三十二通目
前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?
あれから調子を取り戻した魔術師様と共に僕は廃墟と化した帝国で改めてお姉さんの痕跡を探して歩きまわりました。
魔術師様は探知魔法を駆使してマナの残り香を探しまわり、僕は生存者に物資と交換で情報収集を重点的に行っております。
しかしマナのほうはやはりお姉さんが上手く隠しているようで何も見つからず、僕のほうも最初に聞いた以上の情報は手に入らず手詰まり感すら出てきました。
それでも根気よく探索を続けていた魔術師様が、何やら嫌そうな顔をして僕を呼びつけました。
近づいた僕を抱きかかえると飛翔呪文を唱え、地面の上を滑るように勢いよく目的へと移動しました。
何か見つけたのかと思ったのですが、辿り着いたところでは何やら大人が寄ってたかって少女に襲い掛かろうとしていました。
相変わらず正義感の強い方です、人間全体に嫌悪感を抱きつつあるというのに人間同士の諍いを放っておけないのでしょう。
魔術師様は今すぐやめて立ち去るように言いましたが、彼らはこいつのせいで全て台無しになったのだと自らの行為を正当化しようとしました。
一応どういう意味か聞いてみると彼らは鼻で笑いながら、押さえつけている少女の姿をこちらへと見せつけました。
中学生ぐらいの幼さが残る容姿をしたその子は、灰を被って薄汚れて居ましたがどこか高貴さというか育ちの良さを感じる可愛らしい少女でしかも来ている服もところどころ破けていますが高級そうなドレスでした。
彼女はこのような状況にも関わらず高圧的な声を上げて、今すぐわらわを助けよと僕らに命令するのです。
この時点でおおよそ分かったと思いますが、彼女はこの帝国を治めていた皇帝の一人娘で僕はレイ様と呼ぶことにしました。
レイ様に乱暴しようとしている男たちは、怒りすら籠った表情で彼女を叩きました。
こいつらが領土拡大だとかで俺たちから金を吸い上げて異種族に喧嘩を売りまくった挙句にドラゴンまで呼び寄せたのだ、俺たちは被害者でこれは正当な復讐だというのです。
恐らくお姉さんの結婚式に参加していない貧困層の住人なのでしょう、さんざん貧乏生活を強いられた挙句に住むところから安全まで失ったとあっては正気を失うのも仕方がないことだと思います。
しかしドラゴンに関しては完全に冤罪ですし、それ以前に政治を行える年齢ではないレイ様にまで国政の責任を押し付けしかも男の欲望をぶつけようなどというのはいくら何でも正当化できるはずがありません。
レイ様もまたドラゴンによって何もかも失った被害者なのです、ですからいがみ合うのは止めるべきだと告げましたが彼らは納得するはずもなく邪魔をするなら僕らも容赦しないとおっしゃいました。
レイ様は容赦しないのはわらわのほうじゃ、貴様らなぞ縛り首じゃと火に油を注ぐばかりです。
こうなるともう止まりません、仕方なく魔術師様は今にも少女に襲い掛かろうとする男たちの首筋に雷撃魔法をぶつけて気絶させレイ様を開放したのでした。
そしてもう少し謙虚に行動すべきだと注意して移動しようとしました、しかしレイ様は素早くこちらににじり寄ると大儀であった、ではわらわを護送せよと申すのです。
僕たちにそんな義務はありませんし義理もありません、この帝国の住人ですらないのですから。
だから帝国が無くなった以上これからは自分で何とかしなければだめだよと告げましたが聞く耳を持ってもらえません。
最もこの世界において権力があるのが当たり前な状態で育った未成年の少女が一人で生きていけるかというと、まあ無理ですよね。
おまけにキャンキャン叫ぶために周りの生存者の視線を集めて、その中には先ほどの男たちと同じ憎しみを向けている方も多くて……結局放っておけなかった僕たちは一旦レイ様を安全なところまで連れていく羽目になりました。
魔術師様は内心思うところもあるでしょうに愚痴をこぼすこともなくレイ様を誘導しており、本当に素晴らしく立派な方だと僕は何度目かになる畏敬の念を送ったのです
けれどもレイ様は全くそんなことは感じていないようで、ぶちぶちともっと丁寧に運べだとか乗り物を用意しろだとか文句ばかり口にされて困ってしまいます。
挙句の果てに不敬だと口にして魔術師様のフードにまで手をかけようとしまして、僕は流石に許しがたく咄嗟にその手を捩じり上げてしまいました。
痛いから離せ、貴様は死罪だなどと喚くレイ様を僕はこのままねじ伏せて置いていきたくてたまらなかったのですが、結局魔術師様に諭されて僕は渋々手を放し改めて移動を再開いたしました。
それ以降レイ様は僕を睨みつけており事あるごとに土下座しろだとか自害しろだとか物騒なことを口にしており正直閉口している次第であります。
それでも何とか馬車までたどり着いて見張りをしていたジーク様に声を掛けますと、馬車から双子が飛び出して一目散に魔術師様に抱き着きました。
魔術師様も優しく抱き留めていい子いい子してあげています、フードに隠れて見えませんが声から両方とも笑っているのがわかりました。
ようやく戻ったこの光景を見ていると僕は胸が温かくなるのでしたが、レイ様は不満そうにわらわを無視するな、敬えと怒声を上げるのです。
