書きましたが、レイに覇気がないことでジーク様の負担が減りましたので魔術師様は出来る限り馬車内のことは彼に一任して運転席にいる僕の元へ頻繁にやってくるようになったのです。
一応口では敵の襲撃に警戒しているのだと言っておりますが、毎回お互いに片手を伸ばし重ね合わせておりますから多分こっちが目的だと信じたいところです。
しかし本当に敵の襲撃が多くなりましたのも事実です、これこそが中々先に進めない理由でありました。
とはいえ襲ってくるのは魔物より野盗の類ばかりです、帰る場所を失った元帝国の人間であったり逆に今まで帝国に蹂躙されていた異種族だったりあるいはどうなっているのか人間と異種族の混成であったり様々です。
異種族の襲撃は隣でフードを外している魔術師様の顔を見ると意気消沈して去ることも多いのですが、逆に美しすぎるためか意気揚々と襲い掛かってくる輩もいます。
もちろん人間は異種族と見ると問答無用で攻撃してきます、その悉くを魔術師様は殺さずに返り討ちにして見せました。
探知魔法で事前に接近を察知して準備してあるからこそ可能な芸当です、そうでないと魔術師様も一人で十数人を同時に相手にして殺さずを貫くのは流石に難しいことでしょう。
ジーク様と二人掛かりならそれでも何とかなりそうですが、この馬車には僕を含め足手まといが四人もいますから一人は常に護衛に回らなければいけないのです。
つまりその準備の為に毎回馬の足を止める必要があるので、結果として進行速度が全く上がらない始末なのです。
ただもう少し進めば元帝国領内を脱します、そうすれば魔物の生息域という事もあり野盗も生きずらいでしょうからマシになるでしょう。
そう思って国境までたどり着いたときでした、何故か兵士の格好をした人たちが検問を引いていたのです。
流石に警戒しながら近づきますと彼らの中の上役が制止を呼び掛けてきました。
咄嗟にフードを被っていた魔術師様が何事か尋ねられると、これからここは通行料が必要になると言うのです。
どう見ても勝手な行いで憤慨しそうになりましたが、何故か彼らの声を聞いたレイが馬車から顔を覗かせました。
そしてパッと表情を明るくさせると僕らの静止を振り切り馬車を飛び降りて彼らの元へ向かいました。
どうやら彼らは帝国の護衛兵だったようです、レイは彼らによくぞ迎えに参ったといい僕らを指し示しあの汚らわしい集団を排除せよと堂々と口にしたのでした。
やれやれと思いながら僕は馬車内で双子を保護すべく戦闘員のジーク様と場所を交代しようとしたところで、何故かレイの悲鳴が聞こえて視線を戻しました。
すると彼女は護衛兵たちにねじ伏せられ縛り上げられていたのです、辞めぬかと叱咤するレイに元護衛兵たちは醜く顔を歪めて下種めいた笑みを向けます。
どうして今更お前みたいな小娘の命令を聞かなきゃいけないんだ、お前の我儘にはうんざりしていた、こうなって清々した、これからは俺たちがたくさん虐めてやるよ、そんなことを口にしてレイを足蹴にします。
何だかんだで彼らを信用していたらしいレイは絶望的な顔で嘘だと呟きながら涙をこぼします、そんな彼女を踏みつけながら彼らは改めて僕らのほうを向いてこいつを連れてきてくれたお礼に通行料さえ払えば特別に見逃してやってもいいというのでした。
僕らはため息をつきました、そして魔術師様に万一の時は僕らを一時的に氷漬けにでもして気にせず戦ってくれて構わないと伝えて馬車へと引っ込みました。
頷かれた魔術師様はあきれた様子で周りを見渡していたジーク様と顔を見合わせると、元護衛兵たちに逆に宣告しました。
今すぐ悔い改めレイを開放して立ち去るのなら見逃してやると、それを聞いた彼らはそうかいと言いながら襲い掛かってくるのでした。
僕は馬車の出入口を封鎖して真ん中で双子を抱きかかえます、二人の実力は僕が一番よく知ってますから僕らが足手まといにならなければ負けることはないでしょう。
すぐに外から激しい戦闘音と怒声が聞こえてきた、と思ったらどんどんその音は一方的になっていきます。
こんなの聞いてないだとか、なんだこの強さはとか護衛兵たちの弱音すら聞こえてきました。
音から判断するに恐らくジーク様が向こうの攻撃を剣で弾きつつ地面ごと彼らを宙に吹き飛ばし、空中で慌てて飛翔呪文を唱えようとする護衛兵を魔術師様が片っ端から雷撃で気絶させているようです。
少しして動けばこいつの命が、とまで聞こえたところで護衛兵たちの声はすっかり止んで周りは静けさを取り戻しておりました。
魔術師様がもういいというので馬車の封印を解き顔をのぞかせると、既に立っている敵は一人もおらず全員地面に倒れ伏せた状態で氷漬けにされておりました。
これなら万が一にも反撃される心配はありません、安心して喜んでいる双子を馬車に残して僕は馬車の運転席に戻りました。
さて問題はレイです、あのような思いを内心に秘めていたとわかれば流石に連れて行く気にはなれません。
ジーク様も同じ考えのようでレイの縄を解くとすぐに離れ、当面の生活必需品ぐらいは渡してやろうと言います。
魔術師様は冷たい眼差しでレイを見下すと何か言うことはないかと尋ねられましたが、レイは口を動かす気力もないようでした。
僕たちはため息をついてマジカルバックを一つ置いて先に進もうとしたその時でした、こーちゃんが馬車から飛び降りてレイに駆け寄ったのです。
そして置いて行っちゃだめというのです、固まる僕たちの前でいーちゃんも駆け寄り友達なんから一緒にいこうとレイに手を伸ばすのでした。
レイはその手を無言で見つめておりました、僕たちは子供たちに何も言うことができず結局レイを馬車へと連れ戻したのでした。
冷たくあしらわれていたのに何故あの子たちはレイをあそこまで気遣えるのでしょうか、本当にいい子に育ってくれたという思いとあんなに甘くてこの世界で生きていけるかという思いで頭が重くなります。
ジーク様は頭を掻いて俺らよりずっと人間ができてるといい、パパとママの教育がいいんだろうなと僕らを褒め殺そうとします。
魔術師様は子供に諭されて恥ずかしそうにしておりました、僕はまだこの選択を納得できていません。
レイはまた馬車の片隅で小さくなっておりますが、双子が近づいても話しかけても邪険にすることはなくなりました……返事をすることもないですが。
まあそんな形で旅は続いております、予定通り魔物の襲撃だけになって馬車の速度は上がっております。
この調子なら次かその次に手紙を出すころには王国に到着していると思います。
さて今回は余裕がありますのでこちらの世界の生物全般に関して軽く説明してみたいと思います。
こちらの世界には魔物と呼ばれる危険な野生生物がありふれていることはご存じですよね、ですが不思議なことにそちらの世界で言う普通の動物によく似た生き物も存在しているのです。
実際に僕らの馬車を引いているのは文字通り馬です、姿かたちから恐らく生態までほとんど一緒で違いは体内にマナを秘めているかどうかぐらいです。
他にも犬に似た生き物も猫に似た生き物も牛そっくりな生き物もいます、ただそれらは全て野生の魔物を飼いならし品種改良した結果だと言われています。
前に天より生まれた者すなわち天生者という選ばれた者のことを少し触れたと思います。
大昔にこの世界に現れた彼らは天使のごとき行動でもって、当時今より遥かに魔物の勢力が強く人間が滅びる寸前まで追い詰められていた環境を改善していったと言います。
その行動の一環として人間が利用できるように魔物の品種改良も行っていて、それで生まれたのが僕がよく知っている動物たちなのです。
ですからその動物たちは基本的に人間の飼育下に置かれており、野生ではほとんど見られないですし恐らく生きていく力もないでしょう。
しかし人間が利用できる形をとっているとはいえ、ここまで見た目から生体まで僕らの世界の動物と一致するのが不思議です。
ひょっとしたら天生者とは転生者であって僕と同じ世界から来た人達のことではないのかとも思いますが、だとしたら大昔に現れたという彼らには何故世界を一変するだけの力があったのでしょうか?
そして龍をも倒したという話が尾ひれのついた噂ではなく事実だとしたら、僕にもドラゴンを倒せる可能性があるのではないかと思えてしまいます。
まあわからないことを考えても仕方ありませんね、話を戻しますとそういうわけでこちらの世界にいる動物は基本家畜として人間にそちらの世界と同じように利用されております。
ですから街の食糧事情は意外にも結構そちらの世界と似通っているのです、ただ魔物からとれる調味料も非常に多いため同じ料理でも味には驚くほど深みがあるのが特徴的でした。
あと魔法で死ぬ一歩手前までなら何とか出来てしまうところもありますので、わざと毒をふんだんに使った毒料理なんてジャンルがあるほどに苦痛も味覚の一つとして判定されているのが面白いと思いました。
何やら途中から話が脱線してしまいましたね、次回はきちんとまとまった解説をしたいところです。
ではそろそろ失礼いたします。