遅れてこちらに近づいてきたジーク様はレイ様を見ると僅かに驚いたように瞳を見開き、とんでもないもの連れてきたなとおっしゃいました。
レイ様はジーク様を訝し気に見ておりますが、ジーク様はそんな視線を気にもせずに僕らに何があったのか尋ねるのでした。
かくかくしかじかと事情を説明したうえでどこか避難させる場所はないか相談してみると、ジーク様は困ったようにしながらもそんな状態じゃ帝国の領内だとまた暴漢に襲われかねないと言い、ぼそりと彼の生まれ故郷である王国の名前を口にしました。
途端にレイ様は目を輝かせるとそこに行け、わらわの婿殿がおるのじゃと訴えます、どうやら第二王子と政略結婚の話があったようなのです。
元々継承権がジーク様にある時に婿養子として出されるはずだったらしいのです、それがジーク様が家出したがために継承権問題が発生したがために保留になっていたとのことです。
道理でジーク様が面目なさそうな顔をしているわけです、ちなみにジーク様はこの婚約話も知っていたようでそのためにレイ様を見てすぐに正体に気づいたようなのです。
それに対して未だにジーク様の正体に気づいていないレイ様はまるで手下に指示でも出すように、今すぐわらわを護送するがよいと胸を張って威張るのです。
しかし僕たちはまだお姉さんのことを探っている最中です、やることがあるのでもう少し待ってほしいと言ってもレイ様は話を聞こうとしません。
困っていると魔術師様が僕らの前に進み出て、一旦あの国に戻ろうとおっしゃいました。
驚くジーク様と喜ぶレイ様、不思議そうに僕らを眺める双子の様子を代わる代わる見回して最後に魔術師様は僕へ視線を映しました。
僕は一度だけ良いのですかと尋ねました、魔術様ははっきりと頷かれました。
この調子では進展は見られないだろうし、色々と疲れたから一度身体を休めたいというのです。
それが本心かどうかわかりませんが僕は頷きました、魔術師様の決定を僕は全力で支えてあげたいのです。
そして今、僕たちは帝国を後にして元来た道を引き返しております。
暫くは馬の操縦は僕が一人で行うことになるでしょう、何せジーク様には馬車の中でレイ様のお相手をお願いしていますから。
僕はレイ様に嫌われておりますし、魔術師様たちは異種族であることが気づかれたら面倒なことになりますから距離を取らざるを得ないので消極的にそうなってしまうのです。
レイ様は馬車の中で威張り散らしていて、ジーク様は小間使いのように扱き使われておりまして非常に心苦しい限りです。
最も本人は笑って馬鹿丁寧に相手をしております、それでも欠片も情けなく見えない辺りに器の大きさを改めて感じされられます。
それに対してレイ様は全く困った方です、魔術師様やリース様の爪の垢を煎じて飲せてやりたいところです。
さて近況報告はこのぐらいにして、久しぶりにこちらの世界の紹介をさせていただきます。
今回はこちらの世界の武装事情について僕のわかる範囲で説明していきたいと思います。
基本的にこの世界の人間はみなマナを体内に秘めており、これが生活の基盤になっております。
手紙には書いておりませんが調理器具等のこちらの世界では電気やらガス等で動かす類のものはマナを流すことで作動させられるものが流通しており、僕は利用できないため原始的な方法で何とか代用しております。
しかし武具に関しては普通の装備に対して上から魔術文字とでもいうのでしょうか、マナを利用できる効果を上書きしておりますので僕のようなマナがない人間でも使うことはできるようになっております。
最も肝心のマナを利用した効果は使えませんから高額な武器防具を用意してもその性能を殆ど活かすことができないのです。
逆にマナがある人間なら千差万別な効果を発動したり、自らの能力を引き出したり出来るようになるのです。
前に伝えたジーク様が愛用している剣がまさにそうですし、他にも魔術師様が使っている杖もそうです。
こちらは調整したマナを流すことで周辺環境のマナを塗り替える効果があるそうです。
具体的に説明しますと炎の魔法を使おうとすれば周辺も炎のマナに染まることで通り道ができてより遠くまで攻撃ができる上に、魔法が通過する間に周辺の同じ種類のマナを吸収して威力も上がるおまけつきなのです。
さらに王国で調達したアミュレットにも似たような効果があり、これによって魔術師様は探知魔法の効力の範囲を上乗せしているようでありました。
後前に解呪矢というものを軽く触れたと思います、これは矢にあらかじめマナを込めておくことで対象物にぶつかった際に同量のマナがこもった魔法の効果を打ち消すというものです。
これは普通の弓で打っても効果的ですが、同じく解呪弓を用いて打ち出すことで効果が相乗的に跳ね上がります。
解呪弓のほうは打ち放つ時点で込めたマナの分だけ魔法を打ち消すものなのですが、これで解呪矢を打つと双方に籠ったマナを乗算しただけの魔力を打ち消せるほどになるのです。
つまり予め10のマナを込めておいた矢を10のマナを弓に込めて打ち出せば、100もの威力の魔法を打ち消してしまえるわけです。
これを無数に打ち込まれながらも飛行呪文が解除されなかったお姉さんの魔力は一体どれほどのものなのか、想像もつきません。
他にも様々な効果があるようですが、今回はここまでにしておきたいと思います。
では失礼いたします。




